常夏特別編・彼に性別バレしたら その3
『こ、コイントスの結果、先攻は族長に決まった、です。どうぞ……』
「では私のターン! 私は、手札から“コボルトの弓手”を召喚」
族長、と呼ばれた女の場に呼び出されたのは、白い毛皮の犬獣人。ふかふかの毛皮に包まれた温厚そうな面の獣人は、コボルトっていうかチワワの獣人に見える。
だが油断は禁物だ。チワワは、現代の犬種の中でも、遺伝子的に噛む事を禁止されていない唯一の品種。気を抜けばがぶっといかれるに違いない。
「コボルトの弓手の効果発動! このカードが場に出た時、相手の手札をランダムに一枚選択。そのカードは、次の私のターンが終わるまで発動できない!」
きりり、と弓を引き絞って弓手が矢を放つ。それは私の手札を射抜くと、不思議な軌道を描いて石畳の床に突き刺さった。
「ハンデスじゃないが、私の動きを鈍らせるつもりか」
「ええ。案外こういう効果も、バカにならないものよ」
優雅に微笑む族長に、私も同意する。
効率に最適化したデッキだと、案外こういうのが変な刺さり方するんだよな……。
「私はカードをさらに二枚伏せてターン終了。さあ、あなたの番よ」
「ああ。私のターン、ドロー! ……私は“GI スターマイン”を召喚! スターマインの効果発動。このモンスターが召喚された時、相手の場のモンスターに応じて“適応カウンター”を一つ蓄積する!」
私の場に呼び出されたのは、毎度おなじみ白いヒトデみたいなインベーダー。
むにむにと手足をうごめかせ、やる気十分の尖兵級の瞳が、コボルト獣人を観察しデータを蓄積する。
「さらに私は手札から、魔法カード“侵略主の蒔種”を発動! 私の場のGIを一体選択し、それと同じ名前を持つモンスターカードを、デッキから一枚選択し、場に特殊召喚する! 現れろ、二体目のスターマイン!」
『おおっと、これは来訪者どの、デッキ圧縮と展開を兼ねたナイスなコンボ、です!』
「あら……」
これでこちらのモンスターの数が上回った。相手には伏せカードもあるし、少し気になる点もあるが……まずは仕掛けてみるか。
「バトル! スターマインで、コボルトの弓手を攻撃!!」
《シュシュシュシュ……》
素早く駆け寄ったスターマインが、がばぁ、とコボルトへと襲い掛かる。ステータスは僅差ではあるがこちらが勝っている、このままでは戦闘破壊されてしまうが、どうする?
「私はトリックカード“森林に潜む脅威”発動! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。その効果により、デッキから“コボルト”アイコンを持つカードを一枚トラッシュに送り、攻撃対象となったコボルトの弓手を手札に戻し、代わりに“コボルトの剣士”を特殊召喚、攻撃してきたモンスターと戦闘を行う!」
スターマインが覆いかぶさっていた弓手の姿が消え、攻撃対象を見失ったインベーダーが動きを止める。直後、頭上から降ってきたコボルト剣士が落下の勢いにまかせて剣を突きたて、異星生物を絶命させる。光となって飛び散ったインベーダーの躯の中で、やっぱりチワワっぽい獣人がきゃんきゃんと吠えたてた。
『これは族長、見事なデュエルタクティクス! 相手の攻撃を受け流し、さらに反撃、です!』
それだけじゃないな。デッキ圧縮に加え、弓手を手札に戻したことで、次のターン再び妨害が行える。結構厄介なコンボだ。
「ちっ。私はカードを一枚伏せてターンエンド」
「それでは、私のターン、ドロー! 私は再び、“コボルトの弓手”を召喚! あなたの手札を封じるわ!」
再び放たれる弓矢によって、またしても一枚、私の手札が射抜かれる。
結構厄介だぞこの効果。手札が減れば減るほど影響が大きい!
