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滅びゆく世界を救うたった一つの方法  作者: 細川 晃
第3章 トンネルの暗がりに
22/23

1 キメラ

 



 五月上旬。


 あれから四日が経った。


 アルバトロスとの最終決戦である第七次討伐作戦に備え、僕は賽原基地の地下深くに設けられた専用の訓練施設で、朝も夜も、寝食すらも惜しんで実戦的なシミュレーション訓練に励んでいた。


 訓練には、脳核に電子情報をインストールすることで構築されたバーチャル・リアリティを用いている。


 それはまさに、現実と見分けがつかないほどリアルな明晰夢であった。


 僕は賽原基地の地下で、手術台みたいな固いベッドに寝転がり、眠るように意識を手放すだけで、限りなく現実に近い古今東西の様々な戦場を絶え間なく追体験していったのである。


 その過程で、人類社会を滅ぼした一辺五キロメートルの立方体型巨大生物――アルバトロスについて詳しく学び、実戦の感覚というものを五感で理解し、より効率的な装甲義体の運用方法を自分なりに模索していった。


 これまでに追体験した戦場は、二〇一二年の関東絶対防衛戦から始まり、二〇一八年までの世界各地での小規模戦闘、第一次から第六次までの討伐作戦と多岐に渡る。


 昨日までの三日間で、自分は計十二の戦場において激戦と呼ばれた戦いをそれぞれ最低三度はくぐり抜け、記憶喪失によって失われてしまった戦闘経験の蓄積に努めた。


 そして今日からはついに第七次討伐作戦をより実戦的に意識した、最高難度の戦闘訓練に挑んでいる。


 ようするにアリス様が造り上げた僕の新しい体、来栖野式特二十型装甲義体〝アマツバメ〟の設計理念である、単独でのアルバトロス討伐を成功させるための訓練。


 友軍からの支援を一切受けることなく、たったひとりで、アルバトロスを完全に殺し切るというものである。


 はぁ、まったく。なんてひどい作戦を想定しなければならないのだろう。


 思い返すだけでため息が出てしまう。


 太平洋戦争末期、最後の戦いに臨むべく沖縄方面に出撃した戦艦大和にだって、護衛として九隻の軍艦が随伴していた。


 それなのに、全人類の命運をかけた最終決戦に、僕は友軍の支援もなく単独で挑まなければならないのである。こんなめちゃくちゃな作戦を立案しなければならないほど、人類側は追い詰められているのだろう。


 一応現実には、第七次討伐作戦の前段階として、敵戦力の間引きを目的にした大規模作戦が実施されるらしいのだが、今のところ確定した情報が一つもない。どの方面軍が、どれだけの戦力を投入するのか、いつ作戦を実施するのかで、上層部が揉めに揉めているらしい。


 自分としても、そんな不確定要素を訓練内容に反映させるつもりはなかった。


《これより戦闘シミュレーションを開始します。本機のレーダーが検知した高エネルギー反応への到達を最優先目標とし、アルバトロスの体内を単独潜行。最深部に存在する敵の〝コア〟を完全破壊してください》


「…………」


 脳内に響く渡り鳥の中性的な機械音声に無言で従い、僕は両腰に装着された機械式の鞘であるブレードランチャーへと両手を伸ばす。


《対物ブレード〝相州五十七代鬼正〟抜刀》


 鞘の内部から自動的に押し出された無機質な柄をそれぞれ握り締め、二振りの対物ブレードを同時に抜き放った。


《フィールドのランダム生成、開始》


 直後、膨大な電子情報によって構築された仮想空間が眼前に現れる。


 ――それはアルバトロスの体内を再現した直径二十メートル、総延長数千キロメートルもの無機的な空洞であった。


 アルバトロスの体内に張り巡らされた長大な空洞は、それこそのたうつ蛇か、毛細血管のように行く手で縦横無尽に曲がりくねり、無数に枝分かれしている。


 この総延長数千キロメートルもの空洞こそ、僕が第七次討伐作戦において単独で走破しなければならない戦場であった。さながら一寸法師である。鬼を退治するためにその体内へと単身乗り込んだ一寸法師も、今僕が感じているような、筆舌に尽くしがたい恐怖と緊張を味わったのだろうか?


 なお不幸中の幸いとでも言うべきか、空洞内は視界ゼロの暗闇に閉ざされているわけではなかった。


 地面や天井そのものがわずかに発光しており、空洞内は薄ぼんやりとした青白い光で照られている。当機の人工眼球には、高度な暗視能力が備わっていることもあり、わずかな光量であっても視界は十分に確保されていた。


《戦闘訓練、開始》


「――っ」

 まずい。


 とりとめのない空想にふけっている場合じゃなかった。


 とにかく時間がない。


 肩甲骨付近の推進機構から荷電粒子を最大出力で噴射し、力いっぱい地面を蹴って駆け出した。


 第一次から第六次まで、これまで六度行われてきたアルバトロス討伐作戦というのは、そのどれもが非常にシンプルな作戦である。


 作戦の概要はこうだ。


 使い捨ての強襲用ブースターユニットを装備した戦闘員が、統合軍基地の滑走路から出撃。


 高高度をマッハ二十以上の極超音速で飛翔しながら大洋を横断。目標座標に到達後は高度を落としつつ敵の防空網をくぐり抜け、アルバトロスの体表面上の横穴から内部へと突入。


 突入時、燃焼の終了したブースターユニットは投棄。


 その後、可及的速やかに、人類統合軍が〝コア〟と呼称するアルバトロスのメイン動力炉を破壊するのだ。


 それは今後予定されている第七次討伐作戦においても変更はない。


 正直、かなり不安の残る内容ではあるけれど、一介の戦闘員が作戦に関してあれこれ口出ししても仕方がないので、僕はアリス様を筆頭とした賽原基地の技術者たちを信頼すると心に決めていた。


《警告、前方五百メートルに敵集団を発見》


 当然ではあるけれど、アルバトロスの体内に張り巡らされた長大な空洞は、整備された安全な鍾乳洞なんかでは決してない。


「もう出てきた……っ」


 身の毛もよだつ警告音が脳内で鳴り響き、思わずうめく。


 僕は今まさに、敵のコアを破壊するべく空洞の最深部を目指して行動しているわけだけど、敵もただ黙って殺されてくれはしない。


 アルバトロスの体内には戦車や装甲車、もしくは兵隊蟻とでも表現するべき生物が、数万体から多い時には数十万体ほど潜んでいる。


 体高一・八メートル、全幅二メートル、全長二・五メートル。


 全身が重金属製の堅牢な甲殻に覆われ、戦車の装甲すら切り落とす鋭く尖ったアゴを持ち、ハエのような三対六本の脚によって空洞内の天井や地面を俊敏に這い回る。


 口部からは、直径四十ミリの徹甲弾を戦車砲すらも凌駕する初速で発射し、近距離の標的に対しては強力な酸性の消化液を噴射する。


 人類統合軍が〝キメラ〟と呼称するその生物は、アルバトロスから遠隔的にエネルギー供給を受けるという共生関係にある。そして宿主の体内に侵入した異物を排除するべく、戦場として分類するならば、それほど広いとは言い難い空洞内に何百何千もの群れをなして、一斉に襲いかかってくるのだ。





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