77. サトウマンドラゴラの輸出
ギルギス国にいるアーベルから、ハンフリーに文が届いた。
「ハイエルフのほとんどが女神の森に引き篭もってたんでしょ? 突然外国に行って、アーベルは大丈夫なのかしら」
ちょっと心配になってマグダリーナが聞くと、エステラも気になったのか、じっとニレルを見た。
「心配は要らないよ。アーベルは棲家こそは女神の森にはしてたけど、僕が冒険者の仕事をする時に付き合って貰ったり……エデンも色々用事を云いつけて、あちこち呼び出したりしてたから、世間慣れしている方だよ。本当に森から出たことがなかったのはデボラとヨナスの二人だ」
「ああ、だからハイエルフの皆んなは、あの二人にあまり領の外の用事をさせたりしないのね」
マグダリーナは合点がいった。まずはショウネシー領で慣れてからなのだろう。
「えっ、それちょっとドキドキしない? ヨナスはまだしもデボラは絶対、ショウネシー領から外に出したらダメだよ。優しいし心も見た目も綺麗だから、悪いやつにころっと騙されるよ。頼まれたら断れないのに責任感は強い性格だからいいカモだよ」
エステラが心配そうに言った。
いまその脳裏には、図書館での先生役を頼んだ時の、涙目で決意を滲ませて「やるわ」と言ったデボラの姿が浮かんでいた。
他人と話す経験もほぼ無かった人生だっただろうに。
「俺、俺って通信魔法入れたら、エデンだと思って、頼まれるまま大金渡しちゃうよ!!」
力説するエステラの言葉を聞いて、マグダリーナにも容易にオレオレ詐欺に引っかかるデボラの姿が想像できた。
「そこはヨナスが頑張るから、きっと大丈夫だろう」
さらりとニレルが言う。ハイエルフの中で一番若いヨナスに、本人の知らない間に重い責任がのしかかっていた。
「それで? アーベルはなんて言って来てるんだ?」
ヴェリタスがハンフリーに、ようやく本題を確認する。
「ギルギス国の商人ギルドがサトウマンドラゴラ製品を買取りたいそうだ。このまま商談をすすめて良いかの確認の文だよ」
「ああ、あの国にはマンドラゴラはいないからか。商談はアーベルに全部任せておいて大丈夫だよ」
ニレルの返答に、ハンフリーは助かると頷いて、アーベルに一任する旨の書類を作成し始める。
「ギルギス国にマンドラゴラは居ないの?」
マグダリーナは不思議に思って、ニレルを見た。いつ見ても、顔が良い。
「いないよ。あの国一帯はマンドラゴラとは土の相性が合わないんだ。その代わりトレントという木の魔獣がいて冒険者用の武器や防具の素材になったりする」
マンドラゴラは主に上位の薬の材料になるが、高位の魔獣でなかなか見つからず、貴重だった。
マンドラゴラの変異種のサトウマンドラゴラの方が薬効も魔力も味も優れて更に貴重なはずなのだが、ショウネシー領でわさわさ増えてるので希少性とは……? な状態である。
「そういえばマゴーはマンドラゴラ使ってるんだよな……よくこんなに沢山……」
少し呆れた顔で、ヴェリタスは自分の相棒の茶マゴーを見た。
「お師匠が探しに行くのが面倒になって、薬草と一緒にこっそり畑で増やしてたのよ。その過程でサトウマンドラゴラもできちゃったそうなのね。マンドラゴラと違って勝手に鳴くから、村人に気づかれないよう毎回慌てて収穫したって云ってたわ」
「それじゃあ、マンドラゴラの収穫はどうしてたんだ? すごい叫び声あげるんだろ?」
「マンドラゴラの叫びは死ぬ間際の絶叫……その声と一緒に魔力や色んな成分が抜けてくし、周囲の生き物の命も道連れにするの。だから収穫で声を上げさせるのはド素人よ。必ず活け締めしてから収穫しないと高品質なマンドラゴラとは言えないわ」
「活け、締め……?」
聞き慣れない言葉にヴェリタスが首を傾げるが、マグダリーナの脳内では前世のテレビで見たマグロの活け締めの様子が描かれていた。
「ド素人がマンドラゴラを抜いて、自分の命と一緒に周囲一帯不毛の地にしてしまうなんてことが、昔から度々あるそうよ。知識がないと危険な魔獣だから、こんど実際にやってみましょ」
「待て、それ熊師匠より危ないんじゃ?」
エステラはヴェリタスにニッコリ笑って答えた。
「そんな事ないわ。襲ってこない分安全よ」
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