超々古代からの刺客 その4
「てへぺろ。まあ、ゲーム終わったら消えるでしょ、この血糊」
「そういう問題じゃないわよ!? あーもー、この服気に入ってたのに。ええい、ターン終了!! あんたの番よ!」
『う、うう、レフェリーの神聖な衣が……いえ、いえ。試合進行に問題はありません!』
ちょっとした混乱はあったものの、とりあえずゲームは続行。
ジェーンの場には、大幅に弱体化したアロジウスと飛頭蛮竜。攻め込むなら今だ。
私が呼び出すのは、皇帝との戦いでも使ったこのモンスター。
「私のターン、ドロー。…私は手札から、“鮮血のソードデーモン”を召喚!」
『おおっと、ここでトウマ選手も反撃に転じた! 現れたのは上級モンスター! それも、全体攻撃持ちです! ジェーン選手の場には伏せカードもなく、攻めるチャンスです!』
「バトル! 鮮血のソードデーモンで飛頭蛮竜、アロジウスを攻撃!」
禍々しい剣を手にしたデーモンが、一気呵成に相手の場へと切り込んでいく。翻る刃が、空飛ぶ頭蓋骨を割り砕き、スケルトン恐竜の頚部を切り落とした。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる骸を前に、ソードデーモンが勝ちどきを上げる。その体には相手の抵抗でいくつもの切り傷が出来ており、そこから滴る血が地面へと血だまりを作っていた。
「そして血の祭壇の効果により、私はデッキから“ブラッドギフト”を特殊召喚する」
私の場に呼び出されるのは、二体目の赤き巨大ノミ。先ほどと違って場は多くの鮮血によって汚されているため、ブラッドギフトは嬉しそうに口吻を伸ばしちゅうちゅうと鮮血を啜り上げる。
その上に、真っ黒な影が掛かる。
ぴ? と巨大ノミが見上げると、ソードデーモンが月光を背に獲物を見下ろしている所だった。
「鮮血のソードデーモンは、すべてのモンスターに可能な限り攻撃しなければならない。よって、ソードデーモンでブラッドギフトを戦闘破壊する」
『こ、これは、勝利の為とはなかなか残虐な……い、いえ! これも争いの習わしというものです! 南無南無……』
ぴぎぃー、という悲鳴を残してブラッドギフトは真っ二つになった。
「これでターン終了。そしてブラッドギフトの効果により、カードを一枚ドローする」
「ちぃ。厄介なコンボね」
憎々し気に睨みつけてくるジェーン。そうだろうそうだろう、でもこれ出来るようになったの最近なんだ。
戦力強化タイミング挟んだおかげで今はコンボっぽくなってるけど、前は血の祭壇で出てきたモンスターがひたすら惨殺されるだけだったんだよなあ……。
それはそうと、今、状況は私に大きく傾いている。
そうすると心の余裕も出てくるし、余分を考える猶予もある。
心理戦フェイズじゃないが、ジェーンにはいろいろと聞いてみたい事があった。今が、そのタイミングだろう。
「ジェーン。少し、話をしてもいいか」
「? 別にいいけど、手短にね。あと命乞いなら聞かないから」
「それはこちらも同意見だ。……聞きたいのは、君はやはり、ダークファイブの一員なのか?」
彼女がまともな存在ではないのはもはや疑いようがない。謎のアイテムで闇のデュエルを展開したのもそうだし、そう、なんか生命エネルギーを集めているとか言っていた。
今の所、ファラオとの共通点は見つからないが、しかし常識を外れた不可思議な力を持っている点、そして人々に害をもたらすという点では一致している。
念のための問いかけに、ジェーンは「今更?」といった風に目を丸くした。
「え、うっそ。それが分かってて私に喧嘩売ってきたんじゃないの!? あんたらがコラシス3世を倒したって聞いてたから、てっきり……え、じゃあ、私がダークファイブの一員だからじゃなくて、本当に身内の報復だけで私に挑んできたの!? 相手が変な力持ってるとわかって!? 情が深すぎない!?」
「う、煩い、茉莉さんとハナちゃんには恩があるんだっ」
なんで加害者側にそんなびっくり、みたいな顔をされないといけないのだ。
「そ、そんな事より! 一体何が目的でこんな事を。お前らダークファイブとはいったい何なんだ」
「え? あの干からびたお爺ちゃんから聞いてないの? コラシス3世から」
「詳しい話は何も。大体、あいつダークファイブの目的とは別に勝手に行動起こした、って言ってたらしいぞ」
私が聞いた話を素直に伝えると、ジェーンは「あー、はいはい。やりそうだわ」という感じの顔をした。どうやら、仲間内でも割と問題児だったらしい。
ファラオだものな。誰かの下に直につくはずもないか。
『あのー、トウマ選手? 一体何の話を……?』
「悪い、大事な話なんだ。今のうちに聞いておきたい」
「ま、そうよね。あんたからしたらそうか……。詳しい話は口留めされてるけど、私達ダークファイブは、ある御方から力を与えられ、蘇った存在なのよ」
蘇った……存在?
