ハナちゃんと守護者たち その2
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『コイントスの結果、先攻はハナちゃんに決まりました! ハナちゃん、どうぞ!』
「う、うん! 頑張ります……っ!」
小さくガッツポーズをして、デッキから五枚のカードを引くハナちゃん。私もデッキから手札を引いて、中身をあらためる。
……今回採用したデッキは『疫病』だ。勿論百パーセント意趣返しである。普通に考えて、飲食店で病気をテーマにしたデッキを使うなんて嫌がらせ以外の何物でもないしそもそも断られるだろうからそれを口実にバックレるつもりが、茉莉さんにはあっさり「いいよー」と返されてしまった。おのれ。
まあ、いい。あくまで店員X名義なのは単にかつての姿や今の恰好のような醜態を“逆巻トウマ”の姿として観客の記憶に残さない為であり、悪逆デュエリストの名で喫茶店の名誉を傷つけない為とは一切関係が無い。であるならば、遠慮そのものは無用。
かくなる上は可能な限りの残虐極悪プレイで、二度と私をこんな感じでイベントに利用したくないと思わせてやるまでである。普段この喫茶店にはめっちゃお世話になってて正直頭が上がらないどころか足を向けて眠れないのだが、それはそれ、これはこれである。……いやちょっとは遠慮してやるべきか?
「いやいやいや」
一瞬で翻しかけた考えを頭を振って否定する。初志貫徹! そもそもハナちゃんの戦意を挫くのも今回の目的だった事を思い出せ!
情け無用。レッツ悪逆!
「なんか困った顔してるー。手札が悪かったかな?」
「あのハナちゃんって子は確か素人だったよね、こないだ茉莉さんが教えてるのを見たよ」
「あれ、じゃああの店員Xってのもそれほどじゃないのかな?」
ざわざわする客の声にはっとし、おほほほと私は愛想笑いを返す。
くっそう、嫌悪の無い観客に見守られてるのってなんか居心地が悪い! 最近はもう悪逆デュエリストの名前が知れ渡っていて、レフェリーの宣言の時点で悪意が飛んでくるからなあ……。
「わ、私のターン! 私は、手札から“サンサンフラワー”を召喚!」
まず出てきたのは植木鉢。そこから瞬く間に芽が伸び、葉が開き、茎が伸びてそれはにこにこ笑うひまわりの花になった。
前にちらっと見えた、彼女のデッキのモンスターに違いない。
「あら可愛い」
「森の仲間達デッキかな」
観客にも好評な様子。まるで声援にこたえるようにサンサンフラワーは葉を振り、ぐるりと首を巡らせて私を見た。
?
いや、なんか、今、一瞬。
笑みの形に細められている目が一瞬、私の事を無機質な視線で睨みつけてきたような……気のせい、かな?
「さらに、カードを二枚伏せて、ターン終了、ですっ!」
「私のターン。ドロー」
さて。どうやって攻めるかな。
どのみち『疫病』デッキは早急な攻めは得意とするところではない。のらりくらり時間を稼ぎながら、まずは相手のデッキの性質を見極める所から始めようか。
「私は“プレーグゴブリン”を召喚する」
こちらの場に現れたのは、全身に腫瘍がぼこぼこと膨れ上がった一つ目の小鬼だ。手には朽ちかけ錆びの浮いた穂先を持つ槍を握っている。色んな意味であきらかに不衛生そうなモンスターの出現に、近くにいた客が距離を取るように席を下げた。
「吃驚した、見た目可愛いのにえぐいモンスター出してくるな」
「でもそのギャップがよくない? パンチ利いてるね」
そのまま客からブーイング……と思いきや、何故か聞こえてくる反応はそんなに悪いものではない。あれ、なんで? いつもならこの辺りで悪口の嵐なんだが……。
まあいい。まずは小手先を確かめるとしよう。
「バトル! プレーグゴブリンでサンサンフラワーに攻撃!」
「あ、ああっ! 私のお花ちゃん……!」
どすどすと歩み寄ったゴブリンが突き出す腐食の刃がヒマワリの茎を切り裂き、ぽろりと首のように花が落ちる。地面に落ちて砕ける最中も、その顔にはにこにこと笑顔が刻まれている。ちょっと怖い。
『おおっと、ハナちゃんのモンスターが倒されてしまいました! でも大丈夫、サンサンフラワーには倒された時に発動する効果があります!』
「う、うん! サンサンフラワーの効果発動、このモンスターは倒された時に種を残すよ!」
砕けた植木鉢と花が消え去り、その後に特大の縞模様の種が残される。あきらかに花より大きな種なんだが、まあそこを突っ込むのは野暮ってもんだろう。
さて。戦闘破壊されるとトークンを残す、それはまあなかなか堅実でよろしいのだが、申し訳ないがこちらは容赦しないと決めたのでね。
「プレーグゴブリンの効果を発動。相手モンスターを戦闘で破壊した時、プレーグ・トークンを一体特殊召喚する」
