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キミに恋する青い鳥  作者: 細川晃@【キミに恋する青い鳥】連載中
第3章 トンネルの暗がりに
30/48

8 よろこんで




「…………」

 ――そうして二十分ほどが経過した。


 その間に行われた説明は、どれも訓練の過程で熟知していた内容だったので、これといって特筆するべき点もなかったけれど、精神の異様な高ぶりによって集中を欠くことはなかった。


「以上が、第七次討伐作戦の全工程となる。今のうちに作戦に携行する兵装の最終確認を済ませておいて欲しい。あえて装甲やブレードランチャーを取り外して軽装化してもいいし、予備兵装を追加して重武装化するのも自由。実戦装備に関しては、すべて小春に一任する」


「わかりました」


 ブリーフィングが終わるのと同時に、照明が点灯して室内が明るくなる。


 言葉では表しようのない高揚感と疲労感、そして仄暗い恐怖に全身が包まれていた。


 それは成功確率が決して高いとは言えない作戦を前にしての武者震いか、それとも単に怖気づいているだけなのか、僕は震える両手を握りしめ、わずかによろめきながら席を立つ。


「――?」

 顔を上げると、アリス様がこちらをジッと見つめていた。


「…………」

 瑠璃色の瞳を持つ黒猫が、どことなく不機嫌そうに、はやくご飯を寄こせと鳴いている光景が、ふと脳裏に浮かんだ。


 そういえば最近、アリス様が少し痩せてきているような気がしないでもない。


 ちゃんと食べているのだろうか? 

 今からでも夕食を用意するべきかな?


 白状すると、このまま言葉を交わすことなく退室するのは無性に寂しい。


 けれど、統合軍の中将として賽原基地を統括する彼女は、第七次討伐作戦を前にして僕以上に多忙なはずだから邪魔をするわけにもいかない。


 だからせめて、アリス様が大好きなハチミツをたっぷりと入れた甘いホットミルクを淹れて差し上げたいのだけど、このご時世ではハチミツはおろか牛乳ですら超高級品だから賽原基地のPXでは取り扱っていないんだ。いったいどうやって、彼女はあの新鮮な牛乳とハチミツを定期的に入手していたのだろう。


 ああ。穏やかで満ちたりた鶺鴒館での日々があまりにも遠い。


「それじゃあアリス様、僕は一度上に戻ります」

「……待って」


「?」

 退室しようとすると呼び止められた。


 振り返ると、アリス様がとことこと駆け寄ってくる。


 どうしたんだろう、なにか伝え忘れがあったのだろうか? そう思いながら見守っていると彼女は立ち止まることなく正面から僕の胸に飛び込んできた。


「わっ、あ、アリス様っ!?」

「んー」


 とんっと、その小さな体を受け止めて視線を下げていくと、艶やかな黒髪と白いつむじがあった。アリス様は足元に落ちたベレー帽を拾うこともせず、むずがる子供のようにグリグリと顔を押しつけ、小さな両腕を精一杯に伸ばして僕を抱きしめている。


「あ、あの、どうされたんですか?」


「少しだけ。あと少しだけ、このままでいさせて」


「……わかりました」


 急に抱きしめられたことへの驚きと戸惑いは最初だけだった。


 なんだろうこの気持ち……。


 無性に懐かしくて、心地よくて、とても安心する。


 アリス様の香りに包まれていると、だんだんと感情の波が静まっていく。じかに伝わってくる儚い感触と体温が、自分が装甲義体という無機質な兵器ではなく、多感な心を持った生きた人間であることを思い出させてくれる。


 とても温かい……。作戦を明日に控えているせいか、いつもよりも明らかにこわばっていた全身から余計な力が抜けていくのを感じながら、僕はそっとアリス様の小さな背中を抱きしめた。


 力加減を間違えただけで折れてしまいそうな、彼女の華奢な体を優しく包みながら、静かに目を閉じる。長い旅を終えて故郷に帰りつき、自室のベッドで眠りにつくような深い安心感にひたすら身をゆだねた。


「…………」

「…………」

 数分か、それとも数十分か。心ゆくまでお互いの温もりを確かめあった僕たちは、しばらくすると身を寄せたまま自然と見つめ合っていた。


「……小春」

「なんですか?」

「ごめんなさい、いきなり抱き着いて」


 普段は青白いほどに色素の薄い頬が、ゆっくりと赤く染まっていく。


「でも、どうしても伝えたいことがあるから、そのまま聞いてほしい」

「はい」


 頬を赤く染めた上目遣いの彼女に見つめられているだけで、金縛りさながらに指先すら動かせなくなっていた。僕はその瑠璃色の瞳を見つめ返しながら、ひそやかに息を止めて次の言葉を待ち続けた。


「け、……っ」

「け?」

 アリス様は生まれたばかりの小鹿みたいに全身をぷるぷると震わせていた。


 そして顔を真っ赤にしながら両目を固く閉じ、僕の軍服の胸元をぎゅっと握り締めながら、わずかな音で簡単にかき消されてしまうほどの声量で囁いた。


「け、結婚を前提に付き合ってください」


「はい、よろこんで」





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