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キミに恋する青い鳥  作者: 細川 晃
第3章 トンネルの暗がりに
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3 がんばる

 



 目覚めた直後、猛烈な吐き気に襲われ、手術台みたいな固いベッドから跳ね起きた。


「――うっ、おえぇぇっ」

 空っぽの胃袋が別の生物みたいに痙攣し、自分の意思とは関係なく体が震えて、涙が頬を伝っていく。


「小春、これを使って」


「アリス様……、すみません」


 声の聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには軍服姿のアリス様がポツンと立っていた。

 彼女から清潔な白いタオルと、飲料水の入ったペットボトルを順々に受け取り、僕はようやく生きた心地を取り戻す。


 ああ、まただ。またダメだった。


 こんなことではアルバトロスの単独討伐なんて夢のまた夢だ。


 心の奥底からふつふつと自責の念が湧き上がる。


 今回の仮想訓練では、近接兵装の相州鬼正を通常よりも壊れやすく設定し、敵集団との遭遇頻度を高め、全長四千メートルもの直線の空洞を意図的に配置するなど、実戦で想定されるよりも遥かに過酷な状況設定がされていた。


 けれど本来、幾多の外部兵装を身に纏うアマツバメには、その圧倒的に不利な状況を跳ね除けるだけのポテンシャルが秘められているはずなのだ。


 今回の訓練における敗因の一つは、その真価を十分に発揮できなかったこと。


 戦略兵装機構〝渡り鳥〟の腕部に内蔵された遠距離兵装。


 荷電粒子砲〝雷鳥(らいちょう)〟の使用が禁止されていることが一因だった。


「アリス様、荷電粒子砲の調整はまだ終わりそうにないですか?」


 僕の質問に、彼女が珍しく表情を曇らせる。


「主砲の搭載は、当面見送られる」


「え?」

 視界の彩度が急激に低下した気がした。


「電力効率が想定していたよりも遥かに悪い」


「……原因は?」


「シミュレーター上では正常に動作している。なのに、実機を使用すると異常に発熱して冷却が追いつかなくなる。電力消費を抑えて発熱を抑制することは可能。でも、そうすると今度は十分な火力が得られない」


 はぁ、きびしいなぁ……。人類にもっと時間があれば……。


「どうにかなりませんか?」


「開発責任者の一人、式上博士の戦死が大きな痛手になっている。彼女は研究職でありながら優れた義体適性を有していたため、ハミングバードの隊員でもあった。そして、南米における第五次討伐作戦の成功は、彼女の英雄的挺身の上に成り立っていると言っても過言ではない」


「……式上博士」


 かすかにだけど、式上ゆき博士という女性を僕は覚えている。


 彼女は先天性のアルビノで、全身が淡雪みたいに真っ白な、とても小柄な女性だった。


 全身を機械化した後も自身の身体的特徴を継承していて、いつも忙しそうに賽原基地の各所を歩き回りながら、真っ白な長い髪をなびかせていたような気がする。


 式上博士は、式上家の第五十七代目当主、相州(相模国)――現在の神奈川県一帯において、およそ一千三百年以上の昔から先祖代々刀剣を鍛造してきた名家の生まれで、特に金属工学に精通し、様々な分野の兵器開発において天才的な才能を発揮したらしい。


 対物ブレードの相州五十七代鬼正も、彼女がほぼ独力で開発したという逸話をどこかで聞いた覚えがあった。


「現在も専門の職員を割り当て、式上博士の残したデータや設計資料を精査している。ただ、それにも相応の時間が必要になる。荷電粒子砲の再調整は、おそらく第七次討伐作戦には間に合わない」


「それなら機械化歩兵部隊のレーザー小銃を装備すれば――」


「無意味。あれは対装甲義体用の歩兵装備。キメラの甲殻は耐熱性と断熱性に優れた多重構造のタングステン合金製で、歩兵用の光学兵器を数十秒間照射し続けたとしても、蒸し焼きにすることもできない。二十ミリ機関砲でハチの巣にするほうが遥かにマシ」


「じゃあ機関砲を装備すれば――」


「確かに多目的二十ミリ機関砲ならばキメラに対しても十分効果的ではある。ただ、機関砲はシステム全体の総重量が百キログラムを優に超える。携行可能な三百発の砲弾を撃ち尽してしまえばアルバトロスの体内では補給もできず、その重い砲身がすべて死重量となる。あまりにも非効率」