ゴブリンの体にあるいくつもの腫瘍、ようはオデキなわけだが、そのうちの大きな一つがもごもごとうごめき、中から小さなタイニー・グレムリンがむにゅり、と出てくる。こいつらは病の化身、膿とか腐った内臓を羊水にして育つダニのようなものだ。
流石に生まれたてのこいつに疫病加速能力はない。もごもごと地面で蠢き、ひっくり返った状態から身を起こすその様子は、おぞましくもちょっとかわいらしい。
まあ、それは私が使い手であるからそう思うだけで、普通の人には気持ち悪いんだろうけど……。
「わあ、なにそれー。キモ可愛いー」
「っ(ぴくん)。そ、そうか? 可愛いか?」
「うん。グロッキュみたい」
そうか、流石は日本のサブカルチャー界隈。こういうのもおさえているのか、流石だな。まあ、過剰に気味悪がられなくてよかった。
と、そこで茉莉さんが、ちょいちょい、とハナちゃんの袖を引っ張って何事か促した。
「あっ、そうだった! え、えっと、トリックカード発動! “育苗栽培!” 相手がモンスターを特殊召喚したときに、私の場のモンスターを一枚選びます! それがモンスターカードだったらデッキから一枚選んで場に出して、トークンだったら同じトークンを1体、場に出します!」
『おおっと、ハナちゃん、ここでトリックカードでトークンを増殖させた! 上手いぞ!』
「えへへへへ……」
茉莉さんに褒められてうれしそうに笑うハナちゃん。その愛らしい笑顔に免じて、レフェリーらしからぬ利敵行為には目をつむるとしよう。
「だが、プレーグ・トークンは相手プレイヤーに攻撃できないブロッカーだが、モンスターに攻撃はできる。シード・トークンに攻撃!」
「ああっ、せっかくの種が……」
とてとてとて、と歩いて行った小さな小悪魔が、大きなひまわりの種にかじりつく。そのままハムスターのようにボリボリと種を食べつくすと、でっぷり膨らんだおなかを抱えて横になる。
絵柄はかわいらしいが、邪悪な小悪魔に次世代をつなぐ種を食べられてしまうという、よく考えるとなかなか悪辣な光景である。
「これでバトルは終了。カードを一枚伏せて、これで私のターンは終了だ」
「う、うぅー。いいもん、がんばるもん。ドロー!」
半泣きでデッキトップからカードを引いてきたハナちゃんが、その内容を見て一転、にこにこと笑顔になる。善いカードを引けたようだが、そういうのは伏せた方がいいぞ?
「ふふん、私はこの魔法カードを発動するよ! “でてこい森の仲間たち”!」
『おおっと、かしこい。ハナちゃんの使う魔法カードは、場のモンスター一枚をトラッシュし、デッキからランダムに“森の仲間たち”アイコンを持つモンスターを召喚できる! 呼び出し対象がランダムな分、運が良ければ最上級や上級モンスターも呼び出せるぞ! 普通のモンスターをコストにすると、もっと弱いモンスターになる事もあるけど今回トラッシュするのは“シード・トークン”! これ以上弱いモンスターはいないから何がでてもあたりだね! 上手いぞハナちゃん!』
「えへへー!」
茉莉さんに褒められてご満悦な様子のハナちゃん。
いやまあ、いまさらレフェリーの公平性どうこうを気にするつもりはないが。まあハナちゃんは初心者だし、大目に見るって事で。
「さあおいで、森の仲間たち!」
ハナちゃんの場に、大きな光の柱がそびえたつ。現れたのは大きな大きな花の蕾だ。
モンスターの特殊召喚に合わせ、ハナちゃんのドレスにも変化が訪れる。左肩にあしらわれた花のような緑の飾りが、桃色に変色する。
ドレスの変化に呼応するように、緑色のがく片に覆われた蕾がゆっくりと花開き、ピンク色の花弁をあらわにする。
その中心部、めしべがある場所には、半裸の少女の姿があった。全身にぴったりタイツを着込んでいるように肌の起伏や凹凸が全く見えないが、継ぎ目がない様子をみるとようは少女の形をした花の一部、という事らしい。金髪の髪をなびかせて、うっすらと緑色の瞳が見開かれる。口元には、感情をうかがわせない優し気なアルカイック・スマイル。
上級モンスター……いや、この存在感は。
「私は、“ガーディアン・ドライアド”を特殊召喚!!」
『やったぞハナちゃん! この土壇場で最上級モンスターを引き当てた! このまま状況をひっくり返せるかー!?』
うーん、引きがいいというかなんていうか。
これからその最上級モンスターに殴り倒される身としてはあんまり素直に褒められない……。
複雑な気持ちで相手の場を眺めていると、ハナちゃんに優しく笑みを向けていたドライアドが前へ振り返り、私を見る。
途端、優し気に細められていた目の奥から、酷く無機質な視線が私を貫いておもわず狼狽える。
「な、な……」
ビックリして見返すが、ドライアドは目を細めてにっこり微笑んだまま。先ほどまでの異様な殺意のようなものはもう微塵も感じられない。
観客にも気が付いた者はいないだろう。
なんだ……? もしかして、前にデッキに触れようとしたときにはじいてきたの、あのカードの仕業か?
