ハナちゃんと守護者たち その1
「私と勝負してほしい?」
ある晴れた日の昼下がり。
公園でのんびりしていた私は、珍しい人物に絡まれていた。
いや、顔自体はよく合わせる相手だ。だが彼女が、一人で私の元を訪れるというシチュエーションが、本当に珍しかったのだ。
「う、うん」
私の不愛想な確認にも、まじめな顔でこくこくと頷くピンク髪の女の子。大体小学生半ば、高学年とまではいかないが低学年でもない。そのあたりの子としては、かなり分別があっておとなしい子。
百合家ハナ、通称ハナちゃん。
普段はダン少年にぶん回されて、彼のあとをあわあわ言いながらくっついてる自己主張の小さな子だ。かといって流されてばかりで自己が薄い訳ではなく、割とちょこちょこ図太いところを見せつける、ようは天然タイプだ。
私との関係は、正直ダン少年ほどあけすけなものではない。どうやら嫌われてはいないようだが、かといって歓迎されている感じでもない。しばしば向けられるじっとりしたもの言いたげな視線を見るに、新しい友達として歓迎はしたいが大事な幼馴染の周囲に不審人物がうろうろするのも受け入れがたい……といったところか。
だから、そんな彼女が私のところに一人で訪れるなんて、本当に珍しい事だった。
ましてや、私に勝負を挑んでくるなど。
「……その。言っては何だが、本気か? 私はあまり、練習相手に向いてないと思うが」
「れ、練習じゃないもん、本気だもん。私、トウマちゃんと勝負がしたいのっ」
デッキだって、ほら! と取り出して見せつけてくるハナちゃん。……いまから対戦しようという相手にカードの中身を見せつけてるのはどうかと思うが、どうやら本当の本当に、彼女は私と勝負するためにここに来たらしい。
いや、しかし。なんで?
「練習相手なら茉莉さんとかがいいだろ。なんだったら岩田さんだって気分がよければ付き合ってくれる。というか、特定の相手で練習しても強くなれないぞ。町に出て、いろんなデッキと戦って対応力を磨いた方が……」
「だ、だって……それじゃあ、ダンちゃんに置いて行かれちゃう……」
「?」
なんでそこでダン少年が出てくるんだ?
「その……最近、だーくふぁいぶ、ってのが町で悪さをしてるでしょ?」
「ああ、そうだな」
ダークファイブ。過去から復活した、この世界をむしばむ邪悪なる存在……多分。
そのメンバーである、コラシス3世やジェーンとの闘いは記憶に新しい。彼らはただデュエルに強いだけではなく、闇のカードを用いて敗者にペナルティのあるゲームを行ってくる。負ければ最悪、命はない。
当然、岩田さん達大人組は私達子供がこいつらにかかわるのによい顔をしていない。が、残念ながら、好む好まざるに関係なく、私達は奴らにかかわらなければならない運命にあるらしい。
私個人としてはそんな危険な奴らとはとにかく距離を置きたいのだが、向こうから交通事故よろしくつっこんでくるのでは対応せざるを得ない。
かくいうハナちゃんも、記憶はないらしいがジェーンに襲われて一時は昏睡状態にあった。そのことを危惧して、身を守るためにデュエルを強くなろう、というのなら立派だと思うが……。
「ダンちゃんも、だーくふぁいぶを探して町中駆け回ってるんだけど。それでね。弱いやつは連れていけないって……」
「あー……ああー……なるほど。そういう事」
「最低限、連れていけるのはトウマちゃんぐらいだ、って! ハナは、弱いから足手まとい……だって……」
いわれたときの事を思い出したのか、急に鼻声になり、目をうるうるさせ始めるハナちゃん。
今にも泣きだしそうな彼女の背中をぽんぽんして慰めながら、私はダン少年の不器用さにため息を吐いた。
いやまあ、わかるよ?
