バッド・デュエリスト その2
『それでは、逆巻トウマ選手と、ギルティ岩田選手の公式戦を開始します! コイントスの結果は……裏! 先攻はトウマ選手です!』
「了解した」
デッキから引いた五枚に目を通し、さくっと戦略を練る。カードゲームでは基本的に先攻が絶対有利とされているが、それも時と場合、ルールによる。幸いこの世界の中心であるこのカードゲームは召喚権の兼ね合いで先攻が有利よりだが、恐らく意図的にドローソースや大量展開手段が乏しい傾向がある。未知の相手を前に、徒に手札を消費すると後で困った事になりうる。
大切なのはどう攻め、どう守るかだ。明確な展望がないままに手札を消費するのはただの愚策である。
ましてや相手はプロデュエリスト、それもB級ランカー。格上の相手だと見てかかるべきだ。
引いたカードに目を向ける。
今回、使っているデッキは『疫病』。耐久力に優れた、持久戦型のデッキだ。この選択が吉と出るか凶と出るか?
「私は手札から、マッド・エリンギを召喚」
私の場に、エリンギ人間、としかいいようのない怪物が出現する。真っ白なエリンギから、太い手と申し訳程度の短い脚が生えている。キノコの茎には、目のような凹凸があった。正直、あんまし強そうには見えないし、実際にステータスも低い。が、コイツは色々と厄介な能力がある。
これにどう対応してくるかで、相手の対応力を見る事としよう。
『おおっと、トウマ選手、また奇妙なモンスターを場に呼び出したぞ! トウマ選手は複数のデッキを使いこなすテクニカルプレイヤー、果たして今回はどのようなデッキなのか?!』
「カードを2枚伏せてターン終了」
「俺のターン、ドロー! ……ふん、まずは様子見、といった所か? ならば、その上から踏みつぶしてやろう。俺は“DF ブラックパピヨン”を召喚!」
ギルティ岩田の場に召喚されたのは、真っ黒なボディースーツに身を包み、顔に白いインクで奇妙な模様が刻まれたマスクを装備した筋骨隆々の大男だ。
2mを越える巨躯は、子供の私からすると見あげるような大きさである。人間の姿をしていてもこれだけ身長差があると怪物じみて見える。
外見から想定できるモチーフは……プロレスラー、それもヒール、か? 参ったな、プロレスはあまり詳しくないんだ。
「さらに、俺の場にDFモンスターが居る事で、続けて“DF サラマンドラ”を特殊召喚!」
『おおーっと、ここでさらにギルティ岩田選手、追撃のモンスターを連続召喚! DFはモンスター同士の連携攻撃、タッグバトルを得意とするカテゴリー! 怒涛の連続攻撃に、果たしてトウマ選手、どう対応する!?』
続けて現れたのは、目がやたらと強調されたカメレオンのようなマスクをかぶった大男だ。筋骨隆々のマッスルレスラーが二人並んで、胸を張るように合わせてポーズを取る。まっするまっする。
瞬間的にこのあたりのむさ苦しさ指数が急上昇だ。うへぇ。
「さらにここで、サラマンドラの効果発動! こいつが召喚された時、相手フィールド上のモンスター一体のステータスを下げる!」
よし、いってこい、とでも言うようにブラックパピヨンに背を叩かれて、サラマンドラが前にでてくる。マスクからチロチロと細い舌を出入りさせながら腕を振りかぶるレスラーに、エリンギも腕まくりみたいな動きをして前に出る。
おかしい。お前そんな感じのキャラだったか?
