その名はダークファイブ その1
私が階段を見つけて一階に降りると、すでに激戦の余韻は過ぎ去っていた。
ダン少年は展示室の床に膝を突き、悲し気に床を見つめている。その横に寄り添うハナちゃんが、そっとその肩を抱いた。
あれ、何してるんだろ。脱出しないの?
首を傾げながら近づいた私は、聞こえてきたダン少年の悲しみに満ちた声に思わず足を止めた。
「店員さん……俺を、かばって……!」
「ダンちゃん……」
「マスターに、俺、何て言えば……」
あ。
忘れてた。そうだった、私、彼の視点だと身代わりになって流砂に引きずり込まれてそれきりだった。下手をしなくても完全に死んでる演出である。
とてつもなく気まずい。だらだら冷や汗をかきながらも、流石にここで逃げるのはアウトである。しぶしぶ、彼らの背後におっかなびっくり歩み出る私を、周囲の来客者たちが訝し気に見ている。
「あー……その? 私なら? 無事ですよ?」
「……え?」
キョトン、と振り返るダン少年。その目が、大きく見開かれたと思うと、彼は素早く立ち上がってこっちに走ってきた。
そのまま抱き着かれる……かと思いきや、その数歩手前で速度を落とした彼が、目前で立ち止まる。震える両手が私の指を取り、確かめるように何度も握りしめてきた。
「店員さん……? ぶ、無事で……?」
「ええと。まあ。あの骸骨をデュエルでぶちのめして戻ってきました」
「……っ!」
ダン少年が感極まったように目に涙を浮かべ、抱き着いてくる……その寸前で、ハナちゃんが私の元に飛び込んできてがっしと抱きしめてきた。
「うあわああああーーん! よ゛がっだよ゛ぅ゛~~」
「あー。うん、心配をかけたね」
よしよし、とピンクの髪を撫でさすってやる。顔を上げると、ダン少年が何ともいえない変なポーズで硬直しているのが目に入り、私は首を傾げた。
「どうしました?」
「あ、いや、その。なんでも……」
バツが悪そうに顔を背けるダン少年。と、その腕に切り傷が出来て血が流れている事に、私はそのときはじめて気が付いた。
デーモン・スレイヤーの一撃で壁が消し飛んだ所を見るまでもなく、どうやら闇のゲームらしくリアルダメージ設定でやり合っていたらしい。最終的にライフを削られなかった私と違い、ファラオとバリバリにやりあっていたダン少年は見れば傷だらけだった。
私はポーチからハンカチを取り出すと、ダン少年の手を取り、腕の傷にハンカチを巻き付けて応急手当をした。真っ白なハンカチにじんわりと血がにじむのをみて、ダン少年が慌ててそれを振りほどこうとし、それを私は止める。
「いいんです。そのまま、どうぞ」
「で、でも。血で汚れちゃう……」
「ちゃんと洗えば大丈夫ですよ。それより傷の手当が大事です。あ、でもお湯にはひたさないでくださいね、落ちなくなるので」
結びが緩くないのを確かめて、私は会場に目を向ける。
改めてみると大惨事である。まあリアルダメージで超大型モンスターが暴れたのだから当然だが、展示品の半分近くが砕けて散らばっている。これ、弁償とかになったら何億ぐらいになるんだろうか。ちょっと想像もつかない。
その大破壊の合間で、来客者達が脱出の為に力を合わせている。道を塞ぐ瓦礫をどかし、邪気にあてられて弱っている人に肩を貸す。こういう時、普通であれば一人か二人は我が儘いいだす奴がいるものだが、見た所そういう空気の読めない奴はおらず、皆が協調して助け合っている。もしかすると、ダン少年のまっすぐな正義感に皆も当てられたのだろうか。
「お、おい、大丈夫か? 生きてるか?」
「う、うぅ……」
地面に倒れ血を流している人にスーツ姿の男性が声をかけると、弱弱しいながらも返事があった。あれは最初に無謀をやって切り捨てられた人だ、よかった、生きてたか。
となると、今回の一件で命を落とした人は居なさそうだ。
これもそれも、ダン少年のおかげである。
改めて彼に感謝の言葉をつげようとしたその時だ。崩壊した壁の穴から、日差しを遮って黒いボディスーツの男達が次々と室内に乗り込んできた。
その肩には、白地で「security」の文字がある。
あ、やべ。長居しすぎた。
「デュエルポリスです! 皆さん、ご無事ですか!?」
「救助に参りました! 怪我人はいらっしゃいますか!?」
油断なくデッキを構えつつ声を上げる救い主の姿に、来客者達が喜びの声を上げる。ダン少年とハナちゃんも、助かったー、と両手を上げて存在をアピールした。
「こっちこっち! よかった、これで助かった!」
「重傷者が一人いる、担架を頼む!」
「怪我人もたくさんいるんだ! 医者を呼んでくれー!」
救助する側もされる側も一体になって声を掛け合う。
災害現場に等しい環境で、皆が心を一つにして動けるというのは、実はとてもすごい事だ。これも、ダン少年が心の光を見せつけたからだろう。
そんな中で、皆の意識が外に向いている内に、私はこそこそと裏に回り込んだ。二階のキャットウォークにあがる階段、その途中で見つけた勝手口からその場を離脱する。
なんていうか、ここでデュエルポリスに捕捉されるとちょっと面倒くさい事になるのだ。なんせ住所不定どころか戸籍も持たない親無し子である、彼らが善意をもって動いているとはいえ、だからこそ詳細を把握されると下手したら孤児院かどこかにぶち込まれてしまう。
