78. マンドラゴラ収穫体験会
そんな訳で、週末に有志によるマンドラゴラ収穫体験会が開催された。
場所はエステラの薬草園だ。
この様子はマゴーが動画記録して、アーケード広場他各所で公開もする。
領内でマンドラゴラが見つかった際に、領民が勝手に引っこ抜かないよう注意喚起のためだ。
はじめは交通ルールや領内の決まり事、読み書き計算等から始まった動画も、今や「とてもはじめての魔法講座」「魔法を使うための魔力操作と魔力感知」「うまみ屋クッキング」「領民カードとアッシで簡単家計簿」などなど種類が増えてきた。
「まずは何故マンドラゴラが叫ぶのか、だけど、マンドラゴラは土から出されるとショック死します。何故かと云うと、マンドラゴラの実……とは云ってるけど、実際には肥大した根ですね、その根には土から栄養や魔力を取り込む魔力神経が無数に通ってます。マンドラゴラの神経は根の先に向かう程とても敏感になり痛覚が発達します。掘り出される際に細い根一本でも千切れると激痛を感じるため叫び、痛みに耐えきれずショック死するのです」
「はい! 先生」
アンソニーが元気よく手を上げた。
今回の先生はもちろん、エステラである。
「サトウマンドラゴラもマンドラゴラなら、掘り起こされると痛みを感じてるのですか?」
「サトウマンドラゴラはマンドラゴラほどの痛覚は発達せず、その代わり糖分と芳香成分が発達しました。なので、上手に掘り出せば痛みは感じません。ただし大きな根の先を折ったりすると、もちろん痛みは感じます。収穫時の痛みは品質に影響するので、サトウマンドラゴラは己の要求が通しやすいよう人の言葉を話すよう変化しました」
「だからあんなに口うるさいのか……」
ヴェリタスがぼそりと言った。
この体験会にはアーベルを抜いた朝練メンバーとイラナ、シャロンの《影》達の中でも薬草学が得意なものが参加している。
もちろん最近朝練に参加しはじめた、ダーモットとシャロンもいた。
子供達はは中等部、高等部で薬草学を選択したら、マンドラゴラの知識も必要になってくるとシャロンから聞いていたので、真剣に説明を聞いていた。
「昔は魔法で眠らせてから掘りおこしたらしいけど、途中痛みで目を覚ます場合もあって、失敗する危険もあったの。そこで編み出されたのが、活け締めよ。この株の中央に葉の根元が赤くなってる所があるでしょう?」
エステラは畑のマンドラゴラの葉を動かして、根元を見せた。
ほうれん草の根元みたいに赤くなってる所が、一ヶ所だけある。
「この赤いところから真下の、根の中5センチ程下に、神経が集まった重要な器官があるから、そこをちょっと破損させて全身の運動機能と痛覚を麻痺させるのよ。魔法でやっても良いけど、失敗したら危険なので、ここは魔導具を使ってやります」
ヒラとハラが参加者達に、ほぼシャープペンシルそのままみたいな形の金属製の魔導具を配っていく。
今回の体験会は珍しく有料で、価格もお高めだったのは、掘ったマンドラゴラを持って帰れるからだとマグダリーナは思っていた。
しかし配布された魔導具をみて、ダーモットとシャロンの顔色があからさまに変わったので、この魔導具が、体験会会費よりお高いのだと察した。
というか、魔金製らしく黄金に輝いて、見るからに高価そうだった。
「この魔導具は、上の魔石のついてるところを親指の腹で触ると、良い感じに魔力を吸い取って動いてくれます。そのまま魔石を押すと、この下から髪より細い針が出て、自動で先刻説明したマンドラゴラの魔力神経叢まで到達し、軽く電流を流して麻痺させます。この『活け締めくん』は、一応他の魔獣にも使える仕様だけど、人や従魔には使えないよう安全ロック術式が組んであるので安心して使えます。では実際やってみますね!」
エステラは活け締めくんのペン先(?)を葉の根元が赤くなっている所のすぐ横に当てると、活け締めくん上部の魔石をカチッと押した。
「これでマンドラゴラは一声も出せなくなったので、あとは魔法で土を柔らかくして掘り出します」
