悪逆デュエリスト その3
「私のターン、ドロー。……私は手札から、“鮮血のソードデーモン”を召喚する」
再び、後頭部の長く伸びた悪魔が現れる。ただ先ほどまでより、ちょっと装備や体格が強そう。いわゆる上位互換モンスターである。
ステータスを確認したのであろう、皇帝が目を見開いた。
「馬鹿な、そのステータスのモンスターをノーコストで召喚だと!?」
「勿論そんな訳はないです。このモンスターは、場に鮮血カウンターが3つ以上乗っている時にしか召喚できない」
「鮮血カウンター……そうか、そういう事か!?」
ここで初めて、皇帝が広場にまき散らされた血に目を向ける。
そう、これはただの演出じゃない。このデッキの重要な要素だ。
「モンスターが死ねば死ぬほど強化されるデッキという事か!?」
「正確にはちょっと違う。より流血する事で、このデッキは強化される」
一応、訂正しておく。ここを曖昧にしておくと後で揉めるからね。
「バトル。鮮血のソードデーモンで、白銀の騎士に攻撃」
ずしん、ずしんと歩み寄ったソードデーモンが剣を振り上げる。あわや、一刀両断というところで皇帝が動いた。
「させん! トリックカード、“勝利の武勲”を発動! このカードは、相手モンスターを一体以上破壊している自分モンスターに発動できる! それにより、手札のそのモンスターと同じシンボルを持つ上位レベルのモンスターと、存在を入れ替える! 私は、手札の“金剛騎士”と場の白銀の騎士を交換!」
ひゅいん、と白銀の騎士がその場から消え去り、代わりに全身を輝くダイヤモンドの鎧で覆った騎士が出現する。代わりに、ソードデーモンの攻撃は対象を見失って空を切る。
『おっと、皇帝、ここで巧みなタクティクスを見せた! この場合、ソードデーモンが攻撃対象として宣言したのは“白銀の騎士”なので、それが居なくなった事で自動的に攻撃は不発となる! 一体のモンスターがバトルシーンで行える攻撃宣言は原則一回! ルール上では巻き戻しが無いので、これで攻撃は不発だ! 皇帝、素晴らしいタクティクス! 攻撃を回避しつつ、戦力を強化したぞ!』
一般的にはサクリファイスエスケープと言われる戦術だ。脳筋気味な気のあるこの世界で、なかなか巧みな事をする。
「なるほど、上手い。でも残念。このデッキの特性をまだ把握してないね」
攻撃宣言を終了したにも拘らず、ソードデーモンが動き出す。その視線は、金剛騎士に向けられている。
「まさか……しかし、攻撃宣言は一度のはず!」
「“鮮血のソードデーモン”は、可能な限り攻撃しなければならない、だけではなく。“必ず全てのモンスター”に攻撃しなければならない特性を持つ」
動き出したソードデーモンの一撃が金剛騎士を切り裂く。ダイヤモンドが砕け散り、金剛騎士は一刀の元に血の染みと化した。
ゲハハハハ、とソードデーモンが勝利に哄笑し、観客がドン引く。
『まさかの無差別攻撃能力持ち! ソードデーモンの追撃から、逃れる事は出来なかった! さらにモンスターが破壊された事で、トウマ氏の魔法カードも発動するぞ!』
「お、おい、つまりそれって……」
観客の予想通りの事が起きる。
相手モンスターを戦闘破壊した事で、血の祭壇が発動。私の場に、“鮮血のハンタードッグ”が召喚される。犬というのは名ばかりの、歩く魚みたいな怪物……場に顕れたそれを、振り返ったソードデーモンが見下ろした。
キュウン、という断末魔と共に、鮮血が飛び散る。効果の説明に例外なし。味方のハンタードッグすら、ソードデーモンの獲物でしかないのだ。
当然観客はドン引きである。
「あ、ああ……」
「味方であってもお構いなしかよ……」
『これは、鮮血カウンターを貯めるための意図的な戦術か?! しかし無慈悲、あまりにも無慈悲!! 今の所、戦況はトウマ氏に有利だ! ソードデーモンをどうにかしない限り、どれだけモンスターを並べても無意味だぞ! どうする皇帝!』
血に染まる広場。
もはや青い芝は真っ赤に染まっている。それを見下ろす皇帝が、深刻そうに眉を顰めた。
「……なんだ。何が狙いだ……?」
「ふふ、なんでしょうね。これでターン終了、です」
「……私のターン。ドロー!!」
カードを引いた皇帝が、それを数秒、確かめるようにのぞき込む。
何かいいのを引いたな。
「……私は、魔法カード“報復の宣言”を発動! 直前の相手のターンで自分のモンスターが破壊されていた場合、より上位のモンスターを手札から特殊召喚する! 現れろ、“白檀の近衛騎士”!」
皇帝の言葉と共に、大仰な鎧をまとった騎士型モンスターが召喚される。ソードデーモンすら上回る体躯を誇るそのモンスターは、間違いなく最上位クラス。皇帝の切り札とみていいだろう。
