VS主人公(?) その3
「な、なんかよくわかんないけど……俺のターン! ドロー!」
よくわからないならくよくよ悩まないのも一つの手だ。割り切ってデュエルを進めるダン少年は、引いたカードを見て顔をしかめた。
どうやら、思うような一発逆転のカードじゃなかったらしいな。
「俺は、“刃の魔術師”を召喚してターン終了……」
呼び出されるのは、シルクハットをかぶったボロボロのコートの紳士。手には名前の通り刃を持っているが、ステータス的にはマジェスティック・フレイマーどころかデビル・フレイマーにも及ばない。本来の役目も果たせず、壁になるだけのようだ。
「私のターン、ドロー。……バトル! デビル・フレイマーで”刃の魔術師”に攻撃!」
「……っ、伏せていたトリックカード“窮地の閃き”発動! このカードは、場に“破邪”アイコンを持ったモンスターが存在し、トラッシュに“破邪の聖具”がある場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる! 墓地から“白の魔導書”を再び発動する!」
なるほど。それでデッキから新しい装備カードを引き寄せつつ、破壊を魔導書の効果で防ぐつもりか。燃え盛る炎そのもののモンスターが刃の魔術師に巻き付き炎上させようとするのを、魔術師は魔導書を手に結界を張って耐え凌ぐ。
「俺はデッキから“破邪剣聖 デーモン・スレイヤー”を手札に加え、刃の魔術師の戦闘破壊を魔導書の効果で防ぐ!」
「残念。デビル・フレイマーが戦闘を行った場合、相手モンスターは例え戦闘破壊されなくともトラッシュに送られる」
燃え上がる炎が魔術師の結界に燃え移り、決して消えない。
戦闘破壊されない壁モンスターなんて、それなりに存在する。だが、デビル・フレイマーはそういったモンスター達に対するメタ効果だ。
残念ながら、そう易々と攻撃は止められない。苦痛の声を上げて、刃の魔術師は結界ごと燃え尽きた。
『おおーーーっと! トリックコンボで攻撃を耐えようとしたダン選手ですが、トウマ選手の方が一枚上手だった! 再び場のモンスターはゼロ、このままではダイレクトアタックを受けてしまうぞ!』
「くぅぅ……!」
「……続けて、マジェスティック・フレイマーで相手プレイヤーにダイレクトアタック!!」
のっそりと、巨大な炎の塊が動き出し、形を変えながらダン少年に迫る。蛸の形に変化した焔が足を延ばし、少年を包み込んで焼き払う。
映像だけだからダメージはないだろうが、見てるだけでも熱そうだ。
「うわああー!?」
『おっと、ついにダイレクトアタックがダン選手に炸裂ー!? もう一枚の伏せカードはブラフだったのか?!』
心配そうな声色でレフェリーが解説を続ける中、炎の中でぎらり、とダン少年の目が強い輝きを帯びた。
来るか。
「俺は、もう一枚の伏せていたトリックカード……“骨を断たせて命脈を絶つ”を発動! このカードは相手の場に上級モンスターが存在し、俺の場にモンスターが居ない状態でダイレクトアタックを受けたときに発動が可能! 相手フィールド上のモンスターを、効果を無視して全て破壊する!!」
『こいつは……とんでもない切り札を伏せていたぞ! このトリックカード、ダメージそのものは防げないが、相手が破壊耐性を持っていてもそれを無視して全て薙ぎ払う強力無比な反撃カードだ! 問答無用で相手の場を消し飛ばすぅ!!』
トリックカードが光を放ち、それが私のモンスター達を貫いていく。かき消されるように、炎の魔性達が消滅し、私の場はがら空きになった。
「やった! これで、相手のモンスターは全滅だ!」
「よくやったぞ坊主!!」
「これで一発逆転よ!!」
観客からも歓声が上がり、えへへへ……とダン少年は鼻の頭を擦る。
「これで俺の勝ち……」
「トリックカード発動! “魔術再演”!!」
「え?」
私の宣言にダン少年の顔が凍り付く。悪いな。
さっきと違って、今なら条件が良いんだ。だからこそ、あえて罠に踏み込んだ。
「このトリックカードは、私の魔法カードがトラッシュに送られたターンの終了時に発動できる。そしてこのターンより前にプレイされた魔法カードを、発動条件を無視して再度発動できる」
「え、まって。このターン、おまえ、何も魔法カードなんて……」
