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カードゲームみたいなやつ  作者: SIS
激闘! 襲来、ダークファイブ!
45/57

この世に悪があるならば、それは その2



「神谷新十郎?」


 喫茶店に集まったいつものメンツ。


 一行のとりまとめとして、マスターが口にした名前は私には覚えが無いものだった。


「ああ。トウマちゃんは知らないのね。それもそうか」


「神谷新十郎。神谷財閥のトップで、この街一番の金持ちだ。名の売れたデュエリストでもある。長年、病気を患って療養生活をしていたのが、ここ数年で急に表舞台に再び顔を現し始めた」


 言いながら、岩田さんが携帯にニュースか何かのページを開いて見せてくる。


 そこに映っていたのは、一人の老人。


 髪は真っ白に染まり、しかしいまだしっかりとした毛量を蓄えている。皺の刻まれた表情は厳めしく、老いてもなおその眼光は鷹の如し。


 一目で曲者と分かる、厳めしい顔つきの男だった。


 これが、最後のダークファイブだっていうのか?


「これをみな。俺と、ダンと、ハナちゃんの所に届いた招待状だ」


「ええと、何々……? 『……つきましては、新ビルの完成祝いと、私の長年求めたレアカード“三魔公”のお披露目を兼ねて、スペシャルトーナメントに皆さんをご招待したいと思います』……ええ……」


 堂々と三魔公の名前が書いてあるよ。事情を知ってる人間に対して隠そうともしてない。


「警察は?」


「相手が相手だ、ダンの証言一つでは動いちゃくれない。まあ仕方ない、向こうもそれを分かって堂々とこっちを誘ってるんだろうな」


 逆に言うと訝しんではくれている、という事か。思ったより私が攫われた事件、警察は重要視してるのかな。


 とそこで、鼻息荒くダン少年が声を上げる。


「なんでもいいさ、向こうが来いっていうなら真正面から乗り込んでいってとっちめてやればいいのさ!」


「お前なあ……」


「だが、一番建設的な意見ではある」


 その場に集まった者の視線が岩田さんに集中する。「え、マジで言ってる?」という視線の砲火を受け流して、彼は水で口を湿らすと朗々と語った。


「相手は護衛付きの金持ちだ。こういう機会でもなければ近づく事も出来やしない。何か考えがあってのトーナメントだとしても、こちらも最大戦力を投入できるチャンスだ。この大会には、あの皇帝とかも呼ばれてるらしい。何か神谷新十郎が人道に反した企てをするなら、集まったデュエリストも纏めて俺達の味方につくはずだ。考えようによっては、最後のダークファイブを討つ絶好の条件ではある」


 え、皇帝くんの?


 それならまあ、話は変わってくるな、確かに。


「だろー!? ちっとやそっとのオカルトパワーなら兄ちゃん達が弾いてくれるし、俺と岩田さん、ハナ、んでもってさかまきトウマも一緒なら怖いモノなしだ! 三魔公がどんなカードでも正面からぶち倒せばいいんだって」


「あ。それなんだけど、私は悪いけど参加できないぞ」


「え? ……なんだってぇ?!」


 時間差で響く大声に耳を押さえる。だから鼓膜破れるって。


「いやだって私んところ招待状届いてないし」


「あー。そりゃそうか」


 ふかーく納得するマスターに頷き返す。


 何せ、一週間ぐらい前まで親無し家無し戸籍無し、だったのだ。存在を知っていてもどこに手紙を出したらいいのかわかりゃしない。


「まあそういう訳だから三人で頑張ってくれ。今回私はお留守番だ」


「むむむ」


「まあ、金持ちがビルでやるパーティーだからな、呼ばれてない奴は入れないから仕方ないか。それに、何があっても対応できるように予備戦力はあった方がいいだろう」


 私としても残念ではあるが、まあそういう事だ。


 それに見ようによっては単独行動するよいチャンスだ。実はずっと気にかかってる事があるし。


「しょうがない。どう動くか、三人で詰めるか。お前らの両親も来るのか?」


「んー。うちの親はちょっと……ハナは?」


「多分……二人とも来るかな……」


 三人がテーブルを囲んで相談を始める。それを頬杖をついて見つめていると、マスターがぷにぷにと私の頬をつっついてきた。なんだよ。


「寂しい?」


「にやにやして聞く事かよ。どっちかというとヤバそうな状況から距離を取れて万々歳だ。まあ、当日は精々、見晴らしのいい丘からビルを見守ってる事にするよ。というかそういうマスターは?」


