トウマ危うし! 危険な遊戯にとらわれて その6
「くくく……くくくく……!」
聞き間違いではない。
倒れたままの、岩田さんが笑っている。
おかしくておかしくて、馬鹿らしくてしょうがない、といった風に。
死んだはずの、彼が。
『い、岩田選手……?!』
「くく……面白いもんだな。死んでから生き返るって、こんな気持ちかぁ……くく」
《?違?????違?????違????鐚?》
しっかりとゆるぎなく片膝を立てて、起き上がる岩田さん。そのスーツには大穴が空き、血で塗れていたが……その向こうに見える傷口は、すでにふさがっている。
ついには堂々と二本の足でしっかりと仁王立ちし、岩田さんは長沢に向かい合った。その姿勢は小動もしない。
これは、いったい!?
「俺は、トリックカード“ヨワリ・エエカトル・カムバック”を発動! このカードは俺のライフが3ある状態で、相手の魔法・トリック・モンスター効果が発動した時に発動できる! このカードの効果により、俺はライフを全て失う事で、デッキ・手札から、DDF ミラー・スモークを特殊召喚する!!」
岩田さんの場が、漆黒の闇に包まれる。闇よりなお暗き黒い霧……激しく雷鳴を打ち鳴らすその向こうで、一人のレスラーが重々しくこちらに歩いてくる。
それは、ヒョウ柄のマントを羽織り、鉄仮面をかぶった漆黒のレスラーだった。ドレッドヘアを振りかざすその身には、全身に白い入れ墨が刻まれている。黒曜石のように輝く筋肉をアピールし、ポーズを決めるそのレスラーの名は、ミラー・スモーク!
「ディア・レディース! 貴方は運がいい、いや悪いのか!? 今ここに、最強最悪のレスラーが降臨する! その異名は数多く、モヨコヤニ、ティトラカワン、イパルネモアニ、ネコク・ヤオトル……もういい加減にしてくれ、キリがない! さあ、今日はこの名で呼ぶとしよう! ミラー……スモーク!! 煙る鏡よ!!」
《イイィイイイヤァアアア! フォーーーゥ!!》
ローブを投げ捨て、両手を掲げて雄叫びを上げるミラー・スモーク。その裂帛の気合に、淫蕩な闇の力が吹き散らされる。その衝撃によって、塩の塊と化していたDF達が砕け散って消滅する。
これは……場に出たとき、自分の場のカードをすべて破壊するデメリットがあるのか。
「ミラー・スモークの効果! このカードが存在する限り、プレイヤーはデッキからカードを引くことができず、またデュエルに敗北しない!!」
『こ……これは! 特殊勝利に対するメタカード!? い、いや、そうか! 私とのデュエルの……!』
「ああ。トウマに無様な負け方を喫した以上、対策するのは当たり前だろう? おかげでもっと無様な死に方をせずに済んだぜ」
にやりと笑う岩田選手……いや、ギルティ岩田。
『だ、だけど、ミラー・スモークのステータスはゼロ! それに場には、塩の柱が……』
「“ヨワリ・エエカトル・カムバック”の効果で特殊召喚されたこのカードは次の相手のターンが終わるまで、ほかのカードの効果を受け付けない! そして、ミラー・スモークが場に出たとき、俺は手札から、DFモンスターを特殊召喚できる!! さあ、伝説と最強、二大スターの共演だ! 現れろ!! DDF ブラックジャガー!!」
急に周囲が暗くなる。真っ黒な霧が立ち込めたように闇に閉ざされるフィールドに、ぼっ、と赤い光が灯される。街灯のように並ぶ炎が作り出す道を、闇の向こうから何者かがずしゃり、ずしゃり、と歩いてくる。
炎にその姿を照らされるのは、上半身裸の大男。下半身はヒョウ柄のズボン、両腕には切れた鎖に繋がれた手枷。その頭は、漆黒のネコ科猛獣を思わせるマスクに覆われている。
ミラー・スモークの横に立ち並ぶその姿は、DDFの大スター、ブラックジャガー!