「そう、ですか……」


 純粋にショックだった。


 コンパクトながら大火力を発揮できる荷電粒子砲こそが、対アルバトロス戦闘の切り札だと考えていただけに落胆が大きい。


 けれど、この程度でへこたれるわけにはいかない。


 苦しいのは誰だって一緒だ。


 誰もが第七次討伐作戦の成功を祈っている。


 毎日訓練に没頭していても、それがヒシヒシと伝わってくるのだ。


 この作戦に費やされる予算の半分もあれば、全世界の人々に、数年間は十分な食事と医薬品を提供することができるらしい。


 僕はそんな、人の命よりも大切な予算を食い潰しているのだ。


 だから諦めるわけにはいかない。


 とにかく、訓練を頑張ろう。


 もっと頑張って、実力を上げていかないと話にもならない。


 次の作戦は絶対に失敗が許されないのだから。


「アリス様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。僕はもう大丈夫ですから、そろそろ訓練を再開させてください」


 楽しくはないし、嬉しくもない。それでも人は笑えるみたいだ。


 汚してしまったタオルと飲みかけのペットボトルをベッドの足元に置き、無感情な笑みを顔に張りつけて、固い枕の位置を調整しつつ横になる。


「小春」


 しかしアリス様は、いつものように部屋から無言で立ち去りはしなかった。


 彼女は憂いを帯びた青い瞳で、僕を枕元から静かに見下ろしている。


「なんですか?」

「…………。頑張って」

「はい、頑張ります」


 一も二もなく頷くと、意識を仮想現実世界へと埋没させた。


 賽原基地の地下で戦闘シミュレーションを開始してから、今日で四日目。


 この日から僕は一切の食事も睡眠も取らず、ひたすら訓練に励み続けた。


 臨戦態勢に突入したこの体は、完全に人の形をした兵器となり、生理現象すらも戦闘機械には不要な機能としてすべて削ぎ落とされていった。


 眠気は来ないし、疲れもない。


 お腹は空かないし、なにも食べなければ、なにも排泄されない。


 体から老廃物すらも分泌されなくなった時、僕は改めて、自分は生身の人間ではないのだと実感した。


 四日目から七日目までの九十六時間で、訓練の試行回数は百五十一回を数えた。


 そのうち、最深部でコアの破壊に成功したのはわずか十五回。


 作戦成功確率、一割弱。


 いくら想定される実戦よりも過酷な状況設定がされた最高難度の訓練であろうとも、あまりにも成功確率が低すぎる。


 当然、こんな結果に満足なんてできるわけがない。


 訓練、訓練、ひたすら訓練、がんばらないと。


 こうしている間にも、日本の国土を食い荒らした元凶にして、生前の僕が第六次討伐作戦で仕留めそこなった最後のアルバトロスが、北米の西海岸を猛烈な勢いで蹂躙し続けている。


 明日にも、第七次討伐作戦が発令されるかもしれない。休んでいられる時間なんて一分一秒すらありはしないんだ。そう自分に言い聞かせながらひたすら訓練に没頭していると、いつの間にか七日目が終わっていた。


 明けて八日目。僕は半日ぶりとなる五分ほどの小休止を終えて、三日ぶりに口にした飲料水のペットボトルを片手に、訓練を再開するべく固いベッドの上に戻ろうとしていた。


 ところが。


「あ、れ?」

 変だな、足が前に出ない……。


 急に手足の自由が利かなくなり、視界が傾いていく。


 僕は受け身も取れずに倒れて、頭部を床に強く打ちつけた。


 起き上がるどころか、身じろぎすらもできはしない。


「小春? 小春っ!」

 その直後、アリス様が血相を変えて駆け寄ってきた。彼女は身動きのとれない僕を仰向けにして、その小さな白い手で両肩を何度も叩いていた。


「申し訳、ありません。僕は、また迷惑を……」

 あぅ、声もほとんど出せない。


「いいから喋らないでっ! 誰か、誰か来て! 早くッ!」


 それから数分も経たずに意識を失ってしまった僕は、全身義体向けの集中治療室とでも言うべき場所に運び込まれた上で、精密な検査を受けた。


 検査結果によると、どうやらこの体は極度の過労状態にあるようだ。


 この七日間、僕の体であるアマツバメは、常に戦闘モードになっていたらしく、本来身体の不調を伝える疲れや痛みといった重要な危険信号すらも、不要だからと強制的に遮断していたようだ。


 そういう状態で睡眠を一切取らず、七日間連続して戦闘訓練に明け暮れた結果、脳核が悲鳴を上げ、雪風小春という人格の崩壊を防ぐべく、義体が強制シャットダウンされた、らしい。


 意識が回復してからしばらくして、僕は初めてアリス様に叱られた。


 彼女は声を荒げることなく、軍人然とした強い言葉も使わなかったが、自分の体調管理すらできないようでは、実戦を生き抜くことはできないと、こっぴどく怒られてしまった。


 急がば回れ、ということだろう。


 残された時間は少ないけど、今回の一件で焦ってばかりでは仕方がないと思い知らされた。


 翌日から急遽、数日間の休養を取るようにアリス様から厳命されてしまった僕は、ひさしぶりに鶺鴒館へと帰ることにしたのだった。





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