王道のビートダウンだ。敵と戦い倒されながらも、より強いモンスターを召喚して押し切る。私もそういうデッキが使いたかった。
『来たーー! 皇帝のエースモンスターだ! しかもこれは特殊召喚、皇帝にはまだ通常の召喚権が残っている!!』
「さらに私は手札から“列火の騎士”を召喚。バトル! 近衛騎士で、ソードデーモンを攻撃!!」
砦のような巨大騎士が、のっそりと動き出す。それを見て、ソードデーモンも正面から切りかかる。
二つの刃がぶつかり合い、しかし一方が一方的に押し負けた。
頭から股間まで、一刀両断に切り捨てられるソードデーモン。真っ二つになった体から、噴水のように鮮血が吹き上がった。
『一刀両断! 悪魔が騎士の前に敗れ去った! 状況は一変、皇帝有利な展開だ!』
「……“血の祭壇”の効果を発動。私は、跳躍する狂信者を特殊召喚」
「ぬるい! 列火の騎士で跳躍する狂信者を攻撃!」
ぴょーんと現れた狂信者を、真っ赤に燃える鎧の騎士が切り捨てる。ずばあ、と血が噴き出し、列火の騎士の鎧を染める。
が、それは端から真っ赤な炎によって焼き尽くされた。剣の血を払う騎士の鎧には、血の染み一つない。
「列火の騎士はその炎で鎧に触れるものを焼き尽くす! デバフは無効だ!」
「すげえ、流石皇帝だ!」
「汚い手段にも対抗策はばっちりだな!」
観客が盛り上がって歓声を上げる。エンペラーコールがあがり、場は完全に相手のものだ。
そんな中で、私はアウェー感を味わいながらも、小さく微笑んだ。
一時の勝機など、簡単に崩れるもの。
仕込みは、終わった。
「私のターンは終了だ」
「……では、私のターン、ですね」
カードを引くも、私はその中身を検めずに手札に加える。それを見た皇帝が、ぴくり、と眉を顰めた。
「この状況で引いたカードを確かめない。何のつもりだ? 降参か?」
「いいえ。もう、勝負は決まっているからです」
「私の、勝ちだ」
ごぽり、と。
広場を汚す、血が泡立った。
『な、なんだ? 演出と思われたフィールドの血糊に、何か変化が起きているぞ?!』
「私のデッキのエースモンスターをご紹介しましょう。このモンスターは我儘な奴でね、鮮血カウンターが10個も必要なんです」
笑いながら、皇帝に説明する。
「流石、皇帝。この短いターン数でカウンターが揃うとは思いませんでした。が、それが貴方の首を絞めた訳です」
「……鮮血カウンターが10個? おかしい、数が合わない」
流石である、頭脳も明晰だ。これまで倒されたモンスターの数は8。数が合わない。
「鮮血のソードデーモンは倒された時、カウンターが二つ乗る。数はあってるよ」
「だが、それでも、倒されたモンスターは8、カウンターは全部で9のはず……いや、まさか!?」
ようやく気が付いたようだ。
そう。
私は、はっきりと言ったよ。
より流血する事で、このデッキは強化される。
「まさか……プレイヤーの血も含むという事か!」
「ご名答。さあ、鮮血カウンターは揃った。地獄の底からおいでませ、真鍮の悪魔よ。顕れ出でよ……“鮮血大公ドラクシス”」
血の池が爆発したように吹き上がり、その中から巨大な悪魔が姿を現す。
筋骨隆々とした、非人間的なまでの筋肉質な肉体。頭部に聳える巨大な山羊の角。翼は黒い皮膜を張り巡らせ、大木の幹のように太い骨身を屋根のように広げている。体は真鍮の鎧によって覆われ、手には巨大な大斧が、まるで片手持ちのナイフのように右手と左手に握られている。ふぅん、と吹き出す鼻息は、濃厚な硫黄のそれであった。
ぎょろり、と四角い瞳孔が皇帝を見据え、近衛騎士がその間に挟まるように身構えた。
『出たぁー!? これが、トウマ氏の切り札なのか?! そのパラメーターは……なんという事でしょう、皇帝の切り札である白檀の近衛騎士を大幅に上回っている! なんという事だ!』
「……鮮血大公ドラクシスの効果発動。このモンスターは、場の全てのモンスターとプレイヤーに同時攻撃する」
「なっ!?」
皇帝が余裕を失って瞑目する。彼ならいい加減察しているだろう、このプレイヤーというのは、使い手である逆巻トウマも含んでいると。
ぐははは、と笑いながら、ドラクシスが大斧を両手に構え、その場で回転した。
「血獄大旋回」
「ぐ、うぉおおお!?」
『おわああ!? 迫力満点の一撃、レフェリーも思わず退避ー!?』
血の竜巻と化したドラクシスが、場のモンスターばかりかプレイヤーも巻き込んで吹き荒れる。
近衛騎士も紅蓮騎士もまとめて粉砕されて血の染みとなり、私と皇帝も大斧に両断される。物理的な干渉はないが、巨大な刃物が自分の体を通り抜けていくのはいつもぞっとする。
