3 白いひかり
時間経過ともにキメラとの遭遇頻度は増加し、その攻撃は一層激しさを増していく。
不覚にも何発か避けそこねたものの、機体の周囲に展開された電磁流体装甲が、敵の砲弾を瞬時に蒸発させてくれたおかげで事なきを得た。
「――っ」
そうして計五百あまりのキメラを斬り殺したところで、左右のブレードが立て続けに破損する。刀身が中ほどから砕けてしまったそれらの武装を投棄し、片側のランチャーから一振りの相州鬼正を抜き放った。
右手に携えた真新しい刃が、ひとすじの鈍い輝きを放ちながら軽快に乱舞し、無数の重金属の塊がうごめく十重二十重の敵陣を切り刻む。
その間、純白の外部兵装たる渡り鳥を形作る大小様々な装甲板は、まるでそれ自体に意思が宿っているかのように、その一枚一枚がシャラシャラと音を立ててなめらかに律動し、俊敏な機体動作を阻害することのない最適な装甲形状へと絶えず変形し続けていた。
《前方に敵集団を発見》
「……っ」
戦闘に突入して三時間。対物ブレードは、使用中も含めて残り八本。
戦闘回数を最小限に抑えるべく、進行ルートを大胆に変更しての迂回や一時的な後退など、硬軟織り交ぜた戦術を駆使し、まさに血を吐く思いで、敵包囲網の突破を延々と繰り返した。
《現時点で索敵エリア内の敵総数は八百以上と推定されます。コア到達まで残り一万二千メートル、迂回路はありません》
最終目標のコア到達まで、あとわずか。すでに今次討伐作戦も終盤戦へと突入しつつあったが、ここに来て極めて不利な状況下での交戦が不可避となる。
次の曲がり角の先は、ほぼ一直線の空洞が三千メートルに渡って続いていて、そこの最奥に総数八百あまりのキメラが重厚な砲陣を組んで待ち構えていたのだ。
空洞は綺麗な円筒形で、その直径は二十メートル。
当然、都合のいい遮蔽物などありはしない。
それでも自分ならばここを突破できるだろう。
訓練で想定していたよりも敵の数が少ないこともあって、この長大な殺し間を駆け抜けたとしても、力尽きる前に敵陣までたどり着ける公算は十分に大きい。
「…………」
ここを突破し、その奥に存在するコアさえ破壊してしまえば、アルバトロスは今度こそ死滅する。そしてコアからエネルギー供給を受けているキメラも同時に活動を停止し、人類の勝利が確定するのだ。
《警告。後方から大規模な敵集団が接近中。敵総数、二千五百以上。このままでは挟撃される可能性があります》
あれこれ悩む時間すら残されていないらしい。
討伐作戦で重要なのは即断即決であり、足を止めれば敵に包囲されてしまう以上、常に動き続けることこそが肝心。僕は機を逸して挟撃を受ける前に、敵の最終防衛ラインへと真正面から飛び込んだ。
「中央突破する」
《了解。荷電粒子推進機構、出力最大》
渡り鳥が、僕にとっての最適なタイミングで機体を最高速へと押し上げた。
曲がり角から、最深部へと続く三千メートルの直線に突入した途端、待ち構えていた敵集団の猛攻が光の洪水となって押し寄る。
眼前に並び立つキメラ――八百門の四十ミリ機関砲が絶えることなく火を噴き、生身の人間を細かな肉片に変えてしまうだけの威力を内包した重金属の塊が飛来する。
これを回避するべく地面を全力で蹴って飛び上がる。
次の瞬間には天井を斜めに蹴り返し、右の壁、左の壁と、空洞内を連続して飛び跳ねた。
しかし、どれほど回避運動に専念しようとも被弾は免れなない。
飛来する何十発かの砲弾を相州鬼正の刃で斬り裂くも、その内の何発かが電磁流体装甲に接触し、高速で循環する荷電粒子の防御層が剥離して、光の粒となって飛び散った。
そうして飛び散った粒子は光の帯となり、空間にひとすじの光線が浮かび上がる。
背後には散りばめられた残光は、空洞内を乱反射する光の軌道が描き出していた。
「――っ」
かすかな違和感を覚えて手元に視線を送ると、血の気が引いた。
先ほどランチャーから引き抜いたばかりのブレードが破損していたのだ。
集中を欠いている証拠である。
おそらく気づかないうちに、刀身の平らな面で砲弾を弾いてしまったのだろう。
訓練中にもほとんど起きなかった初歩的なミスに、自分がどれほど精神的に消耗しているのかを理解した。だが敵の集中砲火を浴びている以上、今は全力で体を動かし続けるほかに活路はない。
「焦るな、焦るな」
自分自身にそう言い聞かせながら、新しい相州鬼正を抜刀する。
