厳冬特別編・彼に性別バレしたら その3
夕飯はダン少年と二人、楽しく保存食を食べて過ごした。
意外だったのが、彼が結構料理ができたという事である。大人の余裕を見せようとして敢え無く玉砕した私とは裏腹に、ボーイスカウトでならしたという彼はてきぱきとご飯を飯盒で炊き、缶詰が中心の保存食をうまい事調理して美味しい晩御飯を用意してくれた。
やはり私は無駄に年を重ねただけだったらしい。
しょんぼりとしながらもご飯のおいしさに舌鼓を打っていると、反対側でご飯を掻き込んでいたダン少年が何やら楽しそうに笑った。
「そんなに落ち込むなって、経験なきゃできないのは当たり前だろ?」
「そりゃそうだけど……でもさあ……」
小学生に自炊能力で負けるってかなり悲しくない……? でも普通に美味しいんだよな、これ。なんていうの、サバ缶のトマト煮? 缶詰のホールトマトにこういう使い方があったなんて考えもしなかったなあ。
くっそう、これを機に料理もっと頑張ろうかな……。
「それにしても料理上手なんだな。ダン少年のお嫁さんになる人は幸せもんだな」
「……なっ、ばっ、えっ!?」
「ん、どした?」
気が付けばダン少年が皿とスプーンをひっくり返しそうになっていた。どうしたどうした、そんなに焦って食べなくてもとりゃしないぞ。
「お、おまっ、おまえな……」
「なんだ、私が悪いのか?」
「そ、そーいう訳じゃないけど……」
なんだよーわからん。
「いいか、負けた訳じゃないぞ。戻ってからはちゃんと修行してこの借りは返してやる。ハナちゃんともども舌を洗ってまっているがいい。私は屈辱は必ず返す主義だ」
「あー、はいはい。そうですか、わかりましたよ……」
「なんだその反応。おのれ、人の事をバカにしているな? 覚えてろよ」
絶対に吠え面かかせてやるんだからな!
と、それはそれとして、ご飯を食べ終えたら水に食器を漬けて就寝の準備だ。
囲炉裏の火を消して布団を並べる。流石にお金持ち、ふっかふかで暖かい布団だ。おまけに軽い。
とはいえ、環境が環境だ。これだけでは聊か肌寒い。小さな体は蓄えられるエネルギーも少ないしな……。
布団の具合を確かめている私に対し、ダン少年はさっさと布団に潜り込むと、しっしとこっちに向けて手を振った。
「お前はそっちだからな。こっちに来るなよ」
「普通言うのが逆じゃないか?」
「いいんだよ!」
んでもってダン少年とは囲炉裏を挟んで反対側だ。いや、こんな吹雪の山の別荘で距離を空けて寝るのは危なくないか? なんかあったときに困るだろ、一応私の方が年上なんだから、ダン少年の身の安全を守る義務があるはずだ。
「ダメだ、一緒に寝よう。寒さで凍えて風邪をひいたらどうする? 命に係わるかもしれないだろ」
「い、だ、ダメに決まってるだろ!! 俺、男! オマエ、女!!」
「そんなもん今さっきわかるまでそっちだって気にしてなかっただろうが。大体今は非常時だ、男だ女だ言っていられるか」
腰に手を当てて諭しにかかると、ダン少年も納得する所はあるのかうぐぐっ、という顔をする。
「ほら、そういう訳だから一緒の布団に……」
『まあまあ、まてってトウマ』
「……ダン少年の精霊か」
話に割って入ったのは、白いコートを着た魔剣士だ。彼は私とダン少年の間に割って入ると、やれやれと肩をすくめて首を振った。
『お前さんのいう事は正論だが、今日は勘弁してやってくれないか? 代わりに俺たちがダンの事はちゃんと守る。それでいいだろう?』
「む。ま、まあ、それなら……」
ほんとの事をいうと寒いのは私も嫌なのだが、ダン少年の気持ちを無視するほどの事でもない。
「わかった、仕方ない。言う通りにしよう」
『ありがとよ。しかしなんだ、お前さんは寒いのは大丈夫なのか?』
「問題ない」
ダン少年を彼の精霊が守るなら、私は私の子供達が力を貸してくれる。
適応能力、それを使えば極寒の中でもへっちゃらだ。ただべつに体温を維持できるのではなく低体温でも死なないだけなので、寒いのは変わらんのだが。
「ふわあ。問答していたら疲れたな。そろそろ寝よう、明日には助けが来るだろう」
「そうだな。じゃあな、おやすみ、坂巻トウマ」
「おやすみ、ダン少年」
◆◆
深夜。
部屋の中で、静かに寝息を立てる少年少女が二人。
精霊たちも寝入っているのか、部屋には物音一つない。
外の吹雪も落ち着き、世界は静寂に満たされている。
そんな、無の世界の中で。
静かに、忍ぶように、音をたてずに戸が開く。その途端、白い霧のような濃密な冷気がなだれ込んでくる。
その白い靄の向こうに揺れる小さな黒い影。それは冷気のヴェールを身を隠しながら、しずしずと、しずしずと、部屋の中に歩み入る。その歩みの後には、白い霜が足跡のように広がった。
