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キミに恋する青い鳥  作者: 細川 晃
第3章 トンネルの暗がりに
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7 ブリーフィング




「それでは作戦の概要を説明する」


 五月十七日、午後八時。

 作戦開始まで残り十時間。


「二〇二三年・五月三日。第六次討伐作戦の失敗からおよそ三年。旧北米大陸の西海岸において沈黙を保っていたアルバトロスがついに活動を再開した。これを受けて統合軍総司令部は、アルバトロスの完全撃破を最優先事項とする第七次討伐作戦を発令した」


 賽原基地の地下深くに存在する執務室は現在照明が落とされ、スクリーン上に凄まじく鮮明な画像を投影するプロジェクターの明かりだけが、室内を煌々と照らしている。


 ここには僕とアリス様以外には誰も居なかったが、重苦しい空気で室内は満たされていた。


「作戦開始時刻は、日本時間の五月十八日・〇六〇〇。現時刻から十時間後を予定している。当初は、発電用の原子炉級プルトニウムを世界中から強制徴発した上で兵器転用し、製造した熱核兵器の集中運用によって、アルバトロスを消滅させるという案が北米政府から出されていたが、統合軍総司令部は提案を却下している。その理由は大きく分けて二つある。一つは人類に残された貴重な陸地を故意に放射能で汚染するわけにはいかないということ」


 僕はスクリーンに映し出された立方体型の巨大生物アルバトロスと、その体内から湧き出す無数のキメラの集団を克明に捕らえた映像を注視しながら、その隣に立つアリス様の話に耳を傾けていた。北米ではすでに、第七次討伐作戦の前段階となる大規模攻勢が始まっているのである。


「もう一つは、たとえ現在地球上に存在するすべてのプルトニウムを熱核兵器に造り替えたとしても、強力な自己再生能力を備え、巨大な質量を有するアルバトロスの完全撃破は不可能であるとの試算がすでに出ている」


「…………」


「二〇〇一年に南米で実施された大規模攻勢では、ミサイルや投下型爆弾など、当時地球上に存在した全通常破壊兵器の七割を使用することで、アルバトロスの体積の約三パーセントを吹き飛ばすことに成功したが、活動を停止させるには至らず。作戦終了からわずか十四日後には損傷部位は完全に修復されていた」


「…………」


「これらの理由により、岩石とチタンと重金属の混合物で形作られたアルバトロスの巨体を外部からの攻撃で破壊し尽すのは困難を極める。ゆえに少数精鋭の戦略機動部隊による敵体内への潜行及び、動力炉であるコアの直接的破壊が、本作戦を成功させる上でもっとも確実な方法だと私は確信している」


 僕は自分が無意識に手を強く握りしめていることに気づいた。

 緊張からか呼吸が早くなり、気持ちの悪い虚脱感が全身を襲った。


「ここまででなにか質問は?」


「ありません」


「では次の説明に移る。本作戦に際し、人類統合軍総司令部は戦力の投入を惜しまない。世界各地に散らばった数少ない残存戦力を集結させ、惜しみなく北米の最前線へと投入し続けている」


 アリス様が手元のリモコンを操作するごとに、スクリーンに投影されていた画像が素早く切り替わっていく。


 それらは夜間飛行する偵察機が、低高度から撮影した画像なのだろう。本来は真っ暗なはずの地平線が、上空から途切れることなく降り注ぐ投下型爆弾と砲弾の爆炎によってオレンジ色に光り輝いている。


 近海には何十隻もの揚陸艦や輸送船が浮かび、陸揚げされた何千台もの戦闘車両と、装甲に身を包んだ何万人もの重機械化歩兵が、薄暗い海岸線を埋め尽くしていた。


「すでに戦車部隊と重機械化歩兵部隊を中核とした、機甲部隊二十個師団からなる混成軍集団が、ポートランドの南南西四百キロメートル地点にあるカリフォルニア州クレセントシティに強襲上陸し、州境を最終防衛ラインとして、前線基地を構築。今現在もアルバトロスから出現した三万体ものキメラと交戦を続けている」


「戦況はどうなっていますか?」


「苦戦している」


「――!」


「交戦開始の直後から、おびただしい出血を強いられている。統合軍はアルバトロスを半包囲するように三重の防衛ラインを構築。徹底した面制圧攻撃を展開しているものの、目標の南下を阻止できてはいない」


「前線を下げることはできないのですか?」


「前線基地が置かれたクレセントシティの南方には、二〇一八年に首都機能をコロンビア特別区から移転された現アメリカ合衆国最大の都市サンフランシスコがある。前線を引き下げる余裕はない」


「…………」


「そして引き下げる必要もない。これまでの被害は想定の範囲内であり、作戦の継続にも支障はない。前線において展開中の戦闘部隊は、アルバトロスの内部から一体でも多くのキメラを引きずり出すという使命を十分に果たしている」


 なにもかもが紙一重で、なにか一つにでも躓いたら戦線は崩壊するのだと僕は気づいた。


 そういう極限の綱渡りを続けながら、誰もが第七次討伐作戦を成功させるために血と汗を流し、自らに課せられた使命を果たすべく行動している。


 すべては僕のためだ。


 雪風小春という一人の人間が、万難を排し、アルバトロスの最深部に到達してコアを破壊する。その確率をコンマ一パーセントでも高くするために、貴重な物資を湯水のように投入し、数多くの人命が一山いくらで計算されて最前線へと送られ、戦線を支える補強材として無慈悲に消費されていく。


 全人類三億人の献身と犠牲によって捻出された物資と、何千何万もの勇敢な軍人たちの血肉で舗装された道を僕はこれから歩むのだ。


「――これが現在進行中の第七次討伐作戦の前段階。先ほど言った通り本作戦は明日の早朝、五月十八日・〇六〇〇に開始される」


 アリス様の背後にあるスクリーンに、白く塗装された全長三メートルほどのユニットが表示された。


 とくに制式な名前があるわけでもなく、ただ単に強襲用ブースターユニットと呼称されているそれは、大小様々なミサイルを綺麗に束ね、それを中ほどで切断したような外観で、例えるなら補助推進装置を大量に束ねた使い捨てロケットの一段目に似ていた。


 戦闘シミュレーションにおいて、すでに十回以上は使用した装備であるため平静でいられたが、もしこれを初めて目にしたのがこのタイミングであったなら、僕は動揺のあまり気絶していたかもしれない。


 それほどまでに、その装備は無骨かつ野性的であった。


 僕は明日これを背負って、賽原基地から最前線へと飛び立つのである。


「それでは第七次討伐作戦の詳細な説明に移る」


 プロジェクターの明かりだけが煌々と灯る薄暗い執務室で、出撃前最後のブリーフィングはそれからも淡々と続けられるのだった。





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