66. ショウネシー伯爵家
「でしたら、二人共私が引き取りましょう」
「母上……!」
シャロンの宣言に、ヴェリタスの顔が輝いた。
「ハンフリー男爵はショウネシー領の要、まだまだお仕事が大変でいらっしゃいますもの。子供たちのことは任せてちょうだい」
だがその提案をダーモットが遮った。
「いや、私の養子にしよう」
「お父さま?!」
ダーモットがこういう話に積極的になるのは珍しい。
「もちろん教育についてはシャロン義姉上にも助けてもらう事になるだろうけども。うちは一応領地持ちだ。将来領民が増えれば町も増える。数年の間にダンジョンも出来るとくれば、ハンフリーとリーナだけでは手が回らなくなるのはわかりきっている。将来領内の役職に就く人材として、ライアンくんが欲しい。仮にレベッカくんがハンフリーと本気で結婚したいと思うなら、学園卒業後に考えよう。他に嫁ぎたいところがあればそうしてくれていい。我が家は伯爵家になったんだ。有望な子供を引き取っても全くおかしくない」
「まあ、確かにそうですわね」
「貴女は優秀な人だから、人よりも多く背負ってしまいがちだ。ほんの少し貴女自身の幸せの入る隙間を、見せておいてくれると、周りも安心するんです。私の陞爵を利用するくらいはして下さい」
「まあ、ほほほ、気を回しすぎですこと。でも珍しく伯爵がそうおっしゃるなら、今回は甘えさせていただきますわ」
エステラがそっとマグダリーナに近づき、ひそひそと聞く。
「アレって、子供増やしたら再婚に差し障るでしょーの貴族流言い回しで有ってる?」
「あっ、なるほど、そういうこと? 確かに言われて見れば」
マグダリーナもひそひそと返した。
「では伯爵、私とすぐに王宮へ行って、必要な手続きをしてきましょうか」
「そういう訳だから、私たちが帰って来たら、君たちは正式にショウネシー伯爵家の子だ」
「伯爵……っ」
ライアンは頭を下げた。
レベッカもそれに習う。
「伯爵様、ありがとうございます!」
「んーそうだねえ、家族になるんだから、父さん、とかでいいよ」
ダーモットと王宮へ出かけようとするシャロンを、イラナが引き止めた。
「少しお待ち下さい、シャロン様。マゴーがいるから魔法や物理攻撃は大丈夫だと思うのですが、念のため」
イラナは短剣で髪を一筋切り落とすと、懐から女神の光花を取り出して、魔法で髪と花を編んでシャロンの手首に巻く。
「少しだけですが、穢れを退けます」
「ええ、ありがとう。行って参りますわ」
シャロンとダーモットが去ると、エデンがニヤニヤした。
「やるなイラナ。ダーモットの開けた隙間に、早速滑り込むつもりか。くはは」
「なんの事でしょう? 貴方そんなんだからディオンヌさんに振られ続けたんですよ」
「でも最終的には可愛い娘ができたぞ!」
「貴方のそれは反則ですよ」
イラナとエデンのじゃれ合いに微笑みながら、ハンフリーは立ち上がった。
「では私も仕事だ。今日もサトウマンドラゴラの元気な声が聞こえるからね。ああ、あの苺という野菜、サトウマンドラゴラと一緒に植えると、虫もつかずに糖度も上がるんだ。育て甲斐があると農夫たちが喜んでたよ」
この時期のショウネシー領では、明け方から、とーう、とうとーう、とサトウマンドラゴラの呼び声がこだまする。
不思議と領民達には騒音扱いされなかった。
ハンフリーが去った後、エステラがレベッカに話しかけた。
「レベッカさん、あのね、どうやら貴女に姿変えの魔法がかけられてるみたいなんだけど、どうする? 今魔法解いちゃう?」
「姿変え? この顔じゃなくて、本当は別の顔なの? それって美人?」
ここで美人かどうか、素直に聞いてくるあたりレベッカらしかった。
「うーん、元の姿の容姿は魔法を解いてみないとわからないかな」
レベッカは黙って考える。
「あ、でも、永続的な魔法じゃないからそのうち元には戻るわ。今まではパイパーさんが魔法が切れる前に、新しくかけていってたのね」
「……どっちにしろ戻るなら、今戻して……」
「わかったわ」
エステラが頷くと、レベッカは魔法の輝きに包まれた。
赤茶っぽかった赤毛が、濃い鮮やかな桃色に、灰青だった瞳が、ヴェリタスと同じ輝く青色に。そばかすが無くなり以前より目鼻立ちがくっきりした姿が現れる。
「おおー」
本当に姿が変わって、感嘆の声が上がる。
「良かったなレベッカ、美人だよ」
「ほんと?!」
ライアンの言葉に、レベッカは素直に喜ぶ。
