常夏特別編・彼に性別バレしたら その1
トウマちゃんの性別バレ特別編、パターン夏です。
「豪華客船?」
「そうなの、商店街のくじ引きであたったのよ!」
そういって茉莉さんが見せてくれたのは、豪華客船シーホースの搭乗チケット。
学校の宿題を片付けていた私は鉛筆の手を止めて、まじまじとその豪華な紙片を観察した。
「へえー。じゃあ、マスターと一緒にいってくるの?」
「ふふふ。それがね、これ結構参加人数多いのよ! ほらみて、私の他に四名まで搭乗可能なんですって?」
「ええー?」
流石に都合がよすぎるだろ。
チケットの裏面を確認してみるが、本当にそう書いてある。
「いや、なんか落とし穴あるでしょ。そんなうまい話が……」
「まあね。まあ、なんか試運転というか……本来は世界一周するような船なんだけど、これは3日ぐらいかけて港と港を渡るだけ。いわば豪華客船体験ツアーかしら?」
「なるほど」
そういう事なら納得だ。しかし、茉莉さんのほかに四人だと、マスターと私のほかに二人か。
「誰を連れていくのか、もう決まっているのか?」
「ハナちゃんとダン君に声をかけようと思ってるの、いいでしょ?」
「それはまあ……」
つまり、いつものメンツである。
ダン少年は正直、普通に経験ありそうだが、ハナちゃんはどうかな?
「OK、わかった。準備する」
「あら、意外とのり気?」
「そりゃもう」
豪華客船なんて、前世でも乗ったことがない代物だ。それをこんな体にされた今世で乗る事ができるなんて、願ってもない機会だ。
「楽しみ」
「ねー。どんな服着ていこうかしら?」
「お、お手柔らかに頼む……」
◆◆
「それがこうなるとはな……」
晴天の下、どこかの砂浜。ずぶぬれになった服を絞りながら、私は途方に暮れていた。
傍らでは、ダン少年がゴムボートを浜に引っ張り上げている。
豪華客船の旅は、問題なく進んでいた。港から出向した後は、みんなで船の中のショッピングモールを見て回ったり、コンサートを視聴したり、デュエル大会に参加したり。
穏やかに時間を過ごせていたのは、しかし最初のうちだけだった。
二日目の昼過ぎから、急に空模様が悪化。
気が付けば船は嵐の真っただ中、危険を感じるほどに激しく船が揺れていたかと思ったら、案の定だ。
運悪く、娯楽室でデュエルにいそしんでいた私とダン少年はほかのメンバーとの合流ができず、独自に脱出。緊急用のゴムボートを膨らませて、嵐の海へと漕ぎ出した。
そしてなんとか、ひっくり返る事なくこうして知らない島に流れ着いたという訳だ。
果たしてこの島が無人島かどうかも分からない。
さてさて、どうしたものか。
「おーい、ぼっとしてないで火を起こそうぜ。風邪ひいちまう」
「そうだな」
ダン少年の言う通りか。まずは落ち着いてから、今後の事を考えるとしよう。
とりあえず、乾いた場所を探して移動する。砂浜から少し進むと、たちまち無数の草木が生い茂る森となっている。この中に進むのはちょっと嫌だな……。
「?」
「どうした? なんかあったか?」
「いや……」
気のせいか?