私はまじまじとジェーンの手足を確認する。見たところ、普通の少女にしか見えないが……彼女も、コラシス3世のようにミイラだったという事だろうか。
「そして蘇った私達は、それぞれの目的のために独自に動いている。私の願いは、失われた同胞達の復活。そのために、次世代を生み出す女性の生命エネルギーを集めていたの。あ、三魔公の事は聞いてるかしら? あれも目的の一つだけど、必要な奴だけ探してる感じね。私はあんなの頼らなくていいから、気にしてないけど」
「……お前の目的は、仲間の復活なのか」
「そうよ。もしかして、そのために人間を犠牲にした事に怒ってるの? 弱き者は食われ、食わぬ者は飢えて死ぬ。それがこの世界の真理でしょう? 弱者を守るべき、なんて、人間の編み出した繰り言よ。愚かで傲慢なお前たちが、それでも団結するために編み出した共通幻想。私に守る道理はないわ」
はっきりと言い切るジェーン。やはり、彼女との和解は困難なようだ。
であるならば、最後に確認するべきはたった一つ。
「答えてくれて感謝する。……最後に、もう一つ。お前を倒せば、茉莉さんやハナちゃん、犠牲者たちは元に戻るのか?」
「ええ。私を倒せば、すべての犠牲者達は解放される。倒せれば、ね」
「そうか」
ならば、もう言葉は不要。
あとは行動にて示すのみ。
「おしゃべりはもう終わり? じゃあ、さっさと終わらせてしまいましょう。私のターン、ドロー!! ……私は、手札から魔法カード“冬の海、海岸の石”を発動! このカードの効果により、トラッシュから上級モンスターを復活させる! 今一度、この世界にその咆哮を響かせよ! “轟牙のティラニクス”!!」
地面が光と共に割り砕かれ、吹き飛ぶ土砂の下から巨大なスケルトンが姿を現す。
あまりにも巨大かつ頑強な頭部骨格、反してあまりにも貧弱な前足の骨格。その特徴は、誰でも知っている恐竜の王……ティラノサウルスのものだ。流石にそのままではなく、頭蓋骨の頭頂部に妙なくぼみがあり、そこに大きな一つ目がぎょろぎょろとうごめいている。
『これは、ジェーン選手、切り札と思しきモンスターを召喚し、勝負に出たぞ!? しかし、こんなモンスター、一体いつトラッシュに……そうか、先ほどのトリックカード、“岩壁の崩壊”の時、発動コストとして手札から捨てていたのかー!?』
「ご名答! そしてティラニクスの効果発動! 1ターンに一度、墓地から“不死者”アイコンのモンスターを一体、特殊召喚する。よみがえれ、“凶刃のアロジウス”!!」
再びフィールドに姿を現すアロサウルス型のアンデッド。
二足歩行の肉食恐竜、その代表種がそろい踏みだ。しかしよく似ているとされるこの二匹だが、並んでみると大きく違うのがよくわかる。やはり、ティラノサウルスの存在感があまりにも段違いだ。
「さらに、私は手札から魔法カード“怨霊絡み”を発動! これにより、フィールド上の魔法・トリックカードを一枚破壊する! これによって、血の祭壇を破壊!!」
地面から噴き出した黒いもやもやが、血の祭壇に絡みつき崩壊させる。からんころん、と音を立てて祭壇を構築していた白骨が転がり、血の池に沈んだ。
しまった。これでは後続を呼び出せない。
「うざいカードを処分できてすっきりしたわ。バトル! ティラニクスでソードデーモンに攻撃!」
「く……!」
地響きを立てて突撃してきたティラニクスが、正面からソードデーモンに体当たりをぶちかます。圧倒的なパワーの差に、ソードデーモンは盾にした剣ごと吹き飛ばされ、公園の地面へと転がった。起き上がるよりも早く追撃を加えたティラニクスが、がっぷりとその胴体を加えこむ。
抵抗ができたのは一瞬。
万力のようなアギトが一瞬の躊躇もなくかみ合わされ、爆発するような勢いでソードデーモンの体が真っ二つに引きちぎられた。
『ああっと、ソードデーモン、ティラニクスの剛力の前に轟沈ーーー! トウマ選手、無防備な状態をさらしてしまっている!』
「逃さないわ! アロジウス、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
軽快な足音ともに、アロジウスがまっすぐこちらに走り寄ってくる。思わず身構えるが、それよりも早く、相手の攻撃は終わっていた。
目にも留まらぬ速度で振りぬかれる牙。体の芯を、冷たい何かが横切っていくおぞましい感触。
「が……っ!?」
