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第3話 熱砂の君、アグニ

 息を切らして走ってきた少年は、勢いを抑えきれずにたたらを踏む。

 浅めの褐色肌に、ガーネットの瞳。赤みを帯びた黒茶色のふわふわした猫っ毛に、人好きのする笑顔。砂漠の国出身の彼の名は、アグニ・サーハス。ヴィオレッタと同じ、二学年に所属する生徒だった。火の精霊とのつながりが深く、次代の火のプリムスとして期待されている。その彼がここに走ってきた理由を、『すみれ』は知っている。学年担当の教諭に頼まれて、転入生であるエステルの案内をすることになっているのだ。けれど、大事な日に限って寝坊してしまった彼は寝ぐせを付けたまま男子寮から全力疾走して、この姫君を迎えに来たわけである。


「え、と……」

「あれ? 先生から連絡いってなかった? 俺はアグニ・サーハス! 2年だから、君と一緒、同い年だよ」


 エステルの顔がぱっと晴れた。


「ああ! 学園長先生がおっしゃっていたサーハス様ですね」


 頷くと、アグニはエステルに握手を求める。


「アグニでいいよ、堅苦しいの苦手なんだよね。俺もエステルって呼んでいい?」

「えっと、あの」


 アグニは砂漠の国の王位継承権二位に当たる王子である。学園長から転入初日の案内をしてくれる少年がどんな肩書を持つのか一応聞いておいてよかった。エステルは遠慮がちに視線をさ迷わせた。この場合、彼の手を握り返すのは正解なのだろうか。先刻ヴィオレッタに指摘されたように、相手側から握手を求められたとしても、その手を取るのは礼儀に反するのではないか。その彼女の戸惑いを察してか否か、アグニは強引にエステルの手を握った。

「よろしく!」

「よろしく、おねがいします」


 相手側から強引に手を握られては、エステルの非礼も不問だ。アグニはそれを天然でやってのけて、にっこりと笑った。


「……」


 黙って見つめているヴィオレッタにやっと気づいたようで、アグニは振り返る。


「ヴィオレッタもおはよ! どしたのそんな難しい顔して。遅刻しちゃうし、もう行こうよ」

「え、ええ……」


 ここで、頷く。シナリオ通りだ。このままいけばいい。この後、エステルと同じクラスのアグニがチュートリアルを担ってくれるはず。ヴィオレッタは少し安心して息をつくと、アグニとエステルに続くように、校舎に向かい歩き出した。寄り添うように、ソールがヴィオレッタの隣を歩く。


 アカデミア・エレメントゥムは2クラス三学年制である。

 一クラス30人前後、生徒が祈りを捧げる精霊の種別で大まかにクラスを振り分けることになっており、水、地の精霊と適合するものはクラス『セレネ』へ、火、風の精霊と適合するものはクラス『アポロ』へ所属することになっていた。複数の精霊と適合する場合は、人数の調整でどちらかへ振られることとなっており、どの精霊とも交信が可能であるエステルは、定員に余裕があった『アポロ』の方へ入ることになる。火の精霊と適合しているアグニも『アポロ』の生徒なので、転入初日から一週間くらいは彼が世話を焼いてくれることになっているはずだ。


 2学年で『アポロ』に所属するのはもう一人。ゼフィア・アペリオテスだ。飄々とした性格でつかみどころのない男だが、頭は切れる。風の精霊と適合しているだけあって、自由を好む性質で、人と群れない。エステルとも、自分からは関わろうとしないタイプなので……。


(攻略が難しいキャラだったな……)


 すみれは、前世の記憶を辿って、とりあえずゼフィアはエステルとはくっつきにくいだろうと推理した。ゲーム『Elementum』に登場する男子の中で、攻略難易度が最も低いのがアグニである。彼は何もしなくても勝手に友達になってくれるし、要求されるステータス値も他のキャラクターに比べるとかなり低く設定されているので、年度末にある舞踏会の際に思いを伝えれば、よほど嫌われるような振舞いをしない限りは首を縦に振ってくれる男だった。

 アグニと幸せになっていただくでも、まあ構わないのだけれど、“すみれ”は前世においてエステル――いや、霜野恵子の推しキャラがソールだったことをはっきりと覚えている。

 今は霜野恵子としての記憶がなかったとしても、どこかのタイミングで目覚めた際にソール様が良かった、とならないためにも初めからソールと仲を深めるルートへ是非いってもらいたい。


(ソールとの親密度を上げておけば、後から他の男子と仲良くなりたいってなった場合にも方針を変えやすいし……)


 ソール自体の攻略難易度は中程度だったと記憶している。要求ステータス値はすべてを平均以上にする必要があるので、簡単にお付き合いができるかといえばそうでもないのだが、ゲームパッケージでも一番大きく描かれているように、制作側が「王道キャラですよ」と打ち出していることが伝わるキャラクターだった。だからこそ、とりあえず彼を攻略するつもりで進めれば他キャラクターへの分岐にも入りやすいという仕様になっていたように思う。

 なんにせよ、このままいけばとりあえずは大丈夫。エステルは誰かと幸せになれるはずだ。ヴィオレッタは『セレネ』の教室の扉を開いた。


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