悪逆デュエリスト その1
この世には、三つの力がある。
権力。
金。
そして、カードゲームの強さだ。
残念ながら冗談ではない。
カードゲームに強ければ、社会権力や大富豪に顔を並べる事が出来る、それが今、私の生きる世界なのだ。
そして幸か不幸か、私はどうやら、この世界では結構、やれる方らしい。
「これでターンエンド! ははは、貴様の快進撃もこれで終わりだ!」
いつもは買い物客でごった返す街の広場は今、小さな戦場と化していた。
カードゲームの対戦風景。道行く人は足を止めて、サーカスでも見るように試合の様子を見守っている。だが、その視線は「そろそろ終わりか」「勝負は決まったな」という感じの平淡なものだった。
私と対面するプレイヤーは、黒いシャツを着た大柄の男。彼の前には、屈強な鬼型のモンスターがその巨体を見せびらかすように佇んでいる。それも一体ではなく、二体、三体と同じパワータイプのモンスターが肩を並べている。
巨大なモンスターが居並ぶ様は壮観だ。迂闊にダイレクトアタックを許せば、それだけで勝負を決めてしまう、それだけの威圧感がある。
それに対して、対戦相手である所の私は貧相なものである。
場にはモンスターの一匹もなく、さらに私の体格は貧相なものだ。身長150cm未満の貧相な背丈に、女なのか男なのか見た目からはっきりしないやせっぽちの黒い長髪。衣服も洗濯を繰り返してくたくたの灰色のシャツとズボンとみすぼらしい。おまけに、腰まで長く伸びた髪の毛も特に手入れしてないから荒れ気味だ。
プレイヤーが屈強かどうかなどカードゲームの腕前とは関係ないが、ルールとかをよく知らない人間からすれば、もうビジュアルの時点で勝負は決まっているように見えるだろう。
別に、それはどうでもいい。
他人にどう見られようと、気にするような事ではない。
どのみち私の外見にどのような印象を抱いたところで、ゲームが終わった時、彼らの視線は侮蔑のそれに変わっているのだから。
「貴様のターンだ、チビ助! だが、たった1ターンで俺のキングオークをどうにかする事など出来はしまい。無駄だと思うが、せいぜい最後まで足掻いて見せるんだな!」
「……私のターン。ドロー」
カードを引き、それに目を通さず私は手札に加えた。
何故ならば、すでに勝負は決まっているからだ。
「私は場に伏せていたトリックカード、“疫病感染”を発動」
「何だと!?」
「このカードは、場に伏せてから5ターン以上が経過し、かつ、相手の場に同じモンスターが3ターン以上存在した場合にのみ発動できる。この場合の対象は、貴方の場にいるドレッドオークです」
私は相手の場にいるモンスターの一体を指さす。
それは相手の第二ターンに召喚された、いわゆる速攻アタッカーの一体だ。私が壁として出した弱小モンスターを打ちのめし悦に浸っていたでっぷり太った小鬼のようなモンスターが、今は肌を青紫に染めて苦し気な表情で膝をつく。その体から、明らかに体によくなさそうな瘴気が溢れだし、相手の場のモンスターを包み込んだ。
「このカードは発動時、場のモンスター全てを疫病に感染させる。よって、貴方の場のモンスターは全て弱体化する」
「お、俺のオーク軍団が!? お前、その為にわざと雑魚モンスターを出して壁に……!?」
苦しそうに呻いて膝をつく自慢のモンスター軍団に、男が悲しそうな声を上げる。モンスター達は、苦悶の表情のまま、自分達の主人に助けを求めるような視線を向けた。
安心してほしい。その苦しみは長く続かない。
「続けてトリックカード、“感染爆発”を発動。これは疫病に感染したモンスターを全て破壊し、それに応じたダメージを相手に与える」
「な……っ!?」
疫病に感染していたモンスター達の体が、風船のように膨れ上がる。最後に断末魔の声を上げて、爆発四散するモンスター達。その爆風を浴びて、男が背後によろめいた。表示される相手のライフが一気に減少する。
「俺のモンスター達が!? き、貴様! 正面からバトルで打倒するのではなく、そんな卑怯な手段で……っ! 恥を知れ!」
顔を真っ赤にしてどなる男に同意するように、周囲の観客たちがどよめいた。
「え、えげつねえ……」
「これを使うから自分の場にモンスター出さずにいいようにやられてたのか」
