常夏特別編・彼に性別バレしたら その4(終)
「GIA The LORDの効果発動! このカードが特殊召喚された時、相手の場のモンスター全てを観測し、対応した適応カウンターを得る! “リーサル・チェック”!」
LORDの四つの目が、相手の場を睥睨する。その瞳が相手モンスターを観察し、それを受けて発達した後頭部の脳髄が青白く光り輝いた。
「いったい何のつもりだ……?!」
「それは今すぐわかるよ。さらに、LORDの効果には続きがある! リーサル・チェックで得た適応カウンターの最大数まで、自分の場に“エミッサリー・トークン”を特殊召喚する!」
相手の場に居るモンスターは、大きく分けて白銀の女王とコボルト達。コボルト達は四匹居るから、得られたカウンターの最大数は四つ。つまり、四匹までトークンを呼び出せる。
LORDが上体を逸らし、咆哮を上げる。それにこたえるようにして、次々と跳躍して姿を現す、漆黒の怪物達。
外骨格のみならず、皮膚まで漆黒のそれらは、外見はLORDにそっくりだ。ただ、手に武器を持つのではなく、カマキリのような大鎌になっており、背中に翼もない。いうなれば、LORDの劣化量産版といった所か。
エミッサリー。総司令官であるLORDの任務を代行する、忠実なるしもべである。
「バトル! これで決着をつける!」
『こ、これは! 来訪者、一気にボードアドバンテージを埋め返してきました!! ですが、適応カウンターによる強化を受けても、まだ族長のモンスター達の方が強い! 無駄な足掻きです!』
「いや、そんな訳がなかろう馬鹿者!?」
その通り。LORDはあくまで司令官、その本領は配下の指揮にこそある!
「LORDの第二の効果! LORDが場に居る限り、他のGIモンスターは適応カウンターが5個増えた状態で計算する!」
「なんじゃとお!?」
適応カウンターの増加によって得られる効果は三段階ある。
カウンターが5個以上、第一段階。相手モンスターとの戦闘時にステータスアップ。
カウンターが10個以上、第二段階。相手モンスターからの効果を受け付けない。
そしてカウンターが15個以上、第三段階。その効果は、相手モンスターに対するスレイヤー効果を得る!
漆黒のエミッサリー・トークン達が、次々と族長のコボルトモンスター達に襲い掛かる。ステータスで大幅に下回る彼らは、しかし適応によって得た特攻効果により、次々とコボルト戦士と相打ちになっていく。
全てのエミッサリーが倒れた時、相手の場に残されているのは白銀の女王ただ一人。ずしゃり、とLORDがその前に進み出る。
白銀の女王は最上級モンスターだが、あくまでコボルト達を率いる役割であり、そのステータスは低い。単純なステータスではLORDが上回る。
「LORDで、白銀の女王に攻撃!」
「おのれええ……!」
LORDの刃の一閃が、幼げな女王を薙ぎ払う。流石に真っ二つはあれだと思ったので、刃を返しての峰打ち。それでも華奢な少女に耐えられるものではなく、白銀の女王は苦悶の悲鳴を上げてその姿を砕け散らせた。
これで、女王の場はがら空きだ。
「くぅ……だ、だが、追撃するモンスターはもう存在しない!」
「いや。たった今、戻ってきた所だ」
「?!」
私は、床から拾い上げたカードを手にして、ちらちらと族長に見せつけた。そう、弓手の効果によって封じられていたカード達。本来、このターンの開始時に手札に戻ってくるこれらは、大弓手の効果で封じられ続けていた。が、大弓手が倒されたことで、こうして手札に戻ってきた。
そして、その中にあるカードが……。
「私は手札から“GI グライダー・ボンバード”を特殊召喚! このカードは、私のGIが敵モンスターを戦闘破壊した時に、手札から特殊召喚する事ができる!」
私の場に飛来するのは、大きなドラゴンのような翼竜のような怪生物。大きく翼膜を広げ、その腹部には複数の自爆生物が寄生している。
『なんと……来訪者選手、追撃用の速攻召喚モンスターを控えていた! まさか、これまでの流れは全部狙って……?!』
いや、流石にそんな訳ないだろう。手札をばんばん封じられた時は焦ったぞ。