「バトル! コボルトの剣士で、スターマインを攻撃! そして、弓手でダイレクトアタック!」
再び剣士の刃が翻り、スターマインが撃破される。がら空きになった場に、飛来した矢が私の胸元を貫いた。
「ちぃ……!」
『おおっと、族長の攻撃で来訪者の場は壊滅、ダイレクトアタックが決まったー! 族長が一歩リードだ!』
おっと。まだ油断は禁物だぞ。
「甘いな。私という巣をつつかれて、そこに住む者達がおとなしくしていると思うか?」
「……!」
「トリックカード“緊急警泡”発動!! このカードは私がダイレクトアタックを受けた時に発動でき、トラッシュにある通常召喚可能なGIを相手の場のモンスターの数まで特殊召喚できる! 私は墓地にあるスターマイン二体を特殊召喚!!」
再び私の場にインベーダー達が姿を現す。蠢く白い怪物に一瞬ひるんだ族長だが、次の瞬間には挑発的な笑みを浮かべた。
「ふ。だとしても、その程度の雑魚モンスターが何体現れたところで、私のコボルトデッキの敵ではないわ! これで私のターンは終了する」
「ふ。そういう過小評価と傲慢は、破滅の元だぞ? 私のターン、ドロー!」
そして、このタイミングで最初に封じられたカードが手元に返ってくる。
私は床からカードを拾い上げて、目を通した。
「……私は、手札から“GI オブシディアン・イェーガー”を特殊召喚! そして私の場にGIアイコンを持つモンスターが存在する事で、相手モンスターをランダムにトラッシュに送る!」
「除去モンスター?!」
族長が驚愕して自分の場に目を向ける。
彼女の場に佇む二体のコボルトモンスター。そのうち、弓手が突然崩れ落ち、その首がころころと床に転がった。
取り巻きの原住民から悲鳴が上がる。
まあ、うん。見た目可愛いからちょっと怖いなこういうの……。
私が視線を自分の場に戻すと、俊足で弓手を惨殺したイェーガーが、ちょうど姿を現す所だった。その爪には、真っ赤な返り血が付いている。
「さらにスターマインの効果発動! 1ターンに一度、相手モンスターをトラッシュに送った時、ドローできる! 名称縛りなので二体いても一枚しか引けないがな」
「厄介なコンボね」
カードを引けた事で、間接的に弓手による妨害に対抗できる。あとはこのまま攻め立てる。
「バトル! スターマインで、コボルトの剣士に攻撃!」
『おおっと、来訪者選手、ステータスに勝る族長のモンスターに攻撃?! 自爆特攻ですかぁ!?』
「そんな訳ないだろ! GIの共通効果、適応カウンターが5つ以上ある時、対象の属性・種族に対して戦闘時にステータスが上昇する!」
先ほどは剣士に一蹴されたスターマインが、今度はその刃をものともせずにつかみかかる。真っ白な触手に絡みつかれたコボルトの剣士は、剣を折られそのまま異星生物に包み込まれると、その下でバキバキに砕かれて消滅した。外野からちょっと悲鳴が上がる。
『ひ、ひぃい! 残虐!?』
「おのれ……! だが、コボルトの剣士の効果で、デッキから“コボルト”アイコンを持つモンスターカードをトラッシュに送る!」
「さらに、プレイヤーにダイレクトアタック! やれ、スターマイン(B)、オブシディアン・イェーガー!」
私の指示に従い、族長へと襲い掛かる二匹のインベーダー。
とはいえ、人間相手は手加減するように言い含めている。とびかかる直前で動きを止めた二匹のインベーダーは、優しく触手でちょいちょい、と族長にタッチして、私の元へ引き返してくる。
ともあれ、ダイレクトアタックはダイレクトアタック、一気に族長のライフが削られる。一枚残っている伏せカードは使わないのか?
『ああ、族長! 来訪者の攻撃で、一気にライフが残り1になってしまいました! ピンチです!!』
「おのれ、やってくれるわね……だがそう簡単に私を倒せると思わない事ね! トリックカード“流血の戴冠式”を発動! 私が相手プレイヤーからダイレクトアタックを受けてライフを削られたバトルシーンの終了時に発動できる! このカードの効果により、私は手札から“白銀の女王”を特殊召喚する! 現れろ、森の民を率いる、銀鈴の気高き血よ!」
族長の場に、白いドレスを纏ったエキゾチックな装いの少女が姿を現す。銀色の髪、黒い肌、黄金の瞳。神々しさと麗しさを纏った少女は、銀のハルバードを片手で振り回すと、ずん、と石突を地面に突き立ててインベーダー達を睥睨した。
と、彼女が首からさげていたペンダントを口に含む。よく見れば笛になっているそれを、彼女は勢いよく吹き鳴らすが、それといった音は鳴り響かない。
……犬笛?
「白銀の女王の効果発動! このカードが特殊召喚されたとき、トラッシュにある“コボルト”アイコンを持つモンスターを可能な限り特殊召喚する! 現れなさい、コボルトの弓手、コボルトの剣士、コボルトチャンピオン、コボルトの鞭使い!!」
女王の呼び声にこたえて、コロシアムの外から颯爽と駆けつける獣人たち。四足歩行で走ってきた彼らは、女王の周囲に集まると一斉に立ち上がり、それぞれの得物を手に、へっへっへっへ、と舌を出して息を荒げている。
それぞれ、弓、剣、鉄球、鎖を装備している。……なんか、全員チワワ系なのでとてつもなくファンシーな光景である。一番背が高いの、標準的な少女の体型を上回らない背丈の白銀の女王だし……。
い、いや。それはそれとしてめっちゃピンチだぞ、これ?!
