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第7話 善良なる大根役者

 朝礼後、とりあえずテリオンの好感度を下げることに成功した(と思っている)ヴィオレッタは、悪役令嬢街道を驀進すべく、早速高慢なお嬢様としてのキャラ作りを心掛けた。

 まず、誰かが落としたものは拾ってやらない。迷っている新入生には声をかけない。誰かがミスをしたら、ゴミを見るような目で見る。


(……こ、こんなものかしら!?)


 色々と嫌な女の条件を考えて実行してはみるが、いかんせん本来の人格である“すみれ”が善良な庶民であるため、なかなか難しい。知っているのはゲームや漫画に出てくるベタな悪役、お局……そういう類だ。それを模倣したところで、模倣は模倣でしかない。浅い。うまくやり切れるはずもない。周りの反応は、おおむね「今日のヴィオレッタ様、なんか変」という具合。そりゃあそうだ。今まで優しい令嬢だったのが、今日この日からいきなりこれだ。周囲だって馬鹿ではない。様子がおかしいのくらい気づいているだろう。


(どうしよう、どうしよう……)


 焦りを隠せないヴィオレッタ。

 そうこうしているうちに、下校時間となった。予定通り、エステルと共に水の精霊への祈りの儀を執り行う時間がやってくる。学園に併設されている聖堂へ向かうと、そこには既にエステルの姿があった。


「あっ……ヴィオレッタ様」

「まあ、エステルさん。ごきげんよう」


 ここにエステルが来るということは知らなかった、という体で、威圧感を与えるような声色、そして見下すような視線で告げる。165㎝にヒールを履いたヴィオレッタを、小柄なエステルは自然と見上げるような形になった。


「水の精霊への祈りの儀、ヴィオレッタ様も……?」


 他の生徒の姿は見当たらない。それもそのはずだ。強化レッスンというのは、将来有望な生徒のみに許されたレッスンである。優秀な成績を収め、且つ、精霊に語り掛ける力が強い者。精霊と強く呼応し合う、未来のプリムスとしての期待を背負うものだけが放課後の強化レッスンに参加する。本来ならばエステルのような転入生、それも庶民の娘がこの場にいるのは、あり得ないことなのである。

 それなのにエステルがほぼ毎日この聖堂へ足を運ばねばならないのには理由があった。

 彼女が、前代未聞の“すべての精霊と適合した少女”だからだ。

 そうでなければ、エステルは乙女ゲームの主人公たりえなかったと言えばそうとも言える。これから、エステルは通常の授業を受けた後に、ルネス――月曜日から木曜日までの間、欠かさずに聖堂で祈らねばならないという過酷なスケジュールをこなしていくことになる。

 思えば気の毒なものだ。貴族社会についても、精霊への祈りについてもさほど知らないような娘が、全ての精霊との適合が発覚したがばかりに唐突に学園に転入することになり、右も左もわからない中、初日から精神力を削る祈りの儀に身を置くというのだ。

 けれど、ヴィオレッタは同情してやるわけにはいかない。


(厳しく……! 厳しく接して、まずは怖がられなくては)


 きつ、と睨みつける。


 エステルはヴィオレッタの冷たい瞳に一瞬肩を強張らせたが、気を取り直したように笑顔を作ってぺこ、と頭を下げた。


(な、なに……?)


 ゲームの中では、こうして睨みつけられたエステルの反応はプレイヤーの選択肢に左右される。けれど、この――頭を下げるという行動は存在していなかったはずだ。


(ゲーム内での選択肢は、まっすぐに見つめ返すか、目を逸らすか……笑顔で頭を下げるなんて、そんなものは……)


 考えていると、朗らかなエステルの声がした。


「あの、私、王都へ出てきてまだわからないことだらけで……無礼を働いたり、ご気分を害することをするかもしれないですけれど、どうかよろしくおねがいします。その都度、教えていただけると助かります」

「あ……」


 このセリフは、知らない。

 生前にプレイした『Elementum』においては、見たことがないものだった。

 すべてを事細かに覚えているかといわれると怪しいが、さすがにゲーム開始時の何度も見る選択肢くらいは覚えている。周回プレイを続けていれば、ここは何度も通るシーンだ。

 咄嗟の事でどう返せばいいかわからなくなったヴィオレッタは困惑の表情を隠すためにふいとそっぽを向いた。


「わかっているのならば、まずはその無駄口を慎むところから始めてはいかが?」

「あっ、すみません……」


 しゅん、と眉を下げてエステルは謝罪の言葉を口にする。

 少し胸が痛むが、これでいい。こうして距離を感じてもらわねばいけない。

 原作にない台詞を突然発したことには驚いたが、良くも悪くも素直な性格の“エステル”に変わりはなさそうだ。


「それで? いつまでそこに立っているおつもり? 今日は水の精霊への祈りでしょう。水の間へ行きますわよ」

 ヴィオレッタがそう言って、水の間に案内してやる。これもチュートリアルのひとつ。エステルの物語を進めてやるために必要なことである。

「はいっ、よろしくお願いします」


 ひな鳥のようにヴィオレッタの後をついてくるエステル。


(なにかしら、この気持ち……)


 ちくりと胸の奥が痛む。

 ぎゅっと、切なく何か締め付けられるような。

 ヴィオレッタは軽くかぶりを振ると、水の間の扉を開いた。


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