第18話 夢
その日の夜、慣れない乗馬のせいで傷む節々を擦りながら、エステルはベッドに入った。
筋肉痛はもちろんのこと、唐突に脳内に流れ込んできた映像が何だったのか、存在しない記憶、この世界に存在しない景色、知らない親子。
身体だけではなくて、頭も心も、ものすごく疲れた。エステルの身体は鉛のようにベッドに沈み込んでいく。
――ル、エステル。
眠りの中、声が聞こえた。夢だ。ふわふわと靄のかかったミルク色の世界。夢の中だと、はっきりわかった。
「エステルさん」
エステルの脳内に響く声は、乗馬中に見た幻に現れた母親と思しき女性のものだった。
「……あなたは?」
エステルの名前を呼ぶ声は、古い蓄音機から流れる音声のように掠れてとぎれとぎれだ。
「よく聞こえないんです。もう少し、大きな声で……」
何かを伝えようとする女性の声、意思の疎通ができるほどの鮮明さはなく、やがて遠く消えていった。
「!!」
がばり、と飛び起き、エステルは荒い息を整える。
怖い夢ではなかったはずなのに、心臓の音がうるさい。
何か、知らなければならないような……。
あの声の主と、きちんと話さなければいけないような、そんな気がした。
それなのに、雑音交じりの声とは会話がままならない。結局、彼女が誰なのか、あの娘が誰なのかも、知ることは出来なかった。
けれど、エステルの中の何かが騒いでいる。
必ず、またあの声の主に会う。会える、と。
その時に、なんとかして尋ねなければならない。
あなたは誰なのか。
――私は、誰なのか。
カーテンの隙間から射しこむ朝日で、エステルは目を覚ました。
夜半に一度目を覚ましたものの、身体の疲れがまた深い眠りへと誘ってくれたおかげで、あれから寝付けないということもなく無事に朝を迎えられたわけだが……。
「あ」
はやく支度をしないと、遅刻してしまう。部屋に備え付けの洗面台で顔を洗うと、エステルはそのふわりとした栗色の髪にブラシを通した。
いつもと変わらない朝の支度、今までと同じルーティーンなのに、何かが引っかかる。何が……私は何に引っかかっているんだろう。ぷつん、と切れた髪に顔をやや歪め、ブラシを置いて、髪をハーフアップにまとめ、部屋を出る。
わずかに、言いようのない不安に襲われながら、自分がバラバラになってしまうような感覚に苛まれながら。