大事な幼馴染で、一度は巻き込まれて病院に担ぎ込まれた訳だ。二度目があっちゃいけない、ダークファイブを倒すつもりでいる自分の傍にそりゃあおいておけないよ。
でもなあ、言い方ってもんがなあ……。
あと私を引き合いに出すのもやめてほしかった。そりゃあ私も最初からダークファイブに絡んでるし、なんならその一人であるジェーンを撃破してるから、キルスコアではファラオを撃破してるダン少年と同じだしな。だからといってなあ。
あと岩田さんからダークファイブ案件にかかわんなって言われてたの無視かよ。あとでチクっとこう。
「だ、だから、トウマちゃんに勝てるぐらい強くなって、ダンちゃんについていくの! 私、足手まといじゃないって、証明するの!」
「……うううーーーーん……」
難しい。とても難しい。
ハナちゃんの気持ちはわかる。わかるんだが、それとこれとは話が別だ、とにかく。
言っちゃ悪いが、ダークファイブにこれ以上ハナちゃんがかかわるのは私も反対だ。だが、大切な幼馴染が危ない事に首を突っ込もうとしているのに黙ってみているしかできない、というのは嫌、というハナちゃんの主張もわからなくはない。
これで私は肉体も大人であれば、大人の理屈で彼女を言い負かしてあきらめさせるのだろうが……いや、諦めるか? 彼女、なんだかんだで相当に強情というか、下手をすれば無理にでもダン少年についてまわらないか?
最悪、ストーカーみたいな事になったりしない?
「んー……。まあ、うん。だったら仕方ない……」
「ほんと!?」
「ただし、手加減はしない。本当にダークファイブ案件に巻き込まれても自己防衛できると、実力で証明するんだ。そうでないと意味がない。わかるな?」
半ば脅しじみた私の警告にも、ハナちゃんは神妙な顔で頷くばかり。こりゃあ決心は固いな。
どうするのが一番いいのか、正直分かりかねているのは事実だ。
その判断をするにも、一度ハナちゃんがどれぐらいできるのか、というのを見ておきたい。もし彼女の実力が安全を保障できるものでないのなら、申し訳ないが思い切り怖い目にあってもらって心を折る事になる。悲しいかな、そういうのは私の持ってるデッキは得意なんだよな……。
「そうだな。一度喫茶店に行こう、茉莉さんにレフェリーをしてもらう、という事でいいか?」
「わかった!!」
本当にうれしそうな顔をするハナちゃん。
ああ、いやだなあ。私、今からこの笑顔を曇らせないといけないわけ? 勘弁してほしいんだけど……。
「つー訳で、レフェリーお願い」
「まあいいけど……その為にわざわざ喫茶店に?」
喫茶店に顔を出すと、茉莉さんはちょうど中庭の掃除をしているところだった。彼女もジェーンの手で病院に送られた一人だが、無事回復してからいつもどおりの姿を見せてくれている。ただ、流石にちょっと後遺症が心配という兄である店長の強権によって、かつてのようにファッションデザイナーとして四方八方を飛び回るのは控え、喫茶店の手伝いをしながらちょこちょこデザインの仕事をしているらしい。
「おねがーい、まつりお姉ちゃん!」
「ハナちゃんに頼まれちゃったらしょうがないなー……。でも、いいの? トウマちゃんが相手で」
「トウマちゃんが相手じゃないとだめなのっ」
あくまで頑ななハナちゃんの態度に何かを悟ったのか、ははーん、と茉莉さんが意味ありげな流し目を向けてくる。
あれは……そう。面白い事を見つけたときの顔だ。何か勘違いしてるな???