リングの上で睨み合うレスラーさながらの二匹。そしていざ激突、というタイミングで、サラマンドラがマスクの口から緑色の煙を吐き出した。腕を振りかぶった無防備な状態でそれを顔? に浴びたエリンギが、もんどりうって背後にひっくり返る。それを指さして爆笑しているブラックパピヨン。
ろ、ろくでもねえ連中だ……。というかエリンギ、お前疫病アイコンもってるモンスターだろ、なんで毒霧でダメージ受けてんだよ。
「あ、あの流れで毒霧かよ!?」
「卑怯者!」
「というかなんだったんだ今の流れ……」
観客たちも困惑を隠せない。ヒールらしいっちゃ、らしいが……。
「はは! この程度でビビって貰っちゃ困るぜ、バトル! ブラックパピヨンで、マッド・エリンギを攻撃!」
ボディスーツの大男が、がっ、とエリンギに正面から組み付いた。エリンギも太い腕で正面からそれを受けて立つものの、短い脚では踏ん張りがきかず、簡単にリフトされた躰は、そのまま背後へ向けてバックドロップで叩きつけられた。
激しい音とエフェクトが飛び散る。だが……。
「マッド・エリンギはステータスを0にする事で、1ターンに一度だけ破壊を免れる!」
「だったら追撃するしかねえよな! サラマンドラでさらにエリンギ野郎に攻撃だ!!」
地面に逆さに叩きつけられているエリンギへ、サラマンドラがどたどたと走ってくると跳躍、ドロップキックの構えに入る。阿吽の呼吸でさっと退避するブラックパピヨン。このままではエリンギはもれなく戦闘破壊だが……。
「トリックカード発動! “破裂する腫瘍”! 相手モンスターの攻撃宣言時、自分の場の『疫病』アイコンを持つモンスターをトラッシュに送り、相手フィールド上のモンスター全てに『疫病』ログを付与する!」
『おおっと! これは華麗なるサクリファイスエスケープ! どうせ戦闘破壊されるならと、トウマ選手、エリンギをトリックカードのコストに……おわあああ!?』
途中で悲鳴に変わるレフェリーの悲鳴。
そりゃあ、まあ、そうだろう。今まさに攻撃を受けようとしていたエリンギが突然嫌な感じに膨張し、内部から緑色の霧を吹きだしながら弾け飛んだのだから。トラッシュ送りにこそならないもののギルティ岩田のモンスターも巻き込まれて吹っ飛ばされ、フィールドそのものが濃密な緑色の霧に覆われる。あきらかに体に悪そうな色をしているそれを前に、観客たちも悲鳴を上げてその場を逃げていく。
「ひええええ!?」
「何考えているんだあのクソガキ!?」
大げさだなあ、所詮映像なのに。私が緑色の霧の中で仁王立ちして観客たちを眺めていると、対面から顎の外れたような大笑いが聞こえてきた。
「はっはっはっは、あーはっはっはっは!! やるじゃねえかガキィ!」
ギルティ岩田だ。
彼もまた、視覚的なインパクト抜群の毒霧の噴出から逃げる事無く、むしろ面白くてたまらない、といった体で楽しそうに笑っていた。
「俺のサラマンドラも毒霧使いだが、これには負けるわ! ははははは!」
『し、失礼しました。トウマ選手のトリックカードの演出にはちょっとビックリしましたが、派手な割に堅実な動きです! DFサラマンドラの攻撃宣言は、攻撃対象が居なくなった事で不発! もともとエリンギが戦闘破壊された所でトウマ選手のライフは削れませんので、結果だけ見ればボードアドバンテージを損なう形になりますが、一方で何かしらの仕込みを着実に進めているようです!』
「復帰早いな」
流石公式レフェリー、観客がびびって戻ってこない間にもそそくさと戻ってきて解説を続けるその姿にはプロ根性が溢れている。
戦場を覆っていた緑色の霧が薄れていく。その向こうで、よろよろとレスラーモンスター達が身を起こす。その体は緑色に変色しているものの、すぐに元のカラーリングに戻っていく。
あくまで『疫病』ログを付与しただけで、疫病状態にはなっていない。疫病状態はかなり厄介なデバフだから、まあいくらリリースを必要とすると言えど、こんな簡単に全体には付与できない。
まあ、種をまいたからそれでいいんだが。
それに、仕込みをしていたのはこちらだけではないようだ。
「ふっ、まあいい。俺の場のブラックパピヨンの効果発動! このモンスターが戦闘を行い、破壊されなかった場合、このカードは“スカーフェイス状態”になる! これがどういう効果かは、この後のお楽しみさ!」
ブラックパピヨンを見ると、言葉通り、そのマスクの一部が割けて素肌が見えかけている。ステータスに変化はない……何かしらの効果発動条件か?
