合コンに行ったら上司が座っていた
仕事の上で、そろそろ中堅どころと目され始めてしまい、後輩の指導なんてものまで任される、勤続年数五年目たる私が培った処世術の一つに、機嫌の悪い上官に近づいてはならないというものがある。こんな処世術をわざわざ思い返さなければならない事態ということでもある。
(うわ…………)
私が所属している騎士団──その出先機関は、さほど人員配置も多くない故に、上官との距離も物理的に近づいてしまう。
それ故にだ。
こんな風に、ご機嫌斜めな人が、更には立場が上の人物が不機嫌だと、まあかなり雰囲気が悪くなる。
「今日は、近づかんとこ」
「先輩のすげえところって、それを声に出して言えるとこっすよね」
「え」
声に出てたか。
「それで、先輩。何があったかご存知ですか?」
「何についてのどれに」
質問をするときは要点をまとめてほしい。何回も言った記憶がある。まあ、私もそれができるようになるまで、何回も言われ続けてきたのだが。
「今の状況から考えたら、眉間に皺寄せ事案しかないじゃないすか」
「知らん」
というか、なんで私に聞く。気になるのなら、上官本人に聞け。
「恐れ多すぎます」
「なんだそれ」
「それに、先輩仲いいじゃないっすか」
「私が?」
仲がいい、のだろうか。当該の人物とは、まさに仕事上の付き合いしかないのだが。
「結構頻繁に、お互いにお話されてますよね」
「お話って……。立場的に直接やりとりする必要があるだけだ」
本当に、業務の話しかしていない。そりゃ、天気の話とか軽い雑談もしないわけではないが、それも仕事を円滑にこなすためのコミュニケーションでしかないわけで。
「その雑談をできているのが、充分に仲いいと思うんですよ」
「まあ、ある意味では長い付き合いだしな」
私が一年目の時の教育係が、まだ役職持ちでない頃の上官だったのだ。そして、かれこれ五年の付き合いになるわけだ。
「五年も顔を見合わせていたら、誰でも雑談の一つや二つができるようになるさ」
そして、泣く子も黙る上官だって、普通に人の子だってことも知れる。
「そうですかねえ」
なぜ、そんなにも、疑わしそうに見てくるのか。
「じゃあ、頼りの先輩も分からないってなると、当事案の真相は闇の中ってことですね」
「闇の中ではないだろう」
「え?」
「本人に聞け」
堂々めぐりだった。
上官が謎に不機嫌だったことを覗けば、今日の仕事は穏やかと評しても異論は出ない。突発事態のひとつやふたつが珍しくない騎士団にしては、予定通りにスケジュールをこなせる日は、月に数えられるほどしかない。
そして、そんな日だったから、私は楽しく定時退勤をすることにした。久しぶりに、予定通りに、予定をこなせる。
そうして、私が職場を後にしたときには、もうすっかり不機嫌な上官のことは、頭から抜け落ちていた。
◆
で。
「…………」
「…………」
端的に状況を説明しよう。
合コンに来てみたら、上官が参加していた。
不機嫌だった理由がよく分かった。
「何か言いたそうな顔だな」
「えー?趣味とかあるんですかー?みえなーい」
「侮辱か?侮辱なら、貴族である俺は、お前を罰するに足る権利があるんだが?」
私は両手をあげて降参の意を示す。ついでに、店員さんを呼んで、飲み物を2人分追加する。
盛大なため息が聞こえてきた。
「お前の言わんとするところは、確かに俺もわかるが。似つかわしくないだろう?」
「まあ、はい」
遊ぶなら、もうちょいちゃんとした店にいくはずだ。
まあ、そもそも、そう意味では遊ばないのだが、この人は。
この人、対戦的な意味で体を動かさなければ、遊びと認識できないのだ。
「ただ、まあ、なんだ。9時の方向を見てみろ。ああ、無論、ばれるなよ」
無茶をおっしゃる。私はそっと首を傾けた。
指された方に見えるのは、今日の幹事二人。絶賛、抜け出ししてる最中だった。
「…………」
「そういうことだ」
「あれ、男の方、近衛隊長殿下ですよね」
「そうだな」
うーん、王族。
そして、女の人の方は。
「王宮の保健室のお姉さん」
「名前くらい覚えろ」
「王宮で保健室のお世話になることがあまりないんですよ、あいにく」
ただ、まあ、一つわかるのは、お姉さんは貴族ではあるが、かなーり地位は低め。要は、王族が正規のルートでなんとかしようとすると、手間暇かける必要がある。
「その手間暇だ。ここで、二人は運命の出会いを果たしたらしい」
「らしいって……」
「ついでに言うならば、実はもう一人隠れているそうだ。女性の方に、今のところは目に見えない姿で」
「ああ……」
なんか、こう、もしかして。これが、手間暇なのか。合コンでの出会いは貴族階級的にはオッケーなのか。
「つまり、俺はその口実として連れてこられたわけだ」
「なるほど」
と、なるとである。
将来の太いハイキャリア男集めました合コンは、茶番もいいところだったということか。どうしてくれようか。
ぼちぼち両親が心配を始めてるから、重い腰をようやく持ち上げたというのに。
「それはそれとして、最近俺に切実な悩みが一つあってな」
「はい?」
なんでこんなところで、人生相談始めようとしてんの。
「そろそろ、俺も貴族用語で結婚適齢期でな」
「貴族用語と庶民用語で意味が変わるんですか」
「巨額のカネと、時には血が流れる点を除けば、そんなに変わらない」
結構、違うな。
「それゆえに、実家の追求が心底ダルくてだ」
「はあ」
「今朝は知らん女が、俺の寝床に潜り込んでた。4人ばかり」
「こわ」
そして、今日この人が不機嫌だった理由がよく分かった。そりゃ、不機嫌にもなるわ。
「ということで、お前どうだ」
「さっきから思ってましたけど」
この人、まさかとは思うが。
「私を、口説いてる?」
「ここは、女性を口説く場だと思っていたのだが違うか?」
「私のこと、好きな気持ちとかあったんですか」
「なくて、こんなことを言える男と思っているのか、お前は」
無いと知っているから言っているのだ。
「見てみろ、俺のこの手の震えを」
「私、思うんですけど。先輩はその感じを職場で出すべきと思うんですよ」
「一考に値する」
目の前の男性は、飲み物のお代わりを注文。やけにペースが速いなと思っていたが、もしかしてこのせいだったのか。
「まあ、返事は急かさないさ。考えてみてくれ」
「本当は?」
「すぐ欲しいに決まっている。見ろ、このグラスの揺れを」
そんなことを自信満々に言うな。前言撤回しよう。この感じを職場で出したら、規律が保てないくらいには、情けない。
「じゃあ、お願いします」
そういうことになった。
後日。
「ということで、契約結婚でどうだ?」
「…………」
「俺は実家からの追及を逃れる。お前はご両親を安心させられる。いいことづくめだな」
「………………」
翌日、職場で顔に痣が出来た上官が出勤してきた。後輩からまたもや見つめられたが、私は知ったことではなかった。