そしてその効果は……。
「たとえ相手がDF伝説のダークヒーローであっても、現役大スターが遠慮する理由はねえ! ブラックジャガーの効果、自分自身以外の効果を受けない! そして、ミラー・スモークのステータスは、“DDF ミラー・スモーク”を除いた自分の場の全てのDFのステータスの合計と同じになる!」
《、ス、?ハ。ト。ト、「、熙ィ、ハ、、。ェ。。イ讀ャソタ、ホスヒハ。、ャ。「、ノ、ヲ、キ、ニ。ェ》
困惑する長沢。まあ、気持ちはわかる。
闇のカードをフル活用して相手をしとめたと思ったら、いつの間にか最上級モンスターが目の前でタッグを組んでいるのだ。現実逃避したくもなろう。
それはそれとして、まだ長沢のターンは終わっていない。
「えー、長沢選手。ターンの不自然な停滞が続いていますが、どうなさいますか? する事がなければ、ターン終了とみなしますが」
《????<??c??障?????障??????》
言葉がわからなくても、対抗手段を求めて必死に頭をひねっている気配がする。
が、できる事はないはずだ。塩の柱なんてもんをぶったてたせいで、モンスターを出しても塩化してしまう。その状態では戦力にならない。相手の二大ヒールレスラーは、ほかのカードの効果を受け付けない孤高の王者ではあるが、ステータスそのものはそこまで高くないから、全体的にステータス高めの『悦楽』デッキなら本来、対抗手段はいくらでもあった。
塩の柱なんか使わずに普通にロスト効果を積み重ねてのこの状態なら、まだ逆転の目はあったろうに。
「……どうやら、何もできないようですね! よって、レフェリー権限で長沢選手のターンを終了し、岩田選手にターンを回します」
「俺のターン、バトル!! 二大DFの大スター、夢のタッグマッチだぁ!!」
うぉお! 雄叫びを上げて、二人のレスラーが走り出す。彼らは長沢の場に飛び込むと、それぞれフィールドの反対側にポジションを取った。互いに、長沢と彼の場のアンブロシアを挟み込むような位置取りをすると、クラウチングスタートの構えを取る。
「GO!」
そしての主人の掛け声に従い、一斉に駆け出す。互いに大きく腕を振りかざす、そのコンビネーション技は……!
「必殺!!! テペヨロトル・クローズライン!!」
《グォオオオオオ!!》
《?!??!???!?!?!》
炸裂する、二人のレスラーによるダブル・ラリアット! 丸太のように太い腕が長沢とアンブロシアを挟み込み、打ち砕く!
砕け散るアンブロシアの塩の彫像。そしてケイオススポーンと化していた長沢は、もんどりうって回転しながら吹き飛び、くるくる回転しながら地面にたたきつけられた。
肥大化した腕と触手が投げ出され、それきり、彼はぴくりとも動かなくなる。
『決着ぅーーーーーー!!! 二大DDF、夢の競演! 闇のデュエルを制したのは、ギルティ岩田選手だーーー!!』
「ふぉーーーうう!!」
腕を振り上げて、中指を立てるハンドサインで雄叫びを上げる岩田さん。その背後で、二人のヒールレスラーが険悪な顔でにらみ合って、互いの胸を交互にどついている。が、目元がにっこにこなの見えてるぞ。全く。
闇のデュエルは岩田さんの勝利に終わった。
ちょっと危ない展開もあったが、なんとかなった。私と戦った経験が彼を救ったというなら、ちょっと喜ばしい。
と、闇のデュエルの効果が消える前に、ミラー・スモークが私の元に駆け寄ってきた。彼の腕が一閃すると、私を戒めていたベルトが断ち切られる。
「あ、ありがとう」
《…………フンッ》
解放された私が礼を言うと、ヒールレスラーはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
と、そこで闇のデュエルが完全に解除され、レスラー達の姿が掻き消える。同時に悪趣味に変貌していたフィールドも元に戻り、コンクリートの一室が戻ってきた。
歩き出した途端、失血感に足元がふらつく私を、とっさに岩田さんが抱えてくれる。
「あ、ありがとう……」
「無茶すんなよ、だいぶ血を抜かれてるからな……」
足元に広がる血の魔法陣を忌々し気に見つめる岩田さん。その視線は、床で倒れてる長沢へ向けられる。
「で。こいつはなんで元に戻らないんだ?」
「うーん……」
そう。
歪な肉塊に変じた長沢だが、デュエルが終わっても元に戻る気配がない。
岩田さんに目を見合わせると、彼は困ったように肩をすくめた。
「これじゃそもそも人間扱いもしてもらえないんじゃないか? というか、生きてるのかこれ? どうしたもんかな……」