目の前で一株、しゅぽんっと、掘り出されたばかりなのに、綺麗に汚れも落として整えられたマンドラゴラが現れる。
その顔は、目を瞑り穏やかに瞑想しているかのような表情だった。
「マンドラゴラは土から出される時の、細かい根が千切れる痛みでショック死するので、こうやって収穫したものは、動かないもののまだ生きています。因みにこうやってととのえる魔法で軽い傷も回復した綺麗な状態で、もう一度活け締めくんを使うと……」
エステラはマンドラゴラにもう一度、ぷすっとする。
マンドラゴラはパチリと目を開けると、エステラの腕から飛び降り、さささと土に潜り込んだ。
少し頭が見えるが、それはマゴー達が土を被せてあげて、元の状態に戻った。
「生き返っちゃうんですの?! あ、そもそも死んでないのだわ……」
レベッカが驚く横で、興味深々にイラナが活け締めくんの被験者になった株を確認している。
「針が刺さった後も分かりませんね……そんな極細で途中で折れもしない針なんて、いったい何を使って」
「さあさあ道具さえ使えば簡単なので、さっそくやってみましょう!」
イラナを遮って、エステラが手を叩いて先を促す。
その時点で、なんかとんでもない素材で出来てる道具だな、という事だけは全員察した。
道具さえあれば、本当に収穫は簡単だった。
生きたまま収穫したマンドラゴラも、そのままだと七日で衰弱死してしまうが、それでも掘った時に死んでしまうより、素材として状態が良いそうだ。
何に必要になるか分からないので、収穫したマンドラゴラをマグダリーナとアンソニーは魔法収納にしまった。生き物を魔法収納に入れて大丈夫か気になったけど、この状態のマンドラゴラは動物ではなく植物扱いになるらしく、魔法収納で時間停止したまま保存可能だった。
他のメンバーはそれぞれマゴーに預けて魔法収納に保管してもらっている。
「ああ、まさか生きたマンドラゴラをこの手に抱く事が出来るなんて……!」
イラナがうっとりと収穫したマンドラゴラに頬擦りしていた。
「もしかして、活け締めってハイエルフでもあまりしてない方法なの?」
マグダリーナがイラナに聞くと、彼は頷いて。
「ええ。説明にあったようにかなり昔は魔法で眠らせてましたが、どんどん彼らも昏睡魔法に耐性ができるようになりまして……近年ではもうマンドラゴラの周りを強固な結界で囲って、マンドラゴラの死の衝撃波を防ぎながら、魔法で掘り出すか、先に剣か槍で急所を突いて絶命させてから掘り出すかなので良い状態のものが手に入らなかったのです……リーナもどこでマンドラゴラと遭遇するか分かりませんから『活け締めくん』は肌身離さず持ち歩くように」
「そうね……この薬草園以外で使う機会があると思えないけど、うっかり野生のマンドラゴラと遭遇した時に慌てないように収納にしまっておくわ」
『重要アイテムとしてリストの上位に表示されるようにしますぴゅん』
ぷっくりと胸毛を膨らませるエアの首元を指先でかりかり掻いてあげると、エアは気持ち良さげに目を瞑った。
この人工精霊も、一応学園には従魔として届けを出したが、一日の大半は大人しく肩の上で惰眠を貪っている。エステラの話だと、目覚めたばかりで今はマグダリーナの魔力と体調の調整にリソースの大半を割いてるため、特に用事がない時は寝ているだけで、慣れて効率を覚えたら徐々に起きてる時間も増えるとのことだった。
そういえば今年は風邪ひとつ引いていない。
マグダリーナは母親に似て身体が弱かったはずなのに、風邪どころかスライム競走に参加し、熊を討伐したり畑の収穫をしたりと元気に活動している。
食事や環境が向上したおかげもあるだろうが、腕輪が、エアが、陰から支えてくれていたことも大きいだろう。
「しっかり休んでね。頼りにしてるから、相棒」
すやすや眠るエアの頭を、そっと撫でた。
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