敗北の悪逆デュエリスト、羞恥の公開処刑! その1
夢を見る。
闇の中で、私はいつも同じ夢を見る。
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる
響く調子の狂った笛の音、響く皮太鼓の低い音。
不協和音の乱れたリズムが規則正しく木霊して、それに合わせて祈るような唸るような意味のない言葉がつらつらと歌い上げられる。
私は、そのリズムにうっそりと身を起こした。
寝ていたのは、真っ白なシーツが広げられた天蓋付きのベッドの上。現実では硬い床の上で寝ているはずの私は、手で推せばどこまでも指が沈んでいく、柔毛のようなベッドマットの上で寝ころんでいた。
見下ろせば、黒いネグリジェのようなドレスを身にまとった自分の体が見える。シースルーのスケスケの生地の向こうには、未成熟な少女の肌が見えていた。嬉しいのか、これ?
身を起こしてベッドの外を見渡すと、それはそれは、壮絶な光景が見えた。
ベッドは、どこかの荒野の小高い丘の上に置かれているようだ。その荒野は、おびただしい死骸で埋め尽くされ、今も足場の踏み場もないその上で、無数の悪魔達が殺し合っている。
その戦場の一角に、私は目を向けた。
視線の先。血にまみれた悪魔がでっぷり太った悪魔を切り裂き、地に伏せさせる。勝鬨を上げるその体に、女のような悪魔が絡みつき、その首を切り裂いた。血を噴き上げて倒れるそれを踏みつけて嘲笑うその女悪魔に、鳥頭の悪魔が襲い掛かり、激しく刃をぶつけ合う。膠着戦。
だが、そこで斃れていた太っちょ悪魔から染み出した汚染液が地面に広がりきり、悪魔達が気が付いた時には逃げ場がない。彼らは揃って、どろどろとした緑色の粘液に溶解され、地面と一体化する。
その地面を踏み砕いて、また新たな悪魔の軍勢が衝突する。
そんな、不毛で果ての無い争いが、私の眼下で延々と続いている。
彼らはみな、しきりに何事かを叫んでいる。その意味を、なんとなく私は察していた。
彼らは、捧げているのだ。
この戦いを、鮮血を、悦楽を、腐敗を、謀略を。
私に。
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる
争いから目を離し、私は遠く地平線へと目を向けた。
真っ暗な大地が延々と続く地平線、空と大地の狭間は、赤くどろどろと燃えている。
その地平線に、そびえる巨大な影があった。
山、どころではない。空に届くような巨大な黒い影。それは、玉座である。
地平線との距離を考えると、そのサイズを考えるだけで頭が痛くなってくる。物理法則に明らかに反している。人類の英知でも、自然の底知れぬ力でも、あれほどの物体は建造できない。
しかも、それは一つではない。
東西南北、荒野を取り囲むように並ぶ玉座は、全部で四つあった。
そして当然、玉座というからには、そこに座るものがいる。途方もなく巨大で、途方もなく強い力を持った、闇そのもの。
玉座に座る彼らが、私に語り掛けてくる。
『御子よ 欲するがままに望むがよい』
『叶わぬ願いはない。届かぬ力はない。限りある悦びはない。終わりある命はない。想像しえぬ未来はない』
『望め、御子よ。心のままに。欲望のままに』
『汝には、全てが許されている』
心に甘く響く、優しい言葉。その言葉一つ一つが確信に満ちていて、ああなるほど、これを疑う余地はないと信じさせられる。
魂に絡みつくようなその言葉に、私は。
「望みは、ない」
私に、そんな大それた望みはない。そこに、必然性はない。
大きな願いは、虚ろで空虚だ。望めば望むだけ叶うなんて、あまりにも恐ろしい。
意味もなくもたらされたものは、また意味もなく失われるのが私の真実だ。
正しい事はない。行いに報いはない。理由のないものに、価値はない。
夢見る時間は終わりを迎えたのだ。ピーターパンでいられる時間は決まっていて、例え肉体が若返っても、それは変わらない。
私は、ベッドに身を横たえる。
遠く、悪魔達の祈りが響く。
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる
「やかましい」
私はシーツの上で寝返りを打つ。
こらお前、血塗れの髑髏をかかげてベッドに近づくな、汚れる。せめて洗ってから持ってこい。
