蘇りし古代の王 その2
数千年前のミイラの復活。
重たい石の棺が宙に浮かび上がり、さらにそこからミイラが出てきて、それもまた重力を無視して宙に浮いている。
その非常識な展開を前に、しかしむしろ混乱していた私の思考は急速に落ち着きを取り戻しつつあった。
非常識な展開ではある。しかし、それは既定のテンプレートに当てはめる事ができれば、曲がりなりにも冷静さを保つ事は可能だ。それがいかに非現実的で、おかしな出来事でも、マインドセットが出来れば対処は出来る。
そう、テンプレート。お約束の展開。
つまり、これはいわゆる敵キャライベントだ。
ホビーアニメではむしろ有り触れすぎてない方が不自然なやつである。闇の力だとか、邪悪な力だとかで、死者がよみがえったりとかそういうの。ホビージャンルを問わず、むしろお約束の展開であり、なんならその復活したミイラが主人公だった作品もある。いっそこの展開を予想しなかった私がアホまである。
傍らで怯えているダン少年を見やり、私は呼吸を整える。
そうだ、そもそも主人公様を探していたのは、こういう事態に対応する為である。結果的に巻き込まれてしまったが、逆にいえばダン少年が主人公であるという事は確定したともいえる。一つ懸念事項が解決した、という訳だ。
あとはここを乗り切りさえすれば、あとはどうとでもなる。
そうだとも。この程度の異常事態、毎晩遭遇してる悪夢に比べればまだまだオタク的には許容範囲だ。
「ダンさん。ハナちゃん。落ち着いて、ゆっくり呼吸をして」
「で、でも店員さん、ミイラが……」
「だからだよ。異常な時こそ落ち着いて、冷静さを失ってはいけない」
パニック寸前の子供たちを宥める。恐慌に過呼吸の兆しを見せていた彼らだったが、私の声に少しずつ落ち着きを取り戻したようで、不安そうにしながらも静かにしてくれた。
それでいい。こういう時、大声で喚く奴はまっさきに狙われるからね。あんな風に。
「な、なんだお前は!」
大声を上げるのは小太りの男性だ。彼はつかつかと前に出ると中央展示品の近くまで歩いていき、宙に浮いてるやばそうな棺とミイラに真正面から怒鳴りつける。
いやあ。なんていうか、うん。蛮勇は止めといた方が……。
「サプライズイベントだかなんだか知らないが、人を馬鹿にするのも……」
『蟲が、いるな』
ぎょろり、と黄金の仮面が男性を見下ろす。黄金に顔薬で描かれた貌の向こうから聞こえる罅割れた声は、作り物以上に無機質に聞こえた。
『蟲は。駆除せねばならぬ』
ばりん、と陶器の割れる音。
見れば、副葬品の中にあったいくつもの壺。男性のすぐ近くにあったそれが内側から砕け、骸骨の兵士がその姿を表していた。手には、さび付いた剣が握られている。
それを骸骨兵士は、男性目掛けて振り上げた。
「ぎゃあ……!」
助けに入る暇もなかった。
剣に打ち据えられて、男性が悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
地面に俯せに倒れた彼は、ぴくりともしない。その体の下に、じわじわと血がひろがっていくのが見えた。
「い……いやぁあああああ!?」
「ハナっ」
そのあり様を前にして、ハナちゃんが甲高い悲鳴を上げてしがみついてくる。大丈夫、大丈夫だから、と宥めようとする私の声も、焦燥と混乱がにじみ出ているのを隠せていない。
ばりん、ばりん、と立て続けに砕ける音が会場に響く。
見れば、展示されていた全ての壺が砕け散り、その中の骸骨兵士が動き始めていた。彼らはよたよたとした動きで隊列を組み、私達来場者を取り囲むように集まってきた。
周囲の大人達も動揺にたじろぎ、壁際へ後退る。
兵士の向こうで、宙に浮くミイラが私達に関心を向けるのが分かった。
『蟲であれど、赤い血を流すか。好かろう。私の復活に感謝し、我が神への供物としよう。喜ぶがいい、蟲ども。お前達の血は、尊きファラオと偉大なる■■■■■■■■■■へと捧げられるのだ』
あー。そういう奴ね。
映画でよく見る奴だ……あれ、これホビーアニメじゃないの? 展開がホラー映画じゃなくて?