「さて、これで攻撃宣言使い切っちまったな。カードを一枚伏せて、俺のターンは終わりだ! せいぜい楽しませてみせろ!」
「ふっ。本職の道化にそう言われてもな。私のターン、ドロー!」
引いてきたカードに目を向ける。良いカードだ。
「ここで、トラッシュの“マッド・エリンギ”の効果を発動! このカードが『疫病』アイコンのカードの発動条件としてトラッシュに送られていた場合、デュエル中に一度、私のフィールドにエリンギトークンを特殊召喚する事ができる!」
『これは……トラッシュのカードの効果で、トウマ選手の場ににょきにょきとキノコが生えてきたぞ!? なるほど、先ほどのプレイの真意はこれか! 発動条件からして、戦闘破壊されては発動できない! 損をしたようで、一挙両得の反撃の準備を虎視眈々と整えていたのかぁー!』
大げさに囃し立てるレフェリーの言葉通り、私の場にマッド・エリンギを一回り小さくしたようなキノコが生えてくる。ステータスは皆無、説明するまでもなく戦闘能力はない。だがそれでよい。
病は、新たなる病の苗床となる。
『疫病デッキ』の本質は、これからだ。
「私は手札から、“アウトブレイク・モスキータス”を特殊召喚! このモンスターは、私の場の『疫病』アイコンを持つモンスターを破壊する事で特殊召喚できる!」
めき、と地面に生えるキノコの表面が割ける。その中から、真っ白な羽化した昆虫の体が生えてくる。真珠色の体表……しかし、それは瞬く間に濁った鉄色に染まり、メキメキと肥大化しながら硬化していく。数秒後には、抜け殻となったキノコを踏み砕き、巨大な蚊の化け物がそこに出現していた。
「う、うげえ……」
「蚊でもでかいと怖いな……」
「いや蚊か? 本当に蚊なのかこの化け物!?」
観客もざわめく中、対面するギルティ岩田は怯むどころか、にやり、と楽しそうに微笑んだ。
「上級モンスターでさっそく巻き返しに来たか。で、ステータスだけじゃないんだろ、どうせ?」
「……アウトブレイク・モスキータスの効果発動! このモンスターの特殊召喚に成功した時、フィールドに存在する『疫病』ログを持つモンスターを疫病状態にする!! ディスペアー・イズ・バック!!!」
『おおっと! トウマ選手の策は二段仕込みだった様子! さっき疫病ログをばら撒いたのはこの伏線だったか! 疫病状態は大幅にステータスが低下する上に、毎ターン感染が拡大していく! このまま一方的な展開になってしまうのか!?』
私の声に合わせて、モスキータスが翼を広げて羽音のビブラートを鳴り響かせる。耳に響く小さな音が頭の中に響き、意識をかき乱す。ギルティ岩田のモンスター達が苦しそうに頭を押さえて膝をつき、その体が緑色に染まっていく。
そう、さっきの狙いの本命はこっちだ。相手の場に疫病をばら撒いてしまえば、あとはどうとでもなる。
「う、うげえ、何だこの音!?」
「さっきからこっちまで巻き込むんじゃねえよ!?」
「さすが悪逆デュエリスト……!」
いや、そっちが勝手に巻き込まれてるんだが……。
一方、ギルティ岩田はその不快な騒音に怯むどころか、獣のように牙を剥いて凶悪に笑う。
「そう来たか……トリックカード発動!! “ツープラトン・チェンジ”!! このカードは俺の場にDFモンスターが二体居る時、相手がモンスター効果、魔法、トリックを発動した時に発動できる! 場のDFモンスター二体をデッキに戻し、上級・最上級ではないDFモンスター二体を場に出す事が出来る!!」
モスキータスの騒音に苛まれていたモンスターの姿が光になって消え、デッキに吸い込まれていく。代わりに別の光がデッキから飛び出すと、それは空中で二体のモンスターの姿へと変わった。
「カモン、DFプライスル、DFマイナギア!! 出てきてさっそく出番だぜ!!」
青と赤のスーツのレスラーモンスターが空中で互いに速度を合わせて、鏡合わせにジャンプキックを繰り出す。息の合ったダブルキックを受けて、巨大な怪異が姿勢を崩した。たちまち、音波攻撃が中断される。
くっ、申し合わせたようにあちらもサクリファイスエスケープ! 意趣返しのつもりか!?