『いや、問題はないぞ! 何故なら、トウマ選手のデッキに入ってるモンスターは全て、「魔法カードとしても取り扱う」という効果がある! 今、トリックカードでモンスターが破壊され、トラッシュ送りにされた事で発動条件は満たしているぞ!』
その通り。ただ、魔石カウンターを貯める為だけの効果ではないのだ。
そして、トラッシュに送られたのがこのターンであっても、ソイツがプレイ……すなわち召喚されたのは、前のターンだ。よって。
「私は、マジェスティック・フレイマーをトラッシュから特殊召喚!!」
「あ……え……ウソ……?!」
再び燃え上がる黒い炎。吹き出すように広がる炎が、再び怪物の形を取った。
『こ、これは……時間差を生かしたトウマ選手の華麗なコンボ! 先ほど攻撃を見送ったのが、こんな形で生きてくるとは!』
「大人げねーぞ悪逆デュエリスト!!」
「いや、あっちも子供じゃんか……え、なんていうの、この場合」
周囲の観客もこの展開にざわざわしている。まあ、私の中身を考えたら大人げない、というのはマジでそうなんだけど。
この見た目で助かった。どのみち、悪者扱いは避けられないのだけど。
「ターン終了時の発動の為、バトルは出来ない。……君のターンだ」
「う、うぅ……ど、ドロー」
促されてカードを引くダン少年。だが、その瞳は引いてきたカードを目の当たりにして、一瞬しかめられ、しかし強い光を宿して見開かれた。
何か。チャンスを掴んだかな。
主人公の底力を拝見といこう。
「……俺は、手札から“破邪剣聖 デーモン・スレイヤー”を特殊召喚!」
《うぉおお、降・臨っ!》
カードの召喚ともに、姿を現すのは白の魔道剣士。彼が飛び上がり空中で光り輝くと、どこからともなく現れた鎧がその全身を覆い、メカメカしいパワードスーツじみた鎧武者となった。
派手な演出といい、これがダン少年の切り札か。しかし……。
『これは、ここに来てダン選手、ついに切り札をだしたか!? だ、だがこのモンスターは、本来場に“破邪の聖具”が三つ以上ないと召喚条件を満たせない! 普通に召喚する事も出来るが、その場合のステータスは……』
「ゼロ、か」
いわゆる妥協召喚と言われる効果だ。最上級モンスターを、ステータスを落とす事で手軽に召喚される。当然、戦闘には使えない為、何らかの素材にするのが鉄則だ。
しかしながら見た所、そういう事をするデッキには見えない。本当に、ただ召喚しただけか?
『いいや、まだだ、まだダン選手に勝機はある! デーモン・スレイヤーは、ターンに一度、トラッシュに存在する“破邪の聖具”を可能な限り自身に装備する効果がある! この効果で装備カードを5つ以上装備した場合、デーモン・スレイヤーは完全な力を取り戻す事が出来るぞ!!』
「うおお、それが狙いか! やるじゃん!!」
「あれ、でもトラッシュにある破邪の聖具って、確か……」
一瞬ヒートアップした観客が、その事に気が付いてざわめき始める。
そう、墓地にある聖具は二枚。そして、手札に十分なカードがあれば、さっきまでのような顔はしないだろう。となると、何か賭けに打って出てくるな。
「俺は手札から、魔法カード“折れた聖剣”を発動! このカードは、俺の場に“破邪剣聖 デーモン・スレイヤー”が存在するときに発動できる。この効果で俺のデッキの上から五枚をめくり、その中に“破邪の聖具”があれば、墓地に送る!!」
『これは……ダン選手、一か八かの賭けにでたぞ!! 五枚といえば破格に聞こえるが、必要な枚数はあと三枚! そもそもデッキにサーチカードで圧縮をかけている以上、確率は下がっている! 果たして、目当てのカードを引けるか!』
レフェリーの解説に、観客たちも息を飲む。
私は鷹揚に、腕を組んで様子を見守った。
「一枚目! ……“ミラーシールド”! 墓地に送る! 二枚目! “双翼の刃”! 墓地に送る!」
「よし、順調だ!!」
さっそく二枚が墓地に送られ、観客が沸く。だが、三枚目でダン少年は苦し気に顔をしかめた。
「三枚目……二枚目の刃の魔術師。四枚目! ……トリックカード“鉄条網”」
「あああ、ダメだーー!!」
「次が最後の五枚目だぞ! 頑張れー!」
観客が絶望し、あるいは声援を送る。周囲を巻き込んで大きな感情の渦を作り出す。やはり彼はそうなのか?
