55. 精霊エルフェーラ
「ンハハハ、自分達だけ美味しいものを食べて、こんなことになるなんて、いけない子供達だなぁ〜んんんー」
エデンがエステラの頬をむにっと摘んで伸ばす。
エステラも負けじとエデンの耳を引っ張った。
「エデン達は先にちゃんと試食したでしょー、昼間っからお酒くさ〜い、エデンはダメな大人ー」
「そのお酒を作ったのはダ〜レ〜ダ〜」
微笑ましい? 親子のやり取りを横目に、マグダリーナはニレルとイラナに図書館での出来事を説明する。
二レル他大人達は、今日一日、ショウネシー邸サロンに集まって、ハンフリーとサトウマンドラ製品について話し合っていた。
「女神の祭壇に、紅茶とお菓子?」
どうやらこの世界にはお供えという概念がないらしく、なんでそんなことを? という反応だった。
マグダリーナは前世では神様を祀る時や故人を偲ぶ時にお供えをした事を説明する。
以前エデンがハイエルフと創世の女神の説明をした時に、ついでにマグダリーナとエステラの前世の記憶についても話しておいたので。
皆んなびっくりしていたが、ハイエルフが存在するなら、そういうこともあるんだろうと、あっさり納得してくれていた。ハイエルフさまさまである。
「それでそのお供えは、受け取ってもらえるのかい?」
ハンフリーが興味深げに聞いた。
「いえ、あくまで形式なので、実際は後で自分達で食べたりします」
「そうなのか。でも今回はお供えが消えた……つまり女神がお召しあがりになったわけだ。おもしろいね」
「ええ、とても興味深いです。私もその現場に居たかった……」
イラナが残念そうにする。
「エステラ様の特製紅茶とショコラテリーヌ……味わいたかった」
(そっちなの?)
イラナの以外な一面をみて、マグダリーナは戸惑った。
お酒の入ったダーモットはソファで寝ているが、亡き愛妻瓜二つのイラナと同じ空間に居るのが耐えきれず、酒に逃げたと思っておく事にした。
「さてさて、問題の精石だが、見せてもらえるか?」
エデンがエステラを抱えながらやってきた。
マグダリーナ達はそれぞれの精石をテーブルの上に置いた。
エステラもハンカチを広げてザラザラと精石を出し、最後にティーカップの中で生まれた大きい石を出す。
「こいつは見事だ。ふーん……おや? こいつは俺の分だなぁ。流石女神は俺の愛を分かってる」
エデンは小さな石を一粒拾い上げると、額に付けた。
「これはイラナとニレル、こっちはシャロンのだな」
「まあ、私にも?」
「ハッキリ判るのは、後はササミの分だ。一応ダーモットとハンフリーももらっておくがいい。創世時以来、滅多にお目にかかれなかったものだからね」
「そういう事なら、ありがたくいただこう」
ハンフリーがいつも通りコッコ(メス)をもちもちしながら、頷いた。
「他は辺境伯領の女神像、王都や各所の女神像用ってところかな。像の中に仕掛けるのは俺たちの仕事になりそうだ。多分それでもまだ余るな」
エステラは早速ササミ(メス)を呼び出して、女神の精石を額に付ける。
『おお、これは……!!』
ササミが真紅に輝き始めた。
最近また増えたコッコがショウネシー邸に収まらず、エステラの家にも小屋を作ったので、今のササミはそっちの群れのリーダーでもある。きっとその群れでも進化が始まっているはずだ。
真紅の輝きが収まると、純白の丸いもちもちボディーに金と緋色の飾り羽根がぴよっと付いた姿になった。額にはキラリと女神の精石が輝いている。
鑑定持ちが全員鑑定すると、とうとう『ディンギルコッコカトリス』に進化できたようで、ササミは涙を流して喜んだ。
「エステラの大きい石は杖にした方が良いな」
「杖?」
「俺とニレルで作ってやろう」
「え? 自分で作るよ」
「こういうのは、親や師匠が作るもんだ。任せとけ」
誰かに作ってもらう側が落ち着かないのか、エステラのお口がへの字になってる。
「さて、ヴェリタスくんの精石だが……」
エデンはヴェリタスの前髪を掻き上げ、額の精石をしげしげ見つめた。