「効果を回避したか……ならば、バトル! モスキータス、奴のモンスターを血祭りにあげろ!」
「そうはいかないね、プライスル、マイナギア! コンビネーションアタックだ!!」
奇声を上げて鋭い口吻を振りかざすモスキータス。その狙いはプライスルだが、その背後に素早くマイナギアが回り込む。そしてマイナギアの膝にプライスルが乗ると、マイナギアはそのまま相棒を抱えて振り回し……そのままジャイアントスイングから放り投げた。
加速を得たプライスルが空中で身を捻り、猛烈なドロップキックをモスキータスに叩きこむ。悲鳴を上げて後退するモスキータス。
「馬鹿な!? モスキータスの方がパラメーターは上のはず……いや、そうか、コンビネーション……!」
「そうさ、プライスルとマイナギアは兄弟レスラー、息もぴったりだ! 相手モンスターとの戦闘時に、互いのステータスを合算する事が出来る! まあ、この場合相手モンスターを戦闘破壊できない、というペナルティがあるんだがな」
飄々と告げるギルティ岩田の言動には、まだまだ余裕が感じられる。
むしろ、さっきからこちらが後手に回っているような気さえする。今戦闘を行った事で、プライスルはスカーフェイス状態になっている。この状態で、相手にターンを回すのは危険だが、そうと分かっていても取れる手段はない。
流石にB級、そう簡単にはやられてくれないか。
「……これで、私のターンは終了だ」
「俺のターン、ドロー! じゃあ、今度はこっちの番だ。俺は自分の場のスカーフェイス状態のプライスルをトラッシュに送り! 手札から“DDF ダークスカル”を特殊召喚!!」
光に包まれてプライスルが消滅する。
直後、戦場にすさまじい雷の音が轟いた。その音の出元を反射的に耳で追い、顔を上げる。
公園の隣に立つ、大きなビル。こちらを見下ろすようにそびえるビルの屋上に、真っ黒な人影がある。再び雷鳴が轟き、雷光がその黒いシルエットを浮かび上がらせた。
筋骨隆々の大男。だがその頭には二本の大きな角があり、ただの人間ではない事を無言のうちに物語っている。
《とうっ!》
声を上げて、大男がビルの上から跳躍する。空中で何回もきりもみ回転を決めながら落下してきたそれは、ギルティ岩田のフィールドへ着地して視界を遮るほどの砂埃を巻き上げた。とっさに顔をかばう私をさらに庇うように前に出るモスキータス。その、鉄色の脚甲の影から、ゆっくりと起き上がる巨人を私は見た。
「レディース・アンド・ジェントルメーン! お待たせしました、観客の皆様方! 本日も、残虐ショーの時間がやってまいりました。本日、所により雨、マットに振るのは血の雨でしょう。レイン……メーカー! ダークスカルの入場です!!」
《Vaaa……》
『あ、その、えと? 私の仕事……』
本職も真っ青な謳い文句と共に、漆黒の巨人が立ち上がる。
これまでのレスラーとは比較にならないほどの超重量の筋肉。ぱつんぱつんに膨れ上がった漆黒のボディースーツ。頭部には、牛の頭蓋骨のようなマスクを装着し、大きな角が悪魔のように天をつく。
DDF ダークスカル。これがギルティ岩田のエースモンスターか。
「だが、まだモスキータスの方がステータスは上。となると……!」
「ご察しの通り! DDF ダークスカルの効果発動。1ターンに一度、相手モンスターのステータスを低下させる!! やれ、ダークスカル!」
ぐわあ、と掴みかかってくるダークスカルに、モスキータスが槍のように口吻を付きだして応戦する。それを華麗にひらりとかわしたダークスカルが蟲の怪異の背後に回り込み、その首を丸太のような腕で締め上げた。さらに振りかざされた右手に、キラリと光る金属の輝き。
メリケンサック。凶器攻撃だ。
そのまま何度もモスキータスの頭をメリケンサックで殴りつける。悲痛なモンスターの悲鳴が響き、そのステータスが大きく減少した。
『こ、これは……なんという! ダークスカル、凶器攻撃でモスキータスを痛めつける! これはヒールレスラーの風上にもおけない!』
「ははは、何をいってやがる、これはお上品な試合じゃねえ、命がけの魂の取り合いさ! バトル! ダークスカル、とどめを刺せ!」
ぐったりするモスキータスを、ダークスカルが逆さに抱え上げる。その構えは、プロレスに疎い私でもよくしっている、あの有名な技の構え……。
『こ、これは、ステータスの低下したモスキータスを抱え上げるこの構えは……!』
「くたばれ! クラッシャースカル・パイルドライバー!!」
飛び上がったダークスカルが、そのままモスキータスの頭を地面に空から叩きつけた。すさまじい土煙が上がり、衝撃にモスキータスの全身の甲殻にひびが入る。直後、巨大な蟲の怪異は無数の光の欠片に砕け散り、消滅した。
『決まったーーーーー!! パイルドライバーが、モスキータスに炸裂!! トウマ選手とギルティ岩田選手の上級モンスター同士の激突は、ギルティ岩田選手の勝利に終わったーーーっ! 追い詰められるトウマ選手!! このままでは危ういぞ!』
レフェリーの叫びを聞き流し、対戦相手に視線を向ける。
私の視線を正面から受けて立ち、サングラスの向こうでギルティ岩田は薄く笑った。
コイツ……強い!