「ふふふーん」


 私が尋ねると、マスターはニコニコしながら自分の招待状を見せびらかした。茉莉さんも苦笑して自分のをひらひらさせる。


 あらま。私以外全員かよ。


「おいおい。マスター、デュエルは無茶苦茶弱いでしょ。足引っ張らない?」


「そこは流石に弁えてるよー。何かあった時の避難誘導に茉莉ともども回るつもり。戦うのは岩田さんに任せる」


「私も腕前には自信があったんだけどね。岩田さんにはまるで歯が立たなかったのよね。その岩田さんが厳しい相手っていうなら、もう戦力にはならないわ」


 腕っぷしで海外進出した茉莉さんは若干悔しそうだが、まあ今回は相手が悪い。ファッション事務所を道場破りするのと、日夜デュエルで喰ってる中でBランクまで上り詰めるのはやはり話が違う。


 一度ジェーンに敗れた事もあって、茉莉さんは分を弁えるつもりの様だ。


 え、ハナちゃん?


 彼女はなんていうか、完全に化けたから……。


 近頃はコーカサス轢き逃げガールとして近所のガキンチョどもを恐怖のズンドコに陥れているともっぱらの噂である。


 二度と戦いたくない。


 そういう訳で、メンツの心配はない。ないのだが……。


「……そういえば、ダン少年。火嶺さんは、今日はいないのか?」


「聖兄ちゃん? 最近、なんか付き合い悪くってさ。今日も連絡したけど繋がらなかった。まあ、兄ちゃんはダークファイブの事、お遊戯だと思ってるみたいだからもともと呼ぶつもりはなかったけどさー」


「そうか……」


 空席の椅子にちらり、と視線を向けて、私はそこで話を打ち切った。


「それなら、いいんだ」




◆◆




 そして、運命の夜がやってきた。


 出発する岩田さんのバイクを見送って、私は一人、地図を片手に夜の街を歩く。


 一時は連続通り魔の影響で人気がなかった夜の街も、それが途絶えたことですっかりかつての姿を取り戻していた。


 今日は町一番の富豪がパーティーを開いているという事もあるのか、いつもより町は明るくにぎやかだ。そのせいか、私のような子供が一人で町を歩いていてもとがめるような声や視線はない。おかげで、私は何を気にすることもなく自由に歩く事が出来た。


「……こっちか」


 地図を頼りに向かった先、短い階段を上って上がった先で、夜に煌々と輝く満月の光が私を出迎えた。


 たどり着いたのは、オフィス街の一角。コンクリートで覆われた石の森の一角にそびえる小さな丘。そこからは、眼下に輝く夜の街が一望できる。仕事帰りの社会人に憩いのひと時を……という感じで設計されたのだろうが、あいにく悲しいかな、日本の社畜達にはそんな余裕ある時間は許されていないようだ。周囲に、人の影はない。


 円形の広場の中央に立ち、地図と照らし合わせて確認する。


 ここから見える夜のビル街、百万ドルの夜景、とまではいかないがそれなりに輝かしい照明の輝きの只中に、ひときわそびえる大きなビルの影がある。


 新神谷ビル。全四十階の超高層ビル。周囲のビルが20階建てが多いこともあって、倍以上のその威容は夜闇の中でもひときわ目立っている。その尖塔の影は月にすらかかり、明滅する航空障害灯が妖しく輝いている。現代の華やかな建造物というより、いっそ悪魔城か何かのように私には見えた。


