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カードゲームみたいなやつ  作者: SIS
悪逆のデュエリスト
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悪逆デュエリスト その2


◆◆




 夕刻の繁華街は、活気に満ちていた。


 買い物する奥さん、仕事帰りのサラリーマン、塾に向かう学生。


 忘れがちだが、この世界でカードゲームは全てを支配する一方で、それだけで完結していない。普通の経済活動や政治も行われている。


 それらとカードゲームが同じ比重で語られているのがまあイカレてるのは間違いないのだが。


 小走りのサラリーマンにぶつからないようひょいと避けつつ、人込みを縫うように歩いていく。


「ん」


 遠くで、カードゲームのエフェクト音らしきものが聞こえてくる。それを頼りに、私は現場へ向かった。


 たどり着いたのは、家電量販店の前。丸い芝地に植木が植えられ、周囲を囲むようにベンチが置かれている。


 そのちょっとした休憩場で、しかしたったいま戦いが終わったようだ。


 茶髪の軽薄そうなあんちゃんが膝をつく前で、金髪の偉丈夫が仁王立ちしている。周囲の観客も多く、拍手や歓声が飛んでいる。よほどいい勝負だったらしい。


 この空気を壊すのは嫌だな、と思いつつ様子を伺った私は、見覚えのある対戦相手の顔にげっと眉を顰めた。


「……エンペラーかよ」


 皇帝。勿論本名ではない、彼の通り名だ。


 いついかなる時も威風堂々、正々堂々と正面から相手を叩き潰すプレイスタイルが見ごたえのある、ランカーデュエリストだ。


 王道のビートダウンを繰り広げる彼のスタイルは私から見ても好ましいが、同時に妬ましさも覚えてしまう。


 彼を見ると、自分のみすぼらしさを思い知らされるような、そんな気持ちになってしまう。


「……やめよ」


 いろんな意味で私がでしゃばる状況ではない。


 ここでの稼ぎは諦め、私は踵を返した。その時だ。


「そこの少女! 君もデュエリストかな?」


「……げ」


 朗々と響く声。一瞬聞き間違えであってくれと思ったが、振り返った先、エンペラーの強い視線ははっきりとこちらを捉えていた。


 彼がこっちに歩いてくるとモーゼのように観衆が分かれ、私はそこから取り残された。


 まっすぐ歩いてくるエンペラーが、逃げ損ねた私の前までやってくる。


「対戦相手を探しているのかい? よろしければ、私と一戦どうかな?」


「それは……」


「やめた方がいいぜ皇帝!!」


 対戦の申し込み。答えあぐねていると、観衆からヤジが飛んだ。


「そいつは、悪逆デュエリスト、逆巻トウマだ! 戦ってもロクな事にならないぜ!」


「! 君が……?」


 観衆の言葉にはっとしたように皇帝が私を見る。どうやら、悪逆デュエリストの名前は、彼の耳にも届いているらしい。


 諦めたように、私はため息を吐いた。


「……そういう事。悪いけど皇帝、あんたの相手に私は相応しくはない。もっと適切な相手を探すんだね」


「いや、それならなおさらの事。噂に聞く策略家、是非一度戦ってみたかったところだ」


「ええ……?」


 正気かコイツ、という気持ちを込めて見返すが、皇帝の碧眼は本気と書いてマジだった。


「むしろこちらから申し込みたいところだ。噂の戦術、是非一度体験させていただきたい!」


「……いいよ。だけどどうなっても知らないよ……?」


 こうなっては仕方ない。


 私は大人しくデッキを取り出すと、シャカシャカ、とケースを振って見せた。




「合意とみてよろしいですね?」




 不意に轟いた声に顔を上げる。


 家電量販店の屋根の上に、誰かが居る。太陽を背にしたその人物はとう、と屋根から跳躍すると、私と皇帝の間に割って入った。


 ぴしっと決めた黒いスーツに赤いリボン。目元を隠すサングラス。


 ランカーとデュエルを始めるとどこからともなく現れる公式のレフェリーだ。さっきの男の時は出てこなかったが、あいつはランカーじゃなかったし。


