第5話 花びらと手のひら
春の風はやわらかく、川沿いの桜並木にそっと触れていた。駿と風花は、ゆっくりと歩きながらも、その一歩一歩に新しい季節の訪れを感じていた。淡い桜の花びらが風に舞い、二人の肩や髪にひらひらと降りかかる。
「桜の花びらって、儚いね」
駿はぽつりとつぶやいた。彼の目は空に舞う薄紅色の花びらを追いながら、どこか遠くを見つめている。
風花はくすりと笑い、彼の言葉を否定するように言った。
「儚いからこそ、きれいなんじゃない?」
「そうかもしれないな……」
桜は毎年咲くけれど、その美しさは一瞬で、まるでその儚さを知っているかのように輝いていた。二人の心もまた、どこか似ていた。過ぎ去った時間の切なさと、それでも重ねるこれからの希望。
二人は静かな公園のベンチに腰を下ろした。春の日差しが温かく、柔らかな光を降り注いでいる。周りからは子どもたちの笑い声や、遠くで聞こえる自転車のベルの音が届いていたが、その喧騒はどこか遠い世界のようだった。
「ねえ、駿」
風花が小さな声で呼びかけた。
「何?」
「これからも、ずっと一緒にいられるかな」
彼女の声は震えていたが、その瞳は真っすぐに駿を見つめていた。そこには、今まで言えなかった不安と、これからの願いが詰まっているようだった。
駿は風花の手を握り返し、強く、しかし優しく言った。
「もちろんだよ。風花となら、どんな未来でも怖くない」
彼の言葉は真実だった。過去のすれ違いや離れていた時間は、確かに存在する。でも、それは今、二人の間の確かな絆には影響しない。今、この瞬間からまた新しい物語が始まるのだ。
風花は涙をこぼした。喜びの、感謝の涙だった。駿はその涙をそっと拭い、二人はしばらく無言で見つめ合った。
その後も、二人はゆっくりと並木道を歩き続けた。桜の花びらがひらり、ひらりと舞い落ちるたびに、彼らの心は少しずつほどけていくようだった。
「桜は、こんなにきれいなのに、一瞬で散ってしまうんだね」
風花はしみじみと言った。
「それでも、毎年必ず咲く。だから、また会えるんだよ」
駿は微笑みながら答えた。
「そうだね。来年も、またここで一緒に桜を見よう」
「うん、約束だよ」
二人は手をつなぎ、春風に吹かれながら歩いていった。
数日後、二人は大学の帰りにお気に入りのカフェに寄った。窓からは桜並木が見え、室内はほんのりと甘いコーヒーの香りで満たされていた。
「ねえ、駿」
風花は真剣な表情で話しかけた。
「私ね、これからもずっと駿のそばにいたい。辛いときも、楽しいときも、一緒にいたい」
駿は風花の瞳を見つめて、強く頷いた。
「僕もだ。風花といると、毎日が特別になる。どんな困難も、君となら乗り越えられる」
その言葉に風花は涙ぐみ、駿に抱きついた。二人の鼓動が重なり合い、まるで桜の花のように優しく、そして力強く咲き誇った。
春は過ぎても、二人の愛は深まっていった。
儚さの中にある美しさを知ったからこそ、これからの季節も大切に歩いていこうと決めていた。