四神の羽衣 その3
「え???」
きょとん、とする私に、茉莉さんがドレスを手渡してくる。
いずれも、すべすべの素材で出来たそれはどれも品のよい、フォーマルな場でも通用しそうな綺麗なドレスに見える。彼女のデザインにしては、フリルやリボンはちょっと少ないかもしれない。
一つは白い、ワンピースのようなドレス。一つはシースルーの素材が大部分を占める、体形が浮かび上がると同時にフリルで彩るようなドレス。一つは真っ黒な喪服のようなドレス。一つは基本的には青色だけど、光の当て方で虹色に色が変わる不思議な素材で出来たドレス。
どれもこれも、違う方向で手を尽くした斬新なものだ。
ただ、今、この場で渡されるには必然性が足りない気がする。私は困惑した顔で茉莉さんを見上げた。
「あの、茉莉さん? これは?」
「これねー! トウマちゃんのおかげで沸いたインスピレーションに任せてデザインしてみたの! とはいっても、勢いがあったのは当初だけで、数日もしたら失速しちゃってね。どーしても考えがまとまらなくて……」
それは知ってる。うまく行ってないらしい、とマスターが気を揉んでいた。
「それがね。ある日突然、変な夢を見たの。……笑われるかもしれないけどね、夢の中に神様が出てきたのよ」
「神様?」
「そう。なんかこう、匿名のインタビューみたいなモザイクまとった神様がね。それで彼らが、いろんなスケッチを見せてきたのよ。私はピンと来たわ、これは私が悩んでるドレスのアイディアだって!」
ちょっと待ってくれ。話の雲行きが怪しくなってきた。
神様……神様、ねえ? 私の脳裏に思い浮かんだのは、毎晩人の夢の中で大騒ぎをして、それを遠くから見守っている玉座の主である事は言うまでもない。
あいつら何やってんだ。茉莉さんまで巻き込んで。モザイクかけたあたり、最低限の配慮は行ったようだが……。
いやマジでやめろよ、他人をあのトンチキフェスティバルに巻き込んだりしてないだろうな?
「え、じゃあ、その神様が見せてきたデザインがこれ……?」
「ううん違うわ、スケッチは全部ボツにしたから」
「えぇー」
違うんかい!?
「いやだって、白骨化した頭蓋骨をかぶせようとか、乳首と股間だけ隠した服ともいえないものとか、鳥の被り物とか、そんなんだったもの……。あれじゃ学芸会の出し物ね」
「そ、そっか……」
それは流石に、ボツにするのも納得だが、まあ無慈悲なまでにばっさりである。夢の中で偉大な声が盛大に落ち込む様子が容易く想像できる。なんだかんだで正当な批判とか批評は受け入れるからなアイツら……。
「だけどね、それでピンときたのよ。トウマちゃんが使う四つのデッキ、それに合わせたドレスをデザインしてみるのはどうかって! そして完成したのがこれよ! ふふ、最近、ゲームの立体映像に反応するっていう新素材を試供品としてたまたま貰っててね、それをふんだんに取り入れてみたわ!」
「え、それ、お高いんじゃ……?」
「試供品だから問題ないわ。それに何より、布なんて綺麗なドレスにしてもらうのが本望よ、その上で可愛らしい子に着てもらえれば万々歳! 気にすることはないのよー」
「はあ……」
困惑しつつ、手渡されたドレスに目を向ける。
どれも凝った造りが施されているのが垣間見える。買うとなったらおいくら万円なのか想像もつかない。
そこまで考えて、ようやく流されていた脳が現実に追いつき始めた。
そう、今この状況。
とてもヤバイのでは??
「あ、そ、その、素敵なドレスですねぇー……」
「でしょうでしょう?! それで是非ね、トウマちゃんにはね……」
「あっその私眠くなってきたから寝ます! おやすみなさい!!」
ドレスを押し付け返してドアに走る。これ以上こんな所に居られるか、私は寝るぞ! タオル一枚でも知るもんか!