「さらにコボルトの弓手の効果発動! あなたの手札を一枚、封じます!」
「ぐぅ!?」
またしても手札を射抜かれる私。これは……ちょっとどころかだいぶん厄介だぞ!
「く……私はカードを一枚伏せて、ターン終了」
「私のターン、ドロー! そしてここで白銀の女王の効果の一つを発動! 私の場のモンスター一体を手札に戻し、その後もう一度“コボルト”アイコンを持つモンスターを特殊召喚する! 私は手札から“コボルトの大弓手”を特殊召喚! その効果により、来訪者、貴方の場の伏せカードの発動を封じる!」
「んな!?」
手札をランダムに封じるんじゃなくて、場のカードの発動を封じる効果!?
「それだけじゃないわ、コボルトの大弓手が場に居る限り、“弓手”カードの効果で発動を封じられたカードは全て発動できないわ」
「つまり、封じられた手札二枚も……」
「戻ってこない、という事ね。安心なさい、さらに、白銀の女王が私の場に居る限り、すべての“コボルト”アイコンを持つモンスターはブロッカーを得て、ステータスが上昇する! まあ、その代わりにダイレクトアタックはできないのだけど、相手のモンスターを蹴散らす事など容易いわ。バトル! 私の場のコボルト達で、来訪者のモンスターを蹴散らす!」
女王の指揮に従い、コボルト達が一斉にのしかかってくる。うなりを上げる鉄球がイェーガーを叩き潰し、鞭のように振り回される鎖がスターマインを粉砕する。さらに大弓手が全身で引き絞る弓矢がスターマインを粉砕し、私の場の全てのモンスターは撃破された。
「さらに、白銀の女王で、来訪者にダイレクトアタック!!」
配下が作り出したヴィクトリーロードを、ゆっくり歩いて私に近づいてくる白銀の女王。その手に持つ白銀のハルバードが一閃し、私の体を薙ぎ払った。
痛みはないが、ちょっと冷たい感じがする。
「ぐうぅ!?」
「ふんがーー!? ふがーーー!?」
『おおっと、族長様のダイレクトアタックが炸裂ぅ! これで、両者のライフは互角! しかし状況的には、族長が圧倒的に有利だー!』
自分達のリーダーが優勢で、わーっと取り囲む観客たちが盛り上がる。私の味方であるダン少年は、猿轡をされてもがもがしているだけ。
圧倒的なアウェー環境。
だが。
私には、さほど珍しい話でもない。むしろなつかしさすら覚える。
「……はは」
肌がひりつく。口元のにやつきが抑えられない。ああ、面白くなってきたじゃないか。
そうだ。最近は、甘やかで暖かな周りに囲まれていて忘れていたが……。
これこそが、逆巻トウマにとっての日常、自然な光景。圧倒的不利な環境、取り囲む観衆からの罵声、扱い辛いカード達。
その逆境を跳ね返して勝ってこそ、面白いというものだ。
「お前……」
「はは……私のターン、ドロー! ……私は、蓄積した適応カウンターを3つ除去し、手札から“GIA The LORD”を特殊召喚!!」
どん、とコロシアムの外で大きな音が響いた。爆発のような音と共に、壁を飛び越えて飛来してくる巨大な影。
私の頭上を飛び越えて、巨大な怪物がフィールドへと降り立つ。石畳を着地の衝撃で割り砕き、ゆっくりと身を起こすのは、カブトムシと怪獣を足して二で割ったような、外骨格を持った二足歩行する怪物だった。カブトムシのような角がある頭部は漆黒の甲殻に覆われ、二対四つの黄色い瞳がぎょろぎょろと周囲を見渡している。腕は昆虫のように細く長く、先端の三本の爪で岩を削りだしたような大剣をそれぞれ握りしめた二刀流。後頭部は異常に肥大化し、外骨格の隙間から脳髄らしきものが垣間見えている。さらにその下部からは、トンボのような薄く透明な翅が隠されている。
これこそが、グレートインベーダーの最高司令官、エージェント“LORD”!
「さあ、侵略を始めよう」
《GRRRRROOOO!!》
これで、勝負をつけてやる!




