87. 空飛ぶ焼肉計画
ぽ ぽぽぽぽぽ と、夜の闇の中に光の提灯が灯されて行く。
ヒラは上機嫌にふわぽよと空中で踊っていた。
「どぉ? ヒラのぉ、可愛いさにぃ ほっこりしたぁ?」
「んん……っ!!」
うっかりほっこりしたショウネシー一家だったが、敵さんは混乱しているだけだ。
「たかがスライムだ! あれごと穢毒のブレスで薙ぎ払え!!」
ワイバーンが邪悪なブレスを吐き出す。
ばさり。
ヒラの背から金と虹色に輝く八枚羽根が現れ、ブレスを無効化する。
さらに。
ぺかーっとヒラが輝きを浴びせると、漆黒だったワイバーン達が鈍色に戻って行く。
「ただのワイバーンに戻ったのか? そんな……」
隷属の魔法が切れたのか、ワイバーン達は背に人が乗っているのが気に入らず、振り落とした。
「うわあ!」
地上に落下すると思われた襲撃者達は、何故かそこに床でもあるように、空中で背中をぶつける。
「貴方達に選択肢をあげる」
夜空に淡い淡い金の髪が靡く。
エステラがゆっくりと、空の上を「歩いて」来た。
ハラが魔法で二人の刺客を、縛り上げる。
エステラは指折り数えた。
「ひとーつ、持ってる情報を全部吐いて、主人を変える。ふたーつ、持ってる情報を全部吐いて、ここであったことを忘れて、お土産を持って今の主人のところに帰る。さあ、じっくり考えて決めて。私は今夜、悪い子になっちゃうから、貴方達にもとことん付き合ってもらうわ」
刺客の一人が、エステラの顔をみて、呆然と呟いた。
「スーリヤ様?」
エステラも目を見開いた。
◇◇◇
コッコ車の扉が開くと、ニレルが顔を出した。
「もう大丈夫だよ。僕たちはこれから彼らの尋問をするけど、君たちはどうする? 帰って休むかい?」
扉が開いた瞬間、しゅしゅっと高速でマゴー達が出て行ったけど、「遅かったぁぁぁぁ!!!」という嘆きが聞こえた。
アッシの映像を見ると、既に一匹のワイバーンの周りにヒラ、ハラ、ササミ(メス)のみならず、コッコ車に繋がれていたはずのコッコ達まで群がって何か食べている。
残りの一匹は大人しく伏せていた。
そしてエステラはテーブルセットを用意して、捕まえた二人を座らせ、さらに縛り上げる。
テーブルには卓上の魔導コンロ、鉄板、網、お皿に、冷たい飲み物、調味料など用意されていく。用意しているマゴーはうまみ屋のエプロンをしていた。
「食事でもするの?」
マグダリーナの疑問に、ニレルは笑顔で答えた。
「そう、竜種の肉は滅多に食べれない美食だからね。僕らはこれから焼肉パーティーさ」
「まあ! 王宮ではほとんど食べる暇がなかったの。それにワイバーンのお肉を食べる機会を逃せば、一生後悔します!」
ドーラ伯母様の食べたい宣言で、全員の焼肉パーティーの参加が決まった。
◇◇◇
「まあ、なんて美味しいの!! ただ焼いただけでも美味しいのに、このタレがまた合うわぁ。あら、ブレア様は生で食べていらっしゃるの?」
マゴーが完璧な処理をして、ワイバーン肉のたたきも用意した。
紅玉のように輝く赤身は、細かくサシが入って、口の中で溶けるように旨味と甘味が広がる。
「うむ、この醤油と香辛料で食べると、なんとも美味い!」
「私はこのハーブソースのステーキが好き! リーナお姉さまは?」
焼肉だけでなく、マゴーがステーキも焼いてくれている。
「私はやっぱり、ポン酢おろしね」
いくらでも肉が入る、さっぱりポン酢と大根おろしのコンビネーションは鉄板だった。
