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第3話 二人の距離

大学の春は、淡い光に包まれていた。キャンパスの樹々がほのかな緑の葉を芽吹かせ、空には柔らかな雲がゆったりと流れている。駿は校舎の合間を歩きながら、心のどこかで、あの夜の再会を反芻していた。風花の笑顔、名前を呼び合った瞬間の鼓動、それらがまるで昨日のことのように鮮やかに蘇る。


けれども、まだ二人の間には見えない壁があった。言葉にできない過去の空白と、知らず知らずの遠慮が、ゆっくりと距離をつくっていた。


ある日、駿は大学の食堂で昼食をとっていた。ざわめきの中、風花がひょいと彼の隣の席に座った。


「駿、今日は何食べるの?」


彼女の声は明るく軽やかで、その響きに駿はふっと肩の力を抜いた。


「まだ決めてない。君は?」


「今日は軽めにサラダかな。新歓の後だしね」


それだけの会話だった。しかし、その間に何度も交わされる目線のやりとりが、ぎこちなさと優しさを伝えていた。


「授業、どうだった?」


「難しいけど面白かったよ。風花は?」


「うん、覚えること多くて大変だけど、頑張ってる」


彼女の頬がほんのり染まった気がして、駿はわずかに微笑んだ。話の糸口は小さくとも、そのひとときは確かに心の距離を縮めていることを感じさせた。


放課後、二人はキャンパスの図書館で偶然に出会った。静かな空気の中で風花は席を少し詰め、駿に小さく笑いかける。


「一緒に課題やろうか?」


その言葉は控えめだったが、駿にとっては光のように嬉しかった。ふたりは一緒に参考書を開き、ページをめくる手元に視線を落としながらも、時折そっと顔を見合わせる。


目が合うたび、互いに目を逸らすけれど、その瞬間に芽生える気持ちは確かだった。


しかし、言葉にはできない不安もあった。駿はふと、自問した。


「風花は、俺に何か隠しているのか?」


彼女の笑顔の裏に、どこか寂しさが見え隠れしている。昔とは違う、大人になった彼女の心の機微がわからず、戸惑いも感じていた。


ある夕暮れ、キャンパスの並木道を二人で歩いた。沈む夕陽が、影を長く伸ばし、風が優しく髪を撫でた。


「ねえ、駿」


風花がぽつりと口を開く。


「私、昔のことを話したいと思うけど、怖いの」


駿は真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。


「僕も怖い。でも、君のことをもっと知りたい」


彼女は少しだけ微笑み、話し始めた。


「中学の時ね……」


風花の声は震えていなかった。ただ静かに、過去の痛みを受け止めながら語る。


「引っ越すって決まってから、ずっと寂しくて。駿に言えなかったのは、泣いちゃいそうで怖かったから」


駿は黙って頷いた。言葉がいらないこともある。


ふたりの間に確かな信頼が生まれていくのを感じたのは、その日だった。過去の傷を少しずつ開き、互いに理解しようとする姿勢が、距離を消していく。


それからは、ささいなやり取りが積み重なった。


教室の廊下ですれ違いざまに軽く手が触れたり、授業の休み時間にふたりで静かな談笑を交わしたり。


帰り道、無言のまま寄り添って歩いた日もあった。


毎日が少しずつ輝きを増していく。


それでも、駿は知っていた。


この距離感は、決して一気に縮められるものではないと。


だから、焦らず、ゆっくりと。


春の陽だまりのように、暖かく、優しく。


風花との時間を大切にしていこうと、心に決めていた。

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