続・悪逆デュエリスト その3
ドン引きするマフィア達。
マフィアといえど、いや、だからこそだ。彼らにとってカードは大事な金づるであり、私のやっている事は万札を燃やして明かりにする成金とそう変わらない、それも明日の暮らしにも困っている貧困孤児のくせにそんな事をやっているのだ。理解できない物を見る視線も仕方ない。
「……俺は手札から、“ダブルガン・ブラックスーツ”を召喚!」
現れたのは、これまでとお揃いの黒いサングラスと黒いスーツで、二丁拳銃の人型モンスター。こちらに背を向けるようにして両腕をクロスさせたポーズで現れたモンスターは、きめポーズを一しきり堪能するとみょうちきりんな構えでこちらに向き直った。なんか映画か何かで見たようなポーズに見える。
まあ、見た目は好い。問題は能力だが……。
『こいつは良いモンスターだな! 基本ステータスは大したことないが、ダブルガン・ブラックスーツは一度の攻撃宣言で二回攻撃が出来る! ガキの場にはモンスターが居ない、一気にライフを削るチャンスだ!』
「そういう事だ。バトル! ダブルガン・ブラックスーツで相手プレイヤーに攻撃!」
男の指示に従って、機械的な動きでモンスターが二丁拳銃をこちらに向ける。直後放たれた銃弾が、私の心臓を撃ちぬいた。
まあ痛みもなければ感覚もないが。しかし、虚ろな銃口をこちらに向けられるのはあまり良い気分ではないな。
「ははっ、どうだ、クソガキ!」
「……私が直接攻撃を受けた事で、トリックカード“苦痛の結晶化”を発動。このカードは私のフィールドにモンスターカードが存在しない状態で直接攻撃によってライフを減らされた時に発動できる。減ったライフにつき一つ、ソウルシャードトークンを場に特殊召喚する」
「な、何!?」
もう一枚の伏せカードをここで発動。
効果により、場に紫色のクリスタルのようなものが出現した。不気味なオーラを纏ったそれは、見ていると不吉な予感を感じさせる。
いやまあ、文脈とか読むにこれ、プレイヤーの魂っぽいのだが。
「そうか、ダイレクトアタックに対する壁か……! 小癪な真似を」
『い、いや、なんか違うぞこれ。見ろ、このトークン、モンスター扱いされてない、オブジェクトだこれ。壁にもならないし攻撃にも参加できない、ただの飾りだ!』
「……は?」
確認するような相手の視線に、私も深く頷く。
「ソウルシャード・トークンはモンスターカードとして扱われない。私の場は変わらずがら空きのままだ。どうする?」
「……ちっ」
訝しむような男の視線。
一見するとまるで意味のないトリックカード……だが『悦楽』デッキがまともなデッキではないのは彼も少しずつ理解し始めている。この一見意味のないカード、秘められた効果を警戒して攻撃の手を緩めるか、それともこのチャンスに一気にライフを削るのか、悩んでいるのだろう。
勿論、こちらから何かヒントやアドバイスをするつもりはない。こういう時に悩むのも、デュエルの醍醐味という奴だ。
ふふふ、悩め悩め。その苦悩が、『悦楽』デッキは大好きらしいからな。
『……殴っておいた方がいいんじゃないか? 何の布石かは気になるが、もう一発殴っておけばガキは瀕死だ。多少反撃があっても、押し勝てるラインだと思うが』
おい審判。
「そうだな。俺はダブルガン・ブラックスーツで二回目のダイレクトアタック!」
「……私は再び、“苦痛の結晶化”を発動。ソウルシャードトークンをもう一つ、場に特殊召喚する」
再び出現する紫色のクリスタル。そして無防備に連続攻撃を受けた事で、私のライフは風前の灯火だ。
問題ない。まだ私の戦術の範疇だ。
「これで俺のターンは終了だ」
「では。この瞬間、“苦痛の結晶化”の第二の効果を発動。このカードの効果でソウルシャード・トークンが一体以上特殊召喚されたターンの終了時、相手プレイヤーのライフにダメージを与える」
「何だと……がああ!?」
仰け反って苦痛の声を上げる男。その視線は、自分の胸元を貫いて伸びる槍の穂先に向けられている。振り返った先、背後……路地裏の闇の中に何か大きなものが潜んでいる。それが、背後から男の心臓を一突きにしたのだ。