まさか、精霊?
「わ、私は、さらに手札から“ノコノコキノコ”を召喚!」
ハナちゃんが召喚したのは、シメジ型のキノコモンスターだ。いくつもの子実体が隊列をなし、名前どおりノコノコ歩いてドライアドの横に並ぶ。
2体のモンスターが並ぶと、心なしか日差しも和らぎ、空気が占めるような感じがする。まるで中庭の一角が森の片隅になったようなかんじだ。癒される。
「ば、ばとる! ノコノコキノコで、プレーグ・トークンを攻撃!」
『あっ、ハナちゃん、それは……』
のこのこのこ、とキノコの兵隊が小さな小悪魔に突撃する。だが、その攻撃が届く直前、その間に錆びた槍を手にしたゴブリンが割って入る。
その腐食した槍の一撃で、哀れキノコ達は蹴散らされて四散。光になって消えていく。
「え、ええ!? なんでー!?」
「ごめんね。プレーグゴブリンは味方への攻撃を変わりに受ける事ができる。相手のステータスの確認は怠っちゃだめだぞ」
『おおっとこれはハナちゃん、痛恨の失敗。それと、相手に高ステータスのモンスターと低ステータスのモンスターが並んでいた場合、処理できるのであれば高ステータスのモンスターから排除するのがお約束だね。まずはドライアドでプレーグゴブリンを攻撃するべきだったかな』
まあ、そういう訳だ。
そしてプレーグゴブリンが相手モンスターを倒した事でその効果が発動。私の場にさらにプレーグ・トークンが産み落とされる。
これで数の上では三対一。もちろん、ハナちゃんの場には最上級モンスターがいるわけだが。
「うう! いいもん、私はガーディアン・ドライアドでプレーグゴブリンに攻撃! やっちゃえ、ドライアド!!」
《るららら……》
動き出すドライアド。確認したところ、ステータスは最上級にしてはちょっと低い、たぶんサポート特化型だ。それでも、ゴブリンを粉砕するには十分すぎるが……。
「トリックカード発動!! “無痛の病”! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。私の場のモンスター一体を疫病に感染させる!」
『おおっと、店員X、自分の場のモンスターを自ら疫病に!? 疫病状態は、ステータスが猛烈に低下する、いくらステータスがもともと及ばないからって、自らモンスターを弱体化するなんて……これは何か裏があるわね!』
「その通り。このカードによって発生した疫病に感染したモンスターは、一度だけ戦闘で破壊されない! そして、私の操る“疫病”アイコンのモンスターは、疫病状態でもステータスが下がらない!」
ドライアドの放つ花吹雪。それに巻き込まれるゴブリンは全身を切り刻まれながらも、その攻撃に耐え抜いた。全身から疫病の瘴気を漂わせながらも、ゴブリンは力強く佇んでいる。そのふるまいには、疫病で弱体化している様子は見えない。
「さらに、疫病状態のプレーグゴブリンとバトルしたことで、ドライアドは疫病に感染する!」
「そ、そんな……っ」
ゴブリンと同じ緑色の瘴気にまとわりつかれ、ぐったりとドライアドが肩を落とす。苦しそうに肩を落とすそのステータスは、見るも哀れなほどに低下している。これでは次のターン、ゴブリンに戦闘破壊されてしまうだろう。
『こ、これはっ、店員Xのタクティクスによって、攻め立てたはずのハナちゃんの方が大きな被害を受けてしまったぞー! これが彼女のタクティクス! 強固に守りを固め、じわじわと相手を弱体化させていく! ハナちゃんはこの鉄壁の守りを食い破れるのか!?』
「う、うう……私は、カードをさらに一枚伏せて、ターンエンド……」
「私のターン、ドロー! この瞬間、疫病感染が広がる。私の場のゴブリンの疫病がプレーグ・トークンに感染する」
もちろん、これはドライアドからも広がっていく。今はハナちゃんの場にモンスターがいないからこれ以上は広がらないが、モンスターを出せば疫病の感染対象になる。
これをどうにかするには、場のモンスターを一度にトラッシュに送って根絶する他はない。だが、今のハナちゃんにそれができるかな?