だがそれが逆に、族長の油断を誘った面はあるだろう。相手の手札が無いという事は、何も警戒する必要はないという事だからな。
「ボンバードで、族長にダイレクトアタック! とどめだ!!」
「そんな……!」
滑空するボンバードの腹部から、寄生生物が投下される。それらは族長の真上で弾けると、花火のように赤、青、黄色と様々な輝きを放った。
その光に照らされて、族長の最後のライフが削り切られる。
『決着!! 激闘を制したのは、来訪者どのでしたー! 族長、負けちゃいましたー!! うわーん』
「ええい、泣くでない、みっともない!! ……ふぅ。強いわね、あなた」
「いいや、それほどでも」
デュエルをすればみんな友達。
ちょっと気まずそうにしている族長さんに、すっと握手の手を差し出す。
もう一年以上前になるのかな。こうして、どこかの誰かさんに手を差し出されてから、私の人生は大きく変わった気がする。その感謝を込めて差し出した手に、ちょっとためらってから、族長さんは握り返してくれた。
えへへ。
「よいデュエルだった」
「ええ」
よし。なんだかよい雰囲気で終われたぞ。
あとは……。
「ふんがー! ふんぬー!!」
「……いい加減ダン少年を開放してくれないか?」
「まあ、負けたから仕方ないわね。お前たち!」
ぱちん、と族長が指をならすと、あらほいさっさと取り巻き達がダン少年を祭壇からおろし、猿轡と拘束を解除する。
久方ぶりに自由を取り戻した彼は、酷い目に遭った……と肩を落としながら私の元に走り寄ってきた。
「うへー。助かったぜ、トウマ。……あっ」
「なんだ」
「い、いや、別に……」
そうは言うが、なんか距離感があるぞ。まあ気にしてもしょうがないと、デュエル中は黙っていた彼のデッキを差し出す。
「ほら、自分のデッキを忘れるんじゃない。本来ならお前が自分で戦って身を守るシーンだっただろうが」
「す、すまん」
《まあまあ、トウマ。ちょっとは大目に見てやってくれ》
相変わらず過保護だな精霊ども。そんなんだからダン少年がいつまでたってもやんちゃなんだ。たまにはびしっとな。
そんな感じでやりとりしていると、族長は何やら腕を組んでうんうんと満足そうにうなずいた。
「なるほど。ちゃんと、絆がある関係なのね。私が割り込めるはずもなかったか……じゃあ、さっそく結婚式をあげましょうか」
「「え??」」
綺麗に私とダン少年の声がはもる。
「誰と?」
「誰の?」
「貴方と、彼とよ。婚約者なんでしょ? 島の掟を無茶苦茶にしたんだから、最低限それぐらいしてもらわないとね? それとも……」
じとり、と族長は私とダン少年をねめつけた。
「婚約者ってのは、嘘なの?」
「い、いや、そんな事はないぞ? なあダン少年? ねえ?」
「あ、いや、その……ええと……はい……」
よし、いい子だ。
まあ、なんだかんだでこの島から出られないと困るからな、おままごとみたいなものだと思って付き合ってほしいかな。
「それじゃ、さっそく準備をしましょうか。ほら、お前たち。客人を着飾って」
ごーん、ごーん。
ごーん、ごーん。
重々しい鐘の音が鳴り響く。スタジアムにつるされた、黄金の鐘。
その音の下で、原住民の結婚衣装を着せられた私は、複数の住人に付き添われてバージンロードを歩いていた。
身を包むのは、真っ白な袈裟のような衣服。彼らの文明水準、生活様式からすれば、この汚れ一つない純白の衣服がどれだけ貴重で手間がかかっているのか、考えるまでもない。そして手や首、足には、金色の環がいくつも通され、しゃりん、しゃりんと音を立てている。頭には、鳥の羽を月桂樹の葉のように飾り立てた冠が一つ。
結婚式場に向かうと、そこには無数の住人達がすでに列をなして待っていた。中央にしかれた赤い絨毯を進んだ先に、ダン少年と族長が待っている。
族長は、西洋でいう神父役。
その横に、同じように真っ白な服で固めたダン少年の姿があった。髪をびしっと決めて、品の良い装飾品で身を固めている彼は、なんかこう、思ったよりかっこいい。
な、なんか、あれだな。
今更猛烈に恥ずかしくなってきたぞ……!?