今、奥の茂みが揺れたような……。
「この奥には動物がいそうだ。すこし離れよう」
「げっ。熊とかじゃないだろうな」
「やつらは泳ぎが上手らしいからな、島にもいるかもしれんな」
半ば冗談で豆知識を告げると、ダン少年はやめてくれよーとうなる。
それに小さく笑いながら、私は彼の後を追って歩き出した。
だから、この時の私は、ささいな違和感の事などすぐに忘れてしまったのだ。
茂みの奥からじっと見ている瞳にも気が付かず。
しばらく海岸沿いに歩いて、私達は大きな岩場の中に横穴を見つけて、そこで休息を取る事にした。
よく乾燥した穴の中からは、ここが満潮になっても水で沈まない事が見て取れる。
乾いた海藻や流木の類を集めてきて、さっそく火をおこしにかかる。が、そう簡単にはいかないのが世の常だ。
「手伝おうか?」
「だ、大丈夫だ! これぐらい、ボーイスカウトで習ったし……!」
《がんばれ、ダン!》
乾いた木材で火を起こそうとするダン少年だが、苦戦している。傍らでは彼の精霊達が応援しているが、そのせいで逆に気が散っているように見える。
彼らには現実世界に干渉するような力はないらしいな。相手が同じ土俵じゃないと手出しできないのは、まあ正道の存在らしいといえばそうだが。
うむ。しかしちょっと体温が下がってきた。
「……へっぷち」
「! ご、ごめん、すぐ火をつける!」
あ、しまった。焦らせてしまったか。
しかし見たところ、すぐに火はつきそうにないな……。仕方ない。
私はちょっとだけデッキケースからカードを引き出す。
“GIA The LORD”。ちょいとよろしく頼む。
少しだけ願うと、カードの絵柄がうっすらと光った。
「あっ! ついた、火がついた!」
「よし、やったじゃないか。すごいぞダン少年」
「へへへへへ」
褒められてまんざらでもなさそうなダン少年。巻き起こった小さな火に、乾いた海藻を投入してどんどん大きくしていく。炎が大きくなってきたら、乾いた流木を投入して焚火にする。
普通の木材との違いは私にはよくわからないが、とりあえず景気よく燃えているのでよしとしよう。
やがてぱちぱちと燃える焚火の熱が、横穴全体をうっすらと温めるまでに至った。
「酸欠とかになったら危険だからな。できるだけ入口の方に居よう」
「そうだな」
二人して火にあたる。と、横でダン少年が遠慮なく上着を脱ぎ散らかして、私はびっくりした。
少年の体ながら、すでに薄っすらと皮膚の下に筋肉がついているのが見える。思ったよりも引き締まった体に、私は状況も忘れて見入ってしまった。
「わぁ」
「? ほら、トウマも脱げよ。そんな濡れた服いつまでも着ていたら風邪をひくって」
「え? あ、いや、私は……ちょま、待って」
いつまでも濡れた服を脱がないでいる私に、ダン少年がしびれを切らしてつかみかかってくる。彼の手が遠慮なく私のシャツの裾をつかんで、上へとめくり上げた。
あ、ちょ。それは。
途端、ぴたりと硬直する彼。
「…………え?」
「あ、あははは。そ、その。わざと黙ってた訳じゃないんだよ……?」
めくりあげたシャツの下。
彼の目に入ったであろうものは、最近ほんのり膨らんできた胸と、それを覆うスポーツブラ。
私は硬直した彼の指を引っこ抜くと、シャツの裾を振りほどいた。
「す、すまん。これまで黙っていたのは謝る。……しょうがない、バレちゃったならしょうがない。おとなしく上を脱ぐか……」
しぶしぶシャツを脱ぎ捨てて、上半身も下着だけになる。そのまま焚火の熱が当たる場所にシャツを干しにいくと、停止していたダン少年がようやく再起動する気配があった。
「な……ななな……」
「なな?」
「なななな……うわあああーーーーーーー!!」
突然の絶叫。
私の見ているまえでダン少年はそのまま横穴を飛び出し、海へと飛び込んでしまう。
慌てて後を追うと、彼はそのまま、浜辺の沖合を何やら全力でクロールしているようだった。
「……な、なんだろ……どうしたの?」
《そりゃあ、そうだろ……》
傍らで投げ出されたデッキケース、飛び散ったカードから実体化した精霊があきれ顔で突っ込んでくる。
「ああ、いや。その、別に悪気があって隠してた訳じゃなくて……」
《ちゃんと謝れよ。あと説明》
「うん……」
そのまま、しばしの間、へろへろになったダン少年が戻ってくるまでの間、私は一人で焚火にあたっていた。
ひとしきり泳いで戻ってきたダン少年が無言で焚火にあたっている。
その、やつれきったような顔に何も言えず、私はおろおろと話を切り出せずに戸惑っていた。
「そ、その、ダン少年……」
「…………」
「べ、別に、その、だまそうと思ってた訳じゃ……」
どうにも気まずい。
二人でそのまま、焚火にあたるだけの沈黙の時間が流れる。
ややあって、ダン少年がぽつりと言葉を呟いた。
「…………さいしょから?」
「え、ええと、まあ。生まれた時からこの体だし……」
正確にはこの世界に出現したときから、だが。
「……そうだよな…………」
がっくりと肩を落とし、ダン少年がうなだれる。
私はどうしたらいいかわからなくておろおろした。
どうしたらいいんだろうか?