それは流石に避けたい。
「助かったよ、店員さん! ……店員さん?」
「あ、あれ。どこにいったのかな……?」
背後から私を探すダン少年とハナちゃんの声が聞こえる。私はそれに申し訳なさを感じつつも、いそいそと騒がしくなりつつある展示会場を後にしたのだった。
ざわめきに包まれる展示会場を抜け出した私は、そのままアパートの部屋へと戻ってきていた。
誰も居ない部屋に入ると、私は玄関に鍵をかけ、ドレスを脱いでハンガーにかける。
ラフな格好になってようやく人心地ついて、私はふぅ、と床に座り込んだ。
「やれやれ。ろくでもない目にあった」
好奇心と、何よりこういう事態に巻き込まれないための事前調査のつもりで行った先で、まさか闇のデュエルに巻き込まれるとは。
闇のカード……立体映像にすぎないはずのそれが実体をもち、本当の苦痛と流血を伴う現象。この手のホビーアニメではお約束の展開だが、実際に体験してみると理不尽にもほどがある。
ある意味では、あの骸骨将官がロックデッキでよかったといえるかもしれない。普通のビートダウン相手だった場合、一撃二撃食らうのは覚悟の上になるため、下手をすれば綺麗なドレスに傷がついていたかもしれない。
「まあ、今回は連中もやる気を出してくれて助かった。すでに闇のゲームフィールドが展開されていたからか? あんな事になるとはな」
青い異次元空間の事を思い返して感慨にふける。
が、そこで本日のデュエル内容を思い返す私の中に、最中の自分自身の言動が再生された。
「何かしら? 私には、そんなカードは見えないのだけれど」
「だって。そのカードになんて書いてあるか、貴方には読めるの?」
「どうぞ、モンスターをお出しなさいな。あなたの場に、デッキに戻すモンスターカードがあれば、の話ですけど」
……これは。
その。
ひょっとしなくても……あれでは??
私はよろよろと部屋の隅から紙袋を頭からかぶると、押し入れの中で一しきり絶叫した。
「■●▼×★~~~~!!」
羞恥のあまり声にならない声を上げる。
しばらく叫んですっきりした私は、それでも平静をとりもどせずぷるぷると押し入れの中で震えながら身を丸くする。
思い返されるのは、あの骸骨将官とのデュエルの最中の事。
自分でもコイツを特殊召喚する日は来ないだろうなー、と思っていた超次元獣 イシュラ・グランナの特殊召喚に成功してテンションが鰻登りだった私は、その場の雰囲気でなんかこう、女言葉を使ってしまった。
あの時は骸骨将官を煽る意味合いも込めていたのだが、改めて冷静になって振り返ると、その馴染み具合に戦慄すら覚える。
あの瞬間、あの場所において、私は身も心も女になりきっていたと言わざるを得ない。
いったいどうして、何故。やっぱ変化の領域にいたせいなのだろうか。
「ち、違う……私は男、私はおじさん、私はみっともない中年おじさん……」
ぶつぶつぶつと念仏のように唱えるものの、背筋に染みわたる寒気は消えてくれない。
一しきり落ち込んでからのろのろと押し入れから這い出した私は、押し入れの上段を見上げる。クローゼットになっているそこには、茉莉さんからプレゼントされたドレスが四着、綺麗に収まっている。
どれも丁寧に作り込まれたお洒落なドレスだ。自分が着るのでなければ、本当に良いデザインだと思う。しかし今の私にはそれらが、禍々しいオーラを放つ呪いの装備に見えて仕方が無かった。
そもそも今更の話な上に何度目になるか分からない疑問だが、なんで肉体が女の子になっているんだ。それも成人どころか未成熟のつるぺたロリである。邪神どもがロリペドだというなら、最初からそういう女の子を狙えばいいだろうに、そっちの方が間違いなくたぶらかしやすいはずである。
にも拘らず、成人男性を捕まえて、その魂を幼女にぶっこむ理論的な必然性が見当たらない。いや、まあ、邪神のやる事だからそこに必然性などないのかもしれないが。
「……もしかせんでも、私が苦しむのを見て楽しんでいるんだろうな……」
というか、他に理由が思いつかない。
愉快犯、なんて実に連中らしい話だ。悪夢の中でなんか愉快な雰囲気だが、あいつらはれっきとした邪悪である事を忘れてはいけない。根拠? 私のデッキの中身がもうそれをあらゆる角度から証明しているではないか。
「……よし! やめやめ、普通の恰好して気分転換だ! しばらくは部屋に引き籠ってよう……」
幸いにして、尊厳と引き換えに茉莉さんから頂いたお洒落な服がある。それに袖を通し、メンタルの回復に努めよう。
無理やり気分を切り替えた私だったが、ふと、ブルルル、という振動音を耳にして動きを止める。
心当たりがない音だ。
部屋を見渡すと、床の上からその音は聞こえているようだ。私は投げ出したポーチを漁るとその中から端末を取り出した。
知り合いがいないが故に使った事もない通話機能。
それを通して唯一の登録相手が、メッセージを送ってきていた。
『送信者:マスター
内容:トウマちゃんへ 相談したい事があるから喫茶店に来てください』