それは一瞬の事。ふ、と槍は次の瞬間には掻き消え、男は一度膝をつくも自力で立ち上がった。
「く、このガキ……」
『危ない所だったな。さっき、迂闊に化け物女を二枚とも捨てていたら、今のトリックカードでトドメを刺されていた。ライフ温存は間違ってなかったな』
「えげつない手を使いやがる……! だが、これでお前のコンボは凌いだぞ!」
勝ち誇った顔でこちらを見る男だが、残念。
確かにライフを削る狙いはあったが、手札破壊とのコンボは前座のようなものだ。むしろこれで仕留められていたら、こちらとしても拍子抜けである。
狙いは別にある。
これで、召喚条件は満たされた。
「私のターン、ドロー。……自分フィールド上にソウルシャード・トークンが一体以上存在する事で、私は手札から“狩りの主 テーラ・ルー”を特殊召喚する!」
「何ぃ、って、え?」
『何も現れないが……』
私が召喚宣言をしたにも拘らず、場にはモンスターが現れない。不思議そうな顔をする対戦相手に、私は黙って頭上を指さした。
「ひっ……」
『な……っ』
路地裏の、四方をビルに囲まれて小窓のように切り抜かれた空。さっきまで曇り空だったそれが、今は真っ暗に染まって夜のよう。その夜闇に浮かび上がる巨大な一つ目。それが、ぎょろりと男を見定める。
ぼたぼたと、タールのような黒い滴が涙のように降り注ぐ。それは私の目の前に降り積もると寄り集まって、一つの怪物を形作った。
漆黒の肌を持った半人半馬のケンタウロス。頭部は馬のそれであり、鼻息あらく対戦相手を睨みつける黄金の瞳に、頭頂部には二本の角が生えている。手には長い長い槍を握っており、それはさきほど背後から対戦相手を貫いたそれと同じデザインであるとすぐに気が付けるだろう。
体は剥いだ生皮や革ベルトなどで装飾されており、立体映像であるにも拘らずすえた匂いが漂ってきそうな生々しさがある。
これこそが、狩りの主、テーラ・ルー。悦楽とは、ただ奔放で浅いモノばかりではなく、一つの事柄に強く強く執着する事でも得られる、その側面である。
「さ、最上級モンスターだと……?!」
『さっきまでのは、全部コイツを召喚する為の布石……?!』
ふしゅるるる、と鼻息を漏らしながら地面を蹄でひっかくテーラ・ルーの威容に、ダブルガン・ブラックスーツが可哀そうな程に怯んでいる。
最上級モンスターだけあって、狩りの主のステータスはそれほどまでに高い。もっとも、当の本悪魔は、小物には一切目もくれず、ただひたすら対戦相手を凝視している。
標的はすでに定まっているのだ。
「狩りの主 テーラ・ルーは手札から特殊召喚されたターンには攻撃できない。これでターンエンド」
「なんだ、ビビらせやがって……俺のターン、ドロー!」
言葉とは裏腹に、じっと凝視し続けている悪魔の視線に、男の声が震えている。だが、引いてきたカードを目にした途端、男から怯えが消え去った。
これは……何かいいカードを引いたか。
「……ひゃはははは! 気味悪いカードばっかりつかうせいで、勝利の女神も愛想をつかしたらしいな! 俺は手札から魔法カード“ミッションコード893”を発動! 一回以上戦闘を行った自分のブラックスーツモンスターをトラッシュに送り、デッキから最上級ブラックスーツモンスターを特殊召喚する!」
『相手プレイヤーへの攻撃も戦闘扱いだ。ダブルガン・ブラックスーツはお嬢さんに直接攻撃に成功してるからな、それも二度も!』
「そういう事だ、現れろ! “イレイザー・ブラックスーツ”!!」
口上と共に姿を表すのは、スーツの上からでも筋骨隆々とした肉体が透けて見える、一人のスキンヘッドだった。ピカピカに磨き抜かれた頭頂部にはバーコード状の入れ墨が刻まれており、これまでと違ってサングラスをしておらず、白人らしい碧眼が露になっている。
いや、その。
意味合いは多分真面目なんだろうけど、頭のそこに、その向きでバーコードを刻んでいるのどうなの……?
