76. 女神の子
マグダリーナとヴェリタスが、学園から領に帰ると、他の子供達は図書館に行って勉強しているとのことだった。
因みにアーベルは先日から不在にしている。
本格的にダンジョンが発生する前に、冒険者ギルドの見直しをしたいからと、隣国ギルギス国にある、冒険者ギルド本部に視察に行っているのだ。
熊師匠はアーベルが帰ってきてから、という訳で、先に勉学に力を入れていく事なった。
図書館一階の教室の一室を借りて、アンソニー、ライアン、レベッカが、マゴー先生に勉強を教わっている。
その間ダーモットとシャロンはしばらく治療院に通って、穢毒の影響で異常が出ないか確認をし、そのまま冒険者ギルドの運動場で茶マゴートレーナーの特別メニューをこなす。
アーベルが居ない間の冒険者ギルドは、黒マゴー達が代理で仕事に入っていた。
アンソニー達の勉強の邪魔をしないように、そっと教室を覗いて帰ってきたことだけ知らせると、マグダリーナとヴェリタスは上の階へ行く。
「なあ、『女神の子』ってなんだ?」
ヴェリタスはヨナスを見つけると、第一声でそう聞いた。
「女神の子? ああ、鑑定でそう出てくる人がいたのか?」
「ああ」
「それが見えたって事は、ヴェリタスの鑑定魔法はかなり練度が上がってきてるね」
ヨナスが手を内側に払う動作をすると、一冊の本が、ふわりと飛んで来て、机の上に頁を開いて舞い降りた。
それはよく見ると、手帳のような、日記のような、そんな本だった。
―― 月 日
女神の森で流産しかかっている妊婦が目の前に現れた。妖精のいたずらだ。
妊婦の名前はスーリヤ。鑑定すると『女神の子』とある。黒い標もある。となるとこの妊婦を助けるには代償が必要だ。
私は私の命をスーリヤに分け与えることにした。残りわずかな寿命でしかないが、腹の中の子を産み落とすには十分なはずだ。
―― 月 日
スーリヤの容態が安定したので、腹に触り子の様子を調べることにした。
腹の中の子は、不思議なほど私の魔力に馴染んだ。間違いない。やはりスーリヤが『女神の子』なのは、この子を産み落とすためだ。私は私の命以外の全てを、この子に与えると決めた。
「これってディオンヌさんの……?」
マグダリーナは中身を読んで、ヴェリタスと目を見合わせた。
「スーリヤって、エステラの母上だよな」
ヨナスは頷いた。
「『女神の子』って云うのは、世界の……歴史の、運命の分岐点になる人物のことだ。ここでスーリヤが助からずエステラ様が産まれていなかったら、僕らハイエルフがこうやって表の世界にいることも、創世の女神の存在が明らかになることもなかった」
「「!!」」
「皆んななんか普通にしてるけど、本来この状態も、小さいとはいえ女神の精石があんなごろごろ現れるのも、ただ事じゃないからね!」
アーベルたちの暢気さを思い出して、ヨナスが少しキレ気味になった。
マグダリーナは、今日あった事を振り返る。ヴェリタスとは教室も一緒だし、出会った人にほぼ大差ないはずだ。
「え……ルタまさか、その『女神の子』って」
ヴェリタスの顔に緊張が走る。
「ああ、エリック王子だ」
(良かったー婚約の話し、即行断って良かったー)
そんな重要人物と結婚とか、荷が重すぎる。
「じゃあこの黒い標ってのは……?」
「いくつ見た?」
ヨナスに逆に問われて、ヴェリタスは記憶保持魔法で鮮明に思い出す。
「黒いのが三つに白いのが一つあった」
ヨナスが目を丸くする。
「そんなに?! でも一つは既に済んでるのか……何を身代わりにしたんだろう?」
「ヨナス?」
「ああ、ごめん。大きな運命の分岐には世界からの代償……身代わりがいる。その数が黒い標だ。代償が支払われると、白い標になる。全て支払い終えて、やっと『女神の子』が生き残ってもたらされる運命に移行するんだ」
「生き残ってって……まさかこの標の分だけ、死ぬ可能性があるってことか?」
「そうだよ」
「まじかよ……どんだけ死にやすいんだよ、うちの国の王族」
項垂れるヴェリタスと同じ気持ちで、マグダリーナも頷いた。
「まあ直近で冬に死にかけてたしね」
「それだ」
ガバッとヴェリタスが顔を上げる。
「代償支払い済みの白い標って、それじゃ無いのか?」
「そう言っても、あの時失ったのって、薬のための高価な素材と、薬作ったエステラと私の魔力ぐらいじゃない?」
「いや、多分それで合ってるよ。エステラ様とマグダリーナの二人の魔力が代償だったんだ」
ヨナスが頷く。
「代償が必ず命とは限らないし、マグダリーナも魔力切れ寸前に何度もなりながら、
浄化をかけてたんだろう? それにエステラ様の魔力が合わされば、十分代償になり得る」
「じゃあ次もどうにかできるかな……」
ヴェリタスが少しほっとするが、ヨナスは首を振った。
「そんなに標があるんだったら、その王子が齎す運命の可能性はかなり低いんだ。それに何が代償になるかは、その時が来ないとわからないし。だから、彼に何か起こっても、自分達の所為だとか絶対に思わないでね」
その言葉がヨナスの気遣いだとわかって、マグダリーナとヴェリタスは頷いた。
「それに標が全部解消されるまで、本人や、本人に近しい人には話さない方がいいんだ。変に対策しようと意識して、本来の運命を歪めてしまったりしないように」
「わかった。領内のいつものメンバーに共有するだけにしておく」
「うん、それがいい」
女神の子の件は、ハイエルフとショウネシー家とアスティン家だけで共有した。
「ああ、それは間違いなくこの国の行く末に関わる案件だね。とりあえず何かあった時のために、マゴーを一体彼につけておくかい?」
ニレルがサトウマンゴラドラのお茶の入ったカップを優雅に傾け、軽く思案する。
「それは良いけど、どうやって? バーナードなら友達だけど、第一王子の方はリーナやルタとも特に親しくもないんでしょう? お礼に貰った髪飾りに、更にお礼するのも変だし……それにマゴーを見たら、宰相さんや文官さんたちの精神衛生上に良くなくない?」
エステラの意識の中で一応バーナードは友達枠に入っていたらしい。よかったねとマグダリーナは思う。
「んははは。貸し出し延長願いがまた出てるってセドくんぼやいてたなぁ」
「マゴーは人手のないショウネシー領だからこそのものであって、本来の人の労働を奪う存在になるのはダメなのよ……だから王宮にはシャロンさんの五倍の金額で貸し出ししてるのに……」
「仕方なくてよ。王宮は万年人手不足の上に、例の流行病で亡くなった方も多くいて、国内はだいたいどこも人手不足なのですから」
シャロンの返答に、エステラは、ん〜と目を瞑って考えた。
「仕方ない。マゴーは長期契約可にして、
さりげなく第一王子の周辺に目を配らせるようにしようか……その方が自然だし。金額とか契約についてはエデンに任せるから、いい感じにしてきて」
「わーかった。まあ適当に国庫に負担かけないイイトコロをセドくん達と話合っとくよ」
エデンがヒラヒラと手を振って、この話題は一旦お開きになった。
一度は縁あって、ショウネシー領で助かった命だ。できればこの先も無事でいてほしい。
マグダリーナは、そっと心の中で女神に祈った。
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