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第3話 生意気後輩

 なんやかんやあった翌朝、郁人たちは朝食を食べていた。表情にこそ出ていないが、彼は少し憂鬱な気持ちだった。トーストを食べる手が進まない。


「はぁ……あいつか。あいつなのか……?」

「兄さん、何か言ったっスか?」

「いや、何でもねぇよ」


 叶亜菜には聞こえなかったようだ。まあとにかく、気を取り直していかなければ。


「ほらほら、郁人に叶亜菜ちゃん。早く食べなきゃ遅刻するわよ〜?」


 キッチンで忙しなく手を動かしている真衣が、2人に声をかける。しかし、時計を見てみればまだまだ余裕があった。常套句のようなものだろう。


「別に大丈夫だよ」「わっ分かりました!」


 声が重なる。郁人の適当な返事に対して、叶亜菜のそれはいつもより丁寧である。彼女はいつも真衣には遠慮がちなのだが、それは血が繋がっていないからだ。

 実父・空叶そらとは海外出張中で、長期休みのときくらいしかここには帰ってこない。ちなみに実母は叶亜菜が生後1ヶ月ほどの頃に亡くなってしまったらしく、彼女は父にべったりだ。


 郁人は空叶から、さまざまな苦労話を聞いたことがある。大変なことがたくさんあっただろうに、それをおくびにも出さずに温厚な笑顔で話してくれる空叶に、少なからず憧憬を抱いていた。


 さて、そうこうしてるうちに時は流れ、2人は準備を済ませて家を出た。行ってきます、と声をかけると、家の中から「行ってらっしゃい〜」と返ってくる。


 3学期も始まったばかりなので、朝は特に寒い。2人とも厚着をして、談笑しながら学校へ向かった。



 ──学校では特別なことは起こらず、あっという間に放課後になった。


 以前、教室に叶亜菜がやってきて「兄さ〜〜ん!!」と叫ばれたことがあり、かなり恥ずかしい思いをしたので、それからは郁人の方が先回りをして叶亜菜の教室へ向かうようにしている。

 しかし、彼女の方がHRが早く終わったらしく、教室を出てすぐのところで遭遇した。……危ないところだった。


「えへへ、兄さん発見! 今日は部活の方、ついてきてもらうっスよ」

「はいはい、分かったよ」


 叶亜菜は、入学当初に『おかると研究部』なるものを作った。初めは郁人も誘われたのだが、普通に面倒くさいので断ったという経緯がある。

 ただ、現在は彼女を含めて2人しかいないため、部活ではなく同好会だ。どうせ叶亜菜は部活だと言い張るので、指摘はしないが。


 そして、そのもう1人のメンバーというのが──


「初羽ーーっ! 来たっスよーー!」

「おう」

「……うげ、先輩いんじゃん」


 この女、奥住初羽おくすみういはである。


 茶髪ロングの美少女、そして胸が大きい。叶亜菜と比べると可哀想になるくらいには大きい。また、成績優秀で品行方正。……ここまでは良いのだ。

 ここから先が問題だ。なんとこの女、郁人に対してだけ態度がデカい。なんでも、たまたま叶亜菜といるときの素を見られてしまい、もうどうでもよくなったとか何とか。


 つまり、彼女は生意気な毒舌ガールであった。


「おい奥住、なんだその反応は」

「そこに先輩がいたので」

「さすがに酷くない? 酷いよな? なあ叶亜菜!」

「そうっス! 兄さんは何もしてないのに!」


 叶亜菜はぷりぷりと怒っている。


「罰として、30秒間ほっぺたつねるっスよ!」

「ふっ、余裕だね──って痛ッ!? 力強しゅぎるっての!」

「ちゃんと言えてなくて草」

「勝手に草生やさないでください、キモキモッ」


 このように、語尾によく『キモキモッ』をつけるのが彼女の特徴である。特に何もなくても言ってくるので要注意だ(郁人に限る)。


 彼は、いまだにワーワー言い合っている2人に目を向けた。


 「叶亜菜、じゃれあってないで本題に入ってくれ」


 そう、なにも意味もなくここに連れ出されたのではないだろう。──2人目の魔法少女、それをまだ彼女の口から紹介されていない。

 となると、この部室内にいると考えるのが妥当である。


「あ、そーだった。……じゃあさっそく、発表ターイム!」

「え、何? あたし何も聞いてないんだけど」


 元気に両手を広げる叶亜菜に、明らかに困惑した様子の初羽。対照的で少し面白い。


「なんとなんと、この初羽は! 2人目の魔法少女っス!」

「はぁっ!? ちょっと叶亜菜、それ言っていいの?」

「昨日いろいろあってバレました! てへっ☆」

「ほんとに困った子ね……」


 やれやれといった感じで叶亜菜を見つめる彼女の表情は、どこか優しい。なんだかんだ言っても2人は親友なのだろう。 


 その一方、郁人は「やっぱりか」という何とも言い難い気持ちに苛まれていた。


「……兄さん、あんま驚いてないっスね」

「いやだって、なんとなく察するだろ。正直こいつ以外に考えられなかった」

「あははっ。先輩、全然嬉しくなさそうですね〜??」

「よく分かってんじゃねぇかよ奥住! 嬉しいわけがない!」


 笑顔で言葉を交わし合う郁人と初羽。そこには、確かにバチバチと火花が舞っていた。

 「2人とも、いい加減仲良く……」という叶亜菜の声も届いていない。無情に散っていく言葉。


「ああもう、ケンカはおしまいっス! ちょっと初羽、兄さんについて説明しなきゃならないことがあって」

「へぇ。先輩はいつもおかしいと思うけど」

「……そういう話じゃなくて。いいっスか、真面目に聞いてください」


 そうして彼女は、昨夜判明した事実について語り始めた。初めはどうでもよさそうな顔で聞いていた初羽も、どんどん険しい表情になっていく。

 全て聞き終えたときには、すっかり知的で真面目な雰囲気に様変わりしていた。


「はぁ。つまり先輩は、何者かに憑依されていると?」

「そうなるんだろうな。何も異変とか感じないけど」

「やっぱりそこが変ですよね。……普通なら、日常生活に影響が出てくると思うんだけど」


 彼女は少し考えてから、いつも通りの感情が読めない顔で言う。


「これもう、あたしたちで成仏させれば良くないですか? 何ぐずぐずしてんのか知らないけど」

「…………」


 それはもっともなご意見だ。だが郁人は、正攻法では解決できないような問題だと感じていた。あくまでも勘でしかないが、それじゃあ駄目だ、と頭の中から叫ばれているような気がするのだ。


「それは一旦やめてくれ。あんまり意味がないと思うんだ」

「ふーん、まあ何でもいいですけど」

「別に支障が出てないなら、ゆっくり考えるのも良いと思うっスよ」


 叶亜菜がキメ顔でそう言ってくる。本人は格好つけているつもりなのだろうが、可愛さしか感じられない。


 しかし郁人も、その発言自体には共感だ。


「まあ、そうだな。急いでも仕方ねぇし、いつかは解決してるだろ」

「楽観的な先輩ですねぇ。……ま、それで良いなら良いですよ」


 基本的に人の事情にはあまり関わらない初羽。それはひとえに面倒だからなのだが、この距離感が郁人にとっては心地よかった。


 表面上でこそ仲は悪いが、結局のところはよくできた後輩だと思っているのだ。


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