ちょっと微妙な私の感想とは別に、対戦相手は切り札の召喚で随分と盛り上がっている。純粋だなあ……。
「へへ、これでお前も終わりだ! イレイザー・ブラックスーツは伝説のヒットマン! 狙った獲物を逃した事はねえ!」
『説明してやる。イレイザー・ブラックスーツのステータスは確かに、お嬢ちゃんのモンスターには及ばない。だがこいつは、戦闘で破壊されず、かつ、戦闘した相手を勝敗に関わらず破壊する能力がある! せっかく召喚した切り札のようだが、これでおしまいだ!』
「そういう事だ、バトル! イレイザー・ブラックスーツ、そのデカブツを消し去れ!」
太々しくも、ずんずんと歩いて向かってくるスキンヘッド。対戦相手を凝視していたテーラ・ルーも、戦いを挑まれたとあっては無視する訳にはいかない。
不愉快そうに鼻を鳴らし、長い槍を振りかざす。一突きでスキンヘッドを串刺しに……と思いきや、相手は一瞬で跳躍し、突き出された槍の上へと乗っていた。
素早くハンドガンを引き抜き、テーラ・ルーの頭部へと連続射撃。
有角馬の頭部が弾け飛び、黒い粘液が雨のように周囲へと降り注ぐ。ズシン、と巨体が倒れ込み、ドロドロに溶けて消滅する傍ら、すたっと着地したスキンヘッドが肩で見得をきった。
「む。テーラ・ルーが……」
「ひゃははははは! 残念だなあ、おい! これでバトルは終了……そしてカードを1枚伏せる。特別に教えてやるぜ、今伏せたのはマジックカード“暗殺保険契約書”! 暗殺保険契約書は、場からブラックスーツモンスターがトラッシュに送られた時、それを無効にする! この意味が分かるか、ガキ!?」
『つまりは、詰みだよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんが何らかの効果でイレイザー・ブラックスーツを除去してもそれは無効にされる。そして、イレイザー・ブラックスーツを戦闘で倒す事はできない!』
何やら、勝ち誇っている対戦相手。審判の解説は、なるほど、確かになかなか厄介な状況といえる。ここを零から打開するとなると、プロでも厳しいかもしれない。
打開する必要が、あるのならば。
「私のターン、ドロー」
「おいおい、しかとかよ」
『いいじゃないか、好きにさせてやれよ、くくく』
カードを一枚引き、しかし、私は目を通さずに手札に加えた。
確認の必要はない。
既に、勝負は決まっているのだから。
「私は、トラッシュの“狩りの主 テーラ・ルー”の効果を発動する」
「何……?!」
「お互いのドローシーン、ソウルシャード・トークンを一つトラッシュする事で、このモンスターを墓地から特殊召喚する事が出来る」
地面に染み出すように黒い粘液があふれ出す。それはやがて形を作り、再び半人半馬の悪魔の姿を取った。
死んだ程度で、この悪魔の執着が消えることはない。
「自己再生能力……?!」
「そして、テーラ・ルーの能力発動。トラッシュから特殊召喚された時、私の場のソウルシャード・トークンの数だけ相手の手札をランダムに破壊する」
『お、おい、ランダムっていったって、確か今の手札……』
そう。
男には今、手札があるが、その中身は分かっている。
捨てる事もなく、使う事もなかった二枚のカード。“堕落の注ぎ手”だ。
テーラ・ルーの槍の穂先が、男の手札にあったままのそれを貫く。途端、カードは哄笑と共に青白く燃え上がり、男の身を焼いた。
《クヒヒヒヒ……》
