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81. エステラの家

 思い立ったら即行動な面子しか居ないので、マグダリーナ達はエステラとニレルの家に向かった。


 ショウネシー邸の隣ではあるが、実際に家の方へ行くのは初めてだった。



 エステラの家の周囲は水色の縦格子と色とりどりの美しい、多様な薔薇で覆われ、近づくだけで良い匂いがする。

 この世界で薔薇を見るのは、この家でが初めてだった。


 魔導車も出入りするので、入り口は広く開けて門扉もないが、ショウネシー領では特に問題はない。


 車庫までの道と、家の入り口までの道以外は柔らかい苔が美しく敷かれ、小精霊達と一緒に、コッコがオスメス数羽、そこでくつろいでいた。

 この苔も薬香草の一種で、爽やかな香りがする。


 家屋の方は床下が高く、玄関前に数段階段とスロープが並び、広い軒と漆喰の白い壁、木製の黒い柱、そして黒い飾り格子の和の様式を取り入れた作りになっていた。


 もうこの時点で珍しく、皆んなでキョロキョロと辺りを見回していると、玄関の引戸がガラッと開いた。



『土足厳禁である!』


 出迎えのササミ(メス)にそう言われて、土足文化の面々は面食らった。


「おう……ここで靴を脱ぐのか……?」

 ヴェリタスが狼狽える。


『足に虫を飼ってるものも、我がきっちり根こそぎ浄化する故、遠慮なく脱ぐが良い』


 そういうと、ササミ(メス)は全員の足に浄化の焔を吹きかけた。


「きゃっ」

 見た目にびっくりしたものの、熱さもなく一瞬のことだった。


 玄関で靴を脱ぎ、上り框を上がると、すぐ隣に小さな洗面台があった。


『外から帰ったら、そこで綺麗に手を洗い、うがいをするのだ』


 言われるがまま、列を作って手を洗いとうがいをしていく。洗面器に手を入れると、勝手に水と石鹸水が出て、洗い上がると一瞬で乾く。うがい用のコップを持って、うがい用とわかるアイコンのボタンを押せば、同じように水と薬液がコップに注がれる。

 全員終わるまで、そんなに時間はかからなかった。


 ササミ(メス)の案内で廊下を進む。石とレンガの屋敷にはない木の香りがして、気持ち良い風を感じる。


 微かに水音がすると思うと、明るい日差しが差し込む縁側に出た。



 そこでは、ニレルとエデンが着物と作務衣を合わせたような涼しげな服を着て、長い足を持て余すように、裸足で円座に胡座をかき、ちゃぶ台の上の盤上遊戯に興じていた。


 縁側から見える庭園には緑が溢れ、ところどころに大輪の芍薬の花が咲いている。

キラキラ光る、小さな妖精蜂が花蜜を求めて数匹飛び交っていた。

 中央には女神の光花が縁取る、澄んだ水の池があり、縁側の下の水路へ気持ちよい水音をたてて流れている。


 池と水路には、淡く輝く蛇のような龍のような魔獣が一匹に無数の海月のような透明な魔獣がキラキラと浮いたり泳いだりしていた。

 緑の中に白い可憐な梔子の花が咲く一角があり、芍薬と共に辺りに良い香りを漂わせる。


 室内側との仕切りには色とりどりの長い薄衣が何枚か下げられ、風に合わせて舞ゆらめき、顔と姿の良い男たちをさらに際立たせた。



 マグダリーナとレベッカは、声を無くしてお互いを支えあった。


 ヴェリタスもライアンもどこから驚けばいいのかわからない顔をしているが、アンソニーは元気に声をかけた。


「お邪魔します、ニレル、エデンさん。エステラは居ますか?」


「ようこそ。今隣の部屋に座卓と飲み物用意してるよ」

「んっはは。いい眺めだろう? じっくり堪能してってくれ」


 薄衣の間から、小さな白い手が見えると、ニレル達と同じ格好のエステラが現れた。


「どうぞ入って入って」


 招かれるまま部屋に入ると、マグダリーナには懐かしい井草のような香りと、想像通りじゃない畳の間があった。


「どーなってんの?!」


 天井の天窓から自然の明かりが差し込み、畳部屋を一直線に割るようにガラスのような透明な素材の床が、池からの水の流れを見せていた。


 部屋の中心の天窓の真下は円形にくり抜かれた段差が有り、そこも水の流れる様子が眺められる。

 ササミ(メス)がその上に円形の座卓を置き、円座を並べていく。


「せっかく広い土地をいただいたので。玄関近くは普通の住居区にして、奥から工房にかけては寝殿造の雰囲気を真似て癒しの空間にしたの。水音っていいわよね」


 しずしずとヒラとハラが飲み物を乗せたお盆を持ってきた。


 レベッカが珍しそうに辺りを眺めて、ライアンの袖を引っ張る。

「私、床に座るのは初めてですわ」

「多分皆んなそうじゃないかな?」


 エステラも少し考え込んだ。


「領内の貴族用以外の家は、全部土足厳禁にしてあるけど、畳はないから床に座る人は確かにいないかも。あ、飲んでみて炭酸ダメだったら言ってね? 普通の水で作り直すから」