お前、それ可愛いと思ってるのか? おでき塗れの顔をちょっと遠ざけろ、後で薬ぬってやるから。
はいそこ、私の内臓を見てー、と言わんばかりに腹部開帳するな。もうちょっと慎みを持て。
おい、それもしかして私の真似のつもりか? 関節の位置がおかしすぎる。あと、私はそんなに美人じゃない。
群がってくる悪魔達のアピールにつっこみを入れながら、私はベッドの上で頬杖を突く。
望みをかなえるというなら、頼むから、ゆっくり眠らせてくれ。
わるどるぅる あばは めれーげ きぱす
どるぅるぬす るるは あぱーしす てれ ざる
◆◆
「……朝か」
窓から差し込む光に、ぱちりと目が覚める。
きょろきょろと周囲を見渡すと、いつもと変わらぬ私の部屋だ。
部屋の片隅には、昨日のお弁当の入れ物と、カードが広げられている。その中に四つのデッキケースを見つけて、私は小さくため息を吐いた。
「毎晩毎晩、飽きもせず……」
この世界に来てから、毎晩見る同じ夢。
ぶっちゃけた話、悪夢なのだが、流石に毎晩同じ夢だと慣れてくる。人間って逞しい。
「顔洗って喫茶店にいくか……」
私は布団代わりに被っているタオルケットを払いのけて起き上がると、ふわーあ、と大きく欠伸をした。
いきつけの喫茶店。
喫茶店と言えばモーニングだ。しかもこの喫茶店では、小学生に限り、コーヒー一杯の値段が200円の特別価格になる。それでトーストとサラダがついてくるのは破格にすぎる。
恐らく、本当の小学生はコーヒーなんて苦い飲み物を飲みたがらないからこその値段設定なのだろう。
正確には小学生ですらなく、身元不明住所不定年齢不明の幼女である私は、敢えてそこを明らかにせず、雰囲気でこの小学生特権に与っている。もきゅもきゅ。
ずるいと言うなかれ、あの部屋には冷蔵庫もないのだ。それに朝ごはんをしっかり食べる事で昼ご飯への支出を抑えられる、これもライフハックだ。現代人は朝を疎かにしがちだがそれは時間がないからであって、本来、一日の食事で一番大切なのは朝ごはんなのである。しっかり食べよう朝ごはん。
そんなこんなで人気の無い平日の朝の喫茶店で、思う存分に食事を堪能していると、不意に向かいの席にマスターがやってきた。その手には自分の分らしきコーヒーカップが握られている。
「いいのか、営業はどうした」
「いいんだよ、平日の朝なんてあんまり人も来ないしね」
「大丈夫なのかこの喫茶店」
普通、喫茶店の朝といえば一番の繁忙期なのではないか?
放課後に学生でごった返しているのは見ているが、思えばこの喫茶店、一日の大半は人が居ないような気がする。
人気店だと思っていたのは勘違いだったか?
「大丈夫大丈夫、ここの売りはランチの方だから。ここ、ちょっとビジネス街からの位置関係が微妙なんだよね。だから、朝ごはん食べにくる人は少ないんだよ」
「それは単純に寂れてる、という事ではないのか」
「はははは、子供があまり大人を正論で諭すのではないよ。泣いちゃう」
よよよ、と目元を拭う仕草をするマスターを白い目で見つつ、私はもごもごとサラダを頬張りながら少し考える。
立場を悪用して暴利をむさぼっている私だが、しかしこの喫茶店がつぶれてしまうのは困る。本当に困る。
もし、本当に営業に差し支えているというのであれば、何かしら助けになりたいところだが……。
ごっくん。
「では、こういうのはどうだ。私が喫茶店の看板を背負ってデュエルするというのは。宣伝効果が見込めるのではないか」
「……君、自分の悪評分かっていってるでしょ?」
「バレたか」
てへぺろ。
勿論、わかっている。そんな事したが最後、喫茶店は繁盛どころか、外壁に落書きをされ窓ガラスを割られ廃墟コース一直線である。
だが、専属デュエリストを雇う、というのは悪い手段ではないのではないか。
見た所マスターは顔も広い。一人や二人、まっとうなデュエリストの知り合いがいてもいいはずだが。
「ふふん、私だって何も考えていない訳ではないよ。実はね今日、海外に出ていた妹が帰ってくるんだ。彼女は割と売れてるファッションデザイナーでね、妹の力で一発逆転さ」
「兄として情けなくないの?」
「実利の前には威厳など不要!」
力強く情けない事を力説しないでほしい。あとやっぱ経営やばいのか。もしかせんでも学生相手に奮発しすぎなのでは?