『トウマ選手!?』
思わず脇腹を押えてかがみこむ。抑えた左手を顔の前にもってくると、べったりと血がついているのが見て取れた。
確認すると、ドレスの脇がざっくり裂けている。
これが、リアルダメージか。……ダン少年は、こんなものにぎりぎりまで耐えたのか。
「あら。ライフ1じゃ、そんなものかしらね」
「……ああ、そうだな。この程度」
冷静に見れば、大した傷ではない。せいぜい、カッターナイフがかすめた程度。冷たい感触には驚いたが、リアルダメージといっても受けたダメージがそのまま反映される訳ではないようだ。おそらく何十分の一ぐらいにか軽減されているはず。そうでなければ、脆弱な人間がモンスターの攻撃なんか食らえば一撃で挽肉だ。
「私のターンはこれで終了」
「……私のターン、ドロー」
『これは……厳しい状況だぞ、トウマ選手! 相手の場には上級モンスターが二体! 対してトウマ選手の場にはモンスターも伏せカードもない! この状況から、倒しても倒してもよみがえってくるアンデッド相手に仕切りなおせるか?!』
ちょっと心配そうなレフェリーの声。まあ自分の命もかかってるもんな。
大丈夫、問題ない。仕込みはすべて済んだ。
「鮮血カウンターの数が10以上あることで、私は手札から、鮮血大公ドラクシスを特殊召喚!!」
公園の地面一体を赤く染め上げる血の湖。その水面が爆発したように吹き上がり、巨大な悪魔が姿を現す。
筋骨隆々とした、非人間的なまでの筋肉質な肉体。頭部に聳える巨大な山羊の角。翼は黒い皮膜を張り巡らせ、大木の幹のように太い骨身を屋根のように広げている。体は真鍮の鎧によって覆われ、手には巨大な大斧が、まるで片手持ちのナイフのように右手と左手に握られている。ふぅん、と吹き出す鼻息は、濃厚な硫黄のそれであった。
『鮮血』デッキの最上級モンスター、鮮血大公ドラクシス。
その能力は……。
「鮮血大公ドラクシスの効果発動。このモンスターは、場の全てのモンスターとプレイヤーに同時攻撃し、さらに破壊したモンスターの数だけ相手ライフにダメージを与える」
「なんですってぇ!?」
「血獄大旋回」
ぐわははは、と笑うドラクシスが、大斧を振り回しながら血の竜巻と化す。
ぴっ、ぴっ、と吹きすさぶ血風の刃が、むき出しの肩や頬を切り裂き血を流すが、ささいな事だ。
相手のモンスターは二体。プレイヤーへのダイレクトアタックと合わせて、これで決まりだ。
「冗談じゃないわ! ティラニクスの効果発動! 場に他の“不死者”アイコンを持つモンスターがいる限り、このモンスターは戦闘では破壊されない!」
血の竜巻に飲み込まれ、アロジウスが粉みじんに砕かれる中、ティラニクスはそれに耐える。がたがたと血風に関節を鳴らしながらも、躯の王は仁王立ちする。
『おおっと、これはドラクシスの「同時攻撃する」という効果処理が仇になった形か!? 全体に同時攻撃するという事は、ティラニクスの戦闘破壊耐性は機能する! ジェーン選手、間一髪で命綱をつないだようだ!!』
「だが、ライフにダメージは受けてもらう……!」
竜巻を内側から羽ばたきで打ち破り、ドラクシスが飛翔する。夜天に高く舞い上がった大悪魔が、手にする巨大な斧を投擲した。それはジェーンのすぐ横に突き刺さり、衝撃波と共に彼女の体を背後へと吹き飛ばした。
「くぅ……っ!?」
地面を転がされ土で汚れながらも、跳ね起きるように素早く身を起こすジェーン。その目は、月明かりの下でらんらんと輝いている。
「やってくれたわね……!」
「仕留め損ねたか……ターン終了!」
私の横に寄り添うように舞い降りるドラクシスの羽音を聞きながら相手にターンを譲る。
『惜しいところで勝利を逃しました、トウマ選手。しかし、鮮血大公ドラクシス、召喚条件の厳しさに見合うすさまじいステータスと効果です! 相手モンスターを問答無用で排除する破壊効果は数少ないことを考えれば、高いステータスは事実上の戦闘破壊耐性でもあります! 派手な全体攻撃は登場時だけのようですが、それでもこのまま相手を殴り倒すだけで勝利は目前! 流れは大きくトウマ選手に傾いた!!』
おいやめろ、フラグを立てるんじゃない。
「私のターン、ドロー!! ……ふふ、鮮血大公ドラクシス、だっけ? それが貴方の切り札なのね、トウマ」
ほら、なんか余裕しゃくしゃくで切り替えしてきたじゃん! なんか出してくるよこれ!