メルシャが手鏡をレベッカに渡した。
「これが私……? 確かに美人だけど、なんだか慣れないわ」
「それはそーだろ、でも毎日鏡見てれば馴染んでくるさ」
ヴェリタスが笑う。
「でもそっか、俺の兄貴と妹になるもんだと、実は確信してたのになぁ」
「残念だったわね。ライアン兄さま、レベッカ、よろしくね」
「ライアンお兄さま、レベッカお姉さま、よろしくお願いします!」
マグダリーナとアンソニーの友好的な挨拶に、ライアンとレベッカは戸惑い、そして何か決心したように頷きあった。
「マグダリーナ様、学園での失礼な態度お許しください」
「私もごめんなさい。マグダリーナ様、ショウネシーは素敵な所だわ」
「謝罪を受け入れます。これからは家族なんだもの、協力し合って行きましょう。あと私はリーナでいいわ」
「ぼ……僕もトニーと呼んで下さい!」
「「これからよろしくお願いします。リーナ様、トニー様」」
二人は揃って頭を下げた。
「様は要らないわ。家族なのに変でしょう? それがショウネシー流だから慣れてちょうだい」
「よし、じゃあ皆んな運動服に着替えて出かけようか。マゴー、ライアンとレベッカの運動服用意出来る?」
エステラが立ち上がった。
「昨晩採寸させていただきましたので、出来上がっております」
「鞄と手袋は?」
「バッチリです!」
「エステラ、何をするつもり?」
マグダリーナが聞く。
「皆んな明日から学園でしょう? しかも二人は一エルも持ってないじゃない? だからまず役所で領民カード作って、ちゃちゃっと冒険者登録して、ちょっとお小遣い稼ぎもしようかなぁと。領内のシステムの説明がてら?」
「まさか熊か?!」
ヴェリタスが確認する。
「いくらなんでも朝練もしてない、超初心者を熊師匠に会わせないわ。畑の収穫手伝いの依頼を受けるのよ」
「それって、平民のすることよね?」
レベッカが首を傾げる。
「だって私平民だもーん」
「え? 平民なのに一緒に居たんです? リーナお姉様どういうことなのですか?」
レベッカの口からリーナお姉様という単語が出て、可愛さに一瞬魂が飛びそうになった。
恐ろしい子だわ。
しかもいつも絶妙に鋭いこと聞いてくるよね。
「レベッカ、このサロンに居るのは身分種族関係なく、我が家の大切な友人たちなの。だから一緒に居たのよ。ここまではわかる?」
レベッカはマグダリーナの言葉を咀嚼するように、何度か瞬きをして頷いた。一緒にライアンも頷く。
「そしてエステラは世界一の大魔法使いよ。貴女たちのお世話をしてくれたマゴーも、この領地の設備も……そうね神殿を建てて女神様に会えるようにしてくれたのも、エステラとその仲間達なの。貴女の魔法を解いたのもエステラだったでしょう?」
レベッカは頷いた。目がキラキラしてる。
「女神様の……エステラ様、女神様に会わせて下さってありがとうございます!」
「どういたしまして。私も様は要らないわ」
「エ……エステラお姉様……」
エステラが嬉しそうに微笑んだ。
鑑定魔法で見た結果、レベッカの方がエステラより数ヶ月早い生まれだが、マグダリーナは黙っておくことにした。
そうして一同は運動服ことオシャレジャージに着替えて外に出た。
ジャージは勿論エステラ開発の謎魔獣素材で、上着はちゃんとファスナーが着いてる。
靴もゴム底のクッションの厚い、ちゃんとした運動靴だ。朝練が続いているので、作ったらしい。
「役所までは黄マゴー車で移動ですか?」
アンソニーがエステラに聞く。
「そうね、コッコだと慣れないと恐いだろうし、黄マゴーかな」
アンソニーは領民カードを取り出した。
「黄マゴー、ショウネシー邸前。何分かかりますか?」
『六分後到着できます』
「ではお願いします」
『了解しました』
「向こうの道の側で待ちます」
一番年下のアンソニーの案内に、ライアンはひどく常識的な事を聞いた。
「大人や護衛は一緒じゃないのか?」
「大丈夫です。ショウネシー領内は不審者が入れないよう門番が警備してます。それに今のところ領民は少ないから、皆んな顔見知りなんです」
ヴェリタスが自身の茶マゴーを指した。
「一応、これ護衛な」
「ヒラとハラもいるよぉ」
『我も居る。我らが居れば人の護衛なぞ必要ないから、安心せよ』
ササミ(メス)が、もっちりした身体を揺らして、主張した。
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