第1話 電波系妹?
彼──安堂郁人は、なぜか邂逅してしまった妹と見つめあっていた。
……いや、見つめあうなんて穏やかなものではない。お互いを凝視しまくっていた。
15秒ほど経った頃だろうか、先に口を開いたのは、郁人の方だった。
「……お前、何その格好?」
開口一番でこれである。少しぶっきらぼうにも聞こえるかもしれないが、こうなるのも仕方がない。
妹は、フリルやリボンをふんだんにあしらった、黄色──それよりもレモン色に近いだろうか──の衣装を身に纏っていたのだ。ついでにステッキらしきものも持っている。
綺麗な藍色の髪の毛とそれらの要素が、上手く調和していた。そのせいで、余計に可愛さを引き立てている。
……つまるところ、これはどう見ても、れっきとした『魔法少女』である。
「な、何って……トア、実はその……魔法少女、なんスよ」
「まあ、うん。服でだいたい分かったが」
「軽っ!? もっと驚いてくれた方がこっちとしてはやりやすいんスけど!?」
「いや、めちゃくちゃ驚いてはいるんだが……1周回って冷静になってるっつうか……」
「ふぅーん……」
少し困ったような表情をしている、郁人の妹。独特な言葉遣いをする彼女は、名を叶亜菜という。
現在は高校1年で、中学3年に進級する頃に郁人の妹になった、要は義理の妹だ。とは言っても、初めから彼に対する警戒心を感じさせない、人懐っこい性格だった。
さて、その叶亜菜は、思い出したように口を開いた。なぜか切羽詰まったような表情をしている。
「……って、そんなことよりっ! 兄さん、トアのこと見えてるんスか!?」
「バッチリ見えてるぞ。リボンの数も数えられるくらいには」
「そっか……まあ、聞くまでもないっスよね……」
地面を見つめながら、ブツブツと呟いている。郁人はそんな彼女を前にして、何もすることがない。次の言葉を待つのみだ。
少し経って、ようやく叶亜菜は言葉を発した。──言葉、というか、衝撃の事実を。
「……その、兄さん、魔法少女の討伐対象になってるみたいっスけど」
「────は?」
討伐対象。普通に生きていれば、日常生活で使うことも聞くこともないような単語。
話についていけない郁人は、思わず後退し、バランスを崩しかけた。
「いや叶亜菜、どうやってその結論に至った……?」
「えっと、なんかこう、ビビーーッて! 魔法少女としてのセンサーが反応したっていうか!」
郁人は驚いた。まさか、こんな電波系少女になっていたとは。出会ったばかりの頃も確かに馬鹿っぽい発言は多かったが、さすがにここまでではなかったはずだ。
かける言葉が見つからず、彼は苦笑を浮かべた。
「そ、そうか……来ちゃったんだな、ビビッて。お兄ちゃんはその、お前のすべてを肯定してやるから……な……!」
「何なんスか、その哀れむような表情は!! ホントのことっスから! とりあえず話を聞けぃっ!」
「わ、分かったよ」
叶亜菜のあまりの勢いに気圧され、郁人はとりあえず話を聞くことにした。
「あのですね、兄さん。トアたち魔法少女は、討伐すべきものとそうじゃないものを見分けられるんスよ。……あ、ほら、このウサちゃんたちは討伐対象っスね」
「あぁ、コイツらか。普通に忘れてた」
「かわいそっ」
足元では、変わらずウサギのぬいぐるみたちが闊歩していた。さっきはあれだけ恐怖を覚えていた郁人だが、他のことが衝撃的すぎて頭からすっかり抜け落ちていた。
「あ、兄さん、ちょっと待っててください」
叶亜菜はなんでもないような声で言う。そして、ぬいぐるみたちから少し距離をとった。
次に、彼らに寄り添うようにしゃがみ込むと、ステッキらしきものを構えた。それをゆっくりと、優しく彼らに近づけていく。
「──どうか、安らかに……」
そう呟くと、ぬいぐるみの姿が少しずつ消えていった。
「…………」
あまりにも現実離れしているその光景を見て、郁人は言葉が出なかった。まるで別人のような妹の様子に、無意識に口をポカンと開けていた。
一方で叶亜菜は、そんな彼のことなど気にもせず、すぐにいつもの調子に戻った。
「ふう。そんで、話の続きっスけど……」
「いや今のは何!? 説明してくんないの!?」
「んぇ? あぁ、じゃあ家帰ったらちゃんと説明するっスよ」
まあ、それなら良いのだ。話を止めてしまったことに若干の罪悪感を覚えながらも、郁人は続きを促した。
「……続けてくれ」
「はい! えーっと……何の話だったっけ……あ、そうッス。単純な話で、トアは兄さんを討伐対象として認識してる、ただそれだけっスよ。ちょっと、言葉にはできないけど……とにかく今の兄さんは、普通の人と違うんス。トアから見れば」
「正直よく分からん」
「分からなくていいっスよ。分かられても困りますし!」
叶亜菜はけらっとして笑っている。郁人は、そんな彼女を見るとすべてがどうでも良くなるような気がするのだ。簡潔に表すならば、シスコンである。
そう、だからこそ──彼は内心で叶亜菜を心配しまくっていた。
「じゃあ兄さん、帰るっスよ!」
「なあ、叶亜菜。魔法少女って危なくないのか? どっかのインキュベーターみてぇなヤバい奴に契約させられたりしてないか? 本当に大丈夫なのか?」
「あんなゲスいヤツが実在するわけないっスよ!! トアが契約したのは、優しいじっさんっス! マジで優しいっス!」
「いやいや、その優しさが逆に怪しくないか!? そのじいさんが安全だって保証はあるのかよ!?」
「あーーもう! 兄さんは心配しすぎっ! なんかもう母親みたいっスよ……」
「母親じゃなくて兄だ!」
仲良く騒いでいる彼らだが、いちおう夜なので声量は抑えている。近隣住民に迷惑をかけたくはない。
郁人はあいも変わらず意味のない心配事を口にして、叶亜菜はいまだ変身を解かずに彼の言葉を受け流して、家路を辿った。