「え、えげつない……。これで疫病が広がったら相手は全員戦闘耐性を持つわけか」
「おまけに自分の場のモンスターが一度綺麗に全滅しないと新たに出したモンスターも感染して鼬ごっこって訳か。それでも、相手の場のプレーグモンスターを排除する過程でどうしても感染が再び発生してしまう。どうすりゃいいんだこれ……?」
観客もざわめいている。
そう、これが疫病デッキの怖いところだ。以前は非常にややこしい条件を踏む事でしか相手モンスターを疫病に感染させられなかったが、デッキに新しいカードが入ったことで自分のモンスターを媒介に相手に疫病を感染できるようになった。代わりに爆発力は失ったし、“立ち上がる感染者”を使うと自分の場のモンスターがごっそり相手の場に特殊召喚されてしまうので、時と場合によるが。
まあ、デッキの多様性が広がったのはよい事だ。
「私は、手札からさらに“プレーグキャタピラー”を召喚する!」
私の場に現れたのは、ナメクジのような芋虫のような緑色のクリーチャーだ。短い手足をわきわきさせてハナちゃんに挨拶するその顔は、にっこりと笑顔にも見える。ちなみに芋虫はたくさん足があるようだが、本物の足といえるのは前側の三対だけであって、後ろの足はそれっぽく見える別の器官らしいぞ。
「召喚したプレーグキャタピラーの効果を発動! 疫病感染を加速する! これによって、私の場の全てのモンスターが疫病状態になる」
『おおっと、ここで店員X、すべてのモンスターが戦闘破壊耐性を得たことになる! 守りは盤石だー! でもちょっとずるくない?』
「ずるくない、ずるくない」
さあ、これで私のモンスターは全部で四体。最弱クラスのプレーグ・トークンでも、弱体化したドライアドを倒す事は出来る。何かするなら今だぞ?
『ハナちゃん、ハナちゃん! あきらめちゃダメよ、あのカードを使うの!』
「わ、わかった……私はトリックカード、“森の増援部隊”を発動! 相手の場にモンスターが召喚されたときにこのカードを発動できる、わたしの場のモンスター一体をトラッシュし、デッキからモンスターをランダムに特殊召喚する! そして、相手の場のモンスターのほうが数が多い場合、呼び出されるモンスターは相手モンスターよりかならずステータスが高いものが選ばれる!」
ほぉ、条件付きで効果が強化されるリクルートカードか。
「ふうん。ドライアドをトラッシュして疫病をリセットするつもりか? 無駄だ、戦闘破壊耐性を持っているのはプレーグ・トークンも同じ。自爆特攻で疫病に感染させてやろう」
「ううん、そんな事はしないよ! ドライアドの効果! 場のモンスターをトラッシュして発動できる効果は、変わりにデッキのモンスターをトラッシュして発動できる! 私はデッキの中の“ギフト・ビー”をトラッシュに送って、デッキからモンスターを特殊召喚!」
うつむいていたドライアドが、らー、と歌声を上げる。それと共にハナちゃんのデッキが光を放ち、新たにモンスターを場に呼び出す。
出現に伴う光が消え去った時、その場には一匹の巨大な昆虫型モンスターが君臨していた。
そびえたつのは五本の巨大な角。全身を漆黒の甲殻に覆われ、太い手足は丸太のごとし。それでいて、前翅の下から広がる薄羽は、虹色にきらめくオーロラのよう。森の荘厳さと力強さ、そして華麗さを併せ持った、豪胆たるモンスターがそこに居た。
「私は、デッキから“守護聖鎧 コーカサスゴッドビートル”を特殊召喚……って、あれ? こんなモンスター、デッキにいれてたっけ?」
「ちょっ、ハナちゃん!?」




