続・悪逆デュエリスト その1
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「おはよう~」
「おはようございます、だぜ!」
「ぐっもーにん」
朝の小学校。校門前ではランドセルを背負った小学生が列をなし、お喋りに興じながら門をくぐっていく。
当然のように、皆、腰にデッキケースをぶら下げている。おかしな世界のおかしな授業は、当然のようにカードゲームについても触れるらしい。
そんな朝の登校風景を、私は人気のないアパートの屋上から見下ろしていた。
「……今日も、居ない、か」
ぱたん、と百均のオペラグラスを畳んで懐にしまい、踵を返す。
「人知を超えた髪型も、やたらと蛍光色の派手な髪色も、ふよふよ漂うマスコットの姿も、なし、か。この小学校には、主人公様は居ないらしいな」
そう。
私が小学校を観察していたのは、いわゆる主人公探しである。
この世界が、ゲームの強さが大きく影響する変な世界である事はもう分かり切っている。そして、そんな世界が当然のようにまかり通るのが、いわゆるホビーアニメだ。私はつまり、この世界はカードゲームアニメの世界で、そこに迷い込んでしまったのではないか、と考えたのだ。
普通に考えたら発狂していると言われても仕方ないが、そもそも転生なんて状況がまず狂っているのである。むしろ、合理的な考えだと言えよう。
だが、そういったアニメにつきものの目につきやすく印象に残りやすいデザインの人物……すなわち主人公は、ここ数週間の探索活動にも拘らず、発見できていない。
勿論私は全てのホビーアニメを網羅している訳ではない、中には地味なデザインの主人公もいる事だろう。だが、それでもその周囲には、多少目立つキャラクターが居るはずだ。
「別にホビーアニメの世界ではなく、普通にとち狂った世界なのか、ここは? それとも、主人公が居るのはこの町じゃないのか?」
私が主人公を探索しているのは、別に彼と仲間になりたいとか協力したいとかではない。むしろその逆、彼の行動を把握する事で極力面倒ごとに巻き込まれないように距離を取る為だ。
なんせホビーアニメといえばカード一枚から宇宙が始まったとか大真面目にやる世界観である。主人公の周りには物理的にどうしようもない脅威が次々に顕れ、だからこそカードゲームで勝敗を決めていくのだ。しがない一般人が巻き込まれでもしたらロクな目に遭わないのは目に見えている。
かといって距離を置きすぎるのも危険である。悪役の陰謀によって、普通に世界が滅びて主人公の周りの人間だけが生き延びる、なんて事だって珍しくない。大抵その場合、消えた人間は悪役のエネルギー源にされているものだが、転生者である私の存在がどう働くか未知数だ。そのせいで主人公が負けて世界は亡びたままです、とかになったらたまったものではない。
しかしながら、結局主人公は見つからなかった。居ないならまだしも、他の街に住んでいるとかの場合、知らない間に手遅れになっている可能性もある。
「はて、どうしたものか。……少し、ニュースの検索にかける時間を増やすべきか?」
とにかく、これで最後の小学校の調査は終わりだ。私とて、外見上はまだ義務教育期間中の子供だ。警察あたりに発見されて補導される前に、私はいそいそとビル街の裏路地に身を潜めた。
『……それでは、正午のニュースです。本日、スゴクキタノホウ紛争の停戦条約を巡り、国連では各国の代表が集い談義しました。注目は……』
「ふぅん。この世界でも戦争は普通にあるのか。まあ当然だな」
12時を告げるチャイムが響くオフィス街。まだ人気のない街の片隅で、私はビル壁の大型モニターに表示されるニュース番組を観察していた。
このあたりはあまり警察官がうろついていないし、行き来する人も薄情で、小さな子供が一人でベンチに座っていても気にもかけない。変な話だが、今の私には他者の無関心こそ都合が良かった。
ニュースは、どこぞの北国で続いている戦争が、ようやく終わりをむかえそうだ、という事を告げている。画面が切り替わり、銃を撃ちあう兵士が映る。
流石にこの世界でも、カードゲームで戦争をする訳ではないようだ。ちょっと安心すると同時に、少し悲しくなる。
「……いや、そうでもないか」
よく見ると兵士の腰には、しっかりとデッキケースが括り付けられている。カードゲームで戦わないだけで、いついかなる時もデッキを手放さないのは当たり前のようだ。
さらに画面が切り替わり、お偉いさん達が会議している光景が映るが……そちらも当たり前のように、机の横にデッキが置かれている。それも、わざとデッキのエースが見えるように、台座にセットして、だ。その様子はデッキを自慢しているというよりも、相手をカードで威嚇しているように見えた。
「なるほどねえ……」
銃を撃ちあう戦場ならいざ知らず、弁論の場においてカードは、持ち得る情報や弁舌の巧みさに並ぶ第三の武器、という事らしい。どうしても話し合いで決着しなければ、デュエルで雌雄を決する事があるのかもしれない。ともすると、急に話が進んだという今回の停戦条約、裏で代表団同士の苛烈なデュエルでもあったのかも。
そういえば少し前に、総理大臣が国家予算で何かのカードを購入した、という話も聞いた。私の価値観だと着服だろそれ、と思ったのだが、しかし世間の意見は割と好意的だった。あれはつまり、総理大臣がお高いカードを自分の為に購入したというより、国の装備として配備した、という感覚になるのだろうか。
この世界においては、カードとは金塊であり、最新鋭の武器であり、株の証券である、という訳だ。
