99. 妖精熊の縁起物
「これは…量が多すぎて悩むな……」
ハンフリーがテーブルに山の様に積まれた品々を眺める。
ヨナスが書籍を、エステラが金属塊と植物の種を魔法収納に仕舞って、空いた場所にマゴーと更生妖精熊達が協力して品物を広げて、見やすくしていく。
「もっと食糧品とか出てくると思ってたから、意外だわ」
マグダリーナはキラキラしい品々の山を見て、呟いた。
「食糧は直ぐに食べてしまうのさ。チャドの荷物の中の干し肉もパンも、全部食べられた後だったしね」
ニレルは一旦解散した後、直ぐにチャドが盗られた荷物を、渡しに行っていたようだ。
「形見のお品は無事だったの?」
気になっていたので、マグダリーナは確認しておく。
この世界では亡くなったら骨も残さず火葬して、お墓もない。形見の品だけが、故人を偲ぶよすがなのだ。
「ああ、安心してたよ」
「良かった」
質の良い、小さなナイフや短剣などの武器もあり、男性陣は其方か魔導具を見ているのが殆どだ。
エデンとイラナは食器類を見ている。マーシャやメルシャ、ケーレブも食器やカトラリーを見ていたが、エデンに「自分の」お守りだぞと笑われて、ブローチやカフスボタンを見に行った。
シャロンはせっせとマグダリーナとレベッカに豪華な宝飾品を当ててみては、しっくりくるものを探している。
広間にはテーブルと椅子を並べてお茶を飲みながら選ぶこともでき、キャスターの付いた姿見も用意してあった。
「この姿見良いわね。エステラちゃんが作ったの?」
「そうでーす! 五十台だけ作りました。色は塗り替えられます! そうだ、ドーラさん、熊二、三匹持っていきますか? 魔法収納あったら便利でしょう?」
「……そうね、私が仕事に行ってる間、ブレア様の相手もしてくれそうですし、二匹連れて帰りますわ。色は普通の職人でも塗り替えられる?」
エステラと商談をしつつ、ドーラとブレアはそれぞれ濃茶の熊と榛色の熊を選ぶ。榛色の方が小柄で女の子だった。
ドーラは二匹の熊を抱き上げる。
「シャロン様が赤ちゃんのようと言ってたけど、そう……こんな重みと温かさなのね……」
ドーラがブレアと結婚した頃、既にブレアは高齢で子を作る機能も衰えていた。
「ふふ、見てくださいブレア様、私たちの子供だと思って、しっかり躾ましょうね!」
ブレアはドーラから一匹受け取る。
「おお、子か。この歳になってから、こんな大仕事をする事になるとは……はっは、人生何が起こるかわからんなぁ。家族になるなら、良い名を付けてやらんと……ローラ、そっちの子はリオでどうだ?」
「リオ、貴方の名前はリオよ」
リオとローラの身体から、勝手に従魔契約の光が現れて、吸い込まれていく。
驚いて夫妻はエステラを見たが、エステラは頷いて、「そういう事もあります」と答えた。
たぶんそれが(女神の特典)なのかなと、マグダリーナは思った。
「妖精の羽根だ。こんなものまで……僕はこれにする」
ヨナスは直ぐに繊細な妖精の羽根に保護魔法をかけた。
「妖精の羽根?」
近くで短剣を見ていたヴェリタスが覗き込む。
ヨナスの手の中に、虹色に光る繊細な薄羽根が四枚乗っていた。
「妖精は一生の内に何度か羽根が生え変わる。これはその時の古い羽根だね。数日で土に還るから、中々手に入らないんだ」
「へぇ、綺麗だな。それに魔素より精素……だっけ? が多い」
ヨナスは頷いた。
「そう、僕らの魔法と相性がいい。二枚は観賞用にしおりにして、残り二枚は小さな杖の芯材にするよ」
「杖ってどんな役割してんだ?」
「色々だよ。基本は身体とは別に魔力を貯めておく器、魔力切れを避けるものかな。そして魔法も貯めておけば、発動時間の短縮にもなる。杖と相性が良ければ、魔法の効果も上げてくれる。まあ杖も使い方次第かな」
「へえ」
「僕もせっかくハイエルフに生まれて、環境にも恵まれてるんだ。エステラ様に追いつくくらいの魔法使いを目指さないと。守られてばかりじゃなく、守れるように……」
ヴェリタスはニカっと笑い、ヨナスの背中をバンバン叩いた。
イラナは毎日のお茶の時間用に、ティーカップとソーサーを選んだ。ペアの品なので、そのまま二客仕舞う。
デボラはおやつを食べるのに使う、細工の美しい銀製のフォークとスプーンを選ぶ。
アーベルは短剣をさっさと選んでいた。
貴族は宝飾品、ハイエルフは生活用品とはっきり傾向が分かれて来た。
短剣を見ていたヴェリタスとアンソニーも、それぞれの親に宝飾品を選ぶよう言われる。
やがて社交界デビューする時には、男女共に何かしら光る物を身につけないといけなくなるのだ。良い物がタダで手に入る機会を逃すものではない。
マーシャとメルシャは宝石の付いたブローチを、グレイとケーレブとフェリックスはそれぞれ、凝った細工のカフスボタンをマーシャとメルシャに見立てて貰った。
珍しく布地を見ていたハンフリーが、上質の麻布を選びエステラを呼ぶ。
「エステラ、私の分はこれで。悪いがこれで領民皆んなの服を作れるかい?」
「わかったわ! 任せて頂戴! それはそれとして、ハンフリーさんも宝石の一つでも持ってって!」
エステラは大声で声をかける。
「リーナ! トニー! ハンフリーさんのブローチ探してあげてー、コッコが好きそうな、金色の宝石のついたやつー なんならネックレスでも良いわ。どうせコッコ達が加工し直すから」
マグダリーナとアンソニーは両手で頭の上に丸のジェスチャーをして了解の意を示す。
「はい! せっかく二人が探しくれるんだから、その中から素敵なの選んできてね」
そう言ってエステラは、ハンフリーをマグダリーナ達の方へ押し出した。
ショウネシー家の子供達は、とっくに自分の宝飾品を選び終わっていた。
ハンフリーとエステラの会話が耳に入り、エステラに頼まれると早速、大量の宝石の中から、金色っぽい物を探す。
フェリックスは天鵞絨を貼ったトレイに、二人が探し出した物を乗せていく。
マグダリーナは声を顰めてフェリックスに言った。
「ハンフリーさんったら、いつも自分のこと後回しにするのよ、しっかり見てあげてね」
フェリックスは頷いた。
全員が選び終わると、収納魔法でささっと片付ける。
後は後日ゆっくり、ドーラとエステラとニレルで残った物の売買の相談をすることになっていた。
ニレルはチャドの荷物をかっぱらった黒毛の熊を、チャドの従魔にしようと連れて行く。
エデンはうちの家族分の数が揃ってる皿だからと、どう見ても王族か高位貴族のパーティ用の、花の絵柄の金彩の皿を、スライムやササミ達分も含まれた数を持ち帰り、エステラの目を皿にした。
ついでにルシンが選んだ物も、家族分揃いの高価なティーカップとソーサーだった。




