83. 精霊エルフェーラの契約者
翌朝、マグダリーナ達は早い時間に神殿へ出発した。
昨日シャロン達が面会の帰りに神殿の近くを通ったら、外国の馬車で神殿の周囲が混雑していたからだ。
リーン王国の女神教と神殿は、外つ国の要人達にとって一番の関心ごとでもある。
思った通り早朝は、仕事前の平民がさっとお祈りに来る程度で、混雑とは無縁だった。
澄み渡る朝の空気の中、白く美しい神殿は荘厳且つ神秘を纏って人々を迎える。
「これが神殿か……美しい建物だね」
初めて神殿をみるダーモットとハンフリーは、とても興味深げだった。
コッコ車を牽いていたコッコ(メス)達も籠から降りてハンフリーの周りに続く。
神殿内に入ると、女神の像の前で膝を折り真摯に祈りを捧げる先客がいた。
彼が入ってきた人々に気づき、顔を上げる。
「マグダリーナとヴェリタス……それにライアンではないか!」
「バーナード!」
ヴェリタスが驚いて声を上げた。
ダーモット達が貴族の礼を取ろうとするのを、バーナードは手で制した。
「よい。友の前だ。私も楽にするから、貴方方もそうして欲しい」
「王子様……」
「こちらの令嬢は? いや、すまぬ。レベッカだな。事情は聞いている」
レベッカは頷いた。
「あの時、サロンで王子様がおっしゃったこと、今実感しながらショウネシーで勉強しておりますわ」
「そうか、どこか印象が変わった気がするのは姿形だけでないのだな」
バーナードは嬉しそうに笑った。
「この時間に来たのは正解だぞ。俺はそろそろ戻るが、皆はゆっくり女神と対話していくがいい」
そう言って、バーナードは神殿の奥に向かった。多分神官用の出入り口を使っているのだろう。
ほう、とため息を吐いてシャロンが言った。
「随分しっかりなさって……これで王妃様も一安心なさいますわ」
本当に、初めて会った時は酷かったなぁとマグダリーナも懐かしく思い出す。
その隣でダーモットとハンフリーは壁の細かい彫刻をじっくり鑑賞していた。
「ショウネシー領も神殿があった方がいいのか……?」
ハンフリーはポツリと呟く。
『いいえ、ショウネシーではあの公園のままの方が心地よいわ』
ココッ ココッ
ハンフリーの隣りで淡く輝くハイエルフの女性が微笑み、ハンフリー親衛隊のコッコ(メス)がわらわらと女性の足元に擦り寄っていく。
精霊エルフェーラの登場に、大人達は言葉を失った。
『わたくしは精霊エルフェーラ。神界にいらっしゃる創世の女神の忠実なるしもべにして、地上における代理人。ハイエルフ達を受け入れてくれてありがとう、ハンフリー・ショウネシー。貴方に祝福を』
エルフェーラの手のひらの上に、黄金の花が現れると、ふわりとハンフリーの胸元に吸い込まれていった。
『これはハイエルフであり精霊であるわたくし、エルフェーラと貴方との個人的な契約。もし貴方が大きな魔法を使う必要がある時には、わたくしが手伝いましょう』
「私には身に余る契約です」
ハンフリーは首を振る。
『いいえ、貴方はハイエルフの良き友。コッコカトリスの信頼も厚い。わたくしの契約者に相応しい』
そう言って、エルフェーラの姿が消えた。
(あ、これハンフリーさんがゴネ倒す前に撤退したんだわ)
色々察したマグダリーナは、王都流に水盆に硬貨を投げ入れ、何食わぬ顔で女神に感謝の祈りを捧げた。賢いアンソニーもそれに倣う。
それを見たレベッカが慌ててアンソニーの横に来て、水盆の縁に手作りのクッキーを置いて、ライアンと一緒に感謝の祈りを捧げる。
クッキーが光に溶けるように消えると、水盆から色とりどりの、光の花びらが舞い上がり、周囲に優しく降り注いだ。
「綺麗……」
花びらのシャワーを浴びて、昨日ヘンリーに会ってから何処か哀しげだったレベッカの顔に、輝きが戻る。
ダーモットは子供達の背中をそれぞれそっと触れてから、女神に祈りを捧げた。
「どうせ男爵が大きな魔法を使う機会なんてないでしょうから、気楽になさいませ」
シャロンのはそういうと、ヴェリタスと一緒に女神像に祈る。
ただただ呆然としていたハンフリーは、シャロンの一声で正気に帰り、創世の女神とエルフェーラに深い感謝の祈りを捧げた。
 