『このデュエル、公式レフェリーのこの私、猿渡が仕切らせていただきます。よろしいですかな?』


「問題はない」


「異存はないよ」


 唐突なレフェリーの登場に困惑する人間はいない。この世界ではこれが当たり前なのだ。


『それでは、2分間の準備時間を用意します。それぞれ、デッキの確認をお願いします!』




『ルールは一本先取のデュエル形式。特別ルールはなし。お互いによろしいですね!』


 ルールは極めてオーソドックス。試合も一本取った方が勝ち。シンプルでいい。


『コイントスにより、先攻はトウマ氏に決定しました。先攻はドローがありません! 五枚の手札を引いてください』


 最初に引いた五枚の手札に目を通す。


 ……今回の戦術は決まった。


「私は、“跳躍する狂信者”を召喚してターン終了」


 私の場に、自分の脚を化け物のそれに差し替えた邪教の信者が現れる。いっちゃった目をした彼はきひひひ、と笑いながら、手にした巨大なチェーンソーをぶんぶんと振り回し、周囲を威嚇した。


 観客から忽ちざわざわと声があがる。


「なんて醜悪なモンスターなんだ……」


「昼間に使っていたのと毛色が違うな」


「雑な手術跡だ、素人仕事だな」


 一部変な意見もあるが、概ね評判はよくはない。私も正直、こいつは目がどこ見てるのか分からないので苦手である。


 対して、皇帝は一切の動揺も見せない。流石にランカーだけあって、いろんなモンスターを見てきているのだろう。


「私のターン、ドロー。……私は、白銀の騎士を召喚する。これでターンエンド」


 光と共に、全身をプラチナの鎧で固めた守護騎士が召喚される。騎士はその場で両足を踏ん張ると、様子を伺うように盾を構えた。


『白銀の騎士……ステータスに優れる代わり、相手プレイヤーに直接攻撃できないブロッカーですね! 相手モンスターには攻撃する事ができますが、ここは無難に様子見するようです!』


 慎重な事で結構だ。だが、残念ながら、こちらは一般的なタクティクスに付き合うつもりはない。


 何故ならば。


 このデッキのテーマは“狂騒”。戦術のセオリーなどくそくらえだ。


「私のターン。……バトル! 跳躍する狂信者で白銀の騎士に攻撃!」


『おおっと!? どうした事だ、トウマ氏、ステータスに勝る相手に攻撃を仕掛けたぞ!?』


 自殺同然の展開にレフェリーが驚愕の声を上げる。皇帝も、一瞬困惑を見せたが、すぐにその理由を察した。


「馬鹿な?! いや、そうか、そのモンスターは」


「そう。跳躍する狂信者は、可能であれば必ず攻撃しなければならない」


 けけけけ、と声を上げて狂信者が白銀の騎士に襲い掛かる。唸りを上げるチェーンソーの騒音に、しかし騎士は動じる様子も見せず、人外の勢いでとびかかってきた狂信者を一刀のもとに切り捨てた。


 上半身と下半身に分かたれた狂信者が、鮮血をまき散らしながら地面に転がる。ぴくぴく、と末期の痙攣が、どす黒い血を地面に塗り広げた。


 それを待っていた。私は素早く、次の行動に移る。


「自分モンスターが戦闘破壊された事で、私はマジックカード“血の祭壇”を発動」


『おおっとこれは……自分のモンスターが破壊された時に、デッキから後続を召喚する魔法カードか? しかし、白銀の騎士のステータスはかなり高い! 下手なモンスターでは追撃にもならないぞ?!』


 私の場に、骨で組まれた寺院のようなものが出現する。その中から現れるのは、長い後頭部をもった真っ赤な悪魔。悪魔は手にした剣を振りかざし、白銀の騎士へと襲い掛かった。


「この悪魔も、可能な限り戦闘しなければならないルールを持つ」


「だが、白銀の騎士の方がステータスは上だ! 返り討ちにしろ!」


 言葉通りに、襲い掛かった悪魔が騎士によって返り討ちに合う。白銀の騎士の鎧が血に塗れ、断末魔の声を上げて消滅する悪魔。再び広場の地面が、鮮血で汚される。


「……血の祭壇の効果は1ターンに一度しか発動できない。私はこれでターン終了」


『これは一体どういう事だ?! 無駄にモンスターを自爆特攻させるトウマ氏の戦術が分からない?! ここで皇帝にターンが回るが、トウマ氏の場にはモンスターが居ない。これではダイレクトアタック確定だあ!』