「あ、ああ、あああっ!?」
勿論、何の実害もない実体映像だ。だが、熱くなくとも炎に纏わりつかれる事で恐怖を覚えるのは、本能的に抗えない。炎を振り払うように男がスーツを振り乱し、原因のカードを投げ捨てるように放り投げた。捨てられたカードはヒラヒラと宙を漂い、汚水の水たまりにぽちゃりと落ちた。
あらら。
『お、落ち着け! ただの映像だ! それに、お前のイレイザー・ブラックスーツは戦闘では絶対に負けない! 最上級モンスターと言えど、これ以上は何も……』
「バトル! 相手プレイヤーに、テーラ・ルーでダイレクトアタック!」
『何ぃ!?』
たったったっ、と足音も軽く走り出した半人半馬の悪魔。それは立ちふさがるスキンヘッドを、軽く何メートルも飛び越えて通過する。炎を振り払ってようやく人心地ついているマフィアの前に、音もなく巨大な悪魔が着地した。
「あ……」
「テーラ・ルーは直接攻撃可能なダイレクトアタッカーだ。モンスターの壁は、意味を成さない」
そう。
それこそが狩りの主。
いかなる壁も、妨害も、自らの死すらもその穂先を止める事叶わぬ。
偏執的なまでの執着の権化。これで二度め、その槍が男の心臓をしかと捉える。
「ぐああああ!?」
「ハートレス・ピアース」
深々と突き刺された槍を、テーラ・ルーは悦びに満ちた笑顔で引き抜いた。相手のライフがゼロとなり、デュエルは決着。半人半馬の悪魔の姿は霞のように消え、後には地面に這いつくばる男だけが残される。
『そ、そんな……ライフがゼロ……あの状況から、こっちが負けた……だと!? お、おい、しっかりしろ! 痛みは無いだろ?!』
「うぐぐぐ……」
審判だった男が駆け寄って助け起こす。
まあ、無理もない。
最上級モンスターともなれば、映像の作り込みも威圧感も半端が無い。攻撃されても痛みも何も感じない事に違和感を覚えるほどだ。散々『悦楽』デッキのトリッキーな動きに翻弄されてのめり込んでいた事で、幻覚の筈の刺突に痛みを覚えるのも不思議ではない。
……幻覚、だよね?
本当に痛みがあったりしないよな?
私はイマイチ確信が持てず、自分のデッキを見下ろした。
「じゃあ。これで、私の勝ち、という事で。おじさん達、どうする? まだやる?」
「く、くそ……今回はここまでだ! 覚えていやがれ! 必ず後で後悔させてやる!」
「わあ、そんなセリフまじで口にするんだ……」
相手は二人組。まだやるかい? と尋ねるが、相手にそのつもりはなかったようだ。
決まりきった捨て台詞を吐いて逃げ去っていくデュエルマフィア。それをのんびりと見送り、私は地面に落ちたカードに目を向けた。
手札から放り出されたカードは汚水に浸り、油分を含んだそれで真っ黒に汚れてしまっている。くしゃくしゃになったそれを拾い上げるが、乾かしてもプレイには使えそうにない。
「あーあ、勿体ない。……あ」
そういえば。
もう一枚、相手の手札に加えたままだった。
見渡すも、地面に落ちている様子はない。あのまま相手に持っていかれてしまったようだ。
「これは、失敗」
ロストするのは構わないが、これは単純に損した形だ。今後『悦楽』デッキを使う時は気を付けよう。
せっかく勝ったのに思わぬケチがついてしまった。しょんぼりと肩を落としていると、鼻先に小さな滴が散った。
見上げると、曇り空はその色を濃くしている。わずかに空気に水の香りも漂っていて、これは一雨きそうだ。
私は慌ててその場を駆け出した。