「そうだ。……ずいぶんと落ち着いているようだが、ドラクシスのステータスを上回るのはそう簡単ではないと思うが」
「ふふ。それじゃあ、トウマに敬意を表して、私のデッキの切り札をお見せしましょう。私は手札から魔法カード、“再生の御使い”を発動! このカードは、私の場に“轟牙のティラニクス”が存在する時、それをトラッシュに送る事で、手札、デッキ、トラッシュから、最上級モンスターを特殊召喚する!!」
「6660万年の時を越え、今再び大地に君臨せん! 咆哮せよ、“暴君大帝 レクスシオ”!!」
場のスケルトン恐竜が、天から降り注ぐ光に包まれる。まるで天使の階段そのものの虹色の光の中で、朽ちた骨がよみがえる。黒く染まった骨は鮮やかな真珠色に変わり、白い光が骨を覆って肉体を形作っていく。それと共にみるみる間に全体が大きく巨大化し、最初の数倍以上のサイズへと変化する。
ズシン、とその足踏みが大きく大地を揺るがす。私の見守る前で、変化を終えた巨大な生物が、ゆっくりと身を起こす。
眠れる夜の街に、巨大な影が立ち上がる。深紅の鱗、金色に光る瞳。巨大な牙の並ぶ口の奥で、ぬらりとした舌がうごめいている。つるりとした鱗に覆われた体を、黄金に輝く鎧が包み込み、赤いマントが夜風にはためいた。
ぎょろり、と縦に裂けた瞳孔が、私とドラクシスをそろって上から見下ろしている。
それは、王の鎧に身を包んだ、一匹のティラノサウルスだった。
アンデッドではない。
そいつは、間違いなく、温かな血の通った生きた存在に違いなかった。
『こ、こ、これは……! 恐竜の化石をモチーフにしたアンデッドが……蘇生して本物の恐竜モンスターに変化したのか!?』
《GAOOOOOOOOOOO!!》
「はははははは! どうかしら!! この子が、あの御方から託された私の力の源! あなた達風に言えば、私の闇のカードよ!!」
高らかに笑うジェーンの言葉通り、雄叫びを上げるティラノサウルスからは強い闇の力を感じられる。
病院で、茉莉さんとハナちゃんにとりついていたのと同じものだ。
という事は、こいつは奪った生命エネルギーを取り込んでいるのか。ならば、こいつさえ倒してしまえれば……!
「ふふふふふ……みなぎる、みなぎるわ! レクスシオから、生命エネルギーが私に流れ込んでくる……ああ! 私も、真の姿に戻れるわ……!」
感極まったように叫び、ジェーンが自らの体を抱きしめるようにする。そのシルエットが、月光の下で歪に歪む。内側から膨らみ、その形を変えていく少女だったものを前に、私は声を失った。
『え…ええ……ええええ!? じ、じ、ジェーン選手!?』
レフェリーの声も困惑を隠せない。
そして完全に変化を遂げたジェーンが身を起こす。それは、前に立つレクスシオと比べればさほどではないものの、それでも明らかに人間など比較にならないほどの巨大な肉体を持った生物……。
《これこそが私の真の姿! 刮目しなさい、これぞ、お前たち人間の現れるより遥か昔、約200万年に渡って君臨した、この星の古き王!! 人の時代など、何するものぞ!》
《我こそは! ティラノサウルス・レックスのジェーンである!!》
器用に口でカードを咥えたまま、かつて定良ジェーンと名乗った少女は猛々しく名乗りを上げる。その姿は、誰もが知る恐竜の復元図と瓜二つ。誰が見ても間違いなく、それはティラノサウルスに他ならなかった。
ティラノサウルス科ティラノサウルス亜科ティラノサウルス族ティラノサウルス属。
ティラノサウルス。その名の意味は、暴君とかげ。
定良……ていら……ティラノサウルス、という訳か。はははははは……。
なるほど……超古代からの復活者。うん、何一つ、何一つウソはいってなかったわけだけどさ……。
「いやいやいや……そういう話じゃないって……」
『私は……悪い夢でも見ているのでしょうか……』
《GAOOOOOOO!!》
そろって雄叫びを上げる、モンスターとその主人。その威容を前に、私は口元を引きつらせて首を引くばかりだった。
ありかよ、こんなの??
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