《警告。複数の動力ケーブルで異常発熱を検知。機体内部温度、急激に上昇》
ここさえ突破できれば、全身が燃え上がってしまっても構わない。
燃えながらだって、短時間なら戦える。
たった一つのコアさえ破壊してしまえば、なにもかもが終わるんだ。
「あと三十秒持てばいいッ!」
叫びながら、さらにもう一振りの刃を抜き放って真正面から吶喊する。
ここまで接近してしまえば、こちらの間合いだ。
ただ、ここに居並ぶ八百のキメラをすべて斬り捨てる余裕はない。密集した敵集団の中央を駆け抜ける一瞬の合間に、奴らの鋭く尖った口部を斬り落とし、三十体あまりを無力化する。
減速はしない。そのままの速度を維持し、全速力で敵の防衛ラインを突き破った。
こんな雑魚に構っている余裕はない。
背後からの砲撃を警戒し、回避運動を取りながら、再び空洞の壁面を足場にして飛び回る。
ところが後方のキメラはその大半が沈黙したまま動かない。
射線上で無防備な背中を晒していたにも関わらず、砲火がまばらだったのである。
「……?」
数多くの疑問を抱きつつも前進を続けると、直線が続いていた空洞は、いつの間にか急激な下り坂となっていた。
まもなく薄暗い空洞に、白い光がわずかに流れ込む。
「!」
この輝き。間違いない、この先にコアがあるのだ。
アルバトロスにとっての最重要器官であるコアが近いから、キメラは誤射を恐れて不用意にこちらを攻撃することができなかったのだろう。
疑問が確信へと変わった直後、前方から眩い光が差し込んだ。
「――あった!」
思わず声を上げる。
コアだ!
ついにたどり着いた!
アルバトロスの最深部は、とにかく広大な半円形の空間だった。
はるか頭上には、用途不明の金属質な導管が密集して張り巡らされ、うねりのたうち中央へ集積したそれらは樹状に垂れ下がっていた。
その中心にコアがあった。ハリネズミのように、密集する無数の導管に接続されたコアは、直径三メートルほどの球体であった。
極めて巨大なアルバトロスを絶えず動かし、配下の数十万ものキメラへと活動エネルギーを供給し続けている動力炉にしてはあまりにも小型だが、コアは肉眼では直視もできないほどの強烈な光を発していて、どれほど膨大な熱量を内包しているのか想像もできない。
僕は腹の底から湧き上がる歓喜と興奮を押し殺し、最優先で破壊するべき目標を黙然と見据えた。
「……?」
だが、ここに来てある疑念が生じる。
それは視界内に表示されたマップデータに起因していた。
現在地――コアの存在するこの空間が、行き止まりになっていないのである。
ちょうど真向かいの壁面にぽっかりと大穴が開いていて、そこを通り抜けた先に謎の空間がいくつも連なっているようなのだ。
これは賽原基地での仮想訓練では、絶対に自動生成されることのない内部構造である。
「地形が変だ。なぜ最深部が行き止まりになっていないんだ」
《不明。データが不足しています》
「……考えるだけ無駄か」
疑問は深まるばかりだが、とにかくコアを破壊することが最優先である。背後からはキメラの大集団が接近しつつあるようだし、早く終わらせてしまおう。
そうして一刻も早くアリス様のもとへ帰るんだ。
オーバーヒート寸前の機体に鞭を打って、最後の仕事に取り掛かる。けれど、地面を蹴って高く飛び上がった直後、そのあまりの違和感に空中姿勢を崩しかけた。
「――っ!」
たまらずうめく。驚くほどに四肢が重い。これでは鉛の塊だ。
それでもどうにか空洞の天井から伸びる太い導管を一太刀で切断すると、地響きと共に落下し始めたコアへと両手の相州鬼正を直上から突き刺した。
柄頭を踏み台にして再度高く飛び上がると、空中でブレードランチャーから新しい二つの刃を引き抜く。
これで、すべてが終わる――。
「ハアっ!」
そう自分に言い聞かせながら、空洞の天井を足場にして最大加速で急降下し、すれ違う瞬間にコアを三枚に下すべく上部から斬り裂いた。
《コアの完全破壊を確認》
なんとも無様な太刀筋であった。
「はぁ、はーぁ、……ぅくっ」
着地した途端、電磁流体装甲の防御層が霧散し、猛烈な倦怠感が全身に襲いかかる。
深刻な排熱不良に陥っているのだろう。最大速度を維持した長時間戦闘によって、想定外の高温に晒され、凄まじい速度で摩耗した四肢の関節機構が悲鳴を上げている。
《機体の発熱が危険域に達しました。緊急冷却を開始します》
