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第16話 誰そ彼、幻灯の少女

 本来のシナリオ通りに行くと、エステルはこのイベントの後からヴィオレッタを少し怖がるようになる。無理もない、落馬のきっかけを作った張本人だ。


(……わたくしが騎乗の補助をしたことによって、正規シナリオとは少し流れが変わっているはず……下手なことをしたらエステルの怪我の具合がシナリオどおりに行かないことも……)


 ヴィオレッタの考え込む素振りを見たマローネは、心配そうに鼻面を向けた。すん、と鼻を鳴らす。


「マローネ、大丈夫よ」


 それに気づいて、ヴィオレッタはマローネの首を撫でる。マローネの鞍上ではエステルが目をキラキラさせたままだ。このままただ乗っているだけでは練習にならない。今日のところは、とりあえず引き馬で馬上の揺れを体験してもらうのが良いだろう。


「エステルさん、今日はまだマローネに指示を出すのは早いわ。わたくしが引いて差し上げるから、手綱をこちらへ。あなたは鞍についているハンドルを握って」

 ヴィオレッタに手綱を渡して、エステルは緊張した面持ちでよろしくお願いします、と言った。静かに前に出て、ヴィオレッタはマローネを引く。


(わ、揺れる……!)

 エステルはマローネの歩行の揺れに、バランスを取るので精いっぱいだ。運動神経は良い方ではない。きょろきょろと視線を動かすと、ヴィオレッタの叱咤が飛んでくる。

「視線はまっすぐ前! 背中であなたが不安がっていたらマローネも不安になるのよ!」

「は、はい!」

 再度姿勢を正し、進行方向をまっすぐ見つめた。



 そのとき、エステルは、ばちんと目の前で一瞬光が跳ねたように感じて狼狽える。

(え?)

 次の瞬間、エステルの脳裏に、一つの絵が浮かび上がった。

(な、なに……?)

 ずきん。

 頭が痛む。

 咄嗟に右のこめかみを抑えた。ずきん、ずきん、響くような鈍痛。

 古い幻灯機に映し出されたような絵は、やや明滅しながら掠れた写真を差し替えていく。

「っ……」

 耳の奥で、何かが聞こえる。


 ――て。

(なに……?)

 ――お母さん! 手、離さないでね!

(……?)

 映し出されているのは、肩までの髪を二つに結い下げた黒髪の少女。齢は5歳前後だろうか。その子が跨がっている、二つの車輪がついた乗り物。その後輪側の後ろについている鉄のパイプが二重になっている輪のような部分を抑えている人物の顔は、よくみえない。けれど、少女が「お母さん」と言っていたからきっとこの人は彼女の母親なのだろう。

 二枚目に映し出された像は、少女の後方、恐らくは母親の視点からのものだった。

(ひどい、あかぎれだらけだわ……)

 少女の後方を支えている手、それが手前に移っている。おそらくは水仕事でできるあかぎれだ。故郷の食堂の女将さんはいつもこんな手になっていた。酷い手荒れだとエステルが心配すると、毎日洗い物をし続けるとどうしてもこうなってしまうと笑ったのを覚えている。

(きっと、この人も働き者なのね……)


 ずきん。

 また頭に鈍痛。

 この人? この人は、誰なの?

 この少女は、誰なの……?



「……さん! エステルさん!?」

 ハッとして馬上から見下ろすと、そこではヴィオレッタが心配そうな顔でエステルを見上げていた。気づけばマローネは足を止めていて、ヴィオレッタも左わきに控えている形になっている。


「あっ……ごめんなさい」

「なんだか心ここにあらずだったから……いかがなさったの?」


 そのままを話すべきかどうか悩んだが、話すにしたって説明が難しい。

 急に光が弾けたと思ったら、知らない親子が見えて、頭痛が……。どれを話したって、変な子だと思われて終わりだ。エステルは口をもごもごさせて、それから答えた。


「急にすごい頭痛がして……」

「え!?」

 ヴィオレッタの驚いた声にマローネも振り向く。その揺れで、エステルはぐらりと姿勢を崩す。


「あっ……」

「エステルさん!!」


 このままではヴィオレッタを潰してしまう。エステルはなんとかヴィオレッタを避けて落ちよう、と身を捻る。

「だめ! こっち!」

 ばちん、もう一度光が弾けた。


 ――だめ! こっち!


 今度は、大人の女性の声だ。

 目の前で二輪車が右へ傾く。

 女性の声に、少女は身体を左の方へ傾けた。

 それでバランスをもちなおして、車輪は回る。


 ――そのまま、そのまま漕ぎ続けて!



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