「や、やあ、ダン少年。その、似合うな……」
「う、うん。お前も、その、な。似合ってる……」
「あ、うん……」
おかしい。
なんだか目を合わせられない。頭の奥で血液がガンガンする、目の前がふらふらする。
「ほら、お熱いのはいいからしっかりして。戴冠の儀式を」
「お、おう……」
ダン少年が片膝をついて、私の前にしゃがみこむ。その彼の頭に、かぶっていた王冠をそっと譲渡する。
原住民は女権国家。女王から、配偶者へ権力を譲り渡すというのが、婚姻の儀式だ。
冠を被ったダン少年が顔を上げる。
困惑しつつも、きりっと緊張に引き締まった顔。やっぱ流石主人公、ハンサムというか整った顔をしている。
これ後年、もっと成長したら、ハナちゃんとかきゃーきゃー言わせてるんだろうなあ……。
…………。
「では、誓いの口づけを、額に」
「う、うむ……」
ちょっと躊躇いつつも、ダン少年の前髪を書き上げて、露わになった額に、ちゅ、と口づけを落とす。
「これにて、婚姻の儀式は終了! 皆の者、新しい夫婦に、祝福を!」
「祝福を~」
「お幸せに~!」
参列者がまき散らす花びらが、私達の周囲にまき散らされる。色とりどりの花吹雪の中、私はそっと触れた唇を指先で抑えた。
唇に残る感触は、焼けるように熱かった。
◆◆
「お幸せにー!」
「もし離婚したら島にくればいいぞー!」
「たまには遊びに来てねー!」
出発する私達を、浜から原住民達が手を振って見送ってくれる。
それにゴムボートの上から手を振り返しながら、私はダン少年と共にオールをこいで、沖合に向けて出港する。
船の上には、たくさんの果物。島を脱出する私達に、餞別に、と皆が持たせてくれたものだ。
「…………」
「どうした、ダン少年。心配か?」
「心配っていうか、なんていうか……」
少し気まずそうに、彼はもぞもぞと立ち位置を直した。狭いゴムボートの上では、意識せずとも肩を寄せ合うような形になる。触れ合う彼の体温は、妙に高い。だが、私自身もまた、普段よりかなり高い自覚はあった。
理由は、言うまでもないが。
「お前は、その。平気なのか? ……その……結婚式までしちゃって……」
「あれは……その、なんだ。他に手もなかっただろう? それとも、あの族長と結婚したかったのか?」
「ばっ、いやっ、そんな訳ないだろ!?」
なんだかやたらと慌てるダン少年。顔を真っ赤にして必死に否定する彼に、思わず私は噴き出して笑ってしまった。
「ぶふっ、そんな必死にならなくてもわかってるよ。あれはあの場をしのぐためのままごと。ま、お互い犬にかまれたと思って、忘れる事にしよう」
「あ、ああ……」
気にしてないアピールをすると、しかし、ダン少年は逆に浮かない顔をする。
なんだ?
「その……お前にとって……あの結婚式は……俺の相手、は、嫌だったのか? 犬に、噛まれた、みたいな……」
「え?」
「い、いやいや! なんでもない! なんでもないから、忘れろ!!」
きょとんとすると、ダン少年は力強くオールを漕ぎ始める。
って、ダメだって、片方だけ強くても。その場でぐるぐる回って前に進めない。
慌てて私もオールを漕ぐ腕に力を入れるが、その時、不思議な出来事が起きた。
「なんだ?」
「霧が……?」
急に海上に霧が立ち込め、あたりを包み込む。はっきり見えていた島の姿も、霧に閉ざされて見失う。
これでは、どっちに進めばいいかもわからない……そう思ったのもつかの間で、霧は現れた時と同じような唐突さで消えてなくなってしまう。
そして、霧が消えた時。
そこには、島の姿はもうどこにもなかった。
「え……」
「島が……?」
《おい、ダン、トウマ! 後ろを見ろ、船だ!!》
精霊の声にはっとして振り返る。
見渡す限りの水平線……だが、精霊の言う通り、遥か前方、島のあったのとは反対方向に、小さな船の姿があった。
真っ白なその船には、海上保安庁の旗が掲げられている。私達の姿を確認したのか、晴天の下でちかちかと何度も船のライトがひかっている。
それに手を振り返しながら、私はもう一度、島のあった方へと振り返った。
そこにはもう、何もなかった。
全ては幻であったかのように。