半ば現実逃避する私の前で、骸骨兵士達が剣をじゃきり、と構えてじりじりとにじり寄ってくる。どう考えてもこれはもう、演出とかサプライズの領域を越えている。
「あ……ああ!」
「うわああ!」
「助けてくれぇ!!」
誰かが上げた悲鳴を切っ掛けに、来客者たちがパニックに陥った。
皆が一斉に背後の扉に殺到し、どんどんどん、と強く叩き、蹴飛ばし、あるいは数人がかりでタックルして打ち破ろうとする。
だが、安普請であるはずの扉は大人数人がかりでもびくともしない。気が付けば、向こうから聞こえてくるスタッフの声も聞こえなくなっている。
絶望と悲鳴が皆の中に溢れかえる。
大人達はどんどんと壁を叩き、すがりついて大声で叫ぶ。見知らぬ子どもが、しゃがみこんでひぃん、ひぃん、と泣いていた。
胸の中で、ハナちゃんがしがみつくように強くドレスを握りしめてきたのを感じる。見下ろす彼女は、可哀そうな程に血の気の引いた顔で、それでも必死に泣くのを堪えているようだった。
「大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫だから……」
「う、うん、うん……っ」
ぽんぽん、と彼女の背をあやすように叩き、落ち着かせようとする私。
さて、これはどうしたものか。
どう考えても闇のパワーか何かによる異常事態。こういう場合、主人公が相手のミイラをデュエルで打ち負かすのがお約束だが、すでに犠牲者が出ているこの状況、そうも言っていられない。
闇のパワー勝負なら私にも恐らく分があるはず。普段のあれやそれやを見ていると忘れそうになるが、あの声の主達も相当な厄ネタどものはずである。今も私を通してこの事態を見ているであろう連中の力を、当てにするのは癪ではあるが……。
私がやるしかない。
ポーチの中にしまってあるデッキに手を伸ばそうとしたとき、傍らで動く人影に私は手を止めた。
ダン少年。
さっきまで私の隣で震えていた彼が、意を決したような強い表情で立ち上がった。彼は一目、私と、私の腕の中で震えているハナちゃんを見下ろすと、瞳に弾けるような輝きを宿して骸骨兵士達に向き直る。
おい、ちょっとまて。
まさか。
「おい、コラシス3世!! 俺と、デュエルしろ!」
『…………何?』
黄金の仮面が、そこで初めてダン少年の存在に気が付いたように首を傾ける。無感情な無表情の視線に、しかしダン少年は一切怯む事なく、果敢に言い返した。
「お前、デュエルに強いんだってな! だったら勝負して決めようぜ! 俺が勝ったら、皆を解放しろ! それで、もし負けたら、俺を生贄にでもなんでもすればいい!!」
「だ、ダンちゃん!? 駄目っ!!」
無茶な事を言い出すダン少年にハナちゃんが悲鳴のような声をあげて飛び出そうとする。私はそれしかし、ぎゅっと抱きしめて阻んだ。
ハナちゃんが信じられないような顔で私を振り仰ぐ。
「ど、どうして、放してっ」
「……いや。ここは、ダン少年を信じるべきだ。彼に、かけよう」
私は、古代の軍勢に立ち向かうダン少年の後ろ姿に見入っていた。
頼りなく、はかなげで、考えの足りない無鉄砲な少年。中身だけ大人として、彼の無謀は本来咎めるべきなのだろう。
だが。それでも。
名前も知らない隣人の為に、勇気を振り絞って立ち上がった彼の背は、まるで光り輝いているように私には見えた。
そう、勇気だ。
愚かしさを知り、無謀さを知り、それでも、と立ち上がる者を、人は勇者と呼ぶのだろう。
ダン少年、やはり彼は……きっと……。
「どうした、デュエルしないのか! それとも俺に負けるのが怖いのか?」
『……成程。蟲ばかりかと思えば、少しは骨のある者もいたようだな』
その輝きを、暴君たるファラオも無視できなかったのだろう。少しばかり関心を抱いたような声が返される。
だが。
『しかし、地を這う鼠が、ファラオに直訴する無礼、許しがたい。物事には段取りという物があるという事を知れ、小僧。……バスカーク!』
『はっ。ここに』
ミイラの声に応えるように、骸骨兵士の隊列が二手に分かれる。その向こうから歩いてくるのは、明らかに上級の装備を施された骸骨の姿。兵士ではなく、将官だと考えられる。
骸骨将官……バスカークと呼ばれた男は前に出てくると、ダン少年と向かい合って脚を止めた。
