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89. あり得た筈の、世界の滅亡

 一人の男が泣いていた。

 愛した女を亡くして、泣いていた。


 彼は同胞の魔力器官を、命を、次々と丁寧に奪って行く。


 最愛の女のいない世界を、滅ぼすために。

 彼にとって唯一の女と、決して、決して、永遠に結ばれることのない世界を、滅ぼすために。


 四人の同胞の死屍の上で。正しい葬送を行わなければ、決して朽ちることのない、その死屍の上で。


 抵抗する最後の一人を、組み敷いた。


 それの弱点は知っている。よく知っている。


「月のなくなった暗闇の世界で、お前は独り、何処へ向かう?」


 エデンの冷えた囁き。


 それは目を見開き、そして一瞬男を憐れむように、瞳を揺らし。

 抵抗するのを、やめた――


 彼は最後の一人の心臓を、引き抜いた。

 その魔力器官も奪い、己の権能すら凌駕する、破滅の黒竜を呼び覚ます。


「くはっ、んはははは」


 彼は黒竜と同化し、人々を、思い出を、世界を、己を。

 何もかも。

 ただただ全てを破壊する存在に、成り果てた。



 ――――やめて!


 マグダリーナはこの凄惨な夢から早く逃げ出したかった。

 なんとか身体を動かして、起きなければ!


 ――――やめて! やめて! やめて! やめて!


 お願い、世界を滅ぼさないで!


 ――――エデン!!!


 強い意志の力で、なんとか起き上がる。

 ベッドの横に、精霊エルフェーラが佇んでいた。

 悲しげに、何処か遠くを見つめ、涙を流していた。


(貴女が見せた夢なの? エルフェーラ様)


『恐ろしい思いをさせてごめんなさいね。でも貴方達には知っておいて欲しかった。神の謀り事。女神の子スーリヤが、お腹の子と共に死んでいた場合の世界を。エステラはただ、ニレルに世界を諦めさせない……エデンに最後まで抵抗して勝利する為の、楔。ただの、生きる理由だったの。それだけだったのに』


 エルフェーラは、はらはらと涙を流した。


『それなのに、しっかりエデンの心まで変えて、訪れる筈の終末を完全回避し、創世の女神の存在を人々に甦らせ、さらにあんな……あんな美味しいものまで……っ』


 ――嬉し涙だった。


『もちろんエステラ一人ではなくて、貴方達の存在、働きもあってこそ。だから、何があっても忘れないで。本当に運命を紡いでいるのは、今生きている人々だと。わたくしも創世の女神も、いつでも貴方達を見守っていますよ』


 そこでマグダリーナは、もう一人の女神の子のことを思い出して、消えゆくエルフェーラに手を伸ばした。


 バリバリと膜のようなものを破ったような感触がして、朝日を浴びる。


 女神に会っていたのも夢で、今本当に目が覚めたのだ。




◇◇◇




 昨夜は遅くまで焼肉パーティーだっため、朝練はなしにして、皆ゆっくりとした朝を過ごした。


 ブレアとフェリックス、ルシンの三人の健康状態を見るために、イラナが朝からショウネシー邸にいる。


 長い年月、少量ずつ毒を飲まされていたブレアには、サトウマンドラゴラ茶が効くようで、一日三杯、朝昼晩と妖精蜂の蜂蜜を入れて飲むよう処方された。


 ハンフリーがそれらを用意すると、ブレアは貴重な妖精蜂の蜂蜜がすぐに出てきた事に驚いていた。


 フェリックスはしっかり食べてしっかり休めば問題ないと診断され、ハンフリーと一緒に規則正しい生活をすることを処方された。


 ルシンも同様で、古傷や失われた精石に関しては、エステラの管轄とされた。


 とにかくフェリックスもルシンも痩せすぎで、肌も髪もパサつき、エルフの血筋の美貌が正しく発揮されていなかった。

 一先ずマーシャとメルシャに髪を整えてもらう。


「お二人とも、かなり傷んでますので、ばっさり切ってしまいますわね」

「お二人のお顔立ちでしたら、長くしても映えるのに残念ね」


「仕方ないわ。これからしっかり栄養を取って綺麗な髪を生やして貰いましょう」

「特にフェリックス様はハンフリー様の従者になるんでしたら、身だしなみはしっかりなさらないと」


「そ……そうなのか?」

「「そうですよー」」


 双子のメイドは口も回るが、手も早い。サクサクと髪を切っていく。



◇◇◇




 フェリックスとルシンの散髪中、マグダリーナをはじめ、サロンに集まった面々の何人かがチラチラとエデンを見て、何か言いかけて視線を逸らす。


 マグダリーナはその空気で、あの夢を見たのは自分だけじゃ無いと感じた。



「ナニかなキミ達、俺に見惚れるのは仕方ないが、惚れるのはダメだぞ。んはははは」


 マグダリーナが恐る恐るたずねる。


「エデンはもう、世界を壊そうとは思わないの?」

「んん〜?」


 エステラが情報源は自分だよと手を振るのを見て、エデンは納得した顔をする。


「思わないね。いつか生まれ変わるディオンヌと出会う世界だ。大事にするさ」

「そっか、そうよね……」


 マグダリーナはほっとして、身体の力を抜いた。



「この際だから、私も聞いても良いかしら?」

 レベッカが手を挙げた。


「ナニかな?」


「創世の女神様は、はじめに精霊からハイエルフをお作りになったのよね? それは人や獣みたいに番って産まれるのとは違いますわよね? 小精霊みたいに、ふわっと現れましたの? だとすると、赤ちゃんの期間はなくて成人として? エルフェーラ様はどうやってお生まれになったの?」


「ナカナカ楽しい質問だ。そして鋭い。レベッカの想像通り、一番はじめのハイエルフは幼少期のない成人の状態で、世界に現れた。そういえば最近、エステラにクッキー作りを習ってたか。アレを想像すれば良い。ボウルに材料を入れて作った生地を幾つかに分けて成型する。少しずつ材料の配合が違うボウルが、確か創世時には他に八つあった。一つのボウルの中の生地は三つ分、三人兄妹だ。同じ生地でも形を変えれば、個性ができる。女神も初めての作業だ。仕上げの焼きは、丁寧にまず一つずつ。一番初めのボウルで一番初めに焼かれたクッキーがこの俺だ、んはは。そしてエルフェーラはその次に焼かれたクッキーだ」


「待って、それじゃあエデンさんはエルフェーラ様のお兄様?!」

「んははは! 残念だが違う。俺は一人分の材料で、まず試しに作られたクッキー第一号だからな」


「そうなんですの……あらでも三人兄妹って……エルフェーラ様の妹がディオンヌさんで……ということは、もう一人どなたかいらっしゃるの?」


 レベッカのその疑問には、ニレルが答えた。


「叔母上には双子の兄がいて、ルシンという名だったよ」

「では、ルシンお兄様の名はそこから?」

 エステラは頷いた。


 マグダリーナも、ちょっと気になって聞いてみる。


「そういえばニレルはエルフェーラ様の事を、お母様とか母上とかって言わないの?」


 珍しくニレルの耳がぴこりと動いた。


「云わないよ。僕の母だった時間より、世界中で女神として信仰されてきた時間の方が長い存在なんだ……今更」

「どんな顔して良いかわからないのよね」


 エステラがニレルの頬をつつきながらそう言って笑った。

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