「私のターン、ドロー! ……私は、場に錬鉄の騎士を召喚!」


 今度は、鈍い鉄色の全身鎧の騎士が召喚される。騎士はずらりと剣を引き抜き、攻撃の構えを見せた。


「バトル! 錬鉄の騎士で、相手プレイヤーに直接攻撃!」


「……反応するカードはないよ。受ける」


 騎士の一撃を、敢えて受ける。物理的な接触はないが、真に迫った騎士の斬撃は、ちょっと肝が冷えた。


「これで君のライフは削った。私はこれでターンエンド……」


「いいや。まだ皇帝のバトルシーンは終わらないよ?」


『ははは、トウマ氏。白銀の騎士はブロッカーなので、攻撃は……』


 ご丁寧に説明してくれるレフェリーに、私は引き攣ったような笑みを浮かべて見せた。


 だから、言ったのに。


 酷いことに、なるって。


「うん。だから、いるでしょう。“場にモンスターが”」


「何……!? ど、どうした、白銀の騎士! やめろ!?」


 攻撃権の無い白銀の騎士が動き出す。彼は剣を振りかぶり、有ろう事か隣に立つ錬鉄の騎士へと襲い掛かった。


 味方からの不意打ちにより、消滅する錬鉄の騎士。白銀の騎士は血で汚れた兜の下で、眼光を輝かせている。


『これはどうした事だ、皇帝のモンスターが同士討ちだ! 白銀の騎士の目が怪しく輝いているぞぉ、これは、まさか!?』


「そう。“鮮血のレッサーデーモン”の効果。このモンスターと戦闘したモンスターは血に酔い、血に溺れ、毎ターン必ず戦闘しなければならなくなる。必ず、ね」


「なんだと……?!」


 そう。


 そのテキストに、“味方モンスター”と戦ってはいけない、だなんて書いてはいない。


 周囲の観客がざわついた。


「そ、そりゃ、仲間と戦っちゃいけない、なんて書いてはないけど……」


「お、おかしいだろアイツ! だって、その言葉の通りだと、複数のモンスターを並べたら、同士討ち始めるって事じゃねえか!?」


「まともじゃない……!」


 はい、おっしゃる通りです。大体事実なので、言い返す気にもならない。


 私もまともじゃないと思う。だけど手持ちのデッキだと、これが一番ビートダウンできるデッキなのです。はい。


 皇帝もさぞドン引きしているだろうな。そう思って向けた視線に帰ってくるのは、きらきらとした青い瞳だった。


「……面白い!」


「え」


 思わず素で首を引いてしまう。逆にドン引きする私に、何やら皇帝はテンションが上がっているようだった。


「低ステータス、デメリットとしか思えない効果を逆手に取ったのか! 一時的に相手にリードを取られるも、立ち回り次第で取り返せる、素晴らしいタクティクスだ! これは俄然、やる気が出てきたぞ! 流石だ!」


「あ、ど、どうも……」


 なんて前向きな人なんだ。これがランカーデュエリストというものか。


 感心しながらも、しかし手心を与える理由にはならない。私も晩御飯がかかっているのだ。


「ここで、“血の祭壇”の効果を発動。私はデッキから、“鮮血のレッサーデーモン”を特殊召喚する」


「?! 相手のターン、相手のモンスターが破壊されても効果を発揮するのか?!」


『おおっと、ここで血の祭壇が後続モンスターを呼び出す。だが、今は皇帝のバトルシーンだ。攻撃宣言を行う権利は皇帝が持っているが、皇帝の場のモンスターは全て攻撃済み! 戦闘は発生しなーい!』


 そう。だからここでモンスターを召喚するのは、次ターン以降の布石、と考えるのが普通。しかし。


「うん。でも安心して。この効果で召喚されたモンスターは、ターン終了時に自滅する」


 私が言うが早いか、呼び出されたレッサーデーモンは自分の腹に剣をぶっ刺して自害する。その様子を目の当たりにした観客から悲鳴があがった。


「な、なんだこいつ!?」


「何のために出てきたんだよ……」


「くっそ悪逆デュエリストめ、自分のモンスターを何だと思ってやがる!」


 一通り、私への悪態。そして。


「負けるな皇帝! 悪逆デュエリストをぶちのめせ!」


「あんな奴デュエリストの風上にもおけねえ、とっちめてやれ!」


 流れるように皇帝への応援、私へのディスリに変わる。


 いやあ、嫌われてるなあ、私。仕方ないけど。


『こ、これは一体……。トウマ氏のタクティクスが、全く理解できないー! 彼女の狙いは一体?!』


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