そう思ってドアノブに飛びつくが……いくら回しても力を入れてもドアはビクともしない。あわてて鍵をガチャガチャするが、一向に扉が開く様子はない。
そう、まるで外に閂でもかけてあるかのように……。
私が顔を真っ白にしていると、外から小さく、マスターらしき人物の声が聞こえてきた。
「ごめんねトウマちゃん……」
「マスター、なんで!? 出して、開けて! 助けて!!」
「すまない……ほんとすまない……。でもさ、君がドレス着て給仕した時の売り上げ、普段の数倍だったんだ……。本当に済まないが……」
う、裏切り者ぉ!?
それならそれでこっちにも考えがあるぞ!?
「役所に児童労働の疑いで駆け込みますよ畜生!? 絶対に二度とバイトなんかするもんかー!?」
「ふふふ、つーかまえた」
「ひぃい!?」
肩にぽん、と茉莉さんの手が置かれる。優しく、有無を言わせぬ力強さに恐る恐る振り返ると、照明の逆光で影を背負った茉莉さんが、それはそれは優しい笑みを浮かべていた。その手には、四着の色鮮やかなドレスが。
「大丈夫よー。私は、ちゃんとモデル代で御賃金出すから。これこれ、これぐらいでどう? 悪い話じゃないでしょ?」
「え、あ、え……あ、その……」
「トウマちゃんはお給料がもらえる。私はデザインしたドレスを着てもらえる。世の中には新作が出回る。ほーら、みんな幸せになれるでしょ、ウィンウィンでしょ? 何も怖くなんかないわぁー」
電卓を叩きながら、茉莉さんがにじり寄ってくる。提示されたその金額はあまりにも魅力的だが、しかし同時にあまりにも危険な誘いであった。
だって、モデルである。モデル。
もしここで引き受けたが最後、今後も事あるごとに着せ替え人形にされるに決まっている!
一度越えてしまったボーダーラインは次からはどんどん越えるのに躊躇いがなくなっていくものだ。私の精神の尊厳を守るためにも、ここは確固たる強い意志で拒絶するべきである!
「わ、わた、私は、その……」
「あ、勿論ドレスばっかりじゃないわよ。ここで引き受けてくれたら、普段着も進呈しちゃうわ。ほら、このラフな感じのダメージジーンズとかジャケットとか、トウマちゃんの好みじゃない?」
「どうぞ私なんぞでよろしければマネキンとしてお扱いくださいお姉さま」
畜生!! 畜生!!! 相手の方が二枚も三枚も上手だった!!
「うふふふふ、素直な子は好きよぉ~」
「あ、あの、その。ど、どうかお手柔らかに……にゃあああああああん!?」
◆◆
「きゃああん、素敵よトウマちゃん! 似合ってるわー!」
茉莉さんが大喜びでカメラのシャッターを切りまくる。
真夜中のファッションショー会場と化した御堂家のリビングで、私は言われるがままにポーズを決めていた。
今纏っているのは、鮮血デッキをイメージしたという真っ白なワンピース。一見すると避暑地のお嬢様、といった風合いの装備だが、それはデッキからカードを引くと一変する。
この衣装、なんと鮮血カウンターに反応するようになっており、カウンターが溜まる度に白いドレスに返り血のように赤い飛沫が飛び散るのだ。デモンストレーションとしてマスターをボコり倒し10個の鮮血カウンターが蓄積された今、真っ白だったドレスは今や血を吸ったように真っ赤に変色している。そうすると今度は清楚で大人しいイメージから、フラメンコのような活動的で色っぽさすら感じる情熱的なイメージに早変わりである。着ているのがガリガリスレンダーな欠食児童でなければ、かなり刺激的なデザインなのではないか?
マスターにトドメをさしたドラクシスがふんわりと私の横に降りてきて、ぎょろり、と私の姿を見下ろした。直後、その姿はゲーム終了に伴い消滅するが……いや、なんか、最後にものすごく幸せそうに微笑んでなかったかあれ……?
