表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

第5話 水浅葱の微睡、ゼフィア

 一方、ヴィオレッタ達と別れて『アポロ』の教室へ入ったエステルの方はというと、教室の調度品に「ふわぁ」とため息を漏らしていた。


「どう? これが、これから一緒に学んでいく俺たちの教室だよ」


 アグニに顔をのぞき込まれたエステルは、ハッとすると何度も頷く。


「はい、こんな広くてきれいな教室で勉強させてもらえるんですね」

「勉強ね……はは……俺は正直勉強はあんま得意じゃないけど」

 言いかけた時に、アグニの肩を誰かが叩いた。


「ゼフィア」


 アグニが振り向いた先で、水浅葱色の髪が揺れる。名前を呼ばれて、男とも女ともつかないような顔の“ゼフィア”は柔らかな声色で答えた。


「あんた、また距離近すぎ」


 ぐい、とアグニの肩を引っ張って引きはがすと、少し眠たげな瞳をエステルへと向ける。


「ごめんね、こいつ。考え無しに女の子に近づくなとはいつも言ってるんだけど」

「え、あ……」


 そこで初めてエステルもアグニと自分の距離が近かったことに気づく。さっと顔を赤らめ、俯いた彼女に、ゼフィアは苦笑いした。


「あんたもそういうの気にしないタイプだ? 気を付けた方がいいよ、田舎ではそうじゃないかもしんないけど、こっちじゃそういうの、はしたないって怒られるから」

「すみません……」

 縮こまるエステルに、ゼフィアは笑った。

「俺に謝っても仕方ないって。気をつけなね、自分のために」

 で、あんただれ? と不躾に訪ねてくるゼフィア。その横でアグニが深いため息をつく。

「そういう聞き方ないでしょ」

「あ、ごめんごめん。俺、ゼフィア・アペリオテス。あんたは?」

「エステル・クレメンテです」

 名前を聞いて、ゼフィアは「あー」と何か合点がいったような顔をした。

「なんかそーいや転校生くるとか言ってたな」

「いや、先生の話ちゃんと聞いときなよ」


 どうやら、前日の段階で転入生がやってくるという話は生徒たちに周知されていたようで、本来ならゼフィアもエステルが何者なのかわかっていたはずなのである。ところが、彼は昨日の終礼の際に寝ていたらしく、その情報がすっぽ抜けていたのだ。

 ゼフィアは翡翠色の瞳を伏せる。


「しょーがないじゃん、午後は眠くって敵わない」

 さて、そろそろ先生来るよ、と言いながら、自分の席へ戻るゼフィアの背を見送り、エステルは遠慮がちに視線をさ迷わせた。

「エステルは俺の隣の席。おいで」

 アグニが手招きをする。窓際の一番後ろの席が一つあいている。エステルはそこへ着くと、カバンを机の横のフックにかけた。


 それと同時に、朝礼のベルが鳴る。学園の鐘楼から響く、教会の鐘の音に似た音。

 ヴィオレッタは、それを聞きながら本当の意味での“物語”の始まりに覚悟を新たにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