常夏特別編・彼に性別バレしたら その2
森の中を、ダン少年の元へひた走る。
道に迷う心配はない。合流した子供たちが先導してくれている。
《トウマ、聞こえるか。この森、どうにも妙だ。強い力を感じる》
「ただの森じゃないってことか」
私の耳元に小人サイズで出現したダン少年の精霊達が耳打ちしてくる。
正直助かるが……。
「本人から離れたら何もできないんじゃなかった?」
《こうやってささやく程度は「何かする」うちには入らんだろ。俺らがいってるのは、あいつらがトウマから離れてもバリバリ物理的な干渉力持ってる事にドン引きしたんだよ!》
言われて前を見る。
そちらでは本来のサイズに戻った子供たちが、私が怪我をしないように藪を切り裂き、石を弾き飛ばし、森の中に道を切り開いているのが見て取れた。
頼もしいというかなんというか。
《てかなんであんなに出力あるんだよあいつら?! ほとんど実体化してるのと同じじゃんか?! なあトウマ、まさか大型モンスターも同じように実体化できるとか言わないよな?》
「ははははは」
《否定しろよ!?》
大丈夫、できてもやらないから。
それやった途端、世界の敵として討伐されるオチが見えてるもん。
その辺は子供たちも心得てくれている。今はとりあえず緊急避難措置だ。
と、そこで遠くから、聞き覚えのある少年の叫び声が聞こえてきた。
「う、うおお、離せ―!!」
《ダン!》
「あっちか……」
声が聞こえてきたならあとは早い。
聞こえてくる方へ私は全力疾走した。
「ダン少年! って、うわ、なんだ?」
声が聞こえてきた所にたどりついた私が目撃したのは……。
「えっほ、えっほ、えっほ」
「男だわっしょい、男だわっしょい」
「えっほ、えっほ、えっほ」
何やら縄でぐるぐる巻きにされているダン少年。そしてそれを担ぐ、三人の異様な風体の人物。
皆、浅黒い肌に妙なボディペイントをして、胸と腰を布で隠している。髪色は皆銀髪。ただ、顔はなんていうかこう……楕円形の板に目と口と鼻を描いた妙な仮面で覆い隠しており、まったく見えない。体つきから多分全員女性だろうか。
早い話が、なんか原住民っぽいものにダン少年が誘拐されている。
「待て、人さらい!!」
「!」
「女もいた!?」
私が声を張り上げると、びっくりしたのか一瞬足を止める。が、私の姿を確認すると、一気に加速して引き離しにかかった。
《お、おい、振り切られるぞ!?》
「逃さない……!」
《ぴきゅきゅきゅ……!》
私よりもはるかに足の早いイェーガーが先行して人さらいどもを追跡する。
え、始末してもいいかって? それは駄目。おいかけるだけにしてね。
そうして誘拐犯を追跡する事数十分。不意に、行く手を遮っていた梢が途絶えた。
「これは……」
そこは、森の中に開かれた空間だった。
その中に、古びた遺跡のような建造物が存在している。苔むした、歴史を感じさせる石造りの建物……どこか、ギリシャかそのあたりを思わせる雰囲気の、小さなコロッセオのような建物だ。
建物の入り口に、人さらい達が駆け込んでいく。
「待ちなさい!」
しまった、風景に見入っていて出遅れた。誘拐犯の後を追って、私は躊躇う事なく入口へと飛び込んだ。
出入口は薄暗い。臆する事なく進むと、急に視界が開ける。
「ここは……」
外見から受けた印象どおり、どうやらここはコロッセオかなにか、とにかくイベント会場の一種だったようだ。石畳の床に歩み出る。
入口の反対側の壁面に、大きな石像がある。得体の知れない、人のようで人ではないそれの足元に、縛られて転がされている人影があった。
ダン少年。
「ふんが~~。もごごっ、ふがー!」
「ダン少年!」
猿轡をされている彼の元へ近づこうと足を速める。が、次の瞬間、危険を感じて私は足を止めた。
気が付けば、槍を持った原住民らしき人影に私は取り囲まれていた。いったい、いつの間に。
《ぴぃ、ぴぃ》
「……いや、待て。……お前たちは何者だ? ダン少年をどうするつもりだ!」
怒鳴りつけるも返ってくる言葉はない。
何やら聞き覚えのない言葉でささやきあっている仮面の女たちにしびれを切らし、私は自ら正面の槍へと突き進んだ。
びく、と肩を跳ねさせる相手に、槍の穂先を握りしめて押しのける。そのままずんずん進んで、相手と至近距離で顔を見合わせた。
「どけ。ダン少年は私の連れだ、返してもらう」
『あば……あばばば……あば』
「何を言ってるのかわからん!」
腰に腕を当てて言い返すと、原住民達は困惑したように後ずさりながらも、私の包囲は解こうとしない。
さて、どうしたものか。
あまり暴力には訴えたくないのだが……やむを得ないか?
「待ちなさい、来訪者よ」
急に、鈴のなるような声が響いた。
顔を見上げると、石像の上から飛び降りてくる人の気配。
とっさに飛び退って距離を置くと、さっきまで私が立っていた場所、その目前に、ひらりと軽い音と共に着地する一人の原住民。
着地の姿勢から顔を起こすと、その顔もまた妙な仮面に覆われている。だが、彼女は次の瞬間には、その仮面に手をあてて、かぽり、と外した。
外された仮面の下から、しゃらり、と銀色の髪があふれ出る。
仮面を腰にぶら下げると、彼女はふぅ、と長い銀髪を右腕で払って整えた。
金色の瞳が見開かれて、私を見る。
「部下たちが失礼しました、来訪者よ」
「お前がこいつらのボスか。ダン少年をどうするつもりだ」
「なるほど。ダン、とおっしゃられるのね、我が花婿は」
……花婿ぉ??
《お、おい、ちょっと落ち着け、なんかヤバい波動が漏れ出てる……》
「黙ってろ。……おい、どういう事だ、花婿って」
「言葉通りよ。彼は神聖たる来訪者、選ばれた者。その血を取り込む事で、我が一族は繁栄する」
銀髪の少女は、蠱惑的に腰をくねらせながら、私の右手に回り込むようにゆっくりと歩く。そんな彼女と距離を保ちながら、私も反対側にゆっくり移動し、互いににらみ合う。
「これは掟による神聖な婚姻。部外者の貴方が立ち入る事ではないわ」
「ほぅ? まあ、私が部外者といえば、そうだし。ダン少年が納得しているなら、何も言う事はないが……とてもそうには見えんな?」
「ふがが-!!」
猿轡をかまされたダン少年がそうだそうだ、とでもいうように騒いでいる。
そりゃそうだよな。
目の前の少女は美人……否、超絶美人といっても過言ではないが、流石にいくらなんでも唐突だし、やり方が乱暴すぎる。
「それは些細な問題に過ぎないわ。彼も、すぐにここでの生活を気に入るはずよ。貴方も、私達の婚姻を祝福してほしいのだけど」
「ふん。だが、お前たちは一つ、大事な事を忘れているぞ。……私が、彼と何かしらの関係にあるとは、考えなかったのか?」
「あら」
少女が興味深そうに眼を丸くする。その雰囲気に、私は勝機を見てとった。
こういう時、遠慮とか引け目があるとダメなのだ。薄い胸を張り、自信満々に言い放つ。
「私は彼の婚約者だ」
《ちょ、おま、え……っ!?》
「もががーーーーががががーーーっ!?」
「あら」
三者三様の動揺。
勿論でまかせハッタリ大嘘だが、それなりの効果はあったようだ。
「婚約者を、どこぞの誰とも知らない女にかっさわられて、黙っている奴がいると思うか?」
「ふふふ。それは、そうね? 女の沽券にかかわるものね……でもこまっちゃうわ。私達も掟なの」
じっとりとした緊張感が女と私の間に満ちていく。
彼女が、腰から見覚えのある物体を取り出す。デッキケース……ふ、話が早くて助かる。
私も自分のデッキケースを取り出し、威嚇するようにシャカシャカと鳴らした。
「大体、さっきまでお前は彼の名前も知らなかっただろう? ただ外から来た男と結婚するだけの掟で結婚しようだなんて、彼の良いところも知らない相手にはちょっと譲ってやれないな」
「うふふ。じゃあ、貴方は彼の良いところをたくさん知っているの?」
「勿論。そうだな、一つ言えるのは、デュエルが強い事……かな? 私ほどじゃないが」
含みを持たせて言い返すと、にんまりと女が薄く笑った。
得物を前にした、トラのような笑み。
知らず、私の口元にも薄く笑みが浮かんでいるのを自覚する。
《(ガタガタブルブル)》
「(ガタガタブルブル)」
ひゅぅ、と一陣の冷たい風が二人の間に吹き抜ける。
もはや、私と女の間に会話による理解は不要。
あとは、実力でもって雌雄を決するのみだ。
「ルールは? お前ら原住民と都会のルールが一緒、という保証はないからな」
「おほほ、流行りとやらに振り回されてる都市の皆さんは大変そうね? ルールはオーソドックスにいきましょう、ライフは3、先に一本先取したほうが勝ちの、デュエル形式で行きましょう」
「あいわかった。審判は?」
私の確認に、女が周囲を遠巻きにしている原住民の一人に流し目を送った。
視線を向けられた少女はびくぅ! と肩を跳ねさせて、手にした槍を取り落とす。
「あなた。審判、よろしくて?」
「あ、あい、わかりました、族長……」
こくこく頷いた原住民は、仮面を取り外して腰に下げると、おずおずと肩を小さくして私達の間に割って入った。
これで準備はOK。
さあ。
ダン少年を、返してもらうぞ。
「「デュエル!!」」