「なるほどなるほど。そういう事なら分かりました、私もひと肌脱ぎましょう!」
「やったぁ!」
「あ、でもお姉さんも今は仕事中だからなあー。終わるまで待ってもらうか、ちょっとお店に協力してもらうカタチになるかのどっちかだけど、いい?」
こてん、とハナちゃんが首を傾げる。が、すぐに元気よく返事する。意味わかってないんだろうなあ。
「いいよ! お手伝いするー」
「ありがとー。実はね、こんど私の日本国内での活動の拠点にこの喫茶店を使っていく事になってねー。すでにお店のバイトちゃんには私のデザインしたメイド服着てもらってるけど、もっと活動を広げようと思っててね。それにちょっと協力してもらいたいのよー」
なるほど。
最近、放課後の喫茶店がやたらと賑わっているのは私もしっている。いや、もともと学生でごった返すその時間帯は賑わっていたのだが、最近はなんかこう、雰囲気が違うのだ。その理由が、茉莉さん渾身のデザインによるキャワキャワメイドドレスで給仕してくれるバイトにあるのは言うまでもない。手の込んだ事に、茉莉さん自ら面接担当して選び抜かれたバイト達には、それぞれ一番似合う感じの専用ドレスが誂えられていて、その魅力を引き出しまくっている。その姿を一目見ようと、今まで以上に若い学生が喫茶店を訪れている訳だ。
おかげで私みたいなのは居づらくてしょうがないのだが。ほとんど身内みたいな扱いされてるのでなければ、喫茶店を活動拠点から外していたかもしれないぐらいには。
「具体的にはどんな事をするんだ?」
「早い話が、ドレスのレンタル業ね。習い事のお披露目会とか、記念日の撮影とか。そういうのに、うちのデザインしたドレスを貸し出す、ってのを始めようと思って。せっかくだから、ハナちゃんとトウマちゃんの勝負を宣伝動画に使おうと思ってて」
成程、成程。
そういやこの世界、カードゲームが社会的な力を持っているのもあって、デュエル塾的なものもあるんだったな。ホールで着飾った子供が、たどたどしくもデュエルをお披露目、みたいなのもあるんだろう。
確かにハナちゃんは素材としては申し分ない、年齢もあってまだ幼さが目立つが、将来間違いなく美人になると断言できる美少女だ。彼女をモデルにすれば大きな宣伝効果が見込めそう、というのは私も異論はない。
異論はない、が。
私は駄目だろ色んな意味で。
「そうかそうか了解したところで私はちょっと急用を思い出したからここで失礼するそもそも御洒落着なんて持ち歩いてないしねあははははは」
「えい」
「何をする放せーー!?」
まさかのハナちゃんの突然の裏切り。いや裏切ったのは私なんだけど。
がっしと腕を掴まれてこの場を離脱できない。というか普段ぽやぽやしているのに何でこういう時だけ反応が早いの?! それだけ本気って事?
「あははは、ハナちゃんありがと。トウマちゃんこういう話題になるとすーぐ逃げるんだから。よく捕まえられたね」
「えへへへ」
「えへへへ、じゃなくてね!? ほ、ほら、茉莉さんも考え直そうよ、私なんかのデュエルシーンを動画にしても見た人の正気度が下がるだけよ……? ね? やめとこ?」
ぶっちゃけ真面目な話、私の使う四大デッキは言っちゃ悪いが人受けしない。番組の宣伝なんぞに使おうものなら放送事故まったなしだ、やめた方が良い。
「むしろ燃えてくるわね。トウマちゃんに着せる前提で選んだんだから、私としてはあの悪趣味なモンスターの横に並べても映えるようにデザインしたつもり。それが放送事故ととられるならその時は私の才覚が足りなかっただけだわ」
いやん覚悟決まってるぅ。
「ほらほら、ドレスだってこないだ破れたからって修復の為にこっちにあるでしょ、何も問題ないわ。うふふー、四着纏めてつっかえされた時はちょっとショックだったけど災い転じて福となす、ってのはこういう事ね! これが所謂天命って奴だったのかしら」
私にとっては晴天の霹靂だよ!!
くっそう、ジェーンに鮮血ドレスを破られたのを口実に四着全部茉莉さんに点検目的で預けてたのが仇になった! 押し入れ開ける度に禍々しいドレスの存在感を気にしなくてよくてここ数日は穏やかに部屋でくつろげていたというのに!!
おのれ邪神! 謀ったな!?