「キャラじゃねえだろ……」
「いいわー、トウマちゃん、いいわ! 凄く良い写真が取れたわぁ! 次にいきましょ、次に!」
茉莉さんがニコニコしながら、今度は紫色のドレスを差し出してくる。それを受け取り、一旦リビングから出て着替えようとする私の耳に、床からよろよろ立ち上がるマスターの泣き言が聞こえてきた。
「え、まって、この流れだと私、このまま只管トウマちゃんにボコられるんじゃないの?」
「え、そうよ。次は悦楽デッキよろしくね、トウマちゃん。こっちはねー、状況に応じてドレスの一部が肌色に変色したり透明になったりするのよー……」
「…………ええ。わかりました」
じゃきん、とデッキを装備しながら、私はマスターを、これから爬虫類の篭に放り込まれるレッドローチに向ける視線で見下ろす。
「この際だから。最後まで。徹底的にやってあげますから。きちんと、付き合って、くださいね??」
「あ、その……お、お手柔らかに、して、くれると……サンドバッグとしては嬉しいかなって……ね?」
「ええ。全力全開でぶちのめします」
絶対に容赦なんかしねえからな覚悟しろよ。
結局、この晩は四つのドレスの試着だけにとどまらず、以前に着せられたゴスロリドレスの調整版の再試着などもあり、モデル報酬に加えマスターをボコり倒した事もあって大幅なポイントを稼ぐ私なのだった。
なお。
後日、ファッション雑誌に(顔を隠しているが)この時の私の写真が出回り、ドレスについての問い合わせばかりか「私もこういうのが着たい!」とバイト希望の学生が殺到したのは、本当に余談である。
うにゅぅ。
◆◆
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる
「…………」
そしていつもの夜の悪夢。
私はベッドの上から、屍の平原で繰り広げられる激戦を眺めていた。ちなみに、いつの間にか身に着けている装束はいつもの透け透けネグリジェからゴスロリドレスにクラスチェンジしていたが、うん、まあ。もうどうでもいい事だ。疲れた。
さて。
いつもは私のベッドを平原の真ん中に置き、周囲の乱痴気騒ぎを眺めるのだが、今日ばかりは趣向が違っていた。
私のベッドは平原を見渡せる丘の上に置かれ、眼下で行われる激闘を観察できるようになっている。
そして平原で行われている戦いは、いつにもまして苛烈なものだった。
下級悪魔だけでなく、上級悪魔……ドラクシスやテーラ・ルー、ぺス・テュールやケー・クァールまで参加しての大激闘である。戦場では血の竜巻が兵卒をなぎ倒し、黒い旋風が吹き荒れ、猛毒の津波が押し寄せたかと思うと、青い閃光が戦列を貫く。
まさに天地揺れる大激闘なのだが……そいつらの軍勢の先頭に掲げられているブツは、私の機嫌を著しく削ぐものであった。それさえなければそれなりに楽しんだかもしれない。
いつもであれば、それぞれの軍勢を象徴する戦旗を掲げるアイコンベアラー達。しかし今、彼らが掲げている棒の先にはためいているのは、色鮮やかな四つのドレスであった。
まあつまり、そういう事である。
遠くから偉大なる者達の檄が聞こえてくる。
『御子が着るべきは我らの装束である……!』
『いやいや、御子には我らの装束こそが相応しい……!』
『わかっていない、御子に似合うのはこちらの装束だ……!』
『ええい、御子が着るのは我らの色に決まっているだろう……!!』
『『『『分からずやどもめ、今日こそ決着をつけてくれる!!』』』』
「……はぁ」
当事者を抜きにして何を盛り上がっているのやら。
普段から何やら主導権争いを行っているのは察していたが、今晩のこれは熱気が違う。なんでそんなに、この貧相ロリにお洒落させたがっているのやら。
偉大なる者達の声を受けて、戦場の悪魔達がさらに熱狂する。上級悪魔同士が真正面から激突し、その衝撃だけで地面が抉れた。
気が付けば投入される上級悪魔がさらに増えている。どうやら、連中はここで何が何でも決着をつけるつもりらしい。見た所完全に戦力は互角なので、消耗戦の果てに総倒れになるのがもう見えているのだが……。
まあ、好きにしてくれ。
全く。
ところで願いをかなえるとかなんとか、どこにいった??
私はげんなりしながら、ベッドの枕に顔を埋めて脚をばたばたさせた。
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる




