第13話 憂鬱令嬢と親衛隊
さて、大変手ごわいエステルの無邪気純真パワーを真正面から喰らったヴィオレッタだが、翌日の朝はげっそりとした顔で登校した。取り巻きの少女たちは皆、ヴィオレッタを案じてその様子をそっと見守っている。
「いかがなさいましたの? ヴィオレッタ様」
目の下にできたクマを看過することが出来ずにたまらず尋ねたのは、昨日の登校時にエステルの不作法に苦言を呈したあの娘、エレナだ。伯爵家令嬢のエレナ・グランツは、取り巻きの少女たちの中でも発言権が強いので、遠巻きに見つめるしかないファンの子達とは違う。
肩に着くか着かないかの長さのまっすぐな黒髪が、さらりと揺れる。同じ色の瞳が、不安げにヴィオレッタの顔をのぞき込んでいた。エステルの視点で見ると重箱の隅をつついてくる嫌味で意地悪な令嬢だが、彼女はヴィオレッタの事を心から敬愛しているため、ヴィオレッタ側から見れば自分を慕ってくれる優しくてかわいげのある娘である。人間というのは立場によって見方が変わる、というのがはっきりとわかる事例だとヴィオレッタは感じていた。
前世において、ゲーム攻略時には、この娘の存在に随分悩まされたものだ。言ってしまえばヴィオレッタの腰巾着。ヴィオレッタがエステルに突っかかっていけば必ず援護射撃をするし、ヴィオレッタのいないところでもエステルが何か粗相をしないか目を光らせていて、少しでも気に食わないことがあれば「わが校に相応しくない不作法もの」と指摘してつるし上げてくる面倒な存在だった。
「エレナ様、お気になさらないで、少し寝不足なだけですわ」
目元のクマだけでなく全体の気がどんよりと沈んでいるヴィオレッタを放っておけるはずもないエレナは首を横に振る。
「いいえ! 寝不足なだけでヴィオレッタ様の輝きが曇るなんて……あっ、わかりましたわ! 昨日の転入生でしょう! あの子、入寮しましたわよね? それもヴィオレッタ様のお向かいの部屋に!」
耳が早いな……どうしてそんなこと知ってるんだろう。もしかしてストーカーなのかな。ぼんやりとそんな風に思ったが、ヴィオレッタは苦笑いを返す。
「ほ、ほほ……嫌ですわ、このわたくしがあんな田舎娘に頭を悩ませて不眠に陥るなんてお思いですの? 今朝、寮監の先生からも言われましたけれど、なにもわからないで困っている転入生を指導するのは未来の王太子妃にしてプリムスのわたくしにとっては造作もないこと。そして、当然のことですわ」
ふん、と胸を逸らして見せる。どんよりとしたオーラは変わらないが、その姿勢は偉そうな令嬢そのもの、とヴィオレッタは自負していた。
「ああっ、ヴィオレッタ様、お労しい。わたくしがかならずやその憂いを取り去りますわ……!」
ところが、エレナと来たらヴィオレッタの両手を取るとがっしりと握り、瞳を潤ませてそんなことを言うのだ。
(げ……)
心酔しすぎだ……。ヴィオレッタはエレナの態度に若干引き気味だった。今朝がた、寮で挨拶をしてきたエステルに挨拶の仕方を教えてやったなんて言ったらどんな顔をするだろう。怖くて言えたものではない。
「何やってんの、邪魔なんだけど」
背後から声が降ってきた。心底面倒くさそうな、気だるげな声。
「あらっ、ゼフィア様」
おはようございます、と礼をするエレナに、ゼフィアは珍獣でも見るような目で答える。
「おはよ。……で? ヴィオレッタは、どーしてそんなよれよれになってんの?」
誰の目から見ても今のヴィオレッタは“よれよれ”だということだ。ぐっと言葉を詰まらせるヴィオレッタを見て、ゼフィアは何かを感じ取ったのか深くため息をつく。
「……変なの。なんかいろいろ考えてるみたいだけど、おかしいのバレバレだよ」
「え!? な、ななななななな何のことですの?」
「ばっかばかし……。何が原因なのかは分かんないけど、あんた昨日からなんか変。昨日ってなんかあった?」
歩きながらそう尋ねてくるゼフィアに、ヴィオレッタは目を泳がせる。
「えっ? わ、わたくしはいつもどおーりのヴィオレッタ・ド・ヴィルグラスですわよ?」
「白々し……。ねえ、あんたはなんか知ってる?」
ゼフィアは横目でエレナを見る。エレナは大きく頷き、そして得意げに言った。
「転入生ですわね、絶対!」
「転入生……あ~、そういやいたね……なんだっけ、えっと」
興味のないことにはとことん興味がない。二年次から転入する生徒なんて前代未聞なのに、ゼフィアにとってはそれだってどうでもいいこと。彼にとっては今日もゆっくり昼寝できる場所があるかどうかの方が重要だ。
「エステル・クレメンテさんですわ!」
エレナが声を荒らげる。
「あの子、田舎から出てきていきなりヴィオレッタ様を挨拶もなしに追い抜こうとしましたのよ、信じられまして!?」
耳がキーンとなる。ゼフィアはうざったそうに目を細めて両耳に人差し指を突っ込んだ。肩にかけたバッグがずり落ちて、ため息を一つ。
「……別に……そういうめんどくさい礼儀作法、俺としてはどーでもいいし」
「な、どういうことですの!?」
またキーン! である。ゼフィアはもううんざり、という顔で歩く速度を落とし、エレナの後ろへ下がった。
「どーでもいいはどーでもいいでしょ。別に目上の者には立ち止まって挨拶しなきゃいけないとかいう謎マナー守ったからって人間関係が円滑に行くって保証はないし、それをやったとこで将来が約束されるわけでもなしさぁ……なんの意味があってそれを守るのかなって常々俺も思ってたわけ。ダルいあいさつ省いてサッと移動できた方がお互い時間を有効活用できるってもんじゃない?」
それでも真面目に答えてやる辺り、ゼフィアは優しいのかもしれないな、などとヴィオレッタは思った。貴族社会の陋習に捕らわれきっているエレナはゼフィアの言うことが全く理解できないようで、信じられないものを見るような目で振り向き、ゼフィアを見つめている。
「多分俺の考え方とあんたの思考が交わることは一生ないと思うからさ、気にしなくていーよ」
ふわ、とあくびを一つ。
「じゃ、俺さっさと教室入って仮眠取りたいからお先」
エレナよりも長いコンパスで歩幅をとり、つかつかと早足でゼフィアは行ってしまう。ヴィオレッタは、ゼフィアの言うことは一理あるよなぁ、と思いながら小さく息を吐いた。
「まったく! ゼフィア様ったら、なんてこと仰るのかしら。信じられませんわ!」
ねぇ! と同意を求めるエレナに対し、ヴィオレッタはやや困ったように笑いかける。
「さ、最低限のマナーは大切ですわね」
うんうん、と大きく頷くエレナ。
この子を御することも、この後の展開において重要になってくるぞ……とヴィオレッタは頭を抱えた。
(エレナが暴走しすぎると、ヴィオレッタは断罪どころか処刑まで行っちゃうルートもあったはずなんだよな……度が過ぎたことをやろうとしたら未然に止めないと……)
いい塩梅で、というのは言うのは簡単だがとても難しいことである。