神妙に見守る私の前で、五枚目のカードがついに提示された。
「五枚目は……」
「“鱗ある翼”!! 墓地に送る! これで、五枚揃った!!」
カッ、とデーモン・スレイヤーが光り輝く。トラッシュから飛び出した五つの光がその周囲を飛び交い、その全身に装着されていく。
「デーモン・スレイヤーの効果発動! トラッシュにあるすべての装備カードを装着する!」
《完全復活!! そしてフル装備だぜ!! これが! 悪を滅ぼす破邪の力だ!!》
肩アーマーから展開された隠し腕が双剣を装備し、その全身が鏡面装甲によって銀色に輝く。背中からはドラゴンの翼が広がり、右手には黒い剣を、左手には魔導書を。
その姿は、異形なれど正義の輝きに満ちていた。まさに、魔をもって魔を滅ぼす、破邪の輝き。
私のデッキとは概念的にとても相性が悪そうだ。
私は右手をかざして、強すぎる輝きから目をかばった。
『決まったぁあああ!!! デーモン・スレイヤー、その最上級のステータスを取り戻した! そして装備カードによって強化されたその戦闘力は、マジェスティック・フレイマーを遥かに超えているぞ!!』
神々しいまでに輝く破邪の鎧。それを前に、燃え盛る黒い炎が慄くように声を上げる。
眩しい。
「バトルだ! デーモン・スレイヤーでマジェスティック・フレイマーを攻撃!!」
《破・邪・顕・正、一刀両断!! とりゃああ!!》
突撃してきたデーモン・スレイヤーへ、フレイマーは炎を吐いて抵抗する。だがそれは展開された鏡の結界によって遮られ、飛び込んだ剣聖の振るう黒い刃が、悪魔を真っ二つに両断した。
「やった! そして、鱗ある翼の効果発動! 相手モンスターを破壊した時、もう一度攻撃できる! プレイヤーにダイレクトアタック!!」
《いくぜ! さっきのお返しだぁ!》
高速で飛来するデーモン・スレイヤーがすれ違いざまに私の胸を一閃。通り過ぎた破邪の鎧は背後で急上昇、空中で反転してダン少年の場に戻った。
私はというと、感触はないもののメカメカしい存在が高速接近してきた迫力に思わずたたらを踏んでしまった。びっくりした。
しかし、これで二度目のダイレクトアタック。ライフは残り僅かだ。
「いいぞーー!!」
「これで勝ちは決まったな!」
『二度目のダイレクトアタックが直撃ぃーー! ダン少年の切り札、破邪剣聖デーモン・スレイヤーがその威容を見せつけるぅ!! しかも、装備カードの効果によってデーモン・スレイヤーは一度だけ破壊を免れ、さらに相手の魔法・トリックカードの効果を受け付けない! さらにモンスターを破壊した時、連続攻撃が可能で、かつ、相手モンスター全てに同時攻撃が可能だ! 流石に、この状況を逆転するのは厳しいか!?』
なるほど。ただ攻撃力や攻撃回数を上げるだけではなく、耐性を与える装備もあるのか。
装備ビートは、除去に弱く、カードアドバンテージがマイナスになりやすい欠点がある。だが、あのデッキはサーチで後続を補充し続ける他に、トラッシュから装備カードを回収でき、かつ効果耐性で除去に強くする事でその弱点を補っている訳か。
子供にしてはよく考えたデッキだ。自分で考えたのか、誰かに調整してもらったのか?
「俺のターンはこれで終了だ! へへん!」
「……私のターン、ドロー」
カードを引き、しかしそれには目を通さず、私は手札に加える。事前に何を引くか分かっているし、それに何より。
もう、すでに勝負は決まっている。
「なんだ、カードに目を通さない? 諦めたのか?」
「いや、デッキトップ操作済みだからな。しかし、その割にはなんか様子が……」
勘のよい観客がいるようだ。だが、すでに運命は決した。
魔石カウンターは、すでに9つ溜まっている。ほかならぬ、ダン少年の手によって、最後の刻印は刻まれた。
見よ、魔の石板を。最初、まっさらだったその表面には、今やびっしりと謎の文字が刻まれている。
「私は“全知収集の石板”の効果を発動。魔石カウンターが9つ溜まった時、このカードをトラッシュに送る事で、モンスタートークンを特殊召喚できる」
「モンスター・トークン?」
『カードの効果で生み出された、カードではないモンスターという事ですね。カードではないのでデッキに入る事なく、破壊されたら墓地にいかず消滅し、ゲームから取り除かれます。多くの場合、ステータスをほとんど持たない弱小カードですが……この局面でそんなものを呼び出すはずがない! トウマ選手、一体何を?!』
バキバキ、と石板が砕ける音がする。振り返ることなく、背後から迸る青い光を浴びながら私は高らかに切り札の名を呼んだ。
「運命はここに確定した。変化する未来に絶望せよ……来たれ“知啓の主 ケー・クァール”!!」