 そのビルの最上階ではそろそろ、パーティーが始まったころだろうか。


 私がここにやってきたのは、あのビルの様子が一望できる、というのも理由の一つだ。何が起きるかわからない状況において、外部からの視点は何かの役に立つはず。


 だが、それよりももっと大きい理由が一つある。


「ここと、ここ……そしてここと、ここ」


 地図に示したマークを指で結ぶ。


 示されたマークは全部で五つ。


 ダン少年がファラオと戦った市民会館。アームストロング船長と戦った博物館。私がジェーンと戦った公園。岩田さんが長沢を倒した廃ビルの一室。


 そして、今晩、魔宴が開かれるはずの新神谷ビル。


 一見すると何の関係もないそれぞれの場所。だが、それらの間に線を引くと……。


「五芒星……」


 地図の上に浮かび上がった図形。私は、ジェーンの最後に残した言葉を思い返した。




「最後に一つだけ……優しいあんたに、アドバイス……。鍵は、五芒、せ……」




 彼女は言った。五芒星が鍵だと。そして、その五芒星の中心部に存在するのが、この展望台だ。


 古来、五芒星……魔法陣は、魔術師が召喚した悪魔や死霊から身を守るための結界である。つまり要はその図形ではなく、図形に囲まれた内部なのだ。


 もしジェーンが言うようにこの五芒星の形が偶然ではなく、何かしらの意味があってのものであるならば、その要点は最後の角ではなく、ここにあるはずなのだ。


 ……それを、他の誰にも言わなかったのは理由がある。


 何故、はわからなくとも。


 誰、かはそろそろ、予想がついていたからだ。


「……宴もたけなわ、といったところか。主役は遅れてやってくるもの、とでもいうつもりか?」


 ざり、と背後で土を踏みしめる音。予想通りの来客に、私は肩越しに振り返った。


「なあ。火嶺さん」


「…………トウマちゃんか」


 そう。


 そこに立っていたのは、ダン少年の知り合い……火嶺聖。聖君。灰色の髪の青年は、どこか光を纏って夜の闇に不思議と浮かび上がるようだった。


「奇遇だね」


「ごまかす必要はもうない。君が、只の人間ではない事はもう私は把握している」


「……そうか。話が早くて助かるけど、参考までに。何が悪かったのかな。僕は、君たちの良き隣人であったと思うのだけど」


 少しだけ眉をひそめる聖君は、どこか辛そうに尋ねてくる。


「いや。少なくとも、私の知る限り君は、ダン少年の良き友人だった。私も、君の事を疑ったことはない」


「ならば、何故」


「少しばかり記録の改ざんが雑だったな」


 天摩家で拝見したアルバム。そこには、昔からの知り合いだったという聖君の姿も多くあった。


 だが、流石に年齢の変化が見受けられない、というのは違和感バリバリだった。おそらく何らかの認識阻害はかかっていたのだろう、ダン少年をはじめとするあの家の者たちは気が付いていないようだったが、私にはそれは通じなかったようだ。


「人間というのは、年を取るもの。永遠の美少年など、笑えない話だ」


「なるほど。それは失敗したかな」


 小さく首を振り、聖君はこれ以上の抗弁をあきらめたようだ。まっすぐに青い瞳が私を貫く。


「お察しの通り。私が、今回の事件……ダークファイブの黒幕だ。つまり、君の敵という事になる」


「……なぜ?」


 素直に認めた聖君に、単純な疑問をぶつける。


「君は、ダン少年の良い兄貴分だった。私も、君に嫌悪感を抱いた事はないし、君からそういった負の感情を感じた事もない。私達は至って良い関係を築く事が出来ていたと思う。事実、ダン少年の家であのアルバムを見るまで、私はその可能性に思い至りもしなかった。君の言う通り、私達は善き隣人であったはずだ」


 そう。


 ジェーンと行動をしていたという事実を加味しても、聖君が敵であると断定できるような情報はないに等しかった。彼は普段から善良で、お人よしで、周りの人々に優しかった。


 勿論、重犯罪者が周囲の人間には優しかった、というのは有り触れた話だ。だが、それはあくまで自分の異常性を周りに悟られない為の取り繕ったやさしさ、形だけのものだ。


 聖君は違う。彼は時に、人に踏み込んででもその善意を発露する。特段取り立てるような話ではないだけで、ダン少年やハナちゃんだけでなく、マスターや茉莉さん、岩田さんだって、聖君に助けられたり助けたりしていた。


 正直言うと、本人の口から断定された今だって感情的には信じられない。


 私の問いかけに彼は応えず、無言で私の隣に歩いてくる。その視線は遠く新神谷ビルに向けられていて、私はそれに倣ってビルに目を向けた。


「始まるよ」


 何が、とは問わない。


 見ている前で、ビルから紫色の光の柱が伸びていく。最上階からまっすぐに。その光の柱に絡みつくように、三筋の禍々しい力の波動が渦巻いているのを感じられる。


 あれが、三魔公とやらか。


 思ったよりもヘボいな。


「パーティーに集めた、著名なデュエリスト達。エキシビジョンで高まった彼らのエナジーを吸い上げて、三魔公はついに復活を果たした。その力で神谷は、永遠の若さと活力を手に入れるつもりだろう。何十人もの将来有望なデュエリストの生気を奪えば、たかが一人の人間の延命など容易い話だ」


「だがそれは失敗するだろう」


「そうだね。ダン少年とハナちゃんは、デッキに宿る精霊の力で身を守ったようだ。岩田さんも、そのついでに守られて無事。どうやら、三対一の変則デュエルで決着をつけるつもりのようだけど……まあ、神谷に勝ち目はないだろう。相手が悪すぎる」


 それはまあ同意見だ。


 そもそも手数が絶対正義のカードゲームにおいて、三対一などどれだけのハンデがあっても無理ゲーである。強力な闇のカードを手に入れて思い上がっているのだろうけど、その時点で冷静ではないと言わざるを得ない。