「ドレス、ドレス! どんなのがある?!」
「そうねー。ハナちゃんにぴったりなの、最近仕上がったからどうかしら? トウマちゃんから預かったドレスの運用実績をフィードバックして仕上げた最新モデルがあるのよ、きっとハナちゃんに似合うわー」
「わーい!!」
きゃあきゃあ歓談しながらスタッフルームに進む茉莉さんとハナちゃん。そんなハナちゃんにずるずる引きずられて連行される私を、マスターがニコニコしながら見送っていた。
ここに味方は居ない、畜生。
◆◆
『レディース&ジェントルメーン! 当喫茶店にお越しの皆様方、突然ですがサプライズイベントのお時間です! 騒がしいのがお嫌でなければ、しばし中庭に目を御向けください!』
静かな喫茶店に、突然としてMCじみた茉莉さんの声が響く。
なんだなんだ、と視線を向ける常連客に、マイクを手にした茉莉さんがニコニコと笑顔を浮かべる。
『ただいまより、私こと御堂茉莉プロデュースによる、新作ドレスのお披露目会を兼ねた、エキシビジョンマッチを開催したいと思いまーす! 司会進行及びレフェリーは私が務めさせていただきます!』
静かな喫茶店に響く、快活な声。
喫茶店なんてのは普通、静かで穏やかな時間を求めてくるものだから、サプライズイベントなんて場合によっては反発を買いかねないが、それはここ、カードゲームが社会の中核になってるとんでも世界だ。他のイベントならいざ知らず、カード対戦の実況ならばまず拒絶はされない。そもそも、放課後になれば学生でごった返し、そこら中で対戦が行われているような場所だ。来る客がそもそも、割とカードゲーム好きな訳である。
よって、客のブーイングでイベント中断という私のささやかな希望は断たれる事になった。がっくり。
『それでは、選手を紹介しまーす。まずは赤コーナー、本店の常連、百合家ハナちゃんです!』
「え、えへへへ……」
名前を呼ばれて物陰から出てきたのは、茉莉さんの新作ドレスに身を包んだピンク髪の女の子。身を包むのは萌黄色のワンピースで、左肩には花をあしらったような飾りがあり、そこから伸びたリボンが垂れ下がりながら右胸のブローチに繋がれている。さながら夏を前にしたガーデンの、花が咲き誇る前のグリーンカーテン、といった風合いは、穏やかで清楚な雰囲気があり、ハナちゃんの愛らしく無垢な佇まいによく似合っている。
「ゆ、百合家ハナ、です! 本日はよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる彼女に、席から身を乗り出してみていた客達がほっこりと顔を緩める。何人かの客はソファの向きを変えてがっつり鑑賞する姿勢だ。どうやら、ハナちゃんの愛らしさは一発で彼らの心をつかんだらしい、ロリコンどもめ。
『それでは青コーナー、本店のお助けガール、時々忙しい時に助けてもらってます! その正体は不明、なぞの店員X!!』
「ど、どうも……」
なんだその紹介。いや逆巻トウマ名義はやめてくれって頼んだのは私だけどさあ!
紹介にあずかり、おずおずと私も物陰から歩み出る。スカートの裾を抑えて、もじもじと小幅で中庭に出る私の姿に、おおー、と観客から声があがる。恥ずい。
本日のドレスは、黒を基調としたフリルのやたら多い、早い話がゴスロリドレスだ。動く度に首元をふっわふわのレースで編まれたフリルがこしょこしょするので、なんだかむず痒い。ちなみに、ギミックの関係でただでさえボリューミーなフリルの周辺には、さらに見えない透明な糸がふわふわに広がっているのでうっかりするとその辺の物にひっかけてずっこける恐れがある。走ったりなんて論外。
ぶっちゃけ一番着こなすのが大変で、私も試着以来袖を通すのは久しぶりだ。このまま一生着る日が来なければよかったんだが!
「ハナちゃんっての、ここでよく見る子だね。いつも一緒の男の子は今日はいないのか」
「あの店員Xって……あの謎の店員か?! 給仕してもらった奴は幸運に恵まれるっていう奴!」
「聞いた聞いた、あの子に給仕してもらったっていうOLがSNSで自慢してたね」
ざわざわする客達がなんか変な事をいってる。
え、私そんな座敷童みたいな扱いになってんの? むしろ逆じゃないの、ぬらりひょんとか貧乏神の類でしょ、私。
困惑しながら茉莉さんに視線を向けると、にこにことウィンクを返される。この反応、知ってたなあの人?!
『ルールは一本先取、特別ルールはなし! それでは皆様、二人をどうか平等に応援してあげてくださーい!』
「「デュエル!!」」