「ぐっ、ば、馬鹿な! 私のモンスター達が! だが、まだライフは残されている。逆転は……」
「そんなもの、無いよ。ドラクシスの第二の効果発動。戦闘破壊したモンスターのプレイヤーに、その数に比例したダメージを与える」
「なっ!?」
血の竜巻が内部から打ち砕かれ、翼を広げた悪魔が姿を現す。ドラクシスは両手を大きく振りかぶり、手にした巨大な斧を皇帝めがけて投擲した。
投擲された斧は人の倍以上の大きさがある。そんなものが二つ、足元へと突き刺さり、思わず皇帝は両腕で体をかばった。
「ぬぅううう!?」
『決着ぅーーーー!! なんと! 新進気鋭のランカーデュエリスト、皇帝を下して勝利したのは悪名高き“悪逆デュエリスト”逆巻トウマ! だが、非道でもそのデュエルタクティクスは確かなものだった! 観客の皆さん、必死に戦った二人のデュエリストに、どうか拍手をお願いします! それでは、また!』
勝負が決し、モンスター達の姿が消えていく。広場を染めていた血の赤も、きれいさっぱり元に戻る。
用事は済んだ、とばかりに、レフェリーは素早く走って街角へと姿を消した。いつもの事ながら、見事な逃げ足である。
後には、いささか白けたような空気の私達が残される。レフェリーの言葉に反し、響く拍手はまばらなものだ。
その中を歩いて、私は皇帝の元まで近づくと、膝をついている彼に手を伸ばした。
「ん。よいデュエルだった」
「ああ……ありがとう」
彼は一瞬あっけにとられたような目をするが、素直に私の手をとった。大きくてがっちりした、大人の指だ。
それをひっぱって引き起こすが、正直必要なかったかもしれない。私よりも頭三つ以上高い皇帝を見上げながら、そう思った。
「流石の腕前だった。私の完敗だ……敗因は何だったと思う?」
「ふ。私のような外れ者に慎重に出過ぎたね。最初からガンガンいってたら、ドラクシスの全体攻撃に耐えるリソースが足りなくて、詰んでいたのは私の方」
「なるほど。良い経験が積めたよ」
す、と皇帝が含むところのないさわやかな笑顔で右手を差しだしてくる。
「デュエルをすれば皆友達。友人の言葉だが、私もそう思う。それとも、嫌かな?」
「ううん、そんな事はない」
いい言葉だと思う。本当に、そうならばとても素晴らしい事だ。
私は小さくうなずき返し、彼と握手をかわそうとして。
こつん、と頭に何かがぶつかったのを感じた。
見下ろすと、足元に何かがころころと転がっている。それは、丸めた紙のようだった。
首を巡らし、観客へと目を向ける。一人の男が、何かを投擲したような体勢でこちらを睨みつけていた。
「この疫病神め!!」
「…………」
「皇帝は、あと少しでランク昇格戦だったんだ! それを……お前みたいな低ランカーに負けたせいで、また遠のいた! どうしてくれるんだ!」
観客の糾弾をきっかけに、周囲にも否定的なざわめきが走り、広がっていく。
ああ、怒りや悲しみの、なんと伝播しやすい事よ。
「そうだ、そうだ……! あんなデュエリストの風上にも置けないような戦い方……!」
「卑怯者め、マイナー戦術をいいことに……!」
やれやれ、と私は肩を落とした。まあ、彼らの言いたい事も分かる。
というかランク昇格戦を控えていたのか。それは悪い事をした。
投げつけられるゴミ達。甘んじてそれを浴びている私をかばうように、皇帝が前へと割って入った。
「や、やめないか君たち!」
「いや、いいよ、皇帝。ごめんね、今回、握手はなしだ」
「しかし……!」
そっと皇帝を押しのけるようにして、その場を離れる。
ショックを受けたような顔で私を見下ろす彼に、出来る限り取り繕ったへたくそな笑顔を浮かべて見せる。ちゃんと笑えてるといいのだけど。
「いつもの事、気にしない。それより、ランク昇格戦、邪魔しちゃって御免ね。まあでも君なら、すぐにまた挑めるでしょ」
「あ……ああ! 必ず!」
「じゃあ、頑張ってね。また、握手は次の機会に」
次、という言葉に、皇帝はあっけにとられた顔をして、優しい顔で頷いた。なるほど、そんな顔も出来るのか。
ファンが放っておかない訳だ。
それきり私は振り返る事なく、勝者としての傲慢さで、そのまま広場を後にした。
しかし、ああ。この様子だと、素直にアパートに戻ったら熱心なファンをお招きしそうだな。出来る限り遠回りして、家に帰るとしよう。
「ふふ。今日は、何を食べようかな……」
そう。
私は気にしていない。
気にしていないったら、いないのだ。
ふふ。
「あれが、“悪逆デュエリスト”、逆巻トウマ……」
「あれ。そういえば、皇帝の本名、なんだったっけ。……ま、いっか」