《!? その名は……お前、まさか……!》
石板の亀裂の光の中から、青く光るモンスターが現れる。
それは、二足歩行し杖を持つ、鳥型のモンスターだ。その体は蛇を思わせるほどに細く頼りなく、代わりに頭は極端に大きい。体を隠すように畳まれる大きな翼はローブのようにも見え、手にした杖と合わせて異形の魔術師のようにも見える。
これが、『変化』デッキの切り札。知啓の主ケー・クァール。
『おおっと! これは……世にも珍しい、最上級モンスターのモンスタートークンだ! いや、しかし……最上級の割にはステータスが低いぞ……?』
「なんだこれ、そんなひょろひょろガリガリのモンスターで俺のデーモン・スレイヤーに勝てる訳ないだろ!」
勝ち誇るダン少年だが、彼の場に居るデーモン・スレイヤーはどうやらコイツを知っているらしい。
ならば、話は早い。
知識とは、時に深い絶望を齎すものだ。
《だ、ダメだ、ダン! 不味い!!》
「え?」
「私は、ケー・クァールの効果を発動。“クロノス・チェンジ・リバース”」
クケエエエエ、と鳥の悪魔が甲高い嘶きを上げ、杖を掲げる。場を青い光が包み込み、そして奇妙な現象が起きた。
砕けた石板が復元され、デーモン・スレイヤーが宙に舞い上がり、私の背後から後ろ向きに飛翔する。そして再び燃え上がったフレイマーへ逆手に武器を振るい、場へ戻る。そして宙に飛び上がり、武装を次々と排除する……。
それは。
まさしく、これまでのデュエル進行、その高速逆再生そのものだった。
そして加速する逆再生が停止する。その結果、私の場には石板とケー・クァールに加え、二体のフレイマー。そしてダン少年の場には二枚の伏せカードだけが残される。
それは、あの時の再演だった。
「え、あ、え……?」
『こ、これは……何が起きたんだ!? まるで、まるでこれは、トウマ選手がダイレクトアタックを見送った時の状況にそっくりだぁー!?』
「そっくりじゃなくて、そのまんま。あの時に、ターンを巻き戻した」
ダン少年とレフェリーが困惑の視線を向けてくる。ケー・クァールが、嫌らしく目を細めてクククゥ、と笑う。
「ケー・クァールの効果は、2ターン前の状況に場を巻き戻す。ただし、コイツ本人は巻き戻されず、この場に残る。過去に介入し、未来を書き換えるのが、コイツの……『変化』の最大の力という訳だ」
「タイム……スリップ?!」
状況を理解したダン少年が青ざめる。
そう、状況を巻き戻しても、大きく違う点が一つある。それは、伏せていたカードの正体が、私にばれているという事だ。
「ま、まだだ! 俺のライフはまだ一撃耐えられる、攻撃されてもトリックカードで……」
「悪いが、その未来は訪れない。ケー・クァールのもう一つの効果発動! 1ターンに一度、デッキトップをめくり、それが魔法カードであった場合、発動条件を無視してその効果を発動できる!! 私のデッキトップのカードは、“至高の魔弾”!」
『こ、これは……そうか! 栄誉の贈呈の効果で、上から五枚までのカード内容はすでに確定している!! まさか、あの時からここまでの展開を全て織り込み済みで展開していたというのか!? 恐るべきトウマ選手のタクティクス!』
いや、流石にそれはない。デーモン・スレイヤーの降臨とかは想定外だった。
だが、そういったイレギュラーも込みで、盤面を用意していたのは事実だ。
戦争とは、勝てる見込みがあるから始めるもの。昔の人はいい事を言う。
「至高の魔弾は本来、トラッシュから魔法カードを9枚デッキに戻して発動するが、それは踏み倒せる。そしてその効果は、相手プレイヤーへの直接ダメージ」
ケー・クァールが枯れ木のような細い指を伸ばした先に、青い魔力が集中する。直後、それはレーザーのようにダン少年を貫いていた。
「うわあああ!!」
「バトル! 私は、ケー・クァールで相手プレイヤーにダイレクトアタック!! プロヴィデンス・メイルシュトローム!!」
魔術師が杖をかかげ、青い魔力を迸らせる。強大な魔力が渦をまき、竜巻のように吹き荒れた。
「うわあああ!?」
彼のトリックカードはダメージを受けた後に反撃するもの。トドメの一撃には対応できない。
悪魔の一撃がライフをゼロにし、派手なエフェクトに驚いたダン少年が尻もちをついた。
『決着ぅーーーー!!! ダン選手とトウマ選手、どちらも手を尽くしての素晴らしい激闘でした! 最終的に切り札同士の激突は、時間を巻き戻すという規格外の能力を示した“知啓の主 ケー・クァール”の勝利に終わったぁああ!! 敗れたものの健闘したダン選手に、皆さま惜しみない拍手をお願いします!!』