怪しい人影は部屋の中でしばし迷うように歩みを停めると、逡巡した後に片方の布団に近づいた。
白く細い指が、眠る人影に伸びる。
それが、布団に今まさに触れようとするその瞬間。
「っ!」
さっと白い指が引くのと、何かが指を掠めて通り過ぎていくのはほぼ同時だった。
腕を引いた人影が振り仰ぐと、何かが壁に張り付いて威嚇していた。
『ヂィ!』
黒光りするクモのような、小さな影。
オブシディアン・イェーガー。単分子の爪で戦車の装甲すらも容易く解体する異星生物。
明らかな怪異を前に怯む人影に、私は背後から語り掛けた。
「私の精霊が見えているな?」
「!」
ばっ、と振り返る人影。
私は腕を組んだまま、冷たい視線を闖入者に差し向けた。ぴょーい、と壁から飛び降りたイェーガーが、カサカサと私の足元に戻ってくる。
「お前は……」
「知っているか? ここはそこで寝ている間抜けの別荘らしいぞ。つまりお前は不法侵入者という事だ」
私もそうだった事は都合よく伏せて、相手を糾弾する。
闇に慣れてきた目が、相手の姿を映し出す。
女。
見目麗しい少女。白い着物に袖を通した、氷のような白い肌の、老婆のような白い髪の少女。アルビノ? 違うな、目は黒真珠のような深い黒。
雪山、白い和服の女……なるほど。
「雪女、という奴か。この吹雪はお前の仕業か。生憎だが、そこの少年は優良物件だが私の連れだ。保護者として清い身で親元に帰す義務が私にはあるのでな。お引き取り願おうか?」
「……変な娘。見た目と魂の色がちぐはぐ。いびつな縫物みたい。よくもまあ、内側から弾け飛ばないものだわ」
「それが分かる程度の力があるなら、ここで争うのも不毛だと分かってもらえると思うのだが?」
私としては平和に終わればそれでいいのだ。
しかし残念ながら、そんな私の誠意は通じなかったようだ。
口元をひきつらせて、三日月のような笑みを浮かべて笑う雪女。
「嫌よ。せっかく、こんなに上等な獲物が私のテリトリーに踏み込んできたんだもの。一口ぐらい味見させてもらっても罰は当たらないわ。普段、あんなに我慢しているんだから、ちょっとぐらいいいでしょ?」
「ちっ」
なるほど。話は通じなさそうだ。だが……。
「押し合いへし合いで私に勝てるとでも?」
カードの力を引き出して威嚇する。相手がこの世の理の外にいるなら、こちらとて遠慮をする必要はない。大天使とも渡り合った超常パワー、思い知らせてくれるわ。
が、雪女はそんな私の威嚇に応じる事はなく、肩を竦めて苦笑い。
「まあ怖い。そんな乱暴な事、する訳ないでしょ。こっちで遊びましょうよ」
そういって雪女が取り出したのは……カードデッキ。
ううん。
なるほど。この世界の事をまだまだ甘く見ていたかあ……。
妖怪も当たり前みたいにデッキもってんのね。今更だがどこでカード買うんだろ?
「……いいだろう。私が勝てば、大人しく諦めろ。私がもし負けるようであれば……」
「そこの男の子をひとく「私から好きなだけ生気をうばっていけばいい」……それはそれで魅力的だけど、私はそこの男の子がいいなあ……」
別にいいだろ、生気が欲しいならこっちの方が量は多いぞ。
あと多分珍しい味がするぞ? 知らんけど。
「貴方の生気、味が濃すぎて胸焼けしそうなんだけど……まあいいわ。珍味には変わりないしね。それで納得してあげましょう」
「助かる。それじゃあ、さっさと始めて終わらせよう」
じゃり、と互いに間合いを図る。
血も凍りつく残虐デュエルが、いざ開幕……と思った瞬間。
「……俺の勝ちぃーーーーーっ!」
「うわ」
「あら」
突如、布団から腕を振り上げてダン少年が飛び起きた……いや起きてはいないな。眠ったまま拳を突き上げたダン少年が、冷え切った部屋の寒さにくしゃみをする。
その拍子に目を覚ました彼の視線が、部屋をきょろきょろと見渡した。
「って、あれ……? 不法侵入者が増えてる……?」
「おい」
ちゃっかり人を犯罪者呼ばわりするんじゃない。いや事実だけどその件は謝ったし緊急避難という事になったじゃん。
寝ぼけ眼のダン少年の横に、精霊たちがふわりと現れて彼に檄を飛ばす。
『しっかりしろ、ダン! あやうく俺達ごと氷漬けになる所だったんだぞ!?』
「ふえ?」
『多分この山の主だ。凄い力を感じる! 今はトウマの奴が食い止めてくれているが……!』
なんだ役立たずじゃなくて普通に力で上回られてたのか、精霊連中。口ほどにもない。
「まあそういう事だ。ここは保護者に任せて、おこちゃまは黙って見ていろ」
「ねえ、貴方達一体どういう関係なの? 見ててよくわからないんだけど」
「ただの友達だよ。……それじゃあ、始めるか」
「「デュエル!」」