『ファラオと相まみえたいのなら、まず私を倒してからにするがいい……!』
告げるバスカークの足元から、大量の砂が噴出する。それは瞬く間に周囲を飲み込むと、流砂のように動き始めた。その動きに嫌なものを覚えて、私はハナちゃんを放してダン少年に向かって駆けた。
間に合え。
「わ、わわああ!?」
『砂地獄。一度捕らわれれば出る事が出来るのは勝者のみ。地の底で相まみえるとしよう、勇者よ』
「ダン少年っ!!」
自ら動き出した砂の中に、ずぶずぶとバスカークの姿が沈んで消えていく。
一方で、砂の渦に足を捕らわれたダン少年が引きずり込まれそうになる。私は間一髪で彼に飛びつき、振り回すようにして背後へと放り投げた。
後方、私が居た場所まで投げられて転がるダン少年。入れ替わりに、私の足が蠢く砂に囚われる。
その感触にゾッとする。踏みしめた流砂は、どこまでも深く沈むような底なしの感触だった。
一瞬で腰まで砂に体が沈み、なすすべなく流されていく。気が付けば流砂は蟻地獄の巣のようなすり鉢状になっており、その底へ向けて私の体が引きずり込まれていく。
これは、脱出は無理か。
顔を上げると、上からダン少年が覗き込んでいるのが見えた。助けようと手を伸ばす彼に、首を横に振る。
私の事はいい。
それより君は、皆を守れ。
「店員さん! 店員さーーーーん!!」
「ダン少年! ファラオを倒せ! 皆を、ハナちゃんを……!」
叫ぶ言葉も最後まで言えず。
私は、流れる砂の中に飲み込まれた。
◆◆
砂の中にのみ込まれた私は、咄嗟に口と鼻を抑えて目を閉じた。
ここで気を失っては駄目だ。砂に流され翻弄されながらも、必死に意識を保ち続ける。
どれぐらいの間、砂の中に居たのかは分からない。だが息が尽きる前に、私は激流から解放された。どさあ、と冷たい床の上に投げだされ、全身の自由が戻ってくる。
「え、えほ、ごほっ」
咳き込みながら身を起こすと、全身砂まみれだ。ぶるぶるぶる、と体をゆすると、きめ細かい砂がドレスや髪から零れていく。
「あーあー……ドレス大丈夫かな、これ」
せっかく茉莉さんの作ってくれたドレスが砂まみれだ。ぱんぱん、とはたいて汚れを払い、周囲を見渡す。
ここはどうやら、地下の石室らしい。砂の侵入で埋もれつつある玄室、その一角という所か。壁にはぼうぼうと青白い不気味な炎が灯され、薄暗く部屋を照らし出しているが、大半は闇に覆われたままだ。
その闇の中で、赤い眼光がギン、と灯る。
身構える私の前に、がしゃ、がしゃと骸骨将官が歩み出てくる。
『これは、どうしたことだ。お前は勇者ではない』
「残念ながら、主賓の相手は主役がするべきだろう? 貴様の相手は私だ、前座」
周囲に人目が無いのなら、お嬢様を演じる必要はない。心のままに乱暴な言葉を叩きつけると、バスカークは軽く首を傾げて私を見返してきた。
『虚勢……ではないようだな。お前も儀式に臨むものか』
「ああ。見ての通り、逸れ者だがな」
ポーチからデッキケースを取り出して準備する。そんな私の様子を見て、バスカークは白骨化したアゴを揺らしてからからと笑った。
『ははは、よかろう。だが分かっているのか? 負ければお前に待っているのは甘美なる生贄の未来だ』
バスカークの声にこたえて、闇の中から怪異どもが沸きだしてくる。
骸骨兵士。のたうつ毒蛇。血に飢えた人食いスカラベ。
それらは騒めきながら、私の肢体を欲望に満ちた視線で嘗め回す。
生理的な嫌悪感に鳥肌が立つ。気持ちわるっ。もうちょっと取り繕えよ、貴様ら。
『女……』
『肉……』
『血……』
あ、食欲的なそれ? 私は首を引いて腕を思わず撫でまわした。こんなガリガリ食べてもおいしくないぞ?
『女、貴様の血肉を下賤なる者達に食わせ、その魂はファラオに献上しよう。偉大なる王は、さぞそれを喜ばれる事だろう!』
「ふ。どうかな? 私なんぞ食っても、腹を下すかもしれんぞ?」
皮肉というより本心で答えながら、私はバスカークに向き直った。
相手にとって不足なし。醜聞も、相手の心証も気にする必要はない。
「ルールは、こちらで決めて構わないな? 基本ルールはお前達の時代と変わらない、ライフ3ポイント制で先攻ドローは無し、他の特殊ルールも無し。勝敗は1デュエル先取した方が勝ち。これでどうだ?」
『よかろう。異存はない』
「「デュエル!!」」