まあ、言いたい事は分からないでもない。心の底から見下している相手にも、必要とあらば頭を下げるのが社会人だ。世知辛いが、そうして世の中回っているのである。やんなるね。
「彼女のデザインした制服を採用、大々的にアピール! お洒落したい年頃の女の子からバイトの応募が殺到し、それによって集客率もアップ! 可愛い女の子が給仕してくれる喫茶店として一躍有名店になる予定なのさ!」
「狸の皮算用すぎる」
「意外とそうでもないぞ? 最近は、可愛いマスコットのおかげでちょこちょこそれ目当ての人も増えてきているし。意外と、馬鹿にならないものさ」
なんか初耳情報が出てきた。
マスコット? そんなものあったか?
私はトーストをはむはむと貪り、頬を一杯に膨らませつつ、店内を見渡した。私の他の客足はわずかに数名、草臥れた感じのサラリーマン同胞と、大学生らしき男女が数人。私と同じようにモーニングを楽しんでいたらしい彼らは、視線があうとそっと目を逸らした。
これは失礼した。朝から悪逆デュエリストと目を合わせたら運勢が下がりそうだものな。
しかしやっぱり、それらしきものはない。お洒落で良い雰囲気だと思うが、そんな露骨な偶像らしきものは見当たらない。
見渡すのをやめて、マスターに視線を戻す。何が楽しいのか、マスターはずっとにこにこしている。
「マスコットなんぞ見当たらないぞ。なんだ、猫でも飼い始めたのか?」
「うーん、当たらずとも遠からずかな」
なんだ、猫じゃないとするとハムスターか何かか? げっ歯類は飲食店だと不味いだろ。
いや、もしかすると実家の方で飼っていて、SNSとかに写真をアップしているのかもしれない。なるほど、そうやってあざとく可愛さを振りまいて集客率をアップしているのか。流石だな。
やはり、すました顔をしてなかなかやり手である、このマスター。だからこそなおさら、私なんぞに気を使ってくれる理由が分からないのだが。下手せんでも営業妨害だろ、悪逆デュエリストが出入りするのなんて。
ごっくんとトーストを飲み込み、私はコーヒーに手を付ける。湯気を立てる黒い液体をふーふーと吹いて覚まし、ちびちびと味わう。
う゛。この、幼い肉体の鋭敏な味覚にびりびりくるこの苦み……。
「これは……モカか。ミルクミルク」
道理でセットのミルクがちょっと量が多い訳だ。多めにミルクを足し、砂糖も加える。
「それで、その妹とやらはいつ頃到着するのだ?」
「さっき連絡があったよ、今から来るって」
「急だな」
くぴくぴカフェモカを楽しむ。一気に呑みすぎたせいか、ちょっとげっぷが出てしまう。恥ずかし。
口を押さえて、カップをテーブルに戻す。タオルで手を拭いて、私は食器をボードごと抱えた。
「ごちそうさまでした。片付けておくね」
「あ、いいよ。せっかくだし」
「いいや、悪いよ。というかマスターは店長としての仕事に戻れ」
そんな風にやり取りをしていると、突然の来客。
ドアが吹き飛ぶように開かれ、鐘がガランガランと大きく鳴った。
「おにいちゃーーーん!! 今戻ったよ!!!」