「……ちょっと考えがある。私を、あいつの近くにつれていってくれ」
「おいおい。本気か?」
とがめるような視線の岩田さんに、強くうなずく。彼は一息ついて、私のそばにかがみこむと、よっこらせ、と抱き上げた。
お姫様抱っこで。
「や、やめろぉ! 女の子扱いするなあ!?」
「暴れる気力も残ってないくせに何言ってやがる」
「うぅうう……」
おっしゃる通りなので、歯がゆく思いながら身を預ける。実際、体にまるで力が入らない状態で、背中と腰を支えられるこの抱き方は安定する。
「ほれ、連れてきてやったぞ。これで、どうするんだこれを」
「まって。うん、なんとかなりそう」
倒れたままの長沢の近くまで連れてきてもらった私は、だらりと力なく垂れる触手の一つに手を伸ばした。触れると、べとべとっとした、粘液質な手ごたえがする。内臓を直接触ったらこんな感じなのだろうか。
目を閉じて、力の流れに集中する。
……やっぱりだ。
悦楽デッキから流れ込んだ力が、長沢の体に充満し、その体を変形させている。しかし、これは。
「これっぽっちか」
感じ取れる力はほんのわずかなものだ。この程度でこんな事になるなんて、才能がないのか器が小さいのか。
考えるまでもなく後者だな。私を通してみた僅かなヴィジョンで発狂してたわけだし。四つまとめて目視して平然としていたファラオの足元にも及ばない。まあ、そんな大物ではないのは明白だったが。
とりあえず、これなら何とかなりそうだ。
私のデッキの力、返してもらおう。
「……ふぅーー……」
「これは……」
岩田さんの驚愕する声が聞こえるが、気にせず意識を集中し、力をこちらに手繰り寄せる。容量としては、泥を海に一滴、垂らしただけだ。ワインの樽に泥を注げば、それはワインの混じった泥水になるというが、このぐらいでは話にもならんな。タンカー一杯に積み込んだワインに、しぶきが一つかかっただけでそうそう問題にはならんだろう。大体伝統的なワイン造りは不衛生なもんだし。
おっと、話がそれたな。
目を開くと、私の手にはずいぶんと枚数の減ってしまったデッキの束。
そして目の前には、びりびりに敗れて原始人パンツみたいになったスーツの成れの果てがかろうじて腰を隠している長沢の姿。がりがりに痩せている上に肌色も悪いので死体にしか見えないが、一応まだ生きているらしい。
そのかたわらには、見覚えのある小箱が転がっている。デミ・アークの箱か。どうしようかな……とみていると、それは私の目の前でぱちぱちと音を立てて燃え上がり、中身ごと灰になった。相反する力と長時間接触していたせいか。これで、長沢は悦楽の力も闇の力も全部失ったことになる。
「ふぅ、なんとかなったか」
「…………。いろいろとまあ、突っ込みたいところはあるんだが、うん。よしとしておこう……。お前が変な子供なのはわかってることだしな……」
何やら葛藤とか色々無理やり飲み下した感じの岩田さん。まあ気持ちはわかる。
「お前は大丈夫なんだろうな? あいつの変なの吸ってなんともないのか? ほんのちょっとでも気分が悪かったら言えよ、いいな、誤魔化すなよ」
「大丈夫大丈夫、あの程度で気分が悪くなるわけないでしょ。ほんのちょびっとだから。なんなら岩田さんも平気な程度の量だって」
「お前の大丈夫はいまいち信用ならんな……」
大丈夫だって、本当に。だいたい今の体調でちょっとでも体に悪かったら気絶してるって、えへ。
「……あっ、でもちょっと気が遠くなってきた。貧血かな」
「おぃぃいい!?」
「大丈夫大丈夫、長沢のを吸ったせいじゃなくて、あは、もともと、こう、血が……ね……?」
いけない、目の前が霞んできた。
血ってさ、つるつるの床だとすごく広がるじゃん? だから床の魔法陣が真っ赤に染まったのもそんな感じで大して出血した訳じゃないと思ってたんだけどさ。
そもそもこのチンチクリンのぺどぺどぼでぃ、体積も大したことないから血液量も大したことないわな……うっかりしてた。
度のあっていない眼鏡をかけたように、視界がぼんやりしはじめる。体にも力が入らなくて、ふわふわと無重力を漂っている気分になってきた。
なんか周囲が騒がしいが、それもよくわからなくなってくる。
「……察だ……んだ、これ……」
「軽……一名……重傷……名……! 脈拍……下……病院……!」
「しっかり……トウマ……! おい……!」
うーん、眠気に抗えない。
まあ大丈夫大丈夫、死にゃあしない。
ぐっない。
そして、私は夢も見ない闇の中へと意識を手放した。