「くはっ、これは間違いなく俺たちハイエルフの精石と同じ器官化してるな。これから魔力の器が大きくなるぞ」
「へえ」
「ついでに寿命も長くなるかもな」
エデンの言葉に、シャロンはすっと自分の石を取って、額に付けた。
「どう? 似合うかしら?」
「母上……!」
「寿命が伸びるなんて、良い事づくめじゃなくって? まあここにいる半数と長いお付き合いになるということなのだから、淋しいこともないでしょう」
嫣然と微笑むシャロンを、ヴェリタスと……イラナが目を見開いて見つめていた。
ニレルが石を手に取って眺める。
「うん、精石がくっついても寿命に影響するかは個人差があるけど、扱える魔力量は確実に変わる感じかな。あと女神との繋がりが強くなる」
「だったら僕は女神様を信じますので」
アンソニーも額に石を付けた。
「寿命とかそういうのは、女神様がきっとよしなにしてくれます」
アンソニーは、にこっと笑う。
マグダリーナは、弟の笑顔と言葉に、胸があたたかく軽くなった。ぺたりと精石を額に付けた。
「そうよね、女神様が下さった、その意味の方が大事よね」
ハンフリーも額につけてみたが、ポトリと落ちた。
「誰にでもくっ付くわけではないんだな」
ハンフリーは、ちょっとしょんもりした。
「だったら、ハンフリーさんとダーモットさんの分はネックレスに加工しましょう! お守りとして身につけられる様に!」
エステラがそう言った途端、ハンフリーの周囲のコッコ(メス)達の目が光り、コケッ、ケッ、ケッ、と黄金を吐き出して、さささとネックレスを作ってしまった。
とりあえず辺境伯領の女神像に精石を仕込んで来るとエステラが言うので、マグダリーナとヴェリタスとアンソニーも、ついていく事にした。
神殿の中に転移すると、ちょうどエイブリング辺境伯が女神像を見つめている所だった。
「申し訳ございません、お祈りの邪魔をしてしまいまして」
エステラが慌てたが、エイブリング伯は落ち着いて、気にするなと言う。
「今日はどうしたのだ?」
「実は女神より、その神力の宿った石を賜わりましたので、こちらの女神像に仕込みに来たのです」
「それはわざわざ、ありがとうございます」
とは言いながらも、辺境伯の視線に警戒を感じる。あんなことがあったから、仕方ないのかも知れないけど。
「ご覧になりますか?」
エステラはエイブリング辺境伯に、女神の精石を渡した。
「とても小さな小石だ。だが美しい……」
辺境伯はエステラに石を返し、エステラはそれを女神像に掲げた。
女神の精石は、ふわりと持ち上がり、女神像の額に張り付いて、同化した。
そして精石から淡い光が拡散して、神殿内を柔らかく満たしていく。
陽炎の様に、女神像が消えていくと、そこに美しいハイエルフの女性がいた。
優雅な足取りで、水盆の上を歩き、目の前まで。
『わたくしは精霊エルフェーラ、創世の女神の忠実なるしもべであり、神界の女神と地上の橋を渡すもの。エステラよ、あなたの祈りに女神はたいそう喜びを覚えました。気が向いたらまた頂きたいそうです。その時は、わたくしもご相伴に預かれるようお願いしますね』
そう言って、精霊エルフェーラはエステラにウインクした。
そしてマグダリーナとアンソニー、ヴェリタスの頬を優しく撫でていく。
最後にエイブリング辺境伯の前に来た。
『わたくしは創世の女神の地上における代理人。女神への祈りが、この土地の人々を守ります。わたくしとこうして相見えることが、あなたの祈り、問いかけ、その答えになるなら良いのですけど』
そう言って踵をかえすと、水盆へと戻って行く。
神秘の輝きが収まると、美しき精霊は石像に戻ってしまった。
「うそ……」
マグダリーナの頬には、滑らかな手の感触がまだ残っている。
「お姉さま、僕たち女神様に会ったのですよね……」
「そうよね」
「精霊エルフェーラ……女神とは、こんな確かに存在するものなのか……」
エイブリング辺境伯が呆然と呟いた。
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