「……まーじでろくでもない世界だ……」
ずきずきと頭痛を覚えて、私はげんなりと肩を落とした。
うんざりとしながらニュースを見ていると、再び内容が切り替わる。今度は、ランカー戦についての情報で……そこに、思わぬ、好ましい顔を見つけて私は目を見開いた。
「……皇帝!?」
『本日の注目ランカーの情報です。先日、低ランクの相手に敗北を喫した事で大幅にランクダウンしていた“皇帝”、その後怒涛の追い上げを見せ、ついにBランク昇格戦を突破。Bランクリーグに名を連ねました。この怒涛の快進撃、いかが思われますか、解説の野北さん』
『はい、解説の野北さんです。“皇帝”は、ここ数年で突如現れ、その華麗な正統派デュエルスタイルで瞬く間に人気を博したデュエリストです。いまだCランクにありながら多く名前を上げられたのは、偏にその圧倒的な強さによるものです。相手のいかなる妨害をも、正面から切って捨てるビートダウンの王道、憧れる人も多いでしょう。不意の敗北に今後が危ぶまれましたが、見事、それをバネにして勝ち上がりました』
ニュースでは話題のスポーツ選手のようなノリで、活躍中のデュエリストについて語られている。その中で取り上げられている金髪のデュエリストの活躍に、私は胸がすく思いだった。
「そうか……そうか。頑張ったんだな、アイツ」
久しぶりにいいニュースを見た。足を振った反動でベンチからぴょん、と飛び降りると、私は鼻歌を歌いながら気分よく帰路についた。
オフィスを出てくる社畜達の訝し気な視線を背中に浴びながら、ビルの裏路地に潜り込む。表を堂々と歩いていたらわからないが、見知らぬ小汚い子供をここまで追ってくる者は居ない。裏路地は、私専用の赤い絨毯だ。
転がっている段ボールを蹴とばすと、隠れていた猫がにゃーと鳴きながら走り去っていく。それを追う事もなく、私はジグザグと薄汚れた裏路地を歩く。
……子供の体になって不便も多いが、いくつかいい事もある。
こういった狭い路地を歩くのに困らない事がまず一つ。
そして。
相手が、勝手に油断して醜態をさらしてくれる事だ。
いつもと違う道を行き、私は路地裏の一角、行き止まりになって広場のような場所で足を止めた。汚れた壁面にはスプレーの落書きと、壊れたバスケットボールがある。見上げた先には、ビルで四角く切り抜かれた空が見えた。
再開発地区にはよくある事だ。計画上のミスだか何かで、地図には無い空白地帯が出来る。多くの場合、そこは物置であったり、ゴミ溜めになっているが、比較的このあたりに住んでいる奴らはお行儀がよいようだった。
ぬかるんだ地面に視線を落とし、私は背後に声をかけた。
「でてこい。場所は整えた」
「……なんだ、気が付いていたのか」
子供の甲高い声にこたえる、低い大人の声。
私が通ってきた路地裏から、のっそりと二人組の男が姿を現す。スーツ姿の、黒いサングラスの二人組。髪型も顔つきも没個性で印象に残らない。下手をすれば、顔につけたサングラスの方が記憶に残る。オフィス街には吐いて捨てるほどいそうなありふれた格好だが、どうにも服に着られている感も否めない。
彼らは狭い路地裏で汚れてしまったスーツの裾を払って、私に向き直った。
「それなら話が早い。おじさん達、ちょっと君に用事があってね」
「プロリーグのスカウトなら大歓迎だが、そうじゃなさそうだな。まあ、だいたい想像はつくよ」
懐からデッキケースを取り出し、私はぽんぽん、と手の中で投げて弄んだ。
「概ね、損をさせてくれたクソガキにおしおきしに来た、って所かな?」
「……お前。やっぱ、ただのガキじゃないな?」
サングラスの下で、男達の目が敵対的に細められる。前に立つ一人が、懐からデッキケースを取り出して、ぱちん、と音を立てて蓋を開いた。
「ま、そんなところだ。お前が皇帝の奴を負けさせて、そこから奴が舞い戻る為に大暴れしたせいで、おじさん達は色々大変だったんだ。その原因に、落とし前をつけないと気がすまなくてな」
「別に暴力を振るう訳じゃないよ。ただ、ちょいと今後、デュエルがしたくならないように、怖い思いをしてもらうだけさ……!」
「……ふぅん?」
なるほど。つまり、こいつらはいうなれば、デュエルマフィアという訳だ。
この状況で、暴力じゃなくてデュエルによる圧力、という手段に出るあたり、この世界は平和というのか、なんというか。ただ、甘く見ていいものではない。この世界において、カードゲームの強さは、金であり、発言力であり……ナイフだ。
少なくとも、理不尽に大人から高圧的なデュエルを挑まれれば、私が見た目通りの子供であれば今後の活動に差し支えるのは間違いないだろう。
「ルールは? レフェリーはそっちのおじさん?」
「ああ。俺が仕切らせてもらう。ルールは単純、一本先取のデュエル形式。特殊ルールは無しだ」
す、と二人組の一人が、私の横に回り込む。
なるほどね、と私は頷いた。レフェリーを買って出たからと、フェアな勝負になるとは限らない。むしろ、違反行為を行うためにレフェリーを買って出た、と見るべきだろう。デュエルマフィアなんぞが、まっとうに子供相手にデュエルをするはずがない。
それが分かっていて、私は特に異論もなくデュエルに応じた。
「いいよ。相手してあげる」
だが、逆に言えば。
私としても、心証を慮る必要が無いという事だ。
手にしたデッキケースに目を向ける。
よい子の前ではちょっと使いづらいデッキだったが、ちょうどいい。こいつら相手なら、どうなったって私の心も痛まない。
「「デュエル!!」」