 大体、聖君の言うように相手が悪すぎる。Bランクのヒールデュエリストである岩田さん、熱烈新鋭精霊団に守られているハナちゃん、精霊に愛され精霊を使いこなす魔を断つ勇者ダン少年。いくらラスボスでも荷が重い。


 ついでにいえば、感じられる三魔公の力、一体一体を見ると、正直たかが知れている。いや、クソ強いにはクソ強いし世の中を捻じ曲げるに充分すぎる力はあるのだろうけど、あれだ。ファラオの切り札だった顔の無いスフィンクス、あれがほぼ同クラスな感じなせいでイマイチこう、危機感が薄い。


 なんせダン少年はタイマンでそれを倒してるからな。


 というかやっぱり、あのファラオ「ふふ……奴は四天王において最強……どうしよう」枠だったか。なんかアイツだけ規模が桁違いだったからな。


 しかし、そうなると話がおかしいぞ。


「……火嶺さん。君の目的は、三魔公だったのではないのか?」


 そう。話を聞くに、最後のダークファイブの運命は風前の灯火だ。なのに、それを復活させた聖君はフラットな、それこそ神谷の敗北を望むような口ぶりだ。黒幕というのなら、もっと焦ってもいいものではないか?


「残念ながら違う。僕の目的はこの状況そのものさ」


「何?」


「……この世界には、完全なる黒も、白も存在しない。だが、限りなくそれに近い概念は存在する。例えば、限りなく黒の果てに近い存在、それが討伐され浄化された場所は、相対的にこの世で最も白に近い場所だとは考えられないかい?」


 唐突に、よくわからない事を言い出す聖君。


 よくわからない、が……そういう、よくわからない話は、私は割と好きである。故に、その言葉が含んだ不穏さに、背筋がぞわりと泡立った。


 明確な危機感。理由もわからぬまま抱いたそれは正しく、しかしすでに手遅れだったと、私は理解する。


 光の柱。


 一つではない。


 新神谷ビルから伸びるもの。それ以外にも、呼応するように、街の一角からまた一本、また一本と光の柱が天に向かって伸びていく。


 すぐに理解した。あれらは、ダークファイブとの戦場になった場所から伸びている。


「そして。その限りなく純白に近い場所に囲まれたこの場所こそが。世界で最も混じりけの無い純白であるとみなす事が、できはしないかい? トウマちゃん」


「……!!」


 逃げ出す暇はなかった。


 高台の公園が、いつしか光の壁に覆われている。


 ダークファイブによって描かれた五芒星。その中心である、この場所が。


 何のために? それはすぐに理解できた。


 目の前が霞む。身体から、急激に力が抜けていく。意識が明滅して、ふらついた私は地面に膝をついた。喘ぐように呼吸しても、肺に空気が送られていないような感覚がする。


 地面につっぷした拍子に、ぼとぼとと懐からデッキケースが転がり落ちた。地面にぶつかったケースから、乱雑に中身が地面に散らばる。


 見慣れたカードの裏表紙。それが、ぶすぶすと煙を上げて焦げて、消滅していく。


 それを目の当たりにして、私は聖君を見上げた。


 彼は先と変わらず佇んだまま、地面に這いつくばる私を見下ろしている。不思議な事に、この時に及んでなお、彼の視線に敵意や侮蔑は含まれていなかった。


「……君と、邪神どもの繋がりを断った。君の存在を維持していたのは彼らだ。もとより、清水に魚は住まぬと君達が言うように、この空間で生命体は生存できない。例え、原罪を持たぬ存在であろうと」


「な……んで……? わたし、を……?」


 状況の変化に頭がおいつかない。それでも必死に考えを回して、私は一つの答えに辿り着く。


 ダークファイブ。三魔公。


 私の大切な人達を脅かすと考えられたそれらの脅威はしかし、ただの餌……あるいは、下準備でしかなかった。


 本当の狙いは……私。逆巻トウマだったのだ。


 でも何故? 私を殺すために、何故これだけの大掛かりな仕掛けを? そもそも、私は長沢に危うく殺される所だった。あの時、少し岩田さんを邪魔するだけで、その目的は達成できたはずだ。


 それにその後、わざわざ大好物のチーズケーキまでもって見舞いに来てくれた。あの振舞に、裏があったとは考えにくい。


 それとも、私の察しが悪かっただけで。


「そんなに……」


 そんなに、私の事が嫌いだったのか? 殺したいほど、憎んでいたのか?