リーン王国の貴族は肉、川魚、パン、果物、砂糖菓子の食生活なので、良い肉には敏感だ。
ハラとササミ(メス)が「バーナードへ 肉食べろ ワイバーン美味しい」と手紙を書いてるのを、めざとくシャロンが見つけて、他の王族にも口に入るよう、お肉は多めにとお願いしていた。
チラリと隣のテーブルを伺うと、捕まった刺客達は、最初に薄ーい肉を一口与えられてから、目の前で焼肉パーティーを開かれ、お腹の音がこちらのテーブルにまで聞こえてきた。
エステラが膝の上のヒラを撫でて、エルロンド王国の奴隷達に見せつけるように、香ばしく焼けたワイバーンの肉にタレをつけて、ヒラに食べさせる。
「ヒラぁ ほっぺた幸せぇ とってもおいし〜」
「素直に質問に答えれば、このほっぺたが幸せになるお肉が存分に食べられます。まず誰を狙って来たの?」
テーブルには珍しくデボラやヨナスまで含めたハイエルフが全員揃い、彼らの正面には、いつも美味しそうに食事をする、デボラとイラナが配置されていた。当然今も、美味しそうに食べてる。
アーベルが、奴隷達がたっぷり焼肉の匂いを堪能できるよう団扇で仰いでいた。
ぎゅるるる
ぐぐぐぅ
二人のお腹が激しく鳴る中、ヒラとハラがお肉の乗った小皿を持って、お箸で奴隷達の目の前で美味しいお肉をヒラヒラふる。
「美味しいよぉ、皆んなで食べようよぉ」
「早くしないと、なくなっちゃうの」
ぎゅっと何かを我慢していた十五、六歳程の褐色肌の奴隷の青年が、エステラを見て言った。
「あんたが、俺の質問に答えてくれるなら、教えてもいい」
「おい! 勝手なことをするな! 俺はお前の道連れで死にたくないぞ」
もう一人の灰銀髪の青年は、十八、九歳といったところか。真面目で融通がきかなそうな雰囲気だったので、隣にエデンが座っていた。
「くっはは、んな心配してたのか。ばっかだなぁ。この空間見ろよ。ん? キミタチの主人じゃこんなことできんだろ? 命令違反の死の契約はとっくに解いてあるさ」
「じゃあ、俺たちは自由なのか……?」
「まさか。この空間を出れば、元の通りさ」
「そんな……」
灰銀色の髪をした奴隷は項垂れ、そして顔を上げた時には、真っ直ぐにエデンを見つめて言った。
「元大商団の代表だった、バークレー夫妻を殺すよう依頼を受けた。それだけだ」
ハラは奴隷の青年の口に、肉を入れる。
「慌てずよく噛んで食べなきゃだめなの」
青年は十分咀嚼して嚥下すると、涙を流した。
「美味い……こんな美味いものを食べてしまっては、もうあの国に帰れない……」
エデンは青年の肩を抱いた。
「そりゃそうだ、兄弟。キミさえソノ気なら、あの国に戻ることなんてない。碌に食べる物も寝る所も与えられず、寒さに震え過ごして来たんだろう? だがあの男……ほら、あそこでコッコのメスに囲まれてる眼鏡の男だ。女神にかけて彼に忠誠を誓うなら、キミは今夜から食うに困らず、清潔で暖かい寝床で安らぐことが出来る。キミの決断次第だ。だが彼を裏切れば今度こそ、君は苦しみから逃げられなくなるだろう。さあ、 ど う す る ?」
彼は震えながら、決断した。
隣のテーブルで聞いていた面々は、苦笑いしていた。
「エデンさんはとても良い提案をしているのに、どうして彼の方はあんなに震えているんでしょう?」
首を傾げるアンソニーに、マグダリーナは真剣な顔で言った。
「トニーはエデンの真似をしちゃダメだからね、絶対よ」