「……私のターンは終わっていない」
観客たちの言葉は、どちらかというと私に対する批判の色が強い。
じっとりとした視線を浴びながら、私は次の伏せ札を起動した。
「三枚目のトリックカード、“立ち上がる感染者”を発動。このカードは、場に伏せてから5ターンが経過し、かつ、二枚以上の“疫病”アイコンを持つトリックカードを発動したターンにのみ発動できる。これにより、“疫病”のログを持つトラッシュのモンスターカードを、可能な限り、持ち主以外のプレイヤーの場に特殊召喚する。私のトラッシュに疫病ログを持つモンスターはいない、よって私の場にのみ貴方のモンスターが特殊召喚される」
「な……なにぃ!?」
オーバーリアクションで驚愕する男の目の前で、先ほど感染爆発で破壊されたモンスター達が次々と場に召喚される。
それらは皆、肌は爛れ、朽ちはて、内臓や骨を露にした見るも無残な腐乱死体のような有様だった。目は白く濁り、かつての勇壮さは消え失せ、退廃的な威圧感に満ちている。
かつての強力な手ごまであったそれらを前にして、男が怯んだように後ずさった。
「お……俺のモンスター達が……」
「……バトル」
ずしん。疫病ゾンビと化したモンスター達が、己の主人に躙り寄る。男が悲鳴のような声を上げた。
「き、キングオーク! ドレッドオーク! ブレイブオーク! 皆、俺の事が分からないのか!? 頼む、皆正気に戻ってくれ……!」
「モンスター達でダイレクトアタック」
「う、うわああああ!?」
疫病ゾンビ達の攻撃で、男のライフがゼロになる。
その瞬間、モンスター達の姿は消滅し、地面に倒れる男だけが残された。
私は手元の端末を確認し、勝利によってポイントが入っているのを確認した。
これで今日の稼ぎは終了だ。
ショックのあまり気を失っている男をちらりと見て、私は踵を返した。男に声はかけない、私にも敗者にかける情けというものはある。
そう思って場を離れる私の耳に、観客たちのひそひそ話が微かに耳に入ってくる。
「ひ、ひでぇ……相手のモンスターを醜悪な姿に変えてけしかけるなんて、慈悲の心とか持ち合わせていないので……?」
「結局自分の手は汚さずかよ、卑怯者……」
「そ、その。大丈夫ですか、対戦相手の方……?」
背後から忍び寄ってくるひそひそ声。背中をザクザクと刺されるような気持ちをひしひしと浴びながら、私はこの場を後にした。
人呼んで、悪逆デュエリスト。
それが私、逆巻トウマの通り名だ。
◆◆
「まーた派手にやったみたいだね」
行きつけの喫茶店のテーブルで突っ伏していた私に、軽薄な呼び声がかかる。
だるく顔を上げると、若いマスターがテーブルに一杯のコーヒーを置くところだった。
「……頼んでない」
「これは奢りさ。誰にも勝利を称えられない孤独なデュエリストに、勝利の一杯という奴さ」
綺麗にひげをそり、容姿端麗なマスターが茶目っ気たっぷりのウィンクをくれる。
女性客なら心臓バクバク間違いなしのそのリアクションにも私は大した感慨を覚えず、代わりにすんすんと鼻を鳴らしてコーヒーの香りを味わった。
「……キリマンジャロ?」
「正解。酸味が効いた味わいが気分転換にいいと思ってね」
「ふーん」
感慨もなくうなずき、コーヒーを口にする。
キリマンジャロ特有の、きりっとした味わい。カフェインが染みわたり、頭が冴えてくる。
「それにしても、耳が早いね。さっきプレイしてきたばかりだけど」
「また派手にやったみたいだからねえ。噂というものは病のように広がるものさ」
今回疫病デッキを使った事まで知れ渡っているらしい。まあ、あんなデッキを使うのはそれこそ、このあたりだと私だけだ。
「はは。その顔を見ると、また観客に何か言われたのかい? 普通のビートダウン使えばいいのに」
「出来たらそうしてる」
そうだ。
そもそも私だって、叶う事なら普通のビートダウンデッキが使いたい。
あんな二つも三つも条件があるような絡め手を使わないと戦えないデッキなんて、本来私の好みではない。さっきの試合だって、最初の手札に“疫病感染”と“立ち上がる感染者”を引けたのでそれでやりあう事にしたが、その為にはほぼ一方的に相手に殴られる必要がある。相手が受け身の私に違和感を覚えたらその時点で終了なので、ずっとばれないか心臓バクバクだった。
