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第2話 情報過多

 ほどなくして、彼らは家に着いた。

 鍵を取り出そうとした郁人は、ようやく気づいたようだ。


「叶亜菜、服そのままでいいのか?」

「まあ。今のトア、お母さんには見えないはずっスから」

「……それって、俺にしか見えてないってことか?」

「そゆことっス!」


 郁人はまたもや意味が分からなかったが、それもこれから説明してくれるということだろう。ということで、平静を装って家のドアを開けた。叶亜菜もとことこついてくる。


 手を洗ってリビングを覗いてみると、母・真衣まいがよく分からないドラマを観ていた。


「ただいま、母さん」

「あら郁人、おかえり」


 お互いにいつものトーンで会話をする。

 リビングには用もないので、郁人は自室に向かった。ちなみに叶亜菜は、いつの間にか姿を消していた。彼女も部屋に向かったのだろう。


 ──と、そう思ったが。


「はぁ……なんか疲れた……」

「あ、兄さんやっときた」

「うおっ!?」


 いた。それも、郁人の部屋に。パジャマに着替えていた。


「まさかいるとは思わなかった……」

「意外と驚いてくれたっスね!」


 悪戯な笑みを浮かべる叶亜菜をよそに、郁人は勉強机に目を向けた。そこには、開かれた参考書にノート、そしてシャーペン──


「あ、シャー芯買ってねぇ」


 そう、今更思い出した。叶亜菜と遭遇してしまったせいで、外出した目的をすっかり忘れていた。


「どーすっかなぁ……」

「シャー芯? そのくらいトアがあげるのに」

「……そうか、その発想はなかった! なんか、お前と勉強道具ってなかなか結びつかないんだよな!」

「それはどういう意味っスか!? 兄さんはトアを何だと思ってるんスか!?」


 少し思案して、郁人は答える。


「そりゃもう、馬鹿…………にならないほどの隠れた実力を持ったハイスペックな妹、だな。あはは」


 最後の方は早口だった。彼は冷や汗をかきながら、叶亜菜と目が合わないように視線を上の方へ向ける。


「いや分かりやすすぎる! 傷ついたっス!」


 どうやら怒ったらしく、叶亜菜は腕を組みながら顔を逸らした。口はへの字に曲がっている。


「確かに言い過ぎたな、すまん。……シャー芯もあとでもらっていいか?」

「……ま、まあ。謝ってくれるならいいっス」


 普通に許されたようだ。そもそも、大きい喧嘩など一度もしたことがないのだが。


 さて、こうしていても時間の無駄なので、郁人はさっそく本題を切り出した。


「じゃあ、さっきのことについて説明してもらうぞ」

「えへへ、分かったっス」


 そう言うと、叶亜菜は郁人のベッドへ向かい、少し躊躇いがちに腰掛けた。

 いくら約2年のあいだ兄妹として過ごしてきたからといって、少し無防備のような気もする。郁人の方には、恋愛感情など微塵もないのだが。


「……そこでいいのか? なんか恥ずかしそうだけど……」

「だ、だめかも…………」


 ほんのり顔を赤く染める叶亜菜は、今度はゆっくりと床に腰掛けた。ベッドを背もたれにするように。


「床だとお尻痛いだろ、ほら」


 郁人は、そんな彼女にクッションを投げた。


「……ありがとうございますっ」


 まだ恥ずかしさが拭いきれないのか、小さめの声でそう言うと、受け取ったクッションを床に敷いて座る叶亜菜。郁人はベッドに腰掛ける。


「そんじゃ、トアが知ってる限りのことは全部言うっス。まず──」


 彼女の説明の概要は、こうだ。


 魔法少女が言う『討伐対象』とは、死者の魂が《《モノ》》に憑依したものであり、彼女たちの仕事は、それらを成仏させること。

 魂が憑依するのは、生きていたときの未練に関係するもので、それは多くの場合では私物などである。ごく稀にヒトに乗り移る魂もあるが、相応の強い想いが必要になるらしい。

 たとえば『女手1つで育ててくれた母親に酷い暴言を吐いてしまったから謝りたい』だの、『命の恩人がクソ野郎のせいで陥れられたからそいつ殺したい』だの。ちなみに、全て叶亜菜の実体験らしい。いや重すぎんだろ……と、郁人は思わざるを得ない。


 ただ、そうやって憑依したとしても未練を晴らせないことがほとんどであり、憑依先が物の場合はときに増殖する。元の1体のみ言葉を通わせることができるので、それを突き止めて成仏させれば残らず消し去ることができる。

 さっきのぬいぐるみたちもそういうことだったのか。郁人はひとまず納得した。


 また、魔法少女では意思疎通に限界があり、断片的な言葉しか伝わらないことも多いが、討伐対象同士ならば完全なコミュニケーションがとれるらしい。さっきのウサギと郁人も、やろうと思えば会話できたということだ。したくないけど。


「まあ、こんなとこっスかねぇ……ほぼみんな安全だから、兄さんは心配しなくて大丈夫っスよ」

「そう言われてもなぁ……ってあれ、そうだ、変身してると母さんには見えないみたいなこと、さっき言ってたよな? あれはどういう?」


 説明してくれるとばかり思っていたが、叶亜菜からすればそのつもりはなかったらしい。


「あー、そのままの意味っスけど……魔法少女の姿は、同じ魔法少女同士か討伐対象にしか認識できないんスよ。けど、何かに影響を与えると見えるようになっちゃいます」

「影響って?」

「たとえば、コンクリートを欠けさせたり思いっきりぶっ壊したりとか。揺らしたり運んだりは大丈夫だったはずっス」

「なるほど……?」


 なんとなく理解できるような話ではある。要は、物の体積を変えたり傷つけたりするのが駄目なんだろう。

 しかし、いきなりこんな量の情報をぶつけられたので、郁人はかなり困惑していた。可愛い妹がこんな非日常を生きていたのか、という驚きがほとんどだ。


 一度知ってしまった以上、何もしないという選択肢はシスコンには存在しない。だから──


 郁人は叶亜菜に向き合い、彼女の両肩を掴んだ。


「よし、俺にも手伝わせてくれ!」

「ひょぁぁあっ!? に、兄さん……近い……」

「話を聞いた限り、俺なら普通の人間よりは力になれることが多いと思うんだ。お願いだ叶亜菜、俺に手伝わせろ。頼む!」

「わ、分かったっスから! その、ちょっとだけ離れて……」

「あ、すまん」


 気づいてみれば、顔がかなり接近していた。叶亜菜はすっかり真っ赤になっていた。

 そんな反応を見て、郁人もどうすればいいのか分からなくなる。2人の間に、しばらく微妙な空気が流れた。


「……手伝うのは、別に自由っスけど。いちおう、トアの他にもいるので」

「あ、確かにそうじゃん」


 そう、なにも魔法少女は彼女だけではない。完全に失念していた。他の魔法少女の迷惑になってしまっては元も子もないではないか。


「他には2人いるんスけど、そのうち1人は

明日紹介しちゃうっスね〜」

「へぇ、明日か。……明日?」


 明日は金曜日。つまり、同じ学校にいる可能性が高い。

 叶亜菜と仲がいい後輩女子。心当たりがあった。……嫌な予感がする。

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