激しい眩暈までもが重なって我慢できずに片膝を着くと、全身の至るところから高温の蒸気が立ち昇り、シリコンと金属の焼ける異臭が鼻をつく。
そのどれもが、オーバーヒートの典型的な機体異常だった。
《姿勢制御機能に異常を検知。自動補正を行います》
物の輪郭が二重にぼやけ、三半規管がシェイクされたようにゆらめく視界の中、鋭い警告音が脳内に鳴り響いた。
《――飛翔体、接近》
「――!?」
慌てて回避するも間に合わない。
装甲の一部が砲弾に抉り取られて弾け飛ぶ。
《右肩部に被弾、損害軽微。第一装甲板、剥離》
「まさか……」
今しがた後方から飛来したのは、間違いなくキメラの砲弾だった。
コアさえ破壊してしまえば、アルバトロスはもちろんのこと、そこを巣としているすべてのキメラは即時活動を停止する。
それが討伐作戦における常識だったはずだ。
「どうしてっ!? なんで止まらないっ」
明らかに、これまでの常識では考えられない異常事態が発生していた。
《警告。推定三千の敵集団、後方から接近中》
僕はパニックになる寸前のところで踏み止まりながら、できるだけ冷静に事態を把握しようと努力したが、背後の空洞から無数のキメラが一斉に這い出てくる光景を前に、冷静でいられるはずもなかった。
奴らは堅牢な甲殻をカシャカシャと鳴らしながら天井や壁を俊敏に走り回り、これまで徹甲弾を発射していた口部から、強力な溶解液をスプリンクラーさながらにまき散らす。
「――っ」
《推進機構、電磁流体装甲、出力低下。推奨、全力回避》
主機出力が安定せず、機動力と防御力が大幅に低下している。
僕は手足を縛られた状態で逃げ回ることしかできない。
態勢を立て直すために、キメラで飽和しつつある空間から脱出するべく全力を傾けた。
背後から敵の大集団が迫っているため、必然的にこちらの選択肢は限られる。
退路はなかった。
「……ぐうっ」
《脚部に被弾。損害、軽微》
脳内の警告音が鳴り止まない。
頭上から撒き散らされる溶解液、背後から迫る砲弾。
反撃に移るための余力を根こそぎむしり取られ、蓄積したダメージがさらなる足かせとなって、こちらから機動力を奪い取っていく。
「――あっ」
その時だった。
一体のキメラが音もなく天井から落ちてきて、僕の真横に着地した。
キメラの口部は、すでにこちらの顔へと向けられていた。
考える間もなくとっさに両腕を上げた直後、周囲が白い光に包まれて、同時に右目の視界だけが暗転する。
「――――」
それからほんのわずかに遅れて、耐えようのない強烈な痛みが脳天を貫いた。
「――あ、アアアああああああああッ‼」
それは焼けた鉄の杭で、右目の眼球を押し潰す痛みだった。
「……うぅぅッ」
激痛のあまり呼吸が止まり、姿勢も維持できずに地面を転げまわったが、それでも即座に立ち上がる。ここで足掻くのをやめた瞬間に死ぬのだと、僕は本能的に理解していた。飛び散った溶解液の上をのたうちまわりながら、敵の包囲網が薄い前方の空洞へと飛び込む。
その間に装甲の大部分と、片側の推進機構が損壊し、実質的に機動力が半減する。
僕は満身創痍になりながらも、アルバトロスの体内のより奥深くへと、脇目もふらずに逃走を続けた。
「はぁー、はぁー」
視界内に、機体を簡易的に模したピクトグラムが表示される。
ピクトグラムは色で機体各部の状態を現しており、正常であれば緑、中破であれば黄、大破していれば赤、脱落・欠損であれば黒で表記される。
そこでは頭部と左前腕の一部が赤く染まり、全身の広範囲が黄色く塗りつぶされていた。
義体たるアマツバメは大破に近い、中破判定。
外部兵装の渡り鳥にいたっては、脱落した装甲や兵装も数多く、大破判定が下されている。
「……っ」
しかし、だからどうしたと、心の中で呟く。
邪魔なピクトグラムを視界から消すと、前腕に穴が開いて握力の低下した左手を精一杯握り締めた。
生きて帰る。こんなところで死ぬつもりなんてない。
金属と岩石の混合物で覆われた、生命の息吹が微塵も感じられないアルバトロスの体内を進みながら、温かな陽光が差し込む鶺鴒館の見慣れたキッチンで、アリス様のために食事を作っているメイド服姿の自分を思い浮かべる。
この薄暗い空洞の先に、もう一度あの豊かな日常を取り戻せる可能性が残されているなら、たとえ地を這ってでも、絶対に辿りついてやる。