「炭酸?」

 ライアンは配られたグラスの中身を見つめる。


「しゅわしゅわパチパチするから、まずは少しずつ飲んでみて」


 飲みはじめ驚いたものの、爽やかな味が美味しくて、皆んな気に入ったようだった。


「これ、リモネと妖精蜂の蜂蜜?」


 リモネは前世のレモンと同じ果実だとマグダリーナは思っている。


「そう! やっぱりこれは定番よね!」


 ショウネシーでは妖精蜂も、どんどこ増えていた。


 女神の光花の蜂蜜は高級素材すぎてお蔵入りにしてしまったが、サトウマンドラゴラと苺の畑近くに巣箱を置かせて貰っている。


 農夫達はサトウマンドラゴラのお世話で手一杯なので、マゴーやヒラとハラがちょいちょい妖精蜂から巣蜜を分けて貰って、ショウネシー家にもディオンヌ商会にも蜂蜜はサトウマンドラゴラ糖程でもないが、たくさんあった。


 リモネはリーン王国ではよく取れる上に、酸味の強い果物なので貴族の人気も低く、価格は安い。


「どうして平民の家は靴を脱ぐように作ったんですか?」

 気になったのか、アンソニーが聞く。


「衛生面や掃除のしやすさもあるけど、平民の場合は、足に合った靴を買えない場合も多いでしょう? だからとりあえず強制的に靴から足を解放する時間を作ろうと思って」


「確かに合わない靴をずっと履いてるのは、足に良くないですね……」

「今は農夫の何人かに作業用の長靴をモニターしてもらってるとこなのよね……あれ? ところで今日は皆んなどうしたの?」


 ふむふむと話しに聞き入っていたが、レベッカが図書館で話していたことを説明した。


「うーん、冷たいお菓子なら一番簡単に作れるのがあるけど」


 レベッカはふるふると首を振った。


「出来るなら、手で摘んで食べられるようなお菓子にしたいんですの」


 エステラは頷いた。


「じゃあ、クッキーにしよう。まず普通に作って、それから魔法で作る。明日から授業の中に入れようか。場所はショウネシー邸の厨房が広いから、そっちを借りよう」


「エステラお姉様、魔法で作るのは錬金術ですの?」

「普通に魔法で作ります。原初魔法の錬金術を使うには、まず空間魔法を習得しないといけないからね」


「エステラ、僕が紅茶を淹れたり、クリームをホイップするのに使ってる魔法は錬金術じゃないの?」

 アンソニーが不安そうに聞いた。


「トニーに教えた、ホイップしたり、ウモウのミルクからバター作ったりする方法は初級の錬金術だよー。錬金術は一切の道具を使わずに、錬成空間を利用して素材を加工する魔法だから……」


 トントンとエステラは座卓を叩いて考え込む。


「今の所、トニー以外には空間魔法教えてないから、期限もあるし今回は普通の魔法でいきましょう」


 その時、ヴェリタスが無言で手を上げた。


「空間魔法って収納魔法とかだろ? リーナの魔導具はともかく、なんでトニーだけ伝授されてんの?」

「だって、いくら魔導具とはいえ、動力はリーナの魔力だから、リーナだけに負担がかからないよう二人で協力できたら良いかなって。何せ出会ったばかりのリーナとトニーは風が吹けば飛びそうなくらい痩せ細ってたんだもの」


 ヴェリタスは驚いた顔で、リーナとトニーを見る。


「確かに初めて会った時は今より病弱そうだった……」


 マグダリーナはフフンと得意げになった。

「今じゃ逆に、太り過ぎないよう気をつけないとと思うくらいよ」


 実は最近エアに、体重管理もしてもらっている。


「そうだよなぁ……エステラ、俺はいつになったら収納魔法を伝授してもらえる?」

「んー、収納くらいならまあいっかな。バチっとする?」

「するする!」

「じゃあ」


 エステラはいつものようにヴェリタスの額に手を当てると、バチっとやった。


 ヴェリタスは早速飲み終わったグラスを出し入れして、収納魔法を試す。


「魔法ってこんなに簡単に覚えられますの? 私達が今まで散々頑張って土を掘ってたのは何だったんですの?」


 レベッカがわなわな震えるのを、ライアンが宥めた。


「今した事が簡単にできたのは、ルタにそれだけの魔法を入れられる器が出来てたからよ。魔法は使えば使うほど効率よく魔力量も少なく扱えるようになるし、徐々に使える魔力量も増えて来るから、今まで土を掘ったりしてたのは重要な基礎訓練です」

「……そ、そうでしたの……ごめんなさい」

「不安にさせちゃってごめんね」


 レベッカはふるふると首を振って、真っ赤な顔を手で隠した。


「お姉様を信じきれなかったこと、お恥ずかしいですわ」

「レベッカ……!」


 エステラはぎゅっとレベッカを抱きしめる。そして。


「それじゃあ早速、皆んなでこの飲み終わったグラスを魔法で綺麗で清潔な状態にしてみましょう」


 次の瞬間、アンソニーのグラスがおろしたてのように、汚れも指紋も水滴一つも付いてない状態になった。


「きれいにととのえよ!」


 マグダリーナもさっさと自分のグラスを綺麗で清潔な状態にした。


 ライアンが呆然と、「トニー、はやい……」と驚く。


「ああ、そうか、ととのえるは浄化や洗浄やら色々混ざった複合魔法だっけ?」

 ヴェリタスもととのえる魔法でグラスを綺麗にする。


 ライアンとレベッカも慌ててそれに倣った。



 そのあとは、皆んなで縁側に出て、陽が傾くまで、のんびり幻想的な庭の景色を、おしゃべりしながら楽しんだ。

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