 問いかける視線に、答えはない。


 感情の交流を拒絶するように、心を閉ざした青い瞳が、ただの情報として私を見ている。


「語る事はありません。貴方はただ、世の不条理を儚み、私を憎めばいいのです。貴方に罪はありません。この世に悪があるならば、それは……」


 そこまで語って、聖君は首を振った。喋るつもりのない言葉を喋ってしまった人の振舞だった。


 そこで、私も首を上げていられなくなった。身体を支える腕にも力が入らず、どしゃり、と地面に身を横たえる。


 目の前には、散らばったカードの束。それらも少しずつ、黒く燃えて消えていく。


 そうか。


 私はある日突然、この世界に女の子の体で生まれていた。その躰を構成する要素が、どこから来たのか、というのは考えていなかった。


 答えがこれか。


 私の血も肉も、邪神達が用意したもの。残されているのは魂ぐらいで、彼らとの繋がりをこの光の壁が断つというなら、生きていられないのも道理。


 …………。


 ……本当に?


 本当に、私はここで死ぬのか?


 たった一人で。


 あの人にもう二度と会えないまま。




『トウマちゃん』




「…………っ!!」


 私を受け入れてくれた人。この世界で私の居場所になってくれた人の声が、脳裏に鮮やかに蘇る。


 かつての根無し草とは違う。


 今の私には帰りたい場所がある。ただいま、と言う相手がいる。


 いつ消えても構わないだなんて、そんな事はない。


 石にかじりついてでも、指の骨をひっかけてでも。


 帰らないといけない理由が、私にはある!


「う、ぎぎ……!!」


 必死に手を伸ばし、まだ原形を留めているカード達をかき集める。全部で四つのデッキ、大半のカードはすでに無へと還ってしまったが、それでも集めればデッキ一つぶんぐらいにはなる。それらの角をそろえてデッキケースにぶちこみ、膝と手をついて身を起こす。


 体重が何十倍にもなってしまったかのような重さに、歯を食いしばって立ち上がる。


 途方もない苦行に、目尻から涙があふれてくる。


 それでも。


 それでも私は……。


「ひ、じり、くん……!!」


「貴方は……」


「しょうぶ、だ……! 私と、デュエル、しろ……!!」


 馬鹿の一つ覚えのように、デュエルを挑む私。横からみたら、さぞ滑稽な事だろう。


 それでも。


 この世界が、そうであるならば、これがきっと唯一の勝機。


 じっと私を見つめる聖君が、小さく納得したように頷いた。


「この結界を私が維持し。その純白性が要であるならば、私を結界内で打ち破る事で、その完全性を棄損する……。貴方の考えているのは、そのあたりの理屈でしょうか?」


「……!!」


「その勝負を受けないのは簡単です。ですが、ここで身命を尽くしての貴方の勝負、受けないならばそれはそれで私の瑕疵となる。私には、ここで勝負を受けて貴方に勝つ以外の道はない。……いいでしょう。それで貴方が納得するというのなら、私は喜んで勝負を受けましょう」


 聖君が、懐からデッキを取り出す。


 純白に輝く、真っ白なデッキケース。そのカードから途方もない力を見て取って、私は目を剝いた。


 私の手にする邪神デッキなど比較にならないほどの強い力だ。そんなものを人間が手にして、無事で済むものなのだろうか。


 あるいは、もしかして。


「やはり、君は……」


「ええ。人間ではありません。そうですね、前提として貴方を納得させる為にも、私の正体をお教えしましょう。火嶺聖……それは決して偽名ではありませんが、私は他にも多くの名を持ちます。ですが、貴方達人間には、あの名前が通りがいいでしょう」


 ばさり、と聖君の背中で、巨大な翼がはばたいた。


 白鳥のような、汚れ一つない純白の翼。それも一対ではない。一つ、二つ、三つ……数えきれない。気が付けば、彼の手首や足首、膝や太ももさえもが、小さな翼のようなもので覆われている。


「人は、私の事をこう呼びました。神の代行者、神の書記……」


 天使は、翼の数で階級がきまっている、そんな話を思い出す。


 例えば、かの有名な悪魔にして堕天使、ルシファーは12対の翼をもっていたという。だが、それすらも上回る、36対の羽をもつ天使がいる。


 その名は……。




『メタトロン。貴方達人間は、私をそう定義している』




 ふわり、と重力の軛すらも振り切って。


 光の壁を背に、輝ける大天使は、戦いの始まりを告げた。






「「デュエル!」」





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邪神サービス悪いな繋がり切れただけで生命維持に支障がでるなんて あるいは自分から離れるならば生きていて欲しくないみたいな歪んだ重いか?
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