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滅びゆく世界を救うたった一つの方法  作者: 細川 晃
第2章 焼きたてクリームパイと瓦礫と砂埃
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8 渡り鳥

 


 ――この世界を必ず守ってみせる。


 軍に徴兵されたばかりの少年が、真剣な眼差しで己の決意を語っていた。


 これがその守るべき世界だというのか? 


 命を賭してまで守る価値のある世界だというのか?


 ――死して護国の鬼とならん。


 そう言って笑いながら死んでいった人々が、かつて大勢居たような気がする。


 彼らは、こんな荒んだ国を守るために死んでいったというのか?


 ――こんな世界滅んでしまえばいいのに。


 そう誰かが呟いていた。


 ところが、その言葉を聞くと途端に冷静になる。


 そう思わずにはいられないからといって、じゃあ本当に世界は滅ぶべきなのかと真剣に考えてみると、やっぱり滅ぼしていいはずがないんだ。これほど醜悪な世界でも、マコトのような心根の優しい人々が生きていた。まだ希望は残されているはずなのだから……。


「なにか聞こえないか?」


「いや、なんも聞こえないけど」


 刹那、ミサイルが低空を飛翔し、大気を斬り裂く轟音が周囲にこだました。


「おいおいマジかよッ」


「マズい、近づいてくる。伏せろッ」


 ついさっきまで絶対者のように振る舞っていた彼らは、その音を聞いた途端に血相を変え、ワラジムシみたいに這いつくばった。


 まもなく空中から爆弾が投下されたような、あの特徴的な風切り音が聞こえてきたかと思うと、白い物体が上空から飛来し、衝撃波を伴って倉庫の古びた天井を突き破った。


 それは全高一・五メートルほどの精巧な機械の塊であった。


「――ああ、これか」

 砂埃が晴れると、僕は無意識に呟いていた。


 天井の大穴から差し込む月明りに照らされ、全体を覆うセラミックスに似た純白の装甲が、夜露に濡れたような光沢を放っている。


 その機械の外見は、例えるなら頭部が存在しない人型ロボットであり、博物館に展示されたフルプレートの甲冑と同じく、内部は空洞であった。


 どういうわけか、僕はこいつをよく知っている。


 これは見た目通りの防具ではなく、凄まじい殺傷能力を秘めた攻撃兵器だ。


 それを裏づける多様な兵装が、機体の随所に搭載されている。


 両腰には、複数の近接兵装を収納可能な機械化された鞘〝ブレードランチャー〟を装着し、腕部には大出力の遠距離兵装を内蔵。


 左右の肩甲骨付近には、荷電粒子推進機構――荷電粒子を亜光速で放出して推進力を得る装置と、三次元推力偏向パドルをそれぞれ備え、地上での極めて柔軟な極超音速戦闘を可能としていた。


 事前に知り得ていたそれらの情報が正しいとするならば、この兵器の名は――。


「戦略兵装機構〝渡り鳥〟」


 母なる大地を食い荒らす巨大生物を、今度こそ地球上から駆逐するために造り出された人類の切り札。来栖野式特二十型装甲義体〝アマツバメ〟の外部兵装にして、対アルバトロス用の決戦兵器であった。


「…………」


 僕は意を決し、腕に抱いていたマコトの遺体をゆっくりと地面に横たえた。


 余裕を失って喚き散らす目標を横目に見ながら立ち上がると、一歩二歩と血だまりの上を歩き、血液にまみれた真っ赤な手で渡り鳥の装甲表面をするりとなぞる。


 高度な応用数学の結実たる魅惑的な曲線を描く純白の装甲群が、マコトから流れ出た血液によって深紅に染まっていく。


《メインシステム、オンライン。コールサイン、パックス・ワン》


 突如、中性的な機械音声が脳内で響いた。


《お久しぶりです、少佐。戦略機動部隊〝ハミングバード〟所属、雪風小春少佐の認証コードを確認しました。セーフティを解除します》


 渡り鳥は端的に言うならばパワードスーツであり、パイロットが体に纏う形で使用する兵器である。


「戦闘形態」


《了解。戦闘形態へ移行します》


 命令によって、渡り鳥は兵器として覚醒した。


 搭載された人工知能が機体を自律的に操縦し、天井を突き破って着地した際に埋まってしまった脚部を引き抜くと、前面に並ぶ無数の装甲板をムカデの足のようにシャラシャラと動かして、コックピットを開放する。


 それと同時に、背後から向けられていた二つの銃口を機体そのもので遮り、パイロットを守る盾となった。


 直後、機体で遮られた向こう側から幾重もの銃声が鳴り響いたが、あの程度の個人用火器ならば渡り鳥の極めて高度な防御機能を使用するまでもなく、持前の装甲板だけで十分防ぐことが可能である。


 銃声が鳴り止んだのを見計らって、僕は靴を脱ぐと機体内部に体を滑り込ませた。


 すると装甲板は再び滑らかに動き始め、はみ出ていたスカートやエプロンなどを素早く切り裂いて、内側へと折りたたんでいく。


《ムクドリ型永久発電機構とのコネクトを確認》


 次第に、強く指圧されたような鈍い痛みが背中から首筋にかけて広がり、数秒視界が明滅する。


《機体の内圧を設定してください》


「……優しく、抱きしめるように」


 両手で後ろ髪を根元から持ち上げると、首回りの装甲の隙間から、一息に機体の外へとかき出した。突き破られた天井より降り注ぐ月の光を浴びて、昼間よりも白く輝く金色の長髪が、羽ばたく鳥のように広がっていく。


《機体各部、正常。戦略兵装機構〝渡り鳥〟戦闘形態に移行しました》


 さあ、始めよう。




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