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キミに恋する青い鳥  作者: 細川 晃
第4章 第七次討伐作戦
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1 出撃

 



 朝霧煙る早朝。


 末期の様相を呈したこの戦時下においてもなお、小石一つ落ちていない完璧な整備の行き届いた広大な滑走路をたった一人で占有ながら、遠くにそびえ立つ賽原基地の管制塔をゆっくりと眺めた。


 恐れがないと言ったらウソになる。


 けれどこの両手は、もう震えてはいなかった。


 作戦開始、二十分前。

 機体や装備に不備はないか入念な最終確認を行った後、主機出力を一段階引き上げた。


 途端に、地鳴りに似た駆動音が全身からあふれ出す。


 暖機しつつ、慎重に主機出力を上げていくと、地を這いずらんばかりだったその音程は急速に引き上げられ、甲高いものへと変化した。


「はぁー」

 口内から放出された摂氏数百度の過熱蒸気は冷却されて白い湯気となり、次第に周囲の霧と混じり合う。


 来栖野式特二十型装甲義体〝アマツバメ〟の胸部中央、そこに埋め込まれた主動力炉であるムクドリ型永久発電機構が、背部に深く接続された始動状態のブースターユニットへと電力を供給し続けていた。


 ブースターユニットは、それ自体がヒートシンクとして機能するように設計されていたが、上空を飛翔中でなければ冷却性能は大きく低下する。体内に蓄積される余剰熱は頭髪を伝って外部へと放出され、色素の薄い金色の髪は立ち昇った排熱風によって揺らめきながらその色彩を濃縮させ、赤熱する金属のように淡く自発光した。


 五月十八日、〇六〇〇。

 定刻通り、第七次討伐作戦は開始された。


「――出撃」

 衝撃波と共に、滑走路に敷き詰められたコンクリートが破砕されて後方へと吹き飛んだ。


 束ねられたロケットノズルから質量を有する光線を噴射し、渡り鳥が飛び立つ。


 必ず生きて帰る。そう強く念じながら旧北米大陸――アメリカ西海岸を目指し、轟音を撒き散らしながら空高く飛翔する。


 荷電された重金属粒子が亜光速で射出されると、機体は際限なく加速して大気を切り裂き、大空を軽快に突き進んだ。


 外部兵装の集合体である戦略兵装機構〝渡り鳥〟は、有機的なフォルムを持つ無数の装甲で搭乗者の頭部以外の全身を優しく包みこみ、その上から電磁流体装甲を展開することで空気抵抗を減らし、さらには極超音速域で飛行する際に発生する強烈な空力過熱からも機体を保護していた。


 作戦開始から数分と経たずに、機体は高度三万五千メートルへと到達する。


 前方で圧縮された空気が、プラズマとなって青白く輝いた。


 頭上には暗い宇宙空間が広がり、眼下には丸くて青い地球があった。


 雲一つない真っ暗な空の真ん中で、太陽だけが燦々と輝いている。


 気温は氷点下五十度を下回り、水色から紺色へと変化していくグラデーショによって、空と宇宙の境界線が明確に浮かび上がっていた。神奈川県の平野部に鎮座し、広大な敷地を有するはずの賽原基地は眼下で極小の点となり、すでに識別することも叶わない。


《小春、聞こえる?》

「はい、アリス様。感度良好です」


 速度マッハ一三・〇。そんな極限下でも、ノイズのないクリアな音声が脳内に直接響く。


 視界の端に、どことなく不機嫌そうな面持ちのアリス様が小さく映し出された。


 アメリカ西海岸に到達し、ひとたび戦闘が開始されてしまえば、作戦終了まで休む暇などありはしない。彼女とこうして会話できるのも、これが最後の機会となるだろう。


《時間がないから手短に現在の戦況を説明する。北米に展開中の機甲部隊二十個師団からなる混成軍集団は、キメラとの度重なる戦闘によって壊滅した。戦闘部隊の損耗率が七割を超え、もはや組織的な抵抗が不可能な状況へと追い込まれつつある》


「…………」

 これは想定されていた事態である。圧倒的な物量を有するキメラに対して消耗戦を仕掛けたのだから、前線が崩壊するのは火を見るよりも明らかだった。


《機甲部隊はその役目を完璧に果たした。掃討されたキメラは、現時点で約十万体。これまでの統計が正しければ、最大限悲観的に評価しても敵戦力は半減したことになる》


「現状において、最高の条件がそろったということですね?」


《そう。あとは小春が作戦を成功させるだけ……》


「はい。……あの、アリス様、話は変わるのですが」

《なに?》


「帰ったら、ひさしぶりにゆっくりご飯を食べましょう」

《ハンバーグが食べたい》

「わかりました! ソースはどうしましょうか?」


 最後かもしれないから、少し無理をしてでも明るい話題を選んだ。

 はたして僕は今、ちゃんと笑えているだろうか。


《デミグラス。缶詰のやつは味がイマイチだから、小春が全部作って》

「え、デミグラスソースですか……。冷凍の牛すね肉はあったかな……? というか、本格的なのを作ろうとすると、ものすごく時間かかりますよ?」


《大丈夫、食材は手配しておく。それに、待つのには慣れてる。だから必ず帰ってきて》

「……はい」


 そんな何気ない日常会話すらも、そう長くは続けられなかった。


 賽原基地を飛び立ってから、わずか三十分。


 本機は太平洋の横断を終えて、西海岸へと到達する。


 海が死んでいた。


 膨大な土砂の流入によって沿岸一帯の海水面は泥土に埋まり、茶色く黒ずんでいる。


 かつて超大国と呼ばれ、繁栄の極みにあったアメリカ合衆国という国は、二十三年間にも及ぶアルバトロスとの苛烈な戦争により疲弊し、日本と同様に、国土の大部分をごっそりと削り取られていた。


 二〇〇〇年代初頭の世界地図で広大に描かれていた北米大陸は、もはや見る影もない。


 減速。飛行速度、マッハ六・〇。


 高度を落とすにつれて、眼下に広がる赤茶けた大地は、そのグロテスクな現実を詳細に描き出した。地上では、無数のキメラの死骸と統合軍将兵の遺体、戦車や装甲車などの残骸が積み重なるように散乱し、地獄としか表現しようのない戦闘が今も繰り広げられていた。


 鉄と火薬と生物の焼けるにおいが、空の上まで漂ってくる。


「……っ」

 キメラの集団で埋め尽くされた大地を上空から降り注ぐ無誘導爆弾と迫撃砲弾が掘り返し、進軍する戦車や装甲車が踏み固め、そうして出来上がった道を重機械化歩兵が突き進む。


 しかし、そうした攻勢はことごとく敵勢力の圧倒的物量に阻まれて頓挫し、最終的には敗走に次ぐ敗走であった。


 人類側の圧倒的劣勢が上空から一目で理解できる。


 眼下で奮戦しているあれらの部隊は、もはや一個の軍隊としては完全に死んでいた。


 指揮系統が機能しておらず、攻撃するにしろ撤退するにしろ、まったく足並みがそろっていない。波のように何度も押し寄せるキメラの集団によって、人類統合軍の地上部隊は瞬く間に融解していった。


 それでも、前線の兵士たちは戦場に踏み止まっている。


 指揮系統が機能していなくとも、彼らの士気が崩壊する気配はまるで感じなかった。


 第七次討伐作戦の失敗が、人類の敗北と同義であることを誰もが理解しているに違いない。


 ここを死に場所と定めた地上部隊の兵士たちは、最後の一兵卒となるまで戦い続けるのだろう。


 その献身に最大限報いるためにも、僕は彼らを見捨てなければならない。


 先へと進まなければならない。

 そう自分に言い聞かせながら進路上を見据えていると――。


「……見えた」

 前方の地平線からせり上がるようにして、それは出現した。


 やはりそれは、非現実的なまでに巨大な立方体であった。


 二〇〇〇年、世界の六地点に突如として開いた空間の亀裂より現れ、以降急速に地球の陸地を削り、無数のキメラを解き放って人類を滅亡の瀬戸際まで追い詰めた宿敵。


 アルバトロス。全六個体のうちの最後の一体。


 地球上に生存する最後の個体であり、いかなる犠牲を払おうとも人類統合軍が撃破しなければならない目標であった。


 アルバトロスは平均時速二十キロメートルで移動し、徐々に南下しながら、新緑の若葉を食い尽くす芋虫のように陸地を丹念に削り取っていく。


 そういった気の遠くなるほど膨大な消費活動の末に生み出されるのが、凶悪なキメラの軍団であり、土砂の流入によって黒く淀んだ海なのである。


「賽原基地、こちらパックス・ワン。肉眼で目標を視認した。これより戦闘行動に移る」


《了解。小春、気をつけて》

 普段よりもずっと無機的なその声は、心なしか震えているような気がした。


「――はい。では、行って参ります」





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