体は女の子だが、心は男だと伝えればいいのか? いや、それは逆に彼を余計混乱させるだけかもしれない。
「そ、その。そのな? 私、前は周りからいやがらせされたりしてたろ? それで、気安く接してくれる相手に、その、距離を置かれるのが嫌だったというか……」
「……。いや、その。俺も、無遠慮だった……。思えば、気が付く機会はいくらでもあったな……」
魂の抜けたような声で返事するダン少年。と、その顔がにわかに真っ赤になった。
「え? じゃあ、……とか……したときに……ってことだよ、な……え??」
何かを思い出したのか、彼は顔を押さえて、じり、と私から距離を取る。
それを見て、私は反射的に。
「いや、その。なんで距離を詰めてくるんだよ……」
「さ、さあ、なんでだろうな……」
じっ、と至近距離でダン少年の顔を覗き込む。彼の黒い瞳の中に、幼げな女の子が映っているのが見えた。
自分でもよくわからない不安に駆られて、私はダン少年との距離を詰めた。それに押されるように、じりじりとダン少年が後退していく。
ぴと、と肌と肌をくっつけ合わせる。塩でちょっとじゃりじゃりする肌。
にわかに、触れたところからダン少年の体温が急に上がったような気がした。
「お、俺っ! 服も乾いたし周囲を見回してくる!!」
「あっ、ちょ」
「それじゃっ!!」
乾かしていたシャツを拾い上げて、ダン少年が横穴を飛び出していく。デッキも持たずに走っていく彼を、私は目をぱちくりさせて見送った。
横穴にはもう、私一人。
しばしためらってから、乾かしていたシャツをもぞもぞと羽織った。
「あ、あとを追いかけなきゃ……」
《いや、その、まじでわざとじゃないんだったらやめといたほうがいいぞ?》
「え?」
何やら、あきれ返った様子の精霊が語り掛けてくる。
やめておいた方がいいって……。
「見知らぬ場所で一人の方が危ないと思うが」
《ダンも顔なじみが女だったって衝撃の事実をカミングアウトされて頭がいっぱいいっぱいなんだよ。ちょっと一人にしておいてやれ》
「む……」
それを言われると私もちょっと気まずい。
そもそも考えてみれば、ダン少年からすれば、男だと思ってた友人が女だった、だけでなく、漂流してどことも知れない島で二人きりという訳だ。
気まずいなんてもんじゃないだろう。
これはしたり。私の配慮が足りなかったか。
「仕方ない。しばらくここで時間をつぶすか」
《それがいいと思うぜ。……で、何するつもりだ、それ》
「まあ、ちょっとした偵察を」
カードデッキからカードを何枚か引き抜き、洞窟の床に並べる。
私がそれらのカードをととん、と軽く指で叩くと、浮かび上がるように小さな影がいくつも現れた。
白いヒトデ、足だけのタランチュラ、小さな二足歩行するトカゲ。
グレートインベーダーの化身達。彼らはカードに乗るような小さな姿で現れると、キィキィ鳴いて私の足にすり寄ってきた。
「おお、よしよし。お前たち、悪いんだがちょっと外を見てきてくれるか? 周囲の安全を確認してほしい」
《ぴっ、ぴぴぃ》
私の頼みに、快く答える子供たち。彼らはてててて、と洞窟を出ていくと、方々に散会していった。
これでなんとかなればいいのだが……。
「ふぅ……よし。……ん? なんだ、お前たち」
《いや、その……どっから突っ込めばいいのか……》
《普通、カードの精霊は主人から離れて行動できないんじゃがのぉ……》
何やら、ダン少年の精霊達がドン引きしている。なんでだ、解せぬ。
そんな風に、やれる事だけやって、横穴でダン少年の帰りを待っていた私。
だが、やはりこの島は、安全地帯、という訳ではなかったようだ。
「うわああああーーーーーーっ!?」
「ダン少年!?」
森の奥から響く、少年の悲鳴。それを聞きつけて、私は飛び上がるように身を起こした。
デッキを持って洞窟から飛び出すと、森の入り口から走ってくる小さな影。
私の派遣した子供たちだ。彼らはキィキィ鳴くと、森の奥を指さして再び駆け戻った。
その後を、私は息を堰切らせて後を追う。
「ダン少年! 無事でいてくれ……!!」