正直言うが、こうがーっとでて、わーっと相手と殴り合えるシンプルなカードの方が、私だって好きなのだ。
だが、そういうカードをもっていないのだから仕方ない。
私は懐に目を向け、ぽんぽん、と衣服の上からデッキケースを叩いた。その手ごたえは一つではない。
「手に入らないから仕方ない」
この世界では、カードとプレイヤーは、運命的な絆で結ばれているとかいう話がある。カードそのものは市販パックに一定割合で封入されているが、購入した人によってその結果は別のパックを買ったと思う程極端に分かれている。つまりはまあ、私がどれだけビートダウンを望んでカードを買い集めても、そういったカードは手に入らないのだ。
じゃあシングル買いすればいいと思うかもしれないが、考えてほしい。カードゲームの強さが権力や富と並ぶ世界で、シングル販売されているカードがどれぐらいの価値があるのか。
正直いうと、今の稼ぎでは10年かかって一枚買えるかどうかである。仮にそうやって手に入れても、運命で結ばれていないカードなんてデッキの底に沈んで手札には加わらないという事が容易に想像できる。
詰みという奴である。
それでいて、懐には四種類ものデッキがあるのだから、なんかもう、色々と諦めるには十分だった。
「そうか……。まあ、なんだかんだで、勝利は勝利さ。気にする事はないさ」
「勝ってる間はね。水に落ちた犬は死ぬまで叩け、ともいうよ」
「そんな乱暴なことわざあったか……?」
本気で困惑したようなマスターの顔に、僅かに留飲が下がる。コーヒーのカップを空にして、私は席を立った。
「ご馳走様、マスター。今日はもう帰って休む事にするよ」
「お疲れ様」
マスターにばいばい、と手を振って、私は家へと帰った。
私の家は、公営アパートの一角にある。
市民権も戸籍もない私だが、この狂った世界ではカードデッキさえ持っていればなんとかなる。実際この公営アパートも、デュエリスト向けに公開されているものだ。
私の部屋は712号室。
住宅キー代わりにデッキケースを読み込ませて、ガチャリと開いたドアから部屋に入る。
明かりをつけると、がらん、としたベッドも何もないほぼ空き家の部屋が露になる。靴を適当に脱ぎ捨て、私はフローリングの一角にごろりと横になった。
「……ベッド欲しいな……」
残念ながら、今の所ベッドも布団も満足には買えない。喫茶店だって、ほとんどマスターの奢りで通っているようなものだ、申し訳ない。
散財している訳ではない。
ただ、着の身着のままどころか、自分の肉体すら失ってこの世界に辿り着いた私に、元手など一円もなかったというだけだ。
「…………」
脱ぎ散らかした上着と、その横に転がされているデッキケースに目を向ける。
恐らく誰に話しても信じてはもらえないだろう。
私が、元は30歳を軽く超えた大人の男であり、こことは違う世界で生きていた、などといっても。
そこは、カードゲームが三大権力の一つだなんてイカレタ世界ではなく、無慈悲な資本主義の支配する世界だった。私はその世界の底辺に近い所で、ひぃひぃ言いながら日々を過ごしていた。カードゲームにはまっていた事もあったが、対戦相手がおらず、毎日の仕事に追われる内に机にしまい込んで、それきりだ。
それが、何の不幸か、カードゲームが全てを支配する狂った世界にやってきた挙句、肉体年齢や性別まで訳わからない事になってしまうとは、人生というのは分からないにも程がある。
このデッキケースは、この世界で気が付いた時から手にしていたものだ。
もしこのデッキすらなければ、私は早々にこの街の片隅で野垂れ死んでいたに違いない。その点については感謝している。
「……夕飯前に、もう一稼ぎするか」
デッキケースを手にし、内容を吟味する。
さっきは疫病デッキを使ったが、これはやはり受けが悪い。かといって、まっとうなビートダウンデッキは手持ちには存在しない。
少し考えた上で、私は別のデッキを懐にしまい込んだ。
「次はこれでいくか」
私はぽんぽん、と上着の上からデッキケースを優しくタッチし、部屋を後にした。
繁華街にいけば、対戦